セイレーン~楽園27~

志賀雅基

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第39話

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「ハイファ、奴らを尾行つけるぞ」
「アイ・サー」

 じゅるじゅるとドリンクを吸いつつ背後の三人が動くのを待った。やがて三人もドリンクを飲み尽くして席を立つ。シドとハイファも何気ないフリで彼らのあとを追い、一階直通のエレベーターに一緒に乗り込んだ。

 一階に着くと三人ともにロビーを横切りロータリーに出て、宙港面に乗り出すための専用コイルに乗り込む。それはすぐさま発進した。だがシドとハイファはコイルには乗らない。宙港面をコイルでじかに追えば目立つこと請け合いだ。

 そこで宙港管制と宙艦とでやり取りされる電波をハイファが無線ハックする。

「確かミナセ号だったよね。位置はH‐2エリア、隣のH‐3エリアに『種の保存委員会』の宙艦ハルフ号が停泊してるよ。積み荷は大型コンテナ三つ、間違いないね」
「H‐2エリアまでは約五百メートルか。行くぞ」

 白いファイバブロックの宙港面を二人は駆け出した。

 白い宙港面の照り返しがきつく、目の底が痛いほどだった。屋内から眺めていた穏やかさが嘘のように日差しも強く、すぐに汗が流れ出す。一見、デタラメにバラ撒いたかの如く停泊している宙艦群の影が濃かった。時折糸で吊られたように上昇してゆくものもあれば、しずしずと降りてくるものもあったが、センサ感知するのでぺっちゃんこにされる怖れはない。

「ハイファ、あれだ!」
「わあ、もう載せ替えてる!」

 大型貨物艦ミナセ号は大型コンテナを貨物リフトコイルで後部貨物室に積み込んでいた。
 駆け寄った二人は少し手前の宙艦の陰で一旦停止、ハイファが再度無線ハックするとミナセ号の出航は十九時ジャストと出る。あと十五分もない。別室名で宙港警備部に臨検させるヒマもなかった。 

「やるしかねぇな。ハイファ、いけるか?」
「うん。任せといて」

 シドとハイファは宙艦の陰から出る。ミナセ号の後部で積み込みを見守っていた先程の三人と、作業をする男らに対し、何もかもを叩き割るような声でシドが大喝した。

「中央情報局第二部別室だ! 全員両手を挙げて頭の上で組め!」

 途端にレーザーと弾がバリバリと飛来した。二人は後退し宙艦の陰に飛び込む。僅かに身を乗り出してシド、顔と頭を左腕で庇いつつレールガンを抜いて応射した。貨物リフトの陰から撃ってくる男の右肩にヒットさせ、後部貨物室の中からレーザーを乱射する二人にもフレシェット弾を浴びせる。

 ハイファもシド任せにはしていない、ハンドガンをこちらに向ける『種の保存委員会』副委員長のサイラス=ワット以下三名の腹に九ミリパラをダブルタップで叩き込んだ。

 あっという間に勝負は決した。シドとハイファはそっと宙艦の陰から出る。

 そのときミナセ号が思わぬ動きをした。コンテナひとつを積み残したまま、後部カーゴドアが閉鎖するのも待たず出航しようとしたのだ。外での銃撃戦を知ったブリッジ要員が焦ったに違いなかった。軋みを上げて大型貨物艦が浮き上がる。

「させるか、チクショウ!」

 シドがレールガンをマックスパワーでぶちかました。ミナセ号の下部に次々と大穴が空く。金属を宇宙線が透過する際に変容して人体に悪影響を与えるのを防ぐため、宙艦の外殻は意外に薄い。瞬時に貨物艦ミナセ号の航法コンが航行不能と判断し、バウンドするように艦は白いファイバブロックの上に墜ちた。

 二人はミナセ号に駆け寄って後部カーゴドア内の水槽コンテナに損傷がないか確認する。見たところ、幸い水洩れなどはしていなかった。

 その頃には宙港警備部の緊急コイルが駆け付けている。それだけではない、何処から現れたかテラ連邦宙軍の黒い制服も集まり、ミナセ号と隣のエリアの『種の保存委員会』が持つ宙艦ハルフ号を取り囲んでいた。

 そして二人の前に現れたのは濃緑色の制服を身に着けたブレア一佐だった。

「やあ、ファサルート二尉、ワカミヤ氏。ご苦労だったね」

 涼しい顔の別室員をシドは睨みつける。

「いやにタイミングがいいじゃねぇか、どういうことだ?」
「どうもこうもない。包囲して拿捕する予定をキミたちが前倒しにしただけのことだ」
「ふん。俺たちが『面倒を減らして差し上げ』たってことか」
「約束通りに『本星に銃を持ち込んだルートの元締め、キッチリ捜査』したからね」

 笑わない目と切れ長の黒い目が暫し互いを探り合った。先に目を逸らしたのはシド、面の皮のブ厚い別室の中ボスをいつまでも眺めていたって仕方ない。
 宙港の持つ救急コイルが緊急音を鳴らして次々と現着する中、踵を返して歩き始める。

「ハイファ、行くぞ」
「あっ、待って!」

 てっきり宙港ホテルに戻るのかと思いきや、シドが向かったのは宙港面の先だった。

 あとを追って肩を並べたハイファは、まもなくシドの意図を知った。やや高台となった宙港面の端からは白い砂浜と大海原が間近で見られたのだ。そのままシドは宙港面から出て傾斜した草地を降りて行く。歩調を緩めることなく先を目指した。

 やがて二人は珊瑚の欠片が混じった砂を踏んだ。

 ようやく暮れかけた空は群青色からオレンジ色のグラデーション、気の早い星が幾つかと、ここでのムーンである大きなパイロープと小さなシトリンが黄色く輝き始めている。

 波打ち際まできてシドが足元に目を落としたまま言った。

「……ハイファ、本当に悪かった」
「悪いと思うようなことまでしたのなら、僕は今からでも戻ってクリシュナを撃ち殺すよ」
「だよな、逆ならとっくにってるもんな。でもそんなんじゃねぇんだ」

 なら、なんだったというのか。そう訊き返したいのを、やはりプライドが邪魔する。声がまた震えそうになるのを押さえ付け、ハイファは自分にも言い聞かせるように静かに応えた。

「もういいよ。貴方はセイレーンの歌声に魅入られただけ。それだけだよ」

 それきり二人は黙って海が完全に夜になるまで眺めていた。

「……は、ハックシュン!」
「そういや貴方……うわあ、すんごい熱だし!」

 長めの前髪をかき分けて額に手を当てられ、シドは冷たい感触にうっとりする。そのまま何もかもを委ねてしまいたい思いでハイファの肩にふらつき凭れかかった。慌ててハイファはシドを支え、肩を貸して元きた道を辿り始める。

 砂浜から宙港面に上がるとき、何気なく振り向いたシドとハイファは月明かりを拾って輝く波間に虹色の尾びれが跳ねるのを見た気がした。
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