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第62話
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翌朝、シドはジェイから綿のシャツを返して貰い、よそ者の男十名はカリーナとルイザの姿を見ることなくオートクッカーで調理された朝食をもそもそと頂いた。
カリーナが誰かの部屋に行ったのか否かは誰も何も言わないので分からない。挙動不審者もいなかったので、本当にハイファの部屋に行って空振りしたのかも知れなかった。
食事を終えると代表でシドが辞去を申し出、ジェイに固く握手をされて外に出てみると巨大カタツムリ牧場の横に真新しい小型BELが鎮座していた。皆で乗り込む。
ジェイは手を振って、巨大カタツムリは目を振って小型BELを見送ってくれた。
都市内のレキシントンホテル屋上駐機場までは三十分と掛からなかった。
着くなりシドとハイファはスイートルームにこもって、デスク端末で別室任務の下調べを始める。まずはパトリック=オーデルなる鉱山主についてハイファは通常手段で検索した。
「出たよ、パトリック=オーデル侯爵」
「どれ。このアムーラでも現王に次いで多種多数の鉱山を所有しているのか。この星では王も鉱山主なんだな。そしてパトリック=オーデル侯爵は現王の甥に当たると」
「ガムル星系人にしては珍しくも地下を嫌って、巨大な城を建てて住んでいるんだってサ。まあ、ガムル王宮も地上に建ってるし、そこらは王家の血筋らしいのかも知れないけどね」
「けど、幾ら侯爵サマでも王と違ってテラ連邦軍の貸し出しはねぇんだろ?」
「勿論だよ。近衛兵なるテラ連邦軍からの派遣兵士を貸し与えられるのは王のみ」
煙草を咥えたシドは飲料ディスペンサーからアイスティーをグラスに注いで、デスクに置いてやる。ハイファは喉を潤してから続けた。
「城とくれば近衛兵だけど、勿論パトリック=オーデルは本物の王でもないから本当は近衛師団なんか持てない。なのにこのアムーラで彼の近衛師団は誰もが存在を知っていながら、咎める者もいない状態なんだって」
「まるでテラ連邦議会がカジノだの売春宿だのを禁止してるのに、何処の惑星にも堂々と建ってるってパターンみてぇだな」
「まさにその通りみたいだね。鉱山『主』は、もはや鉱山『王』って訳だよ」
「ふうん。で、その城をぶっ建てて近衛師団まで持つ派手好きオーデル侯爵サマの懐に、ジャイルズ=ライトは隠れつつ爆破を繰り返して、とうとう中央情報局第九課のサイキ課だけじゃねぇ、第六課の対テロ課にまで手配されちまったんだな」
「そうらしいね。もうテラ連邦で逃げ場はない……って言いたいけど、サイキ持ちだしねえ」
「喩え三、四メートルしか跳べなくても、通関のX‐RAYだって何処の厳重なドアだって、あっさりクリアしちまうんだからな」
「それを僕らに逮捕しろ、と」
二人は顔を見合わせたのち、ハァ~っと溜息をついた。
「でも俺はジャイルズ=ライトを絶対に許さねぇぞ。デッド・オア・アライヴだぜ」
デッド・オア・アライヴ、その者の生死を問わず……逮捕に際して、生きていようが死んでいようが構わないということだ。
はっきり云ってシドはFCや別室が何処の誰に脅されようが、どうでも良かった。ただそれに付随して無辜の第三者が傷つき命を落とすのが許せないのだ。それにハイファが心を痛めるのを傍で見ているのがつらいというのもある。
だが自分の知らない所で知らない奴らが別室を攻撃するなら、どうぞ御勝手にといった気分だった。別室にも別室長ユアン=ガードナーにもシドは何の義理も借りもないのである。
けれど無辜の第三者が何百人殺られるよりも許せないのが、ハイファを傷つけられたことだった。それも理由がいわれのない逆恨みだ。これだけは何があっても許せない。おまけにチェンバーズやレキシントンでの爆破……未だハイファを精神的に追い詰めようとしているのだ。
この先もハイファ自身と周囲を狙ってくるのは目に見えている。別室命令は【逮捕】だがシドは可能ならジャイルズを射殺逮捕してしまいたいと本気で思っていた。
それこそ一撃では殺らない、ゆっくりとハイファの痛みを思い知らせてから――。
「――シド、シド?」
「ん、あ、何だ?」
「凄んだかと思ったら、いきなり自分の世界に入っちゃうんだもん」
「すまん。それでオーデル侯爵の近衛師団とやらは、兵士の募集でもしてるのか?」
「そういうのは何処にも載ってなかったよ。ただ派手好きは確かみたいだからシド、貴方を見れば欲しがるかもね」
「何で俺を……お前こそ自分がどんなに派手か、分かってるのか?」
「うーん。そればかりは互いに仕方ないよねえ。二人でパトリック=オーデル侯爵にコレクションされるシチュエーションを作らなきゃだよ」
「なら、危険承知で動くしかねぇな。侯爵の目に留まるような何かを考えようぜ」
ホロディスプレイに幾重にも開いたウィンドウを閉じながらハイファは首を傾げる。
「何かって、ナニ?」
「そいつを今から考えるんだろ」
「うーん。僕らは他星系人だし、怪しまれずにとなると結構難問かもね」
「とにかくあとは近衛関係者をもう少し調べてくれ」
「ラジャー」
ここでハイファは初めて別室カスタムメイドリモータからリードを引き出し、端末に繋ぐ。ここからがハイファの本領発揮、通常手段では得られない情報をハッキングして頂くのだ。
その間シドは三人掛けソファに寝そべって煙草を吹かしながら3DホロTVを中空に浮かせてニュースを眺めた。マフィア絡みらしい歓楽街での銃犯罪を報じている。
よく聞いているとマフィアはロニアマフィアでも武闘派のビューラーファミリーの分家で、そのチンピラと殺り合ったのは、それこそパトリック=オーデル侯爵の近衛兵らしい。だが殆ど公認とはいえ大っぴらに云えることでもなく、アナウンサーに読み上げられるニュースも紗が掛けられたように表現は曖昧だった。
それにしても件の近衛は銃まで持たされているのかとシドは少々驚いていた。派手好き侯爵が王様ごっこしているだけだとタカを括っていたのだ。
勿論、銃を所持したければテラ連邦軍兵士や刑事にならなくても裏道がある。危険な星に荷を運ぶ運送会社の宙艦クルーや、傭兵として何処かの星で雇われるなどすれば、関係する星系政府は割と簡単に武器所持許可証を発行してしまうのだ。
そういった裏道と侯爵サマのコネをフルに使えば、近衛師団の全員に銃を持たせることも簡単なのかも知れなかった。それに師団といえば普通は一万人から三万人の大所帯だが、パトリック=オーデル侯爵の場合はもっと小規模だろう。
タダの趣味だけでそこまでの人員を食わせてやっているとは思えなかった。
カリーナが誰かの部屋に行ったのか否かは誰も何も言わないので分からない。挙動不審者もいなかったので、本当にハイファの部屋に行って空振りしたのかも知れなかった。
食事を終えると代表でシドが辞去を申し出、ジェイに固く握手をされて外に出てみると巨大カタツムリ牧場の横に真新しい小型BELが鎮座していた。皆で乗り込む。
ジェイは手を振って、巨大カタツムリは目を振って小型BELを見送ってくれた。
都市内のレキシントンホテル屋上駐機場までは三十分と掛からなかった。
着くなりシドとハイファはスイートルームにこもって、デスク端末で別室任務の下調べを始める。まずはパトリック=オーデルなる鉱山主についてハイファは通常手段で検索した。
「出たよ、パトリック=オーデル侯爵」
「どれ。このアムーラでも現王に次いで多種多数の鉱山を所有しているのか。この星では王も鉱山主なんだな。そしてパトリック=オーデル侯爵は現王の甥に当たると」
「ガムル星系人にしては珍しくも地下を嫌って、巨大な城を建てて住んでいるんだってサ。まあ、ガムル王宮も地上に建ってるし、そこらは王家の血筋らしいのかも知れないけどね」
「けど、幾ら侯爵サマでも王と違ってテラ連邦軍の貸し出しはねぇんだろ?」
「勿論だよ。近衛兵なるテラ連邦軍からの派遣兵士を貸し与えられるのは王のみ」
煙草を咥えたシドは飲料ディスペンサーからアイスティーをグラスに注いで、デスクに置いてやる。ハイファは喉を潤してから続けた。
「城とくれば近衛兵だけど、勿論パトリック=オーデルは本物の王でもないから本当は近衛師団なんか持てない。なのにこのアムーラで彼の近衛師団は誰もが存在を知っていながら、咎める者もいない状態なんだって」
「まるでテラ連邦議会がカジノだの売春宿だのを禁止してるのに、何処の惑星にも堂々と建ってるってパターンみてぇだな」
「まさにその通りみたいだね。鉱山『主』は、もはや鉱山『王』って訳だよ」
「ふうん。で、その城をぶっ建てて近衛師団まで持つ派手好きオーデル侯爵サマの懐に、ジャイルズ=ライトは隠れつつ爆破を繰り返して、とうとう中央情報局第九課のサイキ課だけじゃねぇ、第六課の対テロ課にまで手配されちまったんだな」
「そうらしいね。もうテラ連邦で逃げ場はない……って言いたいけど、サイキ持ちだしねえ」
「喩え三、四メートルしか跳べなくても、通関のX‐RAYだって何処の厳重なドアだって、あっさりクリアしちまうんだからな」
「それを僕らに逮捕しろ、と」
二人は顔を見合わせたのち、ハァ~っと溜息をついた。
「でも俺はジャイルズ=ライトを絶対に許さねぇぞ。デッド・オア・アライヴだぜ」
デッド・オア・アライヴ、その者の生死を問わず……逮捕に際して、生きていようが死んでいようが構わないということだ。
はっきり云ってシドはFCや別室が何処の誰に脅されようが、どうでも良かった。ただそれに付随して無辜の第三者が傷つき命を落とすのが許せないのだ。それにハイファが心を痛めるのを傍で見ているのがつらいというのもある。
だが自分の知らない所で知らない奴らが別室を攻撃するなら、どうぞ御勝手にといった気分だった。別室にも別室長ユアン=ガードナーにもシドは何の義理も借りもないのである。
けれど無辜の第三者が何百人殺られるよりも許せないのが、ハイファを傷つけられたことだった。それも理由がいわれのない逆恨みだ。これだけは何があっても許せない。おまけにチェンバーズやレキシントンでの爆破……未だハイファを精神的に追い詰めようとしているのだ。
この先もハイファ自身と周囲を狙ってくるのは目に見えている。別室命令は【逮捕】だがシドは可能ならジャイルズを射殺逮捕してしまいたいと本気で思っていた。
それこそ一撃では殺らない、ゆっくりとハイファの痛みを思い知らせてから――。
「――シド、シド?」
「ん、あ、何だ?」
「凄んだかと思ったら、いきなり自分の世界に入っちゃうんだもん」
「すまん。それでオーデル侯爵の近衛師団とやらは、兵士の募集でもしてるのか?」
「そういうのは何処にも載ってなかったよ。ただ派手好きは確かみたいだからシド、貴方を見れば欲しがるかもね」
「何で俺を……お前こそ自分がどんなに派手か、分かってるのか?」
「うーん。そればかりは互いに仕方ないよねえ。二人でパトリック=オーデル侯爵にコレクションされるシチュエーションを作らなきゃだよ」
「なら、危険承知で動くしかねぇな。侯爵の目に留まるような何かを考えようぜ」
ホロディスプレイに幾重にも開いたウィンドウを閉じながらハイファは首を傾げる。
「何かって、ナニ?」
「そいつを今から考えるんだろ」
「うーん。僕らは他星系人だし、怪しまれずにとなると結構難問かもね」
「とにかくあとは近衛関係者をもう少し調べてくれ」
「ラジャー」
ここでハイファは初めて別室カスタムメイドリモータからリードを引き出し、端末に繋ぐ。ここからがハイファの本領発揮、通常手段では得られない情報をハッキングして頂くのだ。
その間シドは三人掛けソファに寝そべって煙草を吹かしながら3DホロTVを中空に浮かせてニュースを眺めた。マフィア絡みらしい歓楽街での銃犯罪を報じている。
よく聞いているとマフィアはロニアマフィアでも武闘派のビューラーファミリーの分家で、そのチンピラと殺り合ったのは、それこそパトリック=オーデル侯爵の近衛兵らしい。だが殆ど公認とはいえ大っぴらに云えることでもなく、アナウンサーに読み上げられるニュースも紗が掛けられたように表現は曖昧だった。
それにしても件の近衛は銃まで持たされているのかとシドは少々驚いていた。派手好き侯爵が王様ごっこしているだけだとタカを括っていたのだ。
勿論、銃を所持したければテラ連邦軍兵士や刑事にならなくても裏道がある。危険な星に荷を運ぶ運送会社の宙艦クルーや、傭兵として何処かの星で雇われるなどすれば、関係する星系政府は割と簡単に武器所持許可証を発行してしまうのだ。
そういった裏道と侯爵サマのコネをフルに使えば、近衛師団の全員に銃を持たせることも簡単なのかも知れなかった。それに師団といえば普通は一万人から三万人の大所帯だが、パトリック=オーデル侯爵の場合はもっと小規模だろう。
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