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第20話
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肘でそっとハイファを小突いて目で肉を示す。ハイファは何でもないことのように肉にナイフを入れ、ひとくちサイズに切ってから優雅な仕草で口に入れた。
咀嚼して飲み込むと微笑んでジェフを称える。
「これ、すごくいい牛肉使ってる。お魚も新鮮だし、この宿にして正解かも」
「肉は友人の牧場と契約しておるから。自信作を食べて貰うのが幸せ、宿は半ば趣味で――」
会話を聞いて安心しシドは肉料理に取り掛かった。文句なく旨い肉とソースだった。
「こいつはハイファ、お前の料理に匹敵するぞ」
「お客さんも料理をするのかね?」
「僕はハイファスで、こっちはシドです。この人、台所では何もできませんから料理は僕が――」
料理談義にハイファとジェフは花を咲かせ、あっという間に意気投合したようだ。一方シドはあっという間に全てのプレートを空にする。
この星の慣習なのかも知れないが、食後になってジェフが酒瓶を出してきた。気泡の入った薄緑のグラスにディジェスティフとしてブランデーが注がれ振る舞われる。シドは香りを愉しみ、ハイファが料理を堪能し終えてから、煙草とともに琥珀の液体を味わった。
「これもすごく香りが深い。ジェフ、本当に趣味がいいね」
「そうかね? まあ、好きなだけやりなされ」
だからといってブランデーだ。ハイファはグラス半分で目許を赤くし、どれだけ飲んでも酔わないシドも二杯で切り上げる。頃合いを見計らったジェフがカウンターから出てきた。
「では、部屋に案内しようかの」
洗面所の裏手に階段があり、食堂の客もそのままにジェフは上階へと上ってゆく。木製の階段は時折軋んでシドをヒヤリとさせたが、勿論抜け落ちることはない。
案内されたのは三階の部屋だった。訊けば二階にシングルがふたつ、三階にダブルがひとつしかなく、本当に宿は趣味でやっているらしい。
部屋に入るとジェフがランプに火を入れる。浮かび上がったのはフローリングに置かれたベッドとデスクにチェア、クローゼットとフリースペースに敷かれたラグだった。
調度は全て木製で飴色、敷かれたラグは手の込んだパッチワークである。奥に洗面所とトイレにバスルーム付きという、たぶんこの星ではかなり豪華と思われるしつらえだった。
「わあ、宿もここにして正解だったかも」
「ここは新婚旅行用の特別室だからの。空いておってよかった」
そう言ってジェフは二人のペアリングに目をやり、冷やかすでもなく笑った。
「分からんことがあれば聞きなされ。わしは食堂の奥に寝床があるでの」
忙しいのにそれと感じさせないジェフが去ると二人揃って欠伸をする。
「さっさと風呂に入って寝るか」
結構広いバスルームに再び入ってみると、シャワーなどもあったが目に付いたのはバスタブだ。コンクリートか何かに薄い石を組み合わせ、貼り付けて幾何学模様が描かれている。ポンプでシドが水を溜めてみた。湯気の立つ水にハイファが触れる。
「あったかいよ、温泉かな?」
「かもな。今日はこれに浸かって疲れを癒そうぜ」
「一緒に入る?」
「ああ、新婚だそうだからな」
笑い合って交代でポンプを押し、満々と湯を溜めると部屋に戻って二人は服を脱いだ。
バスルームの前にかごがあり、中にガウンとバスタオル代わりの布が積み重ねられているのを確認し、二人は思い切りよくバスタブに身を沈める。
「ああー、気持ちいいかも。溶けるよーっ」
「これはいいな、クセになりそうだぜ」
さすがに男二人で手足を伸ばせるとまではいかないが、向かい合って湯に首まで浸かっていると自然に笑みが零れた。置いてあった固形石けんで交互に全身を洗い、また浸かる。
存分に湯浴みを堪能して上がると布で躰と髪を拭いガウンを着た。シドがブルーでハイファがピンクというのは本当に新婚みたいで二人は苦笑を洩らす。
「シド、もっとちゃんと髪、拭かなきゃ。また寝ぐせがつくよ」
「濡らせば直るからいい」
「……ごめんね、シド」
「急に何なんだよ?」
「僕は貴方を『棒に当たる犬』なんて考えてなかったんだけど……」
唐突に何を言い出すかと身構えればそんなことかと、シドは手を伸ばしてハイファの白い額を軽く弾いた。ずっと気にしていたらしい様子が伺えて愛しく、乾きかけた金糸を撫でる。
「いいって、気にするな。実際俺も何かにぶち当たらねぇと、手も足も出ねぇからな」
「そんな……でも人魚を管理してる場所くらいはジェフに訊いたら分かるかも」
「確かに訊いた方が早いのかも知れねぇが――」
チェアに前後逆に腰掛けたシドは煙草を咥えて火を点けた。灰皿を手にする。
「――誰かが海洋性人種を管理してる。一般人が扱えば一般人に知れるだろ」
「存在は知ってるけど、殆ど見たことがない……秘密裏に管理できる人?」
「そういうことだ。デリンジャー伯爵、屋敷だか城だかは何処だ?」
「ええと、別室資料のこの辺りに……あった。地図がこれ」
リモータアプリの十四インチホロスクリーンに映し出されたのはこのトキアの街の俯瞰図、港から随分と離れた海沿いにデリンジャー伯爵の屋敷はあった。街からも少々外れている。
「海沿いってのは最重要ポイントだよな」
「でも五千人を収容するのは無理じゃない?」
「他にも海沿いの街くらいあるってお前が言ったんだぞ。貴族も一人じゃねぇだろ」
「あ、そっか。それで貴族自身が人魚を他星に売り捌いてる?」
「そいつはどうだかな。エグい話だが、肉に加工するなら一旦運び出すだろ?」
自分で言いつつシドは想像した。飼われた人魚が養殖場から出される。彼らは他星へ売り飛ばされるための宙艦行きと、食肉工場とに分けられるのだ。
胸が悪くなるような想像は、たぶん想像ではない。……黒髪の頭を振った。
「そもそも何で海洋性人種が売買の対象になってんだよ?」
「それはね、昔々のことなんだけど、このコリス星系第四惑星リューラで戦争があったからなんだって――」
咀嚼して飲み込むと微笑んでジェフを称える。
「これ、すごくいい牛肉使ってる。お魚も新鮮だし、この宿にして正解かも」
「肉は友人の牧場と契約しておるから。自信作を食べて貰うのが幸せ、宿は半ば趣味で――」
会話を聞いて安心しシドは肉料理に取り掛かった。文句なく旨い肉とソースだった。
「こいつはハイファ、お前の料理に匹敵するぞ」
「お客さんも料理をするのかね?」
「僕はハイファスで、こっちはシドです。この人、台所では何もできませんから料理は僕が――」
料理談義にハイファとジェフは花を咲かせ、あっという間に意気投合したようだ。一方シドはあっという間に全てのプレートを空にする。
この星の慣習なのかも知れないが、食後になってジェフが酒瓶を出してきた。気泡の入った薄緑のグラスにディジェスティフとしてブランデーが注がれ振る舞われる。シドは香りを愉しみ、ハイファが料理を堪能し終えてから、煙草とともに琥珀の液体を味わった。
「これもすごく香りが深い。ジェフ、本当に趣味がいいね」
「そうかね? まあ、好きなだけやりなされ」
だからといってブランデーだ。ハイファはグラス半分で目許を赤くし、どれだけ飲んでも酔わないシドも二杯で切り上げる。頃合いを見計らったジェフがカウンターから出てきた。
「では、部屋に案内しようかの」
洗面所の裏手に階段があり、食堂の客もそのままにジェフは上階へと上ってゆく。木製の階段は時折軋んでシドをヒヤリとさせたが、勿論抜け落ちることはない。
案内されたのは三階の部屋だった。訊けば二階にシングルがふたつ、三階にダブルがひとつしかなく、本当に宿は趣味でやっているらしい。
部屋に入るとジェフがランプに火を入れる。浮かび上がったのはフローリングに置かれたベッドとデスクにチェア、クローゼットとフリースペースに敷かれたラグだった。
調度は全て木製で飴色、敷かれたラグは手の込んだパッチワークである。奥に洗面所とトイレにバスルーム付きという、たぶんこの星ではかなり豪華と思われるしつらえだった。
「わあ、宿もここにして正解だったかも」
「ここは新婚旅行用の特別室だからの。空いておってよかった」
そう言ってジェフは二人のペアリングに目をやり、冷やかすでもなく笑った。
「分からんことがあれば聞きなされ。わしは食堂の奥に寝床があるでの」
忙しいのにそれと感じさせないジェフが去ると二人揃って欠伸をする。
「さっさと風呂に入って寝るか」
結構広いバスルームに再び入ってみると、シャワーなどもあったが目に付いたのはバスタブだ。コンクリートか何かに薄い石を組み合わせ、貼り付けて幾何学模様が描かれている。ポンプでシドが水を溜めてみた。湯気の立つ水にハイファが触れる。
「あったかいよ、温泉かな?」
「かもな。今日はこれに浸かって疲れを癒そうぜ」
「一緒に入る?」
「ああ、新婚だそうだからな」
笑い合って交代でポンプを押し、満々と湯を溜めると部屋に戻って二人は服を脱いだ。
バスルームの前にかごがあり、中にガウンとバスタオル代わりの布が積み重ねられているのを確認し、二人は思い切りよくバスタブに身を沈める。
「ああー、気持ちいいかも。溶けるよーっ」
「これはいいな、クセになりそうだぜ」
さすがに男二人で手足を伸ばせるとまではいかないが、向かい合って湯に首まで浸かっていると自然に笑みが零れた。置いてあった固形石けんで交互に全身を洗い、また浸かる。
存分に湯浴みを堪能して上がると布で躰と髪を拭いガウンを着た。シドがブルーでハイファがピンクというのは本当に新婚みたいで二人は苦笑を洩らす。
「シド、もっとちゃんと髪、拭かなきゃ。また寝ぐせがつくよ」
「濡らせば直るからいい」
「……ごめんね、シド」
「急に何なんだよ?」
「僕は貴方を『棒に当たる犬』なんて考えてなかったんだけど……」
唐突に何を言い出すかと身構えればそんなことかと、シドは手を伸ばしてハイファの白い額を軽く弾いた。ずっと気にしていたらしい様子が伺えて愛しく、乾きかけた金糸を撫でる。
「いいって、気にするな。実際俺も何かにぶち当たらねぇと、手も足も出ねぇからな」
「そんな……でも人魚を管理してる場所くらいはジェフに訊いたら分かるかも」
「確かに訊いた方が早いのかも知れねぇが――」
チェアに前後逆に腰掛けたシドは煙草を咥えて火を点けた。灰皿を手にする。
「――誰かが海洋性人種を管理してる。一般人が扱えば一般人に知れるだろ」
「存在は知ってるけど、殆ど見たことがない……秘密裏に管理できる人?」
「そういうことだ。デリンジャー伯爵、屋敷だか城だかは何処だ?」
「ええと、別室資料のこの辺りに……あった。地図がこれ」
リモータアプリの十四インチホロスクリーンに映し出されたのはこのトキアの街の俯瞰図、港から随分と離れた海沿いにデリンジャー伯爵の屋敷はあった。街からも少々外れている。
「海沿いってのは最重要ポイントだよな」
「でも五千人を収容するのは無理じゃない?」
「他にも海沿いの街くらいあるってお前が言ったんだぞ。貴族も一人じゃねぇだろ」
「あ、そっか。それで貴族自身が人魚を他星に売り捌いてる?」
「そいつはどうだかな。エグい話だが、肉に加工するなら一旦運び出すだろ?」
自分で言いつつシドは想像した。飼われた人魚が養殖場から出される。彼らは他星へ売り飛ばされるための宙艦行きと、食肉工場とに分けられるのだ。
胸が悪くなるような想像は、たぶん想像ではない。……黒髪の頭を振った。
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