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第13話
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「うわ、すっげぇ、やっぱりデカいな!」
過去の任務で何度か軍艦に乗ったシドだったが、それでも近づいてくるとタダの男の子になった。プラモデルを趣味にするくらいで、ヒコーキだの船だの軍艦だのが大好きなのである。
まもなく低速となった軍用コイルから降りてエアロックをくぐるのかと思いきや、軍用コイルごと大きな貨物用エアロックに乗り込み収容された。
背後の大扉が閉まり、前方の大扉が開く。軍用コイルはもう停止し接地していて、スライドロードで運ばれ、同じく軍用コイルが整然と立体的に収納されたエリアで完全停止した。
「お降り頂けますでしょうか?」
そこからは士官の一人に案内されて所々に待避所のようなくぼみのある廊下を歩いた。行き交うのは黒い宙軍制服ばかり、私服の二人は人目を惹き、自然と早足になる。
「それにしても人間が多いな」
「ええ。今回コリス星系第四惑星リューラ上空での監視に赴任、二交代制の要員ですから」
呟きに応えた士官殿にシドは訊いた。
「ふうん。ところで俺たちは何処に行くんだ?」
「艦の心臓部、艦橋であります。艦長がひとことご挨拶をと、貴方がたお二人をお待ち申し上げて――」
「パス! ンなもん要らねぇって。あんた、ええと……」
「カリム三等宙尉であります」
「そうか。じゃあカリム三尉、俺たちはこれから二回のワープで合計四回なんだ」
「それは慣れていない方にはつらいですね」
「だろ?」
と、シドは親しげにカリム三尉の肩を叩き、
「リラックスできるなら何処でもいい、ブリッジ以外の何処かねぇのか? 煙草が吸えるなら、なおいい」
暫し困ったようにカリム三尉は考え込む。
「そうですね……休憩室も食堂も兵員で溢れておりますし。では自分の居室の隣が空いておりますが、そこでどうでしょうか?」
「有難いな、挨拶はあんたが代わりにしといてくれ」
そうしてエレベーターで上り、通路を延々歩いて案内されたのは二段ベッドのある小さな居室だった。フリースペースは殆どなかったが文句はない。廊下に設置されていた無料のオートドリンカでアイスコーヒーを一本手に入れると、二人は室内に篭もる。
「テラ標準時で〇三〇〇時に航行を開始し、四十分ごとに一回のワープを敢行します。計二時間の旅をゆっくりお過ごし下さい」
などというキャビンアテンダントのような言葉と、ワープ前に服用する宿酔止めの薬を二人に渡して、カリム三尉はまだ硬いまま去って行った。
シドの言った通りに艦長に挨拶しに行くのだと思われた。
ともあれ個室が貰えて満足のシドは忘れないうちに白い錠剤を口に放り込み嚥下する。ハイファも倣って錠剤を飲み込むと、ふたつ並んだ小さなデスクの付属チェアの片方に腰掛けてデスク端末を起動させた。ホロキィボードを叩き、これもホロのディスプレイを眺める。
「何やってんだ?」
「今から行くコリス星系第四惑星リューラについての復習だよ」
「ふうん、熱心なことで」
「あーたがその調子だもん、僕くらいはしっかりしないと」
「行けば何とかなるだろ」
「何とか、ねえ。それで良くも生き延びてこられたものだよね」
イヴェントストライカのクセに、などと余計な言葉は避けたが暗に伝わったようでシドが機嫌を斜めにするのが感じられた。けれど抜群の現実認識能力と適応力を身に付け、過去の別室任務で更に磨きがかかっているので、ハイファも言うほどは危惧していない。
だが現地に落っことされ、二人揃って何も知らないでは始まらないので、せめて自分だけでも予備知識を身に着けておこうとするハイファは、ついでにシドの脳ミソに僅かでも染み込んでくれたらと思い、声に出して資料を読み上げ始めた。
「……コリス星系はテラ人の宇宙進出時代が始まった約三十世紀前に第四惑星リューラだけをテラフォーミングし入植、そのあとの第一次主権闘争でテラ連邦議会の植民地委員会から星系政府が独立、と」
しかし読み上げるハイファの背後に立ったシドは、ふいに薄い肩に腕を巻き付けて椅子の背ごと抱き締める。白い頬に自分の頬をくっつけるようにして一緒にホロディスプレイを覗いた。
二人きりになった途端に缶詰めをねだるタマの如く巻き付いてきたツンデレ男に流されまいと、ハイファは心のガードを堅くして上ずってしまいそうな声のトーンを変えまいと涼しい顔ながら、内心では動揺している。
「自転周期は二十五時間五十四分五十二秒、でもピッタリ二十六時間制にしてるんだよ」
「一時間が約十二秒短い訳か」
「そういうことになるね」
「約二時間違い、初日を乗り越えたら、あとは激しいワープラグにはならずに済みそうだな」
ワープラグとは他星に行った際の時差ぼけのことだ。
「あと、カルチャーダウンはしてるけど、一般人には知らせていない宙港が二ヶ所……ちょっと、シド、そんな、耳に息は反則」
「お前、感じ易すぎだって……それとも違う『勉強』でもするか?」
「違う『勉強』って……んっ、シド、だめだったら!」
過去の任務で何度か軍艦に乗ったシドだったが、それでも近づいてくるとタダの男の子になった。プラモデルを趣味にするくらいで、ヒコーキだの船だの軍艦だのが大好きなのである。
まもなく低速となった軍用コイルから降りてエアロックをくぐるのかと思いきや、軍用コイルごと大きな貨物用エアロックに乗り込み収容された。
背後の大扉が閉まり、前方の大扉が開く。軍用コイルはもう停止し接地していて、スライドロードで運ばれ、同じく軍用コイルが整然と立体的に収納されたエリアで完全停止した。
「お降り頂けますでしょうか?」
そこからは士官の一人に案内されて所々に待避所のようなくぼみのある廊下を歩いた。行き交うのは黒い宙軍制服ばかり、私服の二人は人目を惹き、自然と早足になる。
「それにしても人間が多いな」
「ええ。今回コリス星系第四惑星リューラ上空での監視に赴任、二交代制の要員ですから」
呟きに応えた士官殿にシドは訊いた。
「ふうん。ところで俺たちは何処に行くんだ?」
「艦の心臓部、艦橋であります。艦長がひとことご挨拶をと、貴方がたお二人をお待ち申し上げて――」
「パス! ンなもん要らねぇって。あんた、ええと……」
「カリム三等宙尉であります」
「そうか。じゃあカリム三尉、俺たちはこれから二回のワープで合計四回なんだ」
「それは慣れていない方にはつらいですね」
「だろ?」
と、シドは親しげにカリム三尉の肩を叩き、
「リラックスできるなら何処でもいい、ブリッジ以外の何処かねぇのか? 煙草が吸えるなら、なおいい」
暫し困ったようにカリム三尉は考え込む。
「そうですね……休憩室も食堂も兵員で溢れておりますし。では自分の居室の隣が空いておりますが、そこでどうでしょうか?」
「有難いな、挨拶はあんたが代わりにしといてくれ」
そうしてエレベーターで上り、通路を延々歩いて案内されたのは二段ベッドのある小さな居室だった。フリースペースは殆どなかったが文句はない。廊下に設置されていた無料のオートドリンカでアイスコーヒーを一本手に入れると、二人は室内に篭もる。
「テラ標準時で〇三〇〇時に航行を開始し、四十分ごとに一回のワープを敢行します。計二時間の旅をゆっくりお過ごし下さい」
などというキャビンアテンダントのような言葉と、ワープ前に服用する宿酔止めの薬を二人に渡して、カリム三尉はまだ硬いまま去って行った。
シドの言った通りに艦長に挨拶しに行くのだと思われた。
ともあれ個室が貰えて満足のシドは忘れないうちに白い錠剤を口に放り込み嚥下する。ハイファも倣って錠剤を飲み込むと、ふたつ並んだ小さなデスクの付属チェアの片方に腰掛けてデスク端末を起動させた。ホロキィボードを叩き、これもホロのディスプレイを眺める。
「何やってんだ?」
「今から行くコリス星系第四惑星リューラについての復習だよ」
「ふうん、熱心なことで」
「あーたがその調子だもん、僕くらいはしっかりしないと」
「行けば何とかなるだろ」
「何とか、ねえ。それで良くも生き延びてこられたものだよね」
イヴェントストライカのクセに、などと余計な言葉は避けたが暗に伝わったようでシドが機嫌を斜めにするのが感じられた。けれど抜群の現実認識能力と適応力を身に付け、過去の別室任務で更に磨きがかかっているので、ハイファも言うほどは危惧していない。
だが現地に落っことされ、二人揃って何も知らないでは始まらないので、せめて自分だけでも予備知識を身に着けておこうとするハイファは、ついでにシドの脳ミソに僅かでも染み込んでくれたらと思い、声に出して資料を読み上げ始めた。
「……コリス星系はテラ人の宇宙進出時代が始まった約三十世紀前に第四惑星リューラだけをテラフォーミングし入植、そのあとの第一次主権闘争でテラ連邦議会の植民地委員会から星系政府が独立、と」
しかし読み上げるハイファの背後に立ったシドは、ふいに薄い肩に腕を巻き付けて椅子の背ごと抱き締める。白い頬に自分の頬をくっつけるようにして一緒にホロディスプレイを覗いた。
二人きりになった途端に缶詰めをねだるタマの如く巻き付いてきたツンデレ男に流されまいと、ハイファは心のガードを堅くして上ずってしまいそうな声のトーンを変えまいと涼しい顔ながら、内心では動揺している。
「自転周期は二十五時間五十四分五十二秒、でもピッタリ二十六時間制にしてるんだよ」
「一時間が約十二秒短い訳か」
「そういうことになるね」
「約二時間違い、初日を乗り越えたら、あとは激しいワープラグにはならずに済みそうだな」
ワープラグとは他星に行った際の時差ぼけのことだ。
「あと、カルチャーダウンはしてるけど、一般人には知らせていない宙港が二ヶ所……ちょっと、シド、そんな、耳に息は反則」
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「違う『勉強』って……んっ、シド、だめだったら!」
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