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第12話
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「遅くなってすみません、マイヤー警部補」
「構いませんよ。では行きましょう」
操作までマイヤー警部補に任せて二人は何となく溜息をついた。風よけドームが再び開き、オートパイロットでテイクオフした緊急機は一気に高度を取る。高々度でのBELの巡航速度はマッハ二を超えるので、すぐに窓外には何も見えなくなった。
そこでハイファがショルダーバッグを開ける。
「お腹が空いていたらマイヤー警部補もいかがですか?」
出したのはおにぎりと買ったばかりの緑茶の保温ボトルだ。
「いいですね、頂きましょうか」
「こっちが鮭でイクラ、これが確か昆布です。お茶もどうぞ」
暫し三人は簡単ながら旨い夕食に没頭する。三つずつを食べてしまうと、七分署一ボインボインと名高い警務課ミュリアルちゃんと結婚したヨシノ警部の話題などで盛り上がった。
「ミュリアルちゃんは妊娠中で、お子さんの性別で賭けが進行中なんですよね?」
「ええ。しかし『ヨシノ警部・男もイケる』疑惑で揉めているそうです」
だが次の機捜課・警務課合コンで修復してみせると、幹事を務めるマイヤー警部補は自信ありげにニヤリと笑った。やはりマイヤー警部補も機捜課の人間ということだった。
テイクオフしてから二十五分で宙港管制からの干渉がありコントロールを渡す。緊急機は宙港隅のBEL駐機場にランディングさせられた。二人は降機する。
「助かりました、ありがとうございます」
「こちらこそ、ごちそうさま。『研修』から無事に帰ってきて下さいね」
ニヤニヤ笑いのマイヤー警部補にシドとハイファは挙手敬礼、広大な宙港面からメインビルに行くために何台も待機している専用コイルの一台に乗り込んだ。
◇◇◇◇
「こんなに面倒だとは思わなかったぜ」
「ごめんね、説明が足らなかったかも」
ここはクロノス星系第二惑星レアの第一宙港、喫煙ルームでシドは煙草を吸っていた。ハイファは付き合って保冷ボトルのアイスティーを飲んでいる。時間を潰しているのだ。
テラ本星からシャトル便で四十分、間に一回のショートワープをしてタイタン第一宙港に辿り着いた。そこから直近でクロノス星系便の出る第六宙港まで定期BELでまた移動、通関をクリアして宙艦に乗り、四十分ごとにワープ二回をこなしてここまでやってきたのである。
「ここからはテラ連邦軍の巡察艦マイヅルでコリス星系第四惑星リューラまで飛ぶから」
「コリス星系まではワープ何回だって?」
「二回だよ」
「どうすんだよ、もう二回はこなしちまったんだぞ」
三千年前に反物質機関と反重力装置の発明をし、それを利用したワープ航法を会得したテラ人だが、未だにワープの弊害を克服したとは言い難いのが実情だ。ワープ前には宿酔止めの薬を飲むのが一般的な上、星系間ワープともなると一日三回までというのが常識とされている。それを超えることも勿論可能だが、ツケは自分の躰で払わなくてはならない。
更に怪我の的確な処置を怠ってのワープは厳禁、亜空間で血を攫われてワープアウトしてみたら真っ白な死体が乗っていたということにもなりかねないのだ。
「一回のオーバーは仕方ないよ、マイヅルを逃したら次はいつになるか分からないんだから」
「まあなあ、お前に文句垂れても仕方ねぇか」
「ごめんね、無理させて。でも遅いなあ、もうテラ標準時で一時だよ」
二人が愚痴っていると、やっと待ちに待ったアナウンスが入った。
《当宙港施設をご利用のお客様に申し上げます。ハイファス=ファサルート様、シド=ワカミヤ様、おられましたら一階の第七十二ゲートまでお越し下さい。繰り返しお伝え――》
「きた。シド、行こ」
煙草を消したシドは渡されたアイスティーを一気飲みし、空ボトルをダストボックスに放り込んだ。ここは二階ロビーフロア、エレベーターを使わずにオートスロープを駆け下りると、通路をうねうねと歩いて第七十二ゲートなる扉まで辿り着く。
扉の外にはテラ連邦宙軍の黒のダブルの制服を着た男が二人待っていた。階級を見れば二人ともに士官で、シドとハイファは彼らにリモータの小電力バラージ発振で身分を明かす。
「別室のファサルート二等陸尉にワカミヤ二等陸尉ですね。では、こちらへどうぞ」
たびたび使うことになるエセ軍人の身分証はとっくにシドのリモータに入っていた。下手な上級士官より権力を持つ中央所属の別室エージェントはスーパーエリート(という建前)、宙軍士官たちは少々硬い表情で待機させてあった軍用コイルに乗るよう二人を促す。
後部座席に乗り込むなりコイルは白い宙港面を疾走し始めた。
かなりとばしているものの宙軍士官の手動運転は慣れた風で不安はない。三分ほどでコイルは宙港の軍用エリアに入る。
このクロノス星系第二惑星レアの第一宙港は現在真っ昼間、グレイに塗られたファイバブロックを見渡すと、小山のような巡察艦マイヅルが見えてきた。ガンブルーの戦艦は恒星クロノスの陽を弾き、全長四百メートルはあるだろう巨体を威風堂々と晒している。
「あれがタイタン基地所属『テラの護り女神』第二艦隊の一隻、巡察艦マイヅルであります」
硬い口調で一人が律儀に解説してくれた。
ちなみに『攻撃の雄』第一艦隊は火星の衛星フォボスを母港にしていて、第二艦隊と同様にテラ連邦議会のお膝元・テラ本星の最後の砦として日々研鑽を重ねている、らしい。
「構いませんよ。では行きましょう」
操作までマイヤー警部補に任せて二人は何となく溜息をついた。風よけドームが再び開き、オートパイロットでテイクオフした緊急機は一気に高度を取る。高々度でのBELの巡航速度はマッハ二を超えるので、すぐに窓外には何も見えなくなった。
そこでハイファがショルダーバッグを開ける。
「お腹が空いていたらマイヤー警部補もいかがですか?」
出したのはおにぎりと買ったばかりの緑茶の保温ボトルだ。
「いいですね、頂きましょうか」
「こっちが鮭でイクラ、これが確か昆布です。お茶もどうぞ」
暫し三人は簡単ながら旨い夕食に没頭する。三つずつを食べてしまうと、七分署一ボインボインと名高い警務課ミュリアルちゃんと結婚したヨシノ警部の話題などで盛り上がった。
「ミュリアルちゃんは妊娠中で、お子さんの性別で賭けが進行中なんですよね?」
「ええ。しかし『ヨシノ警部・男もイケる』疑惑で揉めているそうです」
だが次の機捜課・警務課合コンで修復してみせると、幹事を務めるマイヤー警部補は自信ありげにニヤリと笑った。やはりマイヤー警部補も機捜課の人間ということだった。
テイクオフしてから二十五分で宙港管制からの干渉がありコントロールを渡す。緊急機は宙港隅のBEL駐機場にランディングさせられた。二人は降機する。
「助かりました、ありがとうございます」
「こちらこそ、ごちそうさま。『研修』から無事に帰ってきて下さいね」
ニヤニヤ笑いのマイヤー警部補にシドとハイファは挙手敬礼、広大な宙港面からメインビルに行くために何台も待機している専用コイルの一台に乗り込んだ。
◇◇◇◇
「こんなに面倒だとは思わなかったぜ」
「ごめんね、説明が足らなかったかも」
ここはクロノス星系第二惑星レアの第一宙港、喫煙ルームでシドは煙草を吸っていた。ハイファは付き合って保冷ボトルのアイスティーを飲んでいる。時間を潰しているのだ。
テラ本星からシャトル便で四十分、間に一回のショートワープをしてタイタン第一宙港に辿り着いた。そこから直近でクロノス星系便の出る第六宙港まで定期BELでまた移動、通関をクリアして宙艦に乗り、四十分ごとにワープ二回をこなしてここまでやってきたのである。
「ここからはテラ連邦軍の巡察艦マイヅルでコリス星系第四惑星リューラまで飛ぶから」
「コリス星系まではワープ何回だって?」
「二回だよ」
「どうすんだよ、もう二回はこなしちまったんだぞ」
三千年前に反物質機関と反重力装置の発明をし、それを利用したワープ航法を会得したテラ人だが、未だにワープの弊害を克服したとは言い難いのが実情だ。ワープ前には宿酔止めの薬を飲むのが一般的な上、星系間ワープともなると一日三回までというのが常識とされている。それを超えることも勿論可能だが、ツケは自分の躰で払わなくてはならない。
更に怪我の的確な処置を怠ってのワープは厳禁、亜空間で血を攫われてワープアウトしてみたら真っ白な死体が乗っていたということにもなりかねないのだ。
「一回のオーバーは仕方ないよ、マイヅルを逃したら次はいつになるか分からないんだから」
「まあなあ、お前に文句垂れても仕方ねぇか」
「ごめんね、無理させて。でも遅いなあ、もうテラ標準時で一時だよ」
二人が愚痴っていると、やっと待ちに待ったアナウンスが入った。
《当宙港施設をご利用のお客様に申し上げます。ハイファス=ファサルート様、シド=ワカミヤ様、おられましたら一階の第七十二ゲートまでお越し下さい。繰り返しお伝え――》
「きた。シド、行こ」
煙草を消したシドは渡されたアイスティーを一気飲みし、空ボトルをダストボックスに放り込んだ。ここは二階ロビーフロア、エレベーターを使わずにオートスロープを駆け下りると、通路をうねうねと歩いて第七十二ゲートなる扉まで辿り着く。
扉の外にはテラ連邦宙軍の黒のダブルの制服を着た男が二人待っていた。階級を見れば二人ともに士官で、シドとハイファは彼らにリモータの小電力バラージ発振で身分を明かす。
「別室のファサルート二等陸尉にワカミヤ二等陸尉ですね。では、こちらへどうぞ」
たびたび使うことになるエセ軍人の身分証はとっくにシドのリモータに入っていた。下手な上級士官より権力を持つ中央所属の別室エージェントはスーパーエリート(という建前)、宙軍士官たちは少々硬い表情で待機させてあった軍用コイルに乗るよう二人を促す。
後部座席に乗り込むなりコイルは白い宙港面を疾走し始めた。
かなりとばしているものの宙軍士官の手動運転は慣れた風で不安はない。三分ほどでコイルは宙港の軍用エリアに入る。
このクロノス星系第二惑星レアの第一宙港は現在真っ昼間、グレイに塗られたファイバブロックを見渡すと、小山のような巡察艦マイヅルが見えてきた。ガンブルーの戦艦は恒星クロノスの陽を弾き、全長四百メートルはあるだろう巨体を威風堂々と晒している。
「あれがタイタン基地所属『テラの護り女神』第二艦隊の一隻、巡察艦マイヅルであります」
硬い口調で一人が律儀に解説してくれた。
ちなみに『攻撃の雄』第一艦隊は火星の衛星フォボスを母港にしていて、第二艦隊と同様にテラ連邦議会のお膝元・テラ本星の最後の砦として日々研鑽を重ねている、らしい。
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