セイレーン~楽園27~

志賀雅基

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第36話

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 やがて辿り着いた港は黒山の人だかりで、そこからデモ本隊は右方向へと流れ出していた。彼らと混じり、シドはぐいぐいと歩いてゆく。そうしていると流れが滞りだした。

 しなやかな足取りで人々を抜き去って、シドはデモ隊の先頭が見える位置まで到着する。デモ隊のゴール地点はデリンジャー伯爵の屋敷前だった。そこはうねり渦巻くような人だらけ、プラカードを高く掲げては誰もが怒号を放っている。

「海洋性人種を解放しろ!」
「人の形をしたものを食うなんて、言語道断だ!」
「何が食文化だ、俺たちにそんな文化は要らねぇぞ!」
「そうだそうだ!」

 耳を聾せんばかりの騒ぎに、シドは人をかき分けて海側に出た。膨れ上がって白いビーチにまで人々がはみ出している。設置されていた有刺鉄線は人々の手で押し退けられ、伯爵邸の庭たるプライヴェートビーチにまで老若男女が溢れていた。

 彼らの中に激しく手を振る男がいる。アーサーだ。二人の許に走ってくる。

「何だ、伯爵の総領息子までがデモに参加かよ?」
「参加したんじゃねぇ、俺たちがみんなに呼び掛けたんだ」
「俺たちって?」

 首を傾げたハイファにアーサーは胸を張った。

「昨日のカチコミ漁師のクリーヴたちっす。それもこのトキアだけじゃねぇ、海沿いの街という街で今頃はデモ隊が貴族の屋敷になだれ込んでいる筈っすよ」

 人魚の恋人を食われたというクリーヴたちとアーサーは意気投合し、海沿いの街の漁師たちや次代の貴族たちとも連絡を取り合い、一斉蜂起したのだという。

「あれも計画の一部っす」

 指したのは海の方向、堤防と網に囲まれた養殖場に漁船が何隻も迫っていた。

「もしかして網を切るつもりなの?」
「おうよ。俺たちだってやるときにはやるんだ。それにレヴィ島にはカチコミ第二部隊が漁船十五隻でなだれ込んでるって寸法さ。もう誰にも人魚を食うような真似をさせねぇ」

「でも人魚たち自身が『食べられる幸せ』みたいな意識を持ってるんでしょ。彼らにはどう説明をつけるのサ?」
「抜かりはないっすよ。漁師たちが自由な人魚たちに協力を取り付け済み、洗脳された人魚にそもそもの人魚の成り立ちから説明して説得することになってるっすから」

 宗教観と云えるほどに刷り込まれた洗脳を解くのは難しいだろうが、食べる者がいなくなるなら話は別だ。時間さえあれば人魚たちが精神的に自由を取り戻すのも可能だと思われた。

「ふうん、そっか。アーサーもやるじゃない」

 必殺・男転ばしの微笑みで褒められたアーサーは照れて鼻の下を擦った。その間にもデモ隊は堤防によじ登り、漁船の乗組員らとともに張られた網を切断に掛かっている。
 様子を眺めながらシドが小声でハイファに訊いた。

「でもさ、『種の保存委員会』の人魚他星移住計画はどうなるんだ?」
「心配要らないんじゃないかな。多少は遅れるかもだけどキッチリ仕事はする筈だよ。テラ連邦議会としても汎銀河条約機構で異星系人種から叩かれたくはないだろうしね」

「なるほど。じゃあ今、生きてる人魚は全てが他星の海に送られる訳だな?」
「この先もアーサーたちが上手くやれば、そういうことになるんじゃないかな」
「ふ……ん。どうやら『裏命令』が解ったみてぇだな」

 テラ連邦軍が人魚の運び出しをやっていた以上、このリューラにシドとハイファを放り込む必要はなかった。ここで解明すべき疑惑などないのだ。それでも二人は何かを期待されて投げ込まれた。別室戦略・戦術コンならば一定条件下で自分たちが取り得る行動を、ある程度まで計算し予測することは可能だろう。

 だが結局は最初から手札を晒さない別室長ユアン=ガードナーの掌で踊らされたも同然で、愛し人のご機嫌をハイファは窺ったが、意外にもシドはさっぱりした顔つきをしていた。

「請求した資料にはこの先、人魚が他星で種を維持していくための数として現在の段階でもうギリギリだって書いてあったしね」
「そうか。んで、人魚たちは何処の星に移住させてるってか?」
「パライバ星系第三惑星アジュルだよ、あの宝石が採れるので有名な」
「ふうん、アジュルか――」

 アジュルにはシドも行ったことがあった。ハイファと初めてのプライヴェート旅行をした、碧く美しい海が広がる星だ。そこで自由に泳ぎ回るクリシュナたちを想像する。

 地上の宝石に負けないくらい、彼女たちは穏やかな波間で煌めくことだろう。

◇◇◇◇

「まずはワープ二回、でも本当に知らないからね」
「まあ、そうガミガミ言うなって」
「言いたくもなるよ、まだ熱も完全に下がってないのに!」

 デモのあった次の日、ここは既に巡察艦マイヅルの中だ。朝食を摂ってチェックアウトし、ジェフに別れを告げて二人はトキアの港からセイレーナ島に渡った。
 セイレーナ島の宙港では連絡を受けたカリム三尉と連絡艇が待っていて、シドとハイファはコリス星系第四惑星リューラを速やかに離れマイヅルに戻ってきたのである。

 今はクロノス星系第二惑星レアに向かう連絡艇を前にして二人は言い争っているのだ。

「あのう、そろそろ乗艦されないと……」

 控えめなカリム三尉の言葉に促され、シドはさっさと連絡艇に乗り込んだ。しぶしぶハイファも続く。エアロックをくぐってシートに並んで収まるとカリム三尉がワープ薬を二人に配ってから士官の手本のような挙手敬礼をした。

「では、自分はこれにて」
「色々とありがとう、元気でね」
「はい。お二方もご健勝で」

 改めて相互に敬礼しカリム三尉が去ると、シートが半分ほど埋まった連絡艇はマイヅルの巨大エアロックに引き込まれ、まもなく軍艦の腹から射出される。クロノス星系第二惑星レアまでは四十分おきに二回のワープ、二時間の行程だ。二人はワープ薬を嚥下すると前部モニタに映るリューラの紫がかった青い球を眺め続けた。

 やがて一回目のワープで前部モニタは切り替わり連絡艇の背後を映し出す。
 連絡艇といってもかなり大きく小型宙艦ほどもあって、背後には幾つものコンテナを連結していた。マイズルの必要とする物資を迎えに行くためのコンテナ群だ。

「あの中にも人魚がいるのかも知れねぇな」
「そうだね。パライバ星系もレアからワープ二回だし」
「んで、俺たちもパライバ星系に行かなきゃならねぇってことだな」

「取り敢えず貴方はクロノス星系のレアのホテルで寝るんだよ」
「寝てちゃ、人魚の違法取引グループを探れねぇだろうが」
「焦る気持ちも分かるけど、その熱でワープ四回なんてさせられませんからね」
「……」

 聞こえていないフリで耳をかっぽじるバディにハイファは苛つきを溜息に変える。

 ともあれ二時間の行程は難なくこなし、連絡艇とコンテナ群はクロノス星系第二惑星レアの第一宙港に無事到着した。軍港エリアで降ろされた二人は軍用コイルを捕まえて民間宙港側まで送って貰う。宙港メインビルのロータリーで軍関係者とはオサラバだ。
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