35 / 43
第35話
しおりを挟む
頭を振ると隣を歩くバディのノーブルな横顔を見た。
「で、ンな簡単な図式を何だって別室は見逃したってか?」
「何もかもがコリス星系政府とテラ連邦議会の最深部での『口約束』だったのと、『種の保存委員会』は殆ど独立機関ともいえる位置にあるから、情報が入らなかったのが敗因だってサ」
「ふん。荷運びにテラ連邦軍まで動かしておいて、よく言うぜ」
「確かに怪しいよね。でも今回は何が『裏命令』だったのか分からないよ」
これまでにもたびたびあった。とある任務を遂行すると、それに付随して達せられる『裏』の目的が。それに翻弄されて二人はときに喜び、ときに苦い思いを味わってきたのだ。
テラ連邦軍までが『運び屋』を務めておいて【疑惑を解明】など笑わせる。そんなものの他に二人が動くことで達せられる何かがある筈だった。それが何なのか分からない。
だがもうシドは詮索する気などなかった。
「じゃあ、俺たちはお役ご免か?」
「うーん、まだ【海洋性人種を違法に取引するグループ】の特定ができてないからねえ」
「何だ、まだウチに帰れねぇのか……ゲホッ」
「誰かさんが悪さをしたから、まだマイヅルにも帰れないよ」
「こんな風邪くらいで……ゲホゲホゲホ、ゴホッ!」
「あーあ、これだもんね。遠かりし高度文明圏だよ」
ドロップスの宿屋に着くと二人は早速風呂で躰を温めた。ジェフ特製の濃いミルクティーを飲んだあと、さすがにハイファの勘気を怖れた不良患者は大人しくベッドに入ったが、額に手を当てれば確実に四十度クラスの熱を出しているのにハイファは慌てた。
「僕、お医者さん呼んでくる!」
「待てよハイファ。この荒れた中に出て行くな……ゲホゴホッ!」
「あああ、もう連絡艇呼んで、取り敢えずマイヅルに収容して貰って――」
「よせって、それこそUFO出現で街中がパニックに……ハックシュン、ずびび」
「どうしよう、タダでさえ沸いてる脳が煮えちゃうよ!」
「どうもしないでいい! 俺は寝る、寝るからな」
宣言して目を瞑ったシドをハイファはじっと見つめる。高熱のクセに顔色は相変わらず血の気が引いて白く、整いすぎるほどの端正さと相まって、まるでよくできた人形のようだった。いつまでも眺めていたい風情だったが、銃の手入れだけはしておかなければならない。
海水で濡れたシドのレールガンも整備し終えると時刻は二十四時すぎだった。二丁をベッドのヘッドボードの棚に並べるとハードに動いたハイファも欠伸が出る。
監視を兼ねて寝てしまおうとシドの隣に潜り込み、熱い背を抱き締めた。
◇◇◇◇
翌朝のハイファは騒がしさに気付いて目を覚ました。同時にシドも目覚めたようで、切れ長の目を鈍く開き黒い瞳を覗かせている。
キスを求める愛し人の仕草を綺麗に無視してハイファは涼しげに言った。
「おはよう、シド。熱は……」
と、シドの額に手を当ててみる。
「うーん、まだ下がらないみたいだね」
「んあ、そうか? それより何なんだ、いったい」
「見てくるから貴方は寝てて」
騒がしいのは窓の外だ。ハイファはベッドを滑り降りると、歪んだガラス窓に近寄ってチャチなロックを外し開けてみる。すると目前の大通りが人々で埋まっていた。
「うわあ、すんごい人の数だよ。何これ?」
荒れ模様が一転した快晴の空の下には何処から湧いて出たかと思うほど人また人の渦である。子供から老人までが口々に叫んでいるが何を言っているのか分からないくらいの喧噪だ。紺色の制服を着た警察官が右往左往している。
「確かにこいつはすげぇな」
傍にやってきたシドも目を瞠っていた。
「寝ててって言ったのに。ほら、ベッド!」
「『ハウス!』みたいに言うなよ。ちょっとくらいはいいだろ」
「ったく。……でもいったい何なんだろうね?」
「おっ、あそこに何か書いてあるぞ」
遥か遠く、人々の先頭らしき辺りでプラカードや横断幕のようなものが幾つも見え隠れしている。抜群の視力で二人はそれを読み取った。
「へえ、『海洋性人種を救え!』か」
「『人魚の食用反対!』とも書いてあるね。ふうん、デモ隊ってことかあ」
納得して窓を半分だけ閉める。リモータを見ればもう八時過ぎで、ハイファは着替え始めた。当然のようにシドまで着替えだしたのを睨んだが、愛し人は何処吹く風で顔を洗い寝ぐせを直して執銃まですると対衝撃ジャケットを羽織った。
「腹減ったな、朝メシ食いに行こうぜ」
空腹男を止め得る言葉が見つからず、ハイファは準備を終えると仕方なくシドとつれだって一階の食堂に降りる。すると食堂は思いがけないほどの大盛況だった。
「おはよう、ジェフ。いったいどうしたの?」
「週末とデモが重なっての」
カウンター席にいた客たちがずれてくれて椅子がふたつ空けられる。有難く二人は着席した。テーブルは満席、足元に手製のプラカードを置いている者も見受けられる。
サラダやスープなどをカウンター越しに受け取りながらハイファが訊く。
「週末はいつもこんな風なのかな?」
「いや、ここまでのは初めてだ。どうしたものやら、街全体が浮き足立っておる」
「ふうん。……あ、ありがとう」
焼きたてパンや卵料理に腸詰めのソテーのプレートを受け取り二人は食事を開始する。だが窓の外では大勢の人の流れが途切れなく、喧噪も伝わってきて落ち着かない。
何となくペースを上げて食し終えてしまうとシドが出した煙草をハイファは取り上げた。
「あんなに咳してて、禁煙ですっ!」
「咳は止まったんだし、無害なんだからいいだろ!」
「だめっ! いつまで経っても帰れなくてもいいの?」
「煙草の一本や二本、関係ねぇだろ!」
大声での応酬に客たちから振り向かれ、ここは大人になったハイファが煙草のパッケージから一本だけ抜いてシドに手渡した。その一本をシドはフィルタぎりぎりまで吸い尽くす。
そんなシドを横目にハイファはジェフの手伝いで皿運びだ。ひっきりなしにやってきた客も十時近くなって、やっと殆どが捌ける。様子を見計らってシドは腰を上げた。部屋に戻るかと思いきや、ドアを開けて出て行こうとするのをハイファは慌てて追う。
「ちょっとシド、何処に行くのサ?」
「デモの様子を見てくるだけだ」
当然ハイファは押し留めようとしたが、シドは耳が閉じた二枚貝にでもなったような顔をして外に出てしまう。ハイファは柳眉をひそめて溜息ひとつ、シドを追いかけた。
外のデモ隊はまばらとなっていたが港の方からはまだ騒がしい気配が漂ってくる。そちらに向かってすたすたと歩を進めるシドは本気でデモ隊を見物に行く気らしい。
「熱出してるのに野次馬なんて……」
「ふん。お前はキスもさせてくれねぇし、ヒマ潰しだ」
「ヒマ潰しに使われるほどお安くないし、僕にも意地があるからね」
「で、ンな簡単な図式を何だって別室は見逃したってか?」
「何もかもがコリス星系政府とテラ連邦議会の最深部での『口約束』だったのと、『種の保存委員会』は殆ど独立機関ともいえる位置にあるから、情報が入らなかったのが敗因だってサ」
「ふん。荷運びにテラ連邦軍まで動かしておいて、よく言うぜ」
「確かに怪しいよね。でも今回は何が『裏命令』だったのか分からないよ」
これまでにもたびたびあった。とある任務を遂行すると、それに付随して達せられる『裏』の目的が。それに翻弄されて二人はときに喜び、ときに苦い思いを味わってきたのだ。
テラ連邦軍までが『運び屋』を務めておいて【疑惑を解明】など笑わせる。そんなものの他に二人が動くことで達せられる何かがある筈だった。それが何なのか分からない。
だがもうシドは詮索する気などなかった。
「じゃあ、俺たちはお役ご免か?」
「うーん、まだ【海洋性人種を違法に取引するグループ】の特定ができてないからねえ」
「何だ、まだウチに帰れねぇのか……ゲホッ」
「誰かさんが悪さをしたから、まだマイヅルにも帰れないよ」
「こんな風邪くらいで……ゲホゲホゲホ、ゴホッ!」
「あーあ、これだもんね。遠かりし高度文明圏だよ」
ドロップスの宿屋に着くと二人は早速風呂で躰を温めた。ジェフ特製の濃いミルクティーを飲んだあと、さすがにハイファの勘気を怖れた不良患者は大人しくベッドに入ったが、額に手を当てれば確実に四十度クラスの熱を出しているのにハイファは慌てた。
「僕、お医者さん呼んでくる!」
「待てよハイファ。この荒れた中に出て行くな……ゲホゴホッ!」
「あああ、もう連絡艇呼んで、取り敢えずマイヅルに収容して貰って――」
「よせって、それこそUFO出現で街中がパニックに……ハックシュン、ずびび」
「どうしよう、タダでさえ沸いてる脳が煮えちゃうよ!」
「どうもしないでいい! 俺は寝る、寝るからな」
宣言して目を瞑ったシドをハイファはじっと見つめる。高熱のクセに顔色は相変わらず血の気が引いて白く、整いすぎるほどの端正さと相まって、まるでよくできた人形のようだった。いつまでも眺めていたい風情だったが、銃の手入れだけはしておかなければならない。
海水で濡れたシドのレールガンも整備し終えると時刻は二十四時すぎだった。二丁をベッドのヘッドボードの棚に並べるとハードに動いたハイファも欠伸が出る。
監視を兼ねて寝てしまおうとシドの隣に潜り込み、熱い背を抱き締めた。
◇◇◇◇
翌朝のハイファは騒がしさに気付いて目を覚ました。同時にシドも目覚めたようで、切れ長の目を鈍く開き黒い瞳を覗かせている。
キスを求める愛し人の仕草を綺麗に無視してハイファは涼しげに言った。
「おはよう、シド。熱は……」
と、シドの額に手を当ててみる。
「うーん、まだ下がらないみたいだね」
「んあ、そうか? それより何なんだ、いったい」
「見てくるから貴方は寝てて」
騒がしいのは窓の外だ。ハイファはベッドを滑り降りると、歪んだガラス窓に近寄ってチャチなロックを外し開けてみる。すると目前の大通りが人々で埋まっていた。
「うわあ、すんごい人の数だよ。何これ?」
荒れ模様が一転した快晴の空の下には何処から湧いて出たかと思うほど人また人の渦である。子供から老人までが口々に叫んでいるが何を言っているのか分からないくらいの喧噪だ。紺色の制服を着た警察官が右往左往している。
「確かにこいつはすげぇな」
傍にやってきたシドも目を瞠っていた。
「寝ててって言ったのに。ほら、ベッド!」
「『ハウス!』みたいに言うなよ。ちょっとくらいはいいだろ」
「ったく。……でもいったい何なんだろうね?」
「おっ、あそこに何か書いてあるぞ」
遥か遠く、人々の先頭らしき辺りでプラカードや横断幕のようなものが幾つも見え隠れしている。抜群の視力で二人はそれを読み取った。
「へえ、『海洋性人種を救え!』か」
「『人魚の食用反対!』とも書いてあるね。ふうん、デモ隊ってことかあ」
納得して窓を半分だけ閉める。リモータを見ればもう八時過ぎで、ハイファは着替え始めた。当然のようにシドまで着替えだしたのを睨んだが、愛し人は何処吹く風で顔を洗い寝ぐせを直して執銃まですると対衝撃ジャケットを羽織った。
「腹減ったな、朝メシ食いに行こうぜ」
空腹男を止め得る言葉が見つからず、ハイファは準備を終えると仕方なくシドとつれだって一階の食堂に降りる。すると食堂は思いがけないほどの大盛況だった。
「おはよう、ジェフ。いったいどうしたの?」
「週末とデモが重なっての」
カウンター席にいた客たちがずれてくれて椅子がふたつ空けられる。有難く二人は着席した。テーブルは満席、足元に手製のプラカードを置いている者も見受けられる。
サラダやスープなどをカウンター越しに受け取りながらハイファが訊く。
「週末はいつもこんな風なのかな?」
「いや、ここまでのは初めてだ。どうしたものやら、街全体が浮き足立っておる」
「ふうん。……あ、ありがとう」
焼きたてパンや卵料理に腸詰めのソテーのプレートを受け取り二人は食事を開始する。だが窓の外では大勢の人の流れが途切れなく、喧噪も伝わってきて落ち着かない。
何となくペースを上げて食し終えてしまうとシドが出した煙草をハイファは取り上げた。
「あんなに咳してて、禁煙ですっ!」
「咳は止まったんだし、無害なんだからいいだろ!」
「だめっ! いつまで経っても帰れなくてもいいの?」
「煙草の一本や二本、関係ねぇだろ!」
大声での応酬に客たちから振り向かれ、ここは大人になったハイファが煙草のパッケージから一本だけ抜いてシドに手渡した。その一本をシドはフィルタぎりぎりまで吸い尽くす。
そんなシドを横目にハイファはジェフの手伝いで皿運びだ。ひっきりなしにやってきた客も十時近くなって、やっと殆どが捌ける。様子を見計らってシドは腰を上げた。部屋に戻るかと思いきや、ドアを開けて出て行こうとするのをハイファは慌てて追う。
「ちょっとシド、何処に行くのサ?」
「デモの様子を見てくるだけだ」
当然ハイファは押し留めようとしたが、シドは耳が閉じた二枚貝にでもなったような顔をして外に出てしまう。ハイファは柳眉をひそめて溜息ひとつ、シドを追いかけた。
外のデモ隊はまばらとなっていたが港の方からはまだ騒がしい気配が漂ってくる。そちらに向かってすたすたと歩を進めるシドは本気でデモ隊を見物に行く気らしい。
「熱出してるのに野次馬なんて……」
「ふん。お前はキスもさせてくれねぇし、ヒマ潰しだ」
「ヒマ潰しに使われるほどお安くないし、僕にも意地があるからね」
0
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる