5 / 41
第5話
しおりを挟む
現場に戻ると既に二十三時四十五分、秋人と松尾は機捜の覆面に便乗させて貰い、篠宮署に戻る。篠宮署の三階大会議室は警務課が電話や無線機その他の増設作業中で秋人たちは皆川課長に命じられ長机やパイプ椅子を並べる力仕事だ。
ようやく作業を終えると真っ先に捜一がやってきて、秋人らが運んできたばかりの椅子にどっかり腰掛ける。更に威嚇的な目をした組対の人員までが一角に陣取った。
何もかも明日に持ち越しだというのに、朝一番ではなくこんな時間に総員揃って捜査会議になだれ込むのも異例といえば異例だった。嗅ぎつけたメディアのカメラが署のエントランスに張り付いているため窓外がライトでやたらと眩しい。
そうして捜査本部長である篠宮署長と、実際に帳場を仕切る県警の管理官が姿を見せ、壇上のデスクに就いて帳場の体裁が整う。
だが続いて県警捜査一課長や組対の課長二名に例の刑事部長までが登壇し、オブザーバーなる名目で着席した。通常なら考えられない面子に所轄組はざわめく。
学生一人が爆死して冷たいようだが、この顔ぶれは豪華すぎた。
これでは連続で起こった爆破事件を関係アリと認めているようなものである。
きっちり本部組と所轄組が分かれて腰掛けた大会議室に皆川課長が号令を掛けた。
「気を付け! 敬礼!」
それから長々とお偉方の紹介が続き、やっと本題に入ると同時に秋人と松尾が呼ばれて起立する。秋人は殆どの説明を松尾に任せて、言葉足らずな分だけ補完するに留まった。
ミンチになった赤馬が私立三沢大学経済学部三回生の城島健一だと告げると、既に敷鑑の初手をものにしている事実に、県警組が囁き合いつつ穏やかでない目を向けてくる。
次に鑑識による現在判明している範囲内での報告が始まった。
爆破はセムテックスに信管とリードを繋ぎ、電池をセットしたリードを直結させて信管に着火させるというごく簡単な方式でなされており、松尾の証言からリードの長さは推定約五十センチとされた。
僅かでも常識的判断力があれば、五十センチ先で起こる爆発から自分が逃げ切れないことくらいは分かる筈である。誰もが溜息をつくしかなかった。
だが赤馬の城島なら『もっと派手に花火を打ち上げよう』、『これは時限式で一分後に起爆する』などと言われれば、疑いもせず受け取るかも知れないと秋人は思う。
ここ三日の行確で夜間に怪しい人物との接触はなかった。すると昼間か四日以上前ということになる。先々週から四日前の晩までに放火は三回。その事実を脳内で転がしながら現代の日本であり得ない末路を辿った城島の幼顔を思い浮かべ、悔しさを再燃させた。
「先輩、秋人先輩!」
「んあ、何だ、どうした?」
「『何だ』じゃないっスよ。明日からの地取りと敷鑑の区割りで一旦解散です」
妙に遠慮がちな松尾の声で目を上げると、ホワイトボードに拡大された住宅地図と三沢大学周辺の地図が貼られ、カラーペンで担当エリアが区切られていて、それぞれ二人一組で名前が書き込まれていた。だがその何処にも秋人の名前は見当たらない。
本来松尾は沢木係長のバディであり、夕月秋人のバディは病院のベッドで寝ている雪村紫堂だ。つまりバディがいない。
だがこういった場合は本部の人員と所轄の人員を組ませるのが普通である。それなのに行確までしていた秋人が外されたのは、もしかして県警刑事部長の警視長に対してあのような所業に及んだことと何か関係があるのだろうか。
何れにせよ秋人は捜査本部に組み込まれることなく完全に蚊帳の外に置かれたということだった。気の抜けたような思いで大会議室を出てゆく帳場要員の背を眺める。
彼らの大部分は階段を上がって行く。捜査を長期化させずマル被を検挙する目的で最初の約三週間は泊まり込みになるのだ。そのため四階の武道場にはシャワーが完備され、布団も敷かれて宿泊所になっていた。
だが暢気に眠れる訳もなく昼夜関係なく動かねばならない日が殆どである。彼らを見送った秋人は夜討ち朝駆けにならずラッキィという気持ちが一割、残り九割は悔しさと侘びしさで石でも呑んだようだった。
だからといって遊んではいられない。今日の城島の件を報告書類にして提出しなければならないのは当然のことながら他にも事件は山積している。一人で何ができるか知れないが、僅かずつでも進めておかなければならない。
ともかく帳場要員でない秋人は身の置き所がない気分で二階のデカ部屋に戻った。一日二日の徹夜でへばるほどヤワではなく、自宅アパートも歩いて帰れる距離だったが、自室に帰っても安穏と眠れそうになかったので、パイプ椅子を三脚並べて横になった。
刑事を暫くやると大抵の場所で眠ることが可能になる。幸い季候も悪くない。
それでも捜査本部から外された意味を考え、地面にべっとり張り付いた人間一人を思い浮かべて、悔しさと鼻孔に残る異臭とがいつまでも秋人の眠りを妨害していた。
◇◇◇◇
ざわめきで目を覚ますと朝一発目の捜査会議を控えた帳場要員たちが不味く泥水並みのコーヒーにありついて、デカ部屋内を煙草の煙でいっぱいにしていた。朝っぱらから帳場の世話役である皆川課長の手配した近所のコンビニ弁当を頬張っている猛者もいる。
だが誰一人として秋人に話し掛けてくる者はいない。
まるで懲戒でも食らったようだと思いながら咥え煙草でマグカップにコーヒーを淹れた。煙草二本目で頭のロクロが回り出し、まずは紫堂の見舞いに行こうと決める。この自分を助けようとしたために負傷したのだ、一度くらい顔を見せても罰は当たるまい。
午後からなら面会可能だろうと思い、それまで城島の件を報告書類に起こそうと、パソコンのファイルからプリンタで書類を打ち出した。
山盛りになった灰皿の吸い殻を捨て、二杯目のコーヒーを淹れる。その頃には潮が引いたように帳場要員は消えていた。
ようやく作業を終えると真っ先に捜一がやってきて、秋人らが運んできたばかりの椅子にどっかり腰掛ける。更に威嚇的な目をした組対の人員までが一角に陣取った。
何もかも明日に持ち越しだというのに、朝一番ではなくこんな時間に総員揃って捜査会議になだれ込むのも異例といえば異例だった。嗅ぎつけたメディアのカメラが署のエントランスに張り付いているため窓外がライトでやたらと眩しい。
そうして捜査本部長である篠宮署長と、実際に帳場を仕切る県警の管理官が姿を見せ、壇上のデスクに就いて帳場の体裁が整う。
だが続いて県警捜査一課長や組対の課長二名に例の刑事部長までが登壇し、オブザーバーなる名目で着席した。通常なら考えられない面子に所轄組はざわめく。
学生一人が爆死して冷たいようだが、この顔ぶれは豪華すぎた。
これでは連続で起こった爆破事件を関係アリと認めているようなものである。
きっちり本部組と所轄組が分かれて腰掛けた大会議室に皆川課長が号令を掛けた。
「気を付け! 敬礼!」
それから長々とお偉方の紹介が続き、やっと本題に入ると同時に秋人と松尾が呼ばれて起立する。秋人は殆どの説明を松尾に任せて、言葉足らずな分だけ補完するに留まった。
ミンチになった赤馬が私立三沢大学経済学部三回生の城島健一だと告げると、既に敷鑑の初手をものにしている事実に、県警組が囁き合いつつ穏やかでない目を向けてくる。
次に鑑識による現在判明している範囲内での報告が始まった。
爆破はセムテックスに信管とリードを繋ぎ、電池をセットしたリードを直結させて信管に着火させるというごく簡単な方式でなされており、松尾の証言からリードの長さは推定約五十センチとされた。
僅かでも常識的判断力があれば、五十センチ先で起こる爆発から自分が逃げ切れないことくらいは分かる筈である。誰もが溜息をつくしかなかった。
だが赤馬の城島なら『もっと派手に花火を打ち上げよう』、『これは時限式で一分後に起爆する』などと言われれば、疑いもせず受け取るかも知れないと秋人は思う。
ここ三日の行確で夜間に怪しい人物との接触はなかった。すると昼間か四日以上前ということになる。先々週から四日前の晩までに放火は三回。その事実を脳内で転がしながら現代の日本であり得ない末路を辿った城島の幼顔を思い浮かべ、悔しさを再燃させた。
「先輩、秋人先輩!」
「んあ、何だ、どうした?」
「『何だ』じゃないっスよ。明日からの地取りと敷鑑の区割りで一旦解散です」
妙に遠慮がちな松尾の声で目を上げると、ホワイトボードに拡大された住宅地図と三沢大学周辺の地図が貼られ、カラーペンで担当エリアが区切られていて、それぞれ二人一組で名前が書き込まれていた。だがその何処にも秋人の名前は見当たらない。
本来松尾は沢木係長のバディであり、夕月秋人のバディは病院のベッドで寝ている雪村紫堂だ。つまりバディがいない。
だがこういった場合は本部の人員と所轄の人員を組ませるのが普通である。それなのに行確までしていた秋人が外されたのは、もしかして県警刑事部長の警視長に対してあのような所業に及んだことと何か関係があるのだろうか。
何れにせよ秋人は捜査本部に組み込まれることなく完全に蚊帳の外に置かれたということだった。気の抜けたような思いで大会議室を出てゆく帳場要員の背を眺める。
彼らの大部分は階段を上がって行く。捜査を長期化させずマル被を検挙する目的で最初の約三週間は泊まり込みになるのだ。そのため四階の武道場にはシャワーが完備され、布団も敷かれて宿泊所になっていた。
だが暢気に眠れる訳もなく昼夜関係なく動かねばならない日が殆どである。彼らを見送った秋人は夜討ち朝駆けにならずラッキィという気持ちが一割、残り九割は悔しさと侘びしさで石でも呑んだようだった。
だからといって遊んではいられない。今日の城島の件を報告書類にして提出しなければならないのは当然のことながら他にも事件は山積している。一人で何ができるか知れないが、僅かずつでも進めておかなければならない。
ともかく帳場要員でない秋人は身の置き所がない気分で二階のデカ部屋に戻った。一日二日の徹夜でへばるほどヤワではなく、自宅アパートも歩いて帰れる距離だったが、自室に帰っても安穏と眠れそうになかったので、パイプ椅子を三脚並べて横になった。
刑事を暫くやると大抵の場所で眠ることが可能になる。幸い季候も悪くない。
それでも捜査本部から外された意味を考え、地面にべっとり張り付いた人間一人を思い浮かべて、悔しさと鼻孔に残る異臭とがいつまでも秋人の眠りを妨害していた。
◇◇◇◇
ざわめきで目を覚ますと朝一発目の捜査会議を控えた帳場要員たちが不味く泥水並みのコーヒーにありついて、デカ部屋内を煙草の煙でいっぱいにしていた。朝っぱらから帳場の世話役である皆川課長の手配した近所のコンビニ弁当を頬張っている猛者もいる。
だが誰一人として秋人に話し掛けてくる者はいない。
まるで懲戒でも食らったようだと思いながら咥え煙草でマグカップにコーヒーを淹れた。煙草二本目で頭のロクロが回り出し、まずは紫堂の見舞いに行こうと決める。この自分を助けようとしたために負傷したのだ、一度くらい顔を見せても罰は当たるまい。
午後からなら面会可能だろうと思い、それまで城島の件を報告書類に起こそうと、パソコンのファイルからプリンタで書類を打ち出した。
山盛りになった灰皿の吸い殻を捨て、二杯目のコーヒーを淹れる。その頃には潮が引いたように帳場要員は消えていた。
1
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる