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第28話
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そんなハイファに毛布を被せ、そっと上体を抱き締めながら、何故狙われていることを知りながら独りにしてしまったのかと悔いた。目頭が熱くなり鼻の奥がツンと痛くなる。
もう一生こうして抱き締めていてやりたかった。
けれど下半身は早急な治療が必要だ。挫滅した体組織と内側の粘膜はざくざくに切られて出血し続けている。とにかく流れる熱い血を止めたくてシーツをあてがったがそれもすぐに真っ赤に染まった。早く医師に診せるべき、この分では培養移植も必要かも知れない。
この状態でよくぞ生きていてくれたと思う。
まずはフロントに連絡して医師の手配、それと地元惑星警察にも通報した。後者は迷ったが強姦事件として立件するかどうかは別として、ホシのDNAだけでも採取しておくべきだと刑事の頭で考えたからである。
次にシドは落ちていたハンカチを、煙草の中身をぶちまけた箱の中に収めた。
やるべきことをやったのち、気を失ったままのハイファに語りかける。
「水も飲ませてやれなくて悪いな。何が薬に影響するか分からないからな……」
気を失った上に耳も聞こえず返事もできないハイファに、シドは殊更ゆっくり発音しつつ、体温の異様に低下した細い躰を毛布の上から抱き締め続けた。
そしてハイファの唇が落としたカードに気付く。
【ルドルフ=ロスは預かった。ハイファス=ファサルートと交換だ。
五日後の十五時、ナレスの街に来い。もし来なければロスは死ぬ。
ハイファス=ファサルートに安穏と眠れる日も一生来ないだろう】
「チクショウ……殺してやる――」
シドの呟きはこれ以上なく本気の怒りを溜めていて、ハイファに聞こえないのは正解だと思われた。あれだけの目に遭い、愛し人の怒りに触れては、怯えきってしまうだろう。
そうしているうちにインターフォンから惑星警察の到着が伝えられ、地元署機捜課の深夜番二人と鑑識二人が、シドも見知った二人の私服刑事を伴って現れた。スーツ姿の後者二人は第三惑星ミントの星系首都マイネで六分署機捜課のコウとユウキだった。
その二人を認めるなりシドは低い声を押し出す。
「何であんたらがいるんだよ?」
「そう凄んでくれるな。ルドルフ=ロスへの任意聴取が進まんから出張ってきて、丁度あんたからの通報に居合わせただけだ。見せものじゃないのは承知している」
大柄なユウキの黒髪の間で揺れる細長い菱形の石をシドがじっと眺めていると、金髪で小柄なコウが珍しいすみれ色の目に心配を溜めていた。
ハイファを起こさない気遣いか、小声でシドに囁く。
「何か手伝えれば仰って下さい」
「その言葉だけ貰っておく」
ここで手伝って貰えそうなことは思いつかなかった。その上ハイファを見せることに抵抗を感じた。しかし何よりもユウキとコウが刑事の目をしているのを見取ってシドは頷いた。
毛布を剥がして他人に見せるのはシドにとってもつらいことだった。だが自分も刑事だ。とにかく証拠だけは掴んでおきたい思いでシドはハイファを覗き込んだ。
気を失っている今のうちだ。心の中で謝っておいてから、皆が見ている前でハイファの血塗れの唇にありったけの想いを込めてキスを落とす。優しく血を舐め取って離れた。
そして血に染まった毛布をそっと引き剥がす。
六人の男たちは息を飲んで顔色を蒼白にする。
「こいつは強姦じゃない、傷害、いや、殺人未遂だろう?」
「いいから早くDNAの採取をしてくれ。ハイファが凍え死んじまう」
「……あ、ああ。しかしこれだけのホシならドラグネットに上がっているかも知れないな」
「僕たちも検索に当たらせて貰います」
頷いたコウとユウキに採るものを取らせた同輩たちを全員廊下へと追い出すと、入れ違いに黒い大きな鞄を提げた医師が入ってきた。だが医師は一目見るなり深く溜息をつく。
「救急機を呼ぶしかない、ショック死しなかったのが幸いだったな」
「この発展途上のシャリムにまともな救命救急があるのか?」
「宙港病院なら……しかし早く運ばないと拙いな」
医師は言いつつリモータ操作、救急機を要請した。
「それと怪我だけじゃねぇ、喋れねぇし耳も聞こえてねぇみたいなんだが」
「ショックでそうなることは有り得るが」
「いや、薬を嗅がされたらしい。こいつだ」
ハンカチの入った煙草のパッケージを渡されて、医師は持参してきた鞄から密封できる袋を取り出して収める。そして再びハイファを診て頭を振った。ここでできることは何もないらしい。シドは毛布の上からハイファを抱き締め続けた。
やがて救急隊員が駆け付け、無惨なハイファは気を失ったまま麻酔を射たれてやっと足を閉じられ、再生槽に沈められてシャリム宙港付属病院に運ばれた。
もう一生こうして抱き締めていてやりたかった。
けれど下半身は早急な治療が必要だ。挫滅した体組織と内側の粘膜はざくざくに切られて出血し続けている。とにかく流れる熱い血を止めたくてシーツをあてがったがそれもすぐに真っ赤に染まった。早く医師に診せるべき、この分では培養移植も必要かも知れない。
この状態でよくぞ生きていてくれたと思う。
まずはフロントに連絡して医師の手配、それと地元惑星警察にも通報した。後者は迷ったが強姦事件として立件するかどうかは別として、ホシのDNAだけでも採取しておくべきだと刑事の頭で考えたからである。
次にシドは落ちていたハンカチを、煙草の中身をぶちまけた箱の中に収めた。
やるべきことをやったのち、気を失ったままのハイファに語りかける。
「水も飲ませてやれなくて悪いな。何が薬に影響するか分からないからな……」
気を失った上に耳も聞こえず返事もできないハイファに、シドは殊更ゆっくり発音しつつ、体温の異様に低下した細い躰を毛布の上から抱き締め続けた。
そしてハイファの唇が落としたカードに気付く。
【ルドルフ=ロスは預かった。ハイファス=ファサルートと交換だ。
五日後の十五時、ナレスの街に来い。もし来なければロスは死ぬ。
ハイファス=ファサルートに安穏と眠れる日も一生来ないだろう】
「チクショウ……殺してやる――」
シドの呟きはこれ以上なく本気の怒りを溜めていて、ハイファに聞こえないのは正解だと思われた。あれだけの目に遭い、愛し人の怒りに触れては、怯えきってしまうだろう。
そうしているうちにインターフォンから惑星警察の到着が伝えられ、地元署機捜課の深夜番二人と鑑識二人が、シドも見知った二人の私服刑事を伴って現れた。スーツ姿の後者二人は第三惑星ミントの星系首都マイネで六分署機捜課のコウとユウキだった。
その二人を認めるなりシドは低い声を押し出す。
「何であんたらがいるんだよ?」
「そう凄んでくれるな。ルドルフ=ロスへの任意聴取が進まんから出張ってきて、丁度あんたからの通報に居合わせただけだ。見せものじゃないのは承知している」
大柄なユウキの黒髪の間で揺れる細長い菱形の石をシドがじっと眺めていると、金髪で小柄なコウが珍しいすみれ色の目に心配を溜めていた。
ハイファを起こさない気遣いか、小声でシドに囁く。
「何か手伝えれば仰って下さい」
「その言葉だけ貰っておく」
ここで手伝って貰えそうなことは思いつかなかった。その上ハイファを見せることに抵抗を感じた。しかし何よりもユウキとコウが刑事の目をしているのを見取ってシドは頷いた。
毛布を剥がして他人に見せるのはシドにとってもつらいことだった。だが自分も刑事だ。とにかく証拠だけは掴んでおきたい思いでシドはハイファを覗き込んだ。
気を失っている今のうちだ。心の中で謝っておいてから、皆が見ている前でハイファの血塗れの唇にありったけの想いを込めてキスを落とす。優しく血を舐め取って離れた。
そして血に染まった毛布をそっと引き剥がす。
六人の男たちは息を飲んで顔色を蒼白にする。
「こいつは強姦じゃない、傷害、いや、殺人未遂だろう?」
「いいから早くDNAの採取をしてくれ。ハイファが凍え死んじまう」
「……あ、ああ。しかしこれだけのホシならドラグネットに上がっているかも知れないな」
「僕たちも検索に当たらせて貰います」
頷いたコウとユウキに採るものを取らせた同輩たちを全員廊下へと追い出すと、入れ違いに黒い大きな鞄を提げた医師が入ってきた。だが医師は一目見るなり深く溜息をつく。
「救急機を呼ぶしかない、ショック死しなかったのが幸いだったな」
「この発展途上のシャリムにまともな救命救急があるのか?」
「宙港病院なら……しかし早く運ばないと拙いな」
医師は言いつつリモータ操作、救急機を要請した。
「それと怪我だけじゃねぇ、喋れねぇし耳も聞こえてねぇみたいなんだが」
「ショックでそうなることは有り得るが」
「いや、薬を嗅がされたらしい。こいつだ」
ハンカチの入った煙草のパッケージを渡されて、医師は持参してきた鞄から密封できる袋を取り出して収める。そして再びハイファを診て頭を振った。ここでできることは何もないらしい。シドは毛布の上からハイファを抱き締め続けた。
やがて救急隊員が駆け付け、無惨なハイファは気を失ったまま麻酔を射たれてやっと足を閉じられ、再生槽に沈められてシャリム宙港付属病院に運ばれた。
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