葉桜

志賀雅基

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第15話

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 そこで煙草を消しながら紫堂がふいに口を開いた。

「水野組にセムテックスはない。けど密輸ルートを持つ筆頭は暴力団だ。だからこそ組対も動いてる。C‐4があるならタレ込んでガサ入れさせればいい。そこから最大候補だけじゃなく芋づる式に他の候補も消せる、もしくは逆にピックアップが可能かも知れない」

 早口で言うと秋人が頷くのも待たず、クリームソーダとコーヒー代のジャスト八百円をカウンターに置き、さっさとスツールを降りて店を出て行ってしまう。
 慌てて秋人も煙草を消し、オフホワイトのジャケットの背を追った。

 携帯は意外と簡単に逆探知される。公衆電話を使うつもりらしかった。これも逆探されるが誰が架けたかは特定されない。
 携帯が普及した現在でも規定により電話ボックスは一定面積に一台必ず設置されている。それを警察無線のリピータにも利用できるからだ。
 だがその一台を探すのに暫く掛かった。

 赤い110番ボタンは使わず指紋を拭き取った十円玉を入れ、篠宮署の帳場に設置された専用外線だけでなく、県警捜一と組対にまで立て続けに電話をかけて、受話器を拭った紫堂は納得したらしい。

「こいつはテロ並みだな。今頃帳場はお祭り騒ぎだぜ」
「小指まで落とした新川を疑う訳じゃないけど、せめて水野組だけでも完全に候補から外したいから。あとは、そうだな、新たな予告で県警本部長を脅してみようか?」
「……本気か?」
「冗談に見えるなら今度いい眼鏡屋を紹介するよ。確か月末がセールで――」

 これでもう秋人には分かった。紫堂は完全に躁期に入ったのだ。おそらくパチンコ店ATM爆破に巻き込まれたショックでスイッチが切り替わったのだろう。

 けれどその場で本部長に電話をかけるほど紫堂も直情的ではない。一旦官舎に戻ってパソコンで脅迫状を作ると主張する男を宥めながら、十九時半までの四時間半をどうやって潰そうかと秋人は頭を捻った。

 携帯のマップを見て向かったのは二十分ほども歩いた先の大型書店だった。

 その書店にはカフェテリアが同居し、コーヒーを飲みながら本が読めるというのが売りだったが、コーヒーなど飲むと喫煙欲求が湧くので我慢だ。
 荷物を増やしたくないので本も購入しなかったが秋人は斜め読みした文庫本の中に結構面白いものを発見し、今度シリーズを揃えることに決める。

 一方の紫堂は普段なら本に集中すると物音さえ聞こえなくなるクセに、今日はそわそわとあちこちの本を物色しては棚に戻すという繰り返しだ。それも目で追っていると、小説から料理雑誌に果ては編み物の本まで捲ったりしている。

 躁になるとやたらと行動的になり、あらゆる事に手を出すので紫堂に限っては知識も幅広いが全てが浅い傾向にある。何れにせよ実際には手を出したことの結果が結実せず何も伴わない無駄に終わることが多い。
 何にでも興味を持つのは、チョウチョがヒラヒラとあちこちの花にとまるのと同じで、今の紫堂の状態はその最たるものだ。

 落ち着けずに苛立っているのを知りつつ放置していたが、本を諦めたと思った次にはシュガー増量のカフェラテとココアを立て続けに買って飲んでいるのを見て紫堂に進言した。

「お前、いい加減にしないとションベンに蟻がたかるぞ」

 自分でも既に気付いていたらしく、紫堂は溜息をつきながら頷いてみせる。

「沸いた脳が糖分を欲してるだけだ。摂った分は使うから心配しないでくれ」
「脳内活動で消費するってか。せいぜい閃きを期待してるぜ」

 それでも紫堂の脳ミソを砂糖漬けにする訳にもいかず、書店を出て夕暮れ近い中を散策することにした。ここで最初にエターナルを出てから嵌めていた受令機を外して仕舞う。
 自分たちをスパイに就けた署長連中から有力情報でも降ってくるかと期待し嵌めていた訳だが、こんなものを着けて歩いてあのユルい左翼に見られたら厄介だ。

 学生相手の定食屋を外から眺め、ここも学生だらけのコンビニに足を踏み入れ紫堂が新作スイーツをチェックするのに付き合い、煙草を買い足す。
 そうしてあちこち歩いてみたが随分と早めにエターナルに到着してしまった。

 店内を窺うと光量もやや落とされていた。たぶん既にバーになっているのだろうと踏んで入店することに決める。ベルを鳴らしてドアを開けるとテーブル席にいた五、六人の男女が一斉に秋人たちを注視した。構わず先刻と同じスツールに二人並んで腰掛ける。

 まだ背中には男女からの不審そうな視線を感じていたが、こういった場合は相手から話を切り出させるものだ。粘るためコーヒーではなくアルコール飲料を注文する。

「ジントニック、濃いめで頼む」
「僕はカルアミルクで」

 あくまで糖分を摂りたがる相棒に秋人は心の中で唸りながらも、半ば諦めの境地だった。グラスが出されると二人は煙草を吸いながらカクテルを口に運んだ。
 その間も秋人は背後の男女を意識している。だが洩れ聞こえてくるのは教授がどうのという普通の学生の話ばかりだった。そこでドアのベルがカランと音を立てる。

 振り向くと昼間二人にビラを渡した、素っ気ない髪型の美人だった。

 女はテーブル席に片手を挙げておいてスツールの二人に訝しげな目を向ける。それなりに力のこもった視線を秋人は軽く流したが女の嗅覚は鋭かった。

「失敗したわ。貴方たち、学生じゃないでしょう。まさか公安?」

 炯眼に秋人は諸手を挙げた。紫堂がチラリと見たがここは秋人に預ける気らしい。

公安ハムじゃねぇよ。篠宮署強行犯の夕月と雪村だ。知ってることを教えてくれ」
「何を?」
「取り敢えずはあんたの名前。それと爆死した放火魔を知ってるか?」
井口礼子いぐちれいこ。放火魔も知っている。ネット上には爆破直後の画像も流れたもの」

「あれを、マジかよ……まあいい。そこで訊きたいんだがセムテックスを扱ってる奴を知らねぇか? 元締めでなくてもいい、小分けで信管・リード・バッテリケースなんかとセットでバラ撒いてる奴だ」

 訊かれた女は推し量るように切れ長の目を見てから視線を逸らした。

「詳しくは教えられない、我々も戦わなければならないから」
「詳しくなくていい、ヒントだけでも頼む」

 軽いノリで拝むふりをしながらも黙って引き下がる気配のない秋人に、ニュースでも告げられなかったセムテックスが何であるかを説明要らずで知っていた女は、暫し迷った末に溜息をつく。そうして今度はまともに秋人の目を見つめて話し始めた。

「直接繋がってはいないけれど右翼団体の急先鋒だった辰明会がセムテックスを密輸してたって話は人を介して聞いてるわ」

 それを入手したのかどうかまでは教えて貰える筈もなく、秋人もサラリと流す。

「そいつは俺たちも聞いてる。辰明会は組長をパクられて解散、残った幹部はよそに吸収された。その際、水野組に誘われた奴が土産として持ち込んだってことだろ?」
「確かに水野にも一部は流れた。でも水野のセムテックスは海に沈んで現存しない」
「よく知ってるな。んで、大部分はトンネル掘りの発破屋にでも流れたのか?」

 またも軽く茶化してみせた秋人に女は笑いもせずに応えた。

「噂にすぎないけど、辰明会のセムテックスと起爆装置の大部分は暴力団系列とは違う筋……総会屋崩れに流れたって話よ。そのあとはどうなったか知らないわ」
「何で総会屋崩れが爆弾なんか欲しがるんだ?」

 だがもう女は教授するのに飽きたらしかった。

「そんなこと自分で考えて。でもあとひとつだけ教えてあげるわ。放火魔だった三回生の実家はかなりの規模の土建屋よ。地元ヤクザともさぞかし仲がいいでしょうね。さて、大サーヴィスの講義は終わりよ」

 グラスのカクテルも半分減らしただけで追い出され、秋人と紫堂は少々冷たい宵の路上に立ち尽くす。カネを払い忘れたのを思い出したが請求には来ないだろう。

「ユルい左翼学生だと思ってたのに意外だったよね」
「かなりの武闘派みたいだな、情報収集能力も馬鹿にできねぇし。でも総会屋が爆破する意味が分からん。あれは企業に難癖をつけてカネを脅し取るのが商売だろ?」

「総会屋じゃなくて『総会屋崩れ』だよ」
「株式総会でゴネるほどの元手、ちょっとした株を買うカネすらなくて、真似事だけで小金を稼いでる奴ってことか?」

「現在の株式総会はそんなチンピラ総会屋に荒らされないよう総会に参加可能な持ち株数の下限も決まってるんだけどね。普通は一単元っていう百株からだったかな」
「ふうん。カネの匂いにしかカネは寄ってこない訳だ」

「そう秋人がガッカリしなくても。でもまあ例えば昔からそんな法の網をすれすれでかいくぐってた小金稼ぎが現行法を楯に企業から弾かれて逆恨み、『お宅の社屋を爆破する』とか『客のいる店を吹き飛ばす』とか脅し始めたのかも知れないだろう?」

「なるほど。威力を見せつけるために予告状まで出して小分け爆破した可能性もあるってことか。予告状は警察だけじゃない、企業にも送られてるのかも知れねぇな」
「幼稚園じゃなくて良かったって言うべきかもね」

 三沢大学前のバス停に向かって歩きながら、自分たちの予想が当たっているなら、案件のマル被もマル害も候補は果てしなく広がってゆくことに気付いて秋人は溜息をついた。

 一方の紫堂はまだ思考が跳ね回るところまでは達していないものの、ニヤニヤ笑いつつ片手をタクトのように振ってリズムを取っている。その上に足取りも軽い。

「おい、なるべくセーブしろよな。上がった分だけ、あとで落っこちるんだからさ」
「ラジャー。それで夕飯はどうする? 旨そうな料理のレシピを仕入れたんだけど」

 この言葉に騙され躁の紫堂にはエラい目に遭わされたことがあるので、秋人は信用しない。あのときは三日も腹を壊して聞き込みもままならなかったのだ。
 結局は大学近くのラーメン屋で夕食にした。学生相手で盛りの良すぎるチャーシュー麺に苦労するかと思いきや、意外な旨さで二人とも難なく平らげる。

「チャーシューも美味しかったけど、煮玉子が絶品だったね」
「スープも旨かったな、こってりしすぎてなくてさ」

 あとはラーメンに載っている海苔の意味など、どうでもいいことを喋りながらバスに乗り込んだ。だが腹一杯なのも手伝い、睡眠不足からすぐ秋人は眠気に襲われる。
 隣を見ると紫堂も眠そうだ。しかし銃を携帯して眠りこける訳にもいかず、無理矢理に瞼をこじ開け耐えること約一時間で、ようやく県警本部庁舎前に辿り着く。
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