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第61話
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茶色の目は嘘をついているようでもない。それにこういった歓迎というか攻撃は、この辺りでは珍しくないのだと、ここで初めてロジャー部長の言葉が真剣に取り沙汰された。
「みんな唸るほどクレジットはある。でも先祖代々の土地や鉱山を持っていて、それは滅多に売られることはないんです。買いたくても売らない。するとやっぱりずっと同じ土地に住み続けるか都市に出て行くかしかなくて、他人と疎遠になる訳ですよ」
「ふうん。だからってRPGで死んだらどうするんだよ?」
「死人が出たとは聞いたことはないですね。皆ヒマに飽かせてRPGだの、いにしえの対戦車兵器を復活させたジャベリンミサイルだのを撃ち慣れてるんです」
「やり過ぎのような気もするけど……まあ、いいか」
少し赤い顔をしたハイファがそう言い、ロジャー部長とセンリーは複雑な顔をしながらも、ジョッキのビールを減らしている。シドはいつの間にかジェイとともにショットグラスを手にしていた。中身は平刑事には縁のない、最高級ウィスキーである。
「ところであの巨大カタツムリはどうするんだ?」
「ああ、あれかい。あれは草を食わせて卵を産ませる。その卵がまた旨いんだ」
「へえ……」
「食ってみるか?」
「いや、いい……いいって、だからさ――」
固辞したが出されたブツは普通の卵焼きに見えた。ハイファが一切れ口に入れるのを見てから、シドも思い切って食べてみる。味付けもせず、ただ焼いただけというそれは、意外にもカステラのように甘くて本当に旨かった。
気付くと天井の穴から星が見え、連星のように黄色い月がふたつ並んで夜空にへばりついていた。あれがレアメタルの採れるレラとシムだろう。リモータを見るとまだ二十五時だがワープラグを引きずっているシドとハイファは同時に欠伸を洩らした。
これがホテルならベッドに倒れ込めばいいのだが、何せ他人の家である。
しかしこういった客に慣れているのか、ジェイが娘二人に指示をして、食後のコーヒーを皆に配らせた。オートでバーベキューセットは片付けられ、テーブルに椅子で皆はくつろぎながらコーヒーと一緒に出されたミルクレープを頂く。
綺麗に食べてしまいカップも干されると、全員が案内されたのは地下だった。
エレベーターで下りた空間は地下三階だったがシドにはそんな閉鎖的な感じを抱かせない普通の邸宅に思えた。ただ警備と交代の関係上、四号警備の六名がツインの部屋を三つ借りたので、残りの四人はシングルとなりハイファが結構本気で萎れる。
ないものは仕方ないので、それぞれに借りた部屋に入った。
シドの借りた部屋はパステルブルーの絨毯が敷かれ、パイン材を模したファイバで調度が統一された優しげな印象の部屋だった。勿論バス・トイレに洗面所とダートレスがあり、飲料ディスペンサーまでついていた。ホテル並みだ。
まずはソファセットに灰皿を見つけて煙草を一本吸うと、バーベキューで煙臭くなった衣服を脱いでダートレスに押し込み、スイッチを入れてリフレッシャを浴びた。
すっきりして出てみると、シングルベッドにハイファが座っている。リモータチェッカ付きの部屋でキィロックコードもそれぞれ違うが、ハイファなら破るのはお手のものだ。
「でもさ、他人の家でシングルに男が二人ってのも、どうだかな」
「……男じゃなければいいの?」
これは相当萎れた挙げ句にふて腐れている。回避策を考えながらも、リフレッシャを浴びて解いたままの腰まで届いた明るい金糸をすくい上げてキスを落とした。本当にさらさらの金髪は薄い背に見事な滝を作っていて、既にシドも「まあいいか」という気になっている。
「ハイファ……綺麗だな」
「ん、ありがと。でも貴方こそ綺麗……だからお願い、下着くらいは着けて」
変化が丸見えのシドはハイファがショルダーバッグから出した下着と綿のシャツを身に着けた。ダートレスから衣服を出すと、ハイファが丁寧に畳んでバッグに仕舞う。その間にシドはまた煙草を一本吸い、キャスターがついたキャビネットをベッドの傍まで移動させた。
キャビネットの上に二人の銃を並べると、ハイファもスラックスを脱いでベッドに横になる。互いに抱き枕と腕枕になると、明かりを落としてすぐに眠りに就いた。
疲れきった二人の眠りは深かった。だが部屋に他人が入ってきて起きないようでは、これまで生きては来られなかった。しかし咄嗟にハイファがリモータで明かりを点け、二人揃って銃口を向けた相手が一糸まとわぬ女性だと双方かなり驚く。
「きゃあっ! やめて、撃たないで!」
それはルイザだった。しゃがみ込んだルイザにハイファがシドの綿のシャツを掛けてやる。だがルイザはそれを羽織ったまま、顔を隠しつつ走り出て行ってしまった。
「……何だったんだ、あれは?」
「いわゆる夜這いってヤツじゃないの?」
「じゃあ、もしかしてカリーナも――」
「誰かの部屋に忍んで行ったのかもね」
「俺とお前はともかく、空振りしなきゃいいけどな」
「こういった土地じゃ、お婿さんもなかなか来て貰えないんじゃないのかな」
「最初からジェイもその気だったのかも知れねぇな。ふあーあ」
「……寝よ寝よ」
けれど日付が変わった頃になって再び二人は起こされた。闖入者ではなく今度はリモータ発振だった。その忘れようにも忘れられない発振パターンは、別室からのものだと告げていた。つまりはこの期に及んで別室命令が降ってきたのである。
「うーん、寝込みを襲うのは室長も得意技になってきたなあ」
「頼む……朝までは何もなかったことにして寝かせてくれ」
「でもダイレクトワープ通信モノだしねえ。急ぎだったら困るし」
「……くそう」
起き上がるとシドはベッドから滑り降り、ソファに腰掛けると煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。何度か吸い込み紫煙を吐いて、頭のロクロを努めて回す。不機嫌なままベッドに腰掛けたハイファを見上げた。ハイファは申し訳なさそうに曖昧な笑いを浮かべている。
仕方ない、危険な任務にハイファ独りを放り込むことなどできないのだ。惚れた弱み、だが喜んで任務を受けるほどの脳天気でもなく、思い切りムッとして別室員に紫煙を吹きかけた。
ぱたぱたと手で煽いでハイファはそのままリモータに手をやる。
「いいですかー、いきますよー。三、二、一、ポチッと」
同時にシドもリモータ操作、いやいやながら緑色に輝く文字を読み取った。
【中央情報局発:中央情報局第六課及び第九課が手配中のジャイルズ=ライトが、ガムル星系第六惑星アムーラの鉱山主パトリック=オーデル侯爵の近衛師団に潜入したとの情報あり。同近衛師団に潜入し、ジャイルズ=ライトを逮捕せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
「みんな唸るほどクレジットはある。でも先祖代々の土地や鉱山を持っていて、それは滅多に売られることはないんです。買いたくても売らない。するとやっぱりずっと同じ土地に住み続けるか都市に出て行くかしかなくて、他人と疎遠になる訳ですよ」
「ふうん。だからってRPGで死んだらどうするんだよ?」
「死人が出たとは聞いたことはないですね。皆ヒマに飽かせてRPGだの、いにしえの対戦車兵器を復活させたジャベリンミサイルだのを撃ち慣れてるんです」
「やり過ぎのような気もするけど……まあ、いいか」
少し赤い顔をしたハイファがそう言い、ロジャー部長とセンリーは複雑な顔をしながらも、ジョッキのビールを減らしている。シドはいつの間にかジェイとともにショットグラスを手にしていた。中身は平刑事には縁のない、最高級ウィスキーである。
「ところであの巨大カタツムリはどうするんだ?」
「ああ、あれかい。あれは草を食わせて卵を産ませる。その卵がまた旨いんだ」
「へえ……」
「食ってみるか?」
「いや、いい……いいって、だからさ――」
固辞したが出されたブツは普通の卵焼きに見えた。ハイファが一切れ口に入れるのを見てから、シドも思い切って食べてみる。味付けもせず、ただ焼いただけというそれは、意外にもカステラのように甘くて本当に旨かった。
気付くと天井の穴から星が見え、連星のように黄色い月がふたつ並んで夜空にへばりついていた。あれがレアメタルの採れるレラとシムだろう。リモータを見るとまだ二十五時だがワープラグを引きずっているシドとハイファは同時に欠伸を洩らした。
これがホテルならベッドに倒れ込めばいいのだが、何せ他人の家である。
しかしこういった客に慣れているのか、ジェイが娘二人に指示をして、食後のコーヒーを皆に配らせた。オートでバーベキューセットは片付けられ、テーブルに椅子で皆はくつろぎながらコーヒーと一緒に出されたミルクレープを頂く。
綺麗に食べてしまいカップも干されると、全員が案内されたのは地下だった。
エレベーターで下りた空間は地下三階だったがシドにはそんな閉鎖的な感じを抱かせない普通の邸宅に思えた。ただ警備と交代の関係上、四号警備の六名がツインの部屋を三つ借りたので、残りの四人はシングルとなりハイファが結構本気で萎れる。
ないものは仕方ないので、それぞれに借りた部屋に入った。
シドの借りた部屋はパステルブルーの絨毯が敷かれ、パイン材を模したファイバで調度が統一された優しげな印象の部屋だった。勿論バス・トイレに洗面所とダートレスがあり、飲料ディスペンサーまでついていた。ホテル並みだ。
まずはソファセットに灰皿を見つけて煙草を一本吸うと、バーベキューで煙臭くなった衣服を脱いでダートレスに押し込み、スイッチを入れてリフレッシャを浴びた。
すっきりして出てみると、シングルベッドにハイファが座っている。リモータチェッカ付きの部屋でキィロックコードもそれぞれ違うが、ハイファなら破るのはお手のものだ。
「でもさ、他人の家でシングルに男が二人ってのも、どうだかな」
「……男じゃなければいいの?」
これは相当萎れた挙げ句にふて腐れている。回避策を考えながらも、リフレッシャを浴びて解いたままの腰まで届いた明るい金糸をすくい上げてキスを落とした。本当にさらさらの金髪は薄い背に見事な滝を作っていて、既にシドも「まあいいか」という気になっている。
「ハイファ……綺麗だな」
「ん、ありがと。でも貴方こそ綺麗……だからお願い、下着くらいは着けて」
変化が丸見えのシドはハイファがショルダーバッグから出した下着と綿のシャツを身に着けた。ダートレスから衣服を出すと、ハイファが丁寧に畳んでバッグに仕舞う。その間にシドはまた煙草を一本吸い、キャスターがついたキャビネットをベッドの傍まで移動させた。
キャビネットの上に二人の銃を並べると、ハイファもスラックスを脱いでベッドに横になる。互いに抱き枕と腕枕になると、明かりを落としてすぐに眠りに就いた。
疲れきった二人の眠りは深かった。だが部屋に他人が入ってきて起きないようでは、これまで生きては来られなかった。しかし咄嗟にハイファがリモータで明かりを点け、二人揃って銃口を向けた相手が一糸まとわぬ女性だと双方かなり驚く。
「きゃあっ! やめて、撃たないで!」
それはルイザだった。しゃがみ込んだルイザにハイファがシドの綿のシャツを掛けてやる。だがルイザはそれを羽織ったまま、顔を隠しつつ走り出て行ってしまった。
「……何だったんだ、あれは?」
「いわゆる夜這いってヤツじゃないの?」
「じゃあ、もしかしてカリーナも――」
「誰かの部屋に忍んで行ったのかもね」
「俺とお前はともかく、空振りしなきゃいいけどな」
「こういった土地じゃ、お婿さんもなかなか来て貰えないんじゃないのかな」
「最初からジェイもその気だったのかも知れねぇな。ふあーあ」
「……寝よ寝よ」
けれど日付が変わった頃になって再び二人は起こされた。闖入者ではなく今度はリモータ発振だった。その忘れようにも忘れられない発振パターンは、別室からのものだと告げていた。つまりはこの期に及んで別室命令が降ってきたのである。
「うーん、寝込みを襲うのは室長も得意技になってきたなあ」
「頼む……朝までは何もなかったことにして寝かせてくれ」
「でもダイレクトワープ通信モノだしねえ。急ぎだったら困るし」
「……くそう」
起き上がるとシドはベッドから滑り降り、ソファに腰掛けると煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。何度か吸い込み紫煙を吐いて、頭のロクロを努めて回す。不機嫌なままベッドに腰掛けたハイファを見上げた。ハイファは申し訳なさそうに曖昧な笑いを浮かべている。
仕方ない、危険な任務にハイファ独りを放り込むことなどできないのだ。惚れた弱み、だが喜んで任務を受けるほどの脳天気でもなく、思い切りムッとして別室員に紫煙を吹きかけた。
ぱたぱたと手で煽いでハイファはそのままリモータに手をやる。
「いいですかー、いきますよー。三、二、一、ポチッと」
同時にシドもリモータ操作、いやいやながら緑色に輝く文字を読み取った。
【中央情報局発:中央情報局第六課及び第九課が手配中のジャイルズ=ライトが、ガムル星系第六惑星アムーラの鉱山主パトリック=オーデル侯爵の近衛師団に潜入したとの情報あり。同近衛師団に潜入し、ジャイルズ=ライトを逮捕せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
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