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第37話
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二十分後、シドとハイファは元の救命ポッドの中にいた。今日一日をこれで過ごしてからプログラミングして貰った通りに明日帰路に就く予定である。
元は宙賊のモノとはいえ、ちゃんと非常糧食品なども積んであって居心地は悪くない。
「それにしてもギリギリだったな」
「ギリギリって言えば我らがマイケル=エッジワース画伯の贋作が出来上がるのもギリギリだったしね。再生槽にも入らないで頑張ってくれたお蔭で間に合ったけどサ」
そう、もうこの世に『嘆きの果実』の真作はないのだった。
テラにオリバー=フォーゲルが渡したのはマイケルの描いた贋作である。
「でもさ、絵の具の再生できないからこそ、テラ連邦は『嘆きの果実』を護ろうとしたんだろ。調べられたら一発で贋作だってバレるぜ?」
「そんなこと、誰もが分かってるよ。分かってて貴方も提案したんでしょ」
「それはそうだけどさ」
「テラはあれを真作だって認めるよ、心配しなくても」
「そうなのか?」
「うん、おそらくはね。テラ連邦がバックに付いた大御所の鑑定家が『真作だ』って言えば、それはもう紛うかたない真作なんだよ。そしてそれはもう目論み通りにテラのもの」
火を点けない煙草を咥えてシドは鼻を鳴らす。
「ふん。なら最初からそうすりゃ良かったんだ」
「ローゼンバーグっていう大物が所有していてエマ=ルクシュに渡した、なんて話がある意味テラ中を飛び交ったんだもん、そう簡単に偽造はできなかったでしょ」
「だからって何人が余計に死にかけたと思ってやがるんだ、ふざけてるぜ」
「まあねえ。でもこれでたぶん室長の読み通りに任務終了だよ」
ハイファはリモータの文面をダイレクトワープ通信で別室に発振した。
「取り敢えず一日はこうしてるしかないんだから、大人しく貴方も休んで」
「ん、分かってる」
二人の目前にはキャノピ状モニタに映って青緑の惑星バイナスが浮いていた。掛かる雲が恒星リガテの光を孕んで渦巻き、端的に言えば美しい。
「こいつを眺めながら惰眠を貪るのも悪くはねぇか」
そう言ったシドの腹が鳴り、ハイファは微笑んで非常糧食品を取りに立ち上がった。
◇◇◇◇
次の日、シドとハイファは汗を拭いながら黒い土砂の山を登っていた。昼の日の今日は見通しもいい。そう、ここはタイタンではなく、またもユトリア星系第三惑星グリーナである。
「しかし暑いな、チクショウ」
「貴方、まだ無理はしないでよね」
「分かってるが……くそう、歩きづらいぜ」
二人はエマを捜しに来たのだが、人々が指差したのは黒い山の天辺だったのだ。
ようやく頂上に辿り着くと果たしてエマはそこにいた。スケッチブックを膝に広げて座り込み周囲に子供たちをまとわりつかせて笑っている。子供たちも笑顔だった。
そしてシドとハイファに気付くと、ふんわりと笑う。
「どうしたの、シド、ハイファス。泥だらけよ」
「そいつはこっちの科白なんだがな」
「あ、もしかしてそれ?」
抱えてきたP8号のキャンバスをハイファがエマに渡した。
「真作じゃなくて悪いんだけど、マイケル=エッジワースの最高傑作だよ。ここだけの話、テラ連邦に渡したモノより出来がいいって自分でも言ってたから」
「そう、ありがとう。嬉しい」
受け取った絵を三人で覗き込む。明るい色調の収穫の様子は自然光に良く映えた。果実を収穫する女性たちが生き生きとして見える。
「もうこれは『嘆き』じゃないね」
「そうね。ここもオリバーが買い取ってくれたし、果実には夢が詰まってるわ」
「でも殆どラクリモライトは出ねぇんだろ?」
「殆どないってことは、まだあるってことよ。夢なんてそんなものじゃない?」
「まあ、そうかも知れねぇな。ところであんたはこれからどうすんだ?」
笑ってスケッチブックをエマは示す。そこにはテラの女性たちを夢中にしてやまないようなジュエリーのデザイン画が描かれていた。
「何処でだってわたしの仕事はできるもの。それに……過去にばかり囚われてもいられないわ。ハリーはそんなわたしを望んでないわ」
その灰色の目の見ているものをシドとハイファも見つめる。
黒い山のふもとではオリバーが手下たちと佇んでいた。それを見下ろす柔らかな微笑みにシドとハイファは苦笑する。
元は宙賊のモノとはいえ、ちゃんと非常糧食品なども積んであって居心地は悪くない。
「それにしてもギリギリだったな」
「ギリギリって言えば我らがマイケル=エッジワース画伯の贋作が出来上がるのもギリギリだったしね。再生槽にも入らないで頑張ってくれたお蔭で間に合ったけどサ」
そう、もうこの世に『嘆きの果実』の真作はないのだった。
テラにオリバー=フォーゲルが渡したのはマイケルの描いた贋作である。
「でもさ、絵の具の再生できないからこそ、テラ連邦は『嘆きの果実』を護ろうとしたんだろ。調べられたら一発で贋作だってバレるぜ?」
「そんなこと、誰もが分かってるよ。分かってて貴方も提案したんでしょ」
「それはそうだけどさ」
「テラはあれを真作だって認めるよ、心配しなくても」
「そうなのか?」
「うん、おそらくはね。テラ連邦がバックに付いた大御所の鑑定家が『真作だ』って言えば、それはもう紛うかたない真作なんだよ。そしてそれはもう目論み通りにテラのもの」
火を点けない煙草を咥えてシドは鼻を鳴らす。
「ふん。なら最初からそうすりゃ良かったんだ」
「ローゼンバーグっていう大物が所有していてエマ=ルクシュに渡した、なんて話がある意味テラ中を飛び交ったんだもん、そう簡単に偽造はできなかったでしょ」
「だからって何人が余計に死にかけたと思ってやがるんだ、ふざけてるぜ」
「まあねえ。でもこれでたぶん室長の読み通りに任務終了だよ」
ハイファはリモータの文面をダイレクトワープ通信で別室に発振した。
「取り敢えず一日はこうしてるしかないんだから、大人しく貴方も休んで」
「ん、分かってる」
二人の目前にはキャノピ状モニタに映って青緑の惑星バイナスが浮いていた。掛かる雲が恒星リガテの光を孕んで渦巻き、端的に言えば美しい。
「こいつを眺めながら惰眠を貪るのも悪くはねぇか」
そう言ったシドの腹が鳴り、ハイファは微笑んで非常糧食品を取りに立ち上がった。
◇◇◇◇
次の日、シドとハイファは汗を拭いながら黒い土砂の山を登っていた。昼の日の今日は見通しもいい。そう、ここはタイタンではなく、またもユトリア星系第三惑星グリーナである。
「しかし暑いな、チクショウ」
「貴方、まだ無理はしないでよね」
「分かってるが……くそう、歩きづらいぜ」
二人はエマを捜しに来たのだが、人々が指差したのは黒い山の天辺だったのだ。
ようやく頂上に辿り着くと果たしてエマはそこにいた。スケッチブックを膝に広げて座り込み周囲に子供たちをまとわりつかせて笑っている。子供たちも笑顔だった。
そしてシドとハイファに気付くと、ふんわりと笑う。
「どうしたの、シド、ハイファス。泥だらけよ」
「そいつはこっちの科白なんだがな」
「あ、もしかしてそれ?」
抱えてきたP8号のキャンバスをハイファがエマに渡した。
「真作じゃなくて悪いんだけど、マイケル=エッジワースの最高傑作だよ。ここだけの話、テラ連邦に渡したモノより出来がいいって自分でも言ってたから」
「そう、ありがとう。嬉しい」
受け取った絵を三人で覗き込む。明るい色調の収穫の様子は自然光に良く映えた。果実を収穫する女性たちが生き生きとして見える。
「もうこれは『嘆き』じゃないね」
「そうね。ここもオリバーが買い取ってくれたし、果実には夢が詰まってるわ」
「でも殆どラクリモライトは出ねぇんだろ?」
「殆どないってことは、まだあるってことよ。夢なんてそんなものじゃない?」
「まあ、そうかも知れねぇな。ところであんたはこれからどうすんだ?」
笑ってスケッチブックをエマは示す。そこにはテラの女性たちを夢中にしてやまないようなジュエリーのデザイン画が描かれていた。
「何処でだってわたしの仕事はできるもの。それに……過去にばかり囚われてもいられないわ。ハリーはそんなわたしを望んでないわ」
その灰色の目の見ているものをシドとハイファも見つめる。
黒い山のふもとではオリバーが手下たちと佇んでいた。それを見下ろす柔らかな微笑みにシドとハイファは苦笑する。
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