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第16話
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たった二日目にして隠密行動に飽きた二人は、張り番をする警備部の制服警官に労いの言葉を掛けつつ、堂々と正面エントランスから庁舎に入って四階の第五倉庫に向かった。
第五倉庫に着くと二人は目覚ましの一本を吸ってから捜査会議だ。
まずは一応、新川良二と井口礼子のA号照会、つまり犯歴検索を照会センターに依頼した。FAXで届いた犯歴は両者共に立派なものだった。新川は銃刀法違反に爆発物取締法違反、傷害に窃盗、公務執行妨害など。井口も学生にして公妨で二度も挙げられている。
眺めたFAX用紙を紫堂は軽く弾いて言った。
「でも彼らが嘘をついても、何の得にもならない」
「まあな。ここは信用してみる手だ」
彼らを信用するなら共通項として、セムテックス事案のメインは暴力団ではない可能性が高くなる。出所は解散した辰明会かも知れないが、巡り巡って総会屋崩れに辿り着いたのち企業恐喝の材料として使われている、そう仮定すると大部分がピタリと嵌るのだ。
企業恐喝犯は県警本部に爆破予告状、企業と県警本部長に脅迫状を出した。本部長は『倉庫爆破の真相をバラすぞ』または『更に閨閥を狙うぞ』という脅しに屈し、捜査員を張り込ませただけに留まった。
こうなると爆弾が本当に解除不能だったかも怪しいが、それはともかくなけなしの良心でセムテックスを減らすよう指示は出したものの、結局ATMは爆破されるに至った。ホシがそこまでした理由は警察もアテにならない脅威を世間に知らしめるためである。
もう一件の城島健一はやはり秋人たちの行確がつく前に偶然赤馬の現場でも見られた挙げ句、『もっと派手な花火を上げないか?』とでも誘われた……あり得る話だ。
それとも家業の土建屋と暴力団の繋がりに依る何らかの被害者の線も考えられる。
何れにせよ城島に関しては実行されないかも知れないイレギュラーな要素を孕んでいたために、ホシはどうしてもATMを爆破したかったのだ。
もしこの読みが当たっているとすれば、メディアで取り上げられた警察関係者の負傷という事実を、恐喝されている企業側は震え上がって眺めたに違いない。おまけで学生一人がミンチになったのだ、脅しとしては上出来だろう。
震え上がったのは企業だけでなく県警本部長も同様かも知れなかった。
けれどそこまで考えておきながら、秋人はもうひとつ飲み込めずにいた。出る杭は打たれるということだ。辰明会のセムテックスは学生活動家が知っていたほどの得物である。それを使って総会屋崩れ如きがデカいネタを掴もうとすれば、この辺りの暴力団は黙っていられない筈だった。
だが仮に暴力団が企業恐喝を始めても爆弾など必要ないのだ。暴力団抗争では一般的な『ガラス割り』という相手のヤサに拳銃弾を撃ち込む行為を企業役員宅に仕掛けるだけで脅しは充分事足りる。それだけで何らかの弱みを抱える企業なら、被害届より『これで収めてくれ』と暴力団に裏金を渡す方を選ぶだろう。
そこでわざわざ爆弾を使う理由が分からない。
A号照会の紙切れを手にしたまま考え込んでいた秋人は、デスクに腰掛けて足をぶらぶらさせている紫堂に目を向けた。紫堂は勢いをつけてデスクから飛び降りる。
「総会屋と暴力団の違いなんて、最近は線引きなんかできないからね」
目で先を促す秋人に紫堂は頷いて続けた。
「暴対法と暴排条例の施行でヤクザもシノギに汲々としてる。そこで大した苦労もせずに二束三文の絵画や土地なんかを経費名目で企業に数億円で買い上げて貰ったり、株に関するインサイダー情報を得たりしてホクホクの人物がいたら、ヤクザが真似しない訳がない」
「ふうん、今どきの総会屋はそうやってカネをせしめるのか。一株でも株主だって騒いで株主総会を掻き回して『これでお収め下さい』って包みを貰う時代じゃねぇんだな。同じ商法違反のやり口でも思ってたのとスケール感が全然違うぜ」
「まあね。ヤクザに総会屋、どちらも恐怖を売って恨みを買うのが商売だけど、互いに競り合った挙げ句に手段がエスカレートしてもおかしくないよ、それこそスケールの違いが前面に出るし」
昔は一株から、今は一定数の株を保有すれば株式総会でゴネる権利がある。ゴネられると会社の最高意思決定機関である株主総会は荒れて長引き、総会に出席しなかった株主たちにまで不安を与えることになる。又はそういった総会屋が他の株主に干渉し始めると、いよいよ手が付けられない。
そうなると会社の現経営陣への信頼も揺らぎ、それが高じると経営陣の交代劇にまで発展しかねない。このように株主総会が荒れると様々な影響が出てくるために、それを回避せんと企業は総会屋に裏金を支払うこともあるのだが、その前振りとしてガラス割りをしようが爆弾で脅そうが今は大差ないということだった。
「裏金を支払う側も違法行為、そのハードルを越えさせるための爆破って訳だね」
「なるほど。確かにそいつは個人宅へのガラス割りより効果的かもな」
「それに日本で銃は目立つし、所持してるだけで捕まる。弾込みで加重所持、撃てば発射罪のおまけつき。その点セムテックスは素人目にはただの粘土にしか見えない」
「暴力団関係者じゃねぇ人間には、却って扱いやすいか」
「たぶん。ただ、あんたも思ってるだろうけど、それだけ便利なブツを手に入れた総会屋崩れを暴力団が野放しにしてるっていうのは、やっぱり考えづらいよね」
デスクに置いていた爆破予告状のコピーを紫堂は指す。
「そもそもこの犯行はド素人の手口じゃない。暴走族上がりのチンピラよりはマシかも知れないけど、それでも総会屋崩れには無理がある。指南をした奴がいる筈だよ」
「総会屋崩れはセムテックスを土産に暴力団に抱え込まれたってことか。水野組を始めとする暴力団へのガサ入れでブツが出ればいいんだがな」
「まあ、企業恐喝もまだ可能性に過ぎないし、新川が言ってた通りなら『使うアテもない』って理由でC‐4を眠らせてる水野組が今更セムテックスでもないと思うけどね。でも視野に入ってる脅され側の筆頭は県警本部長。これは外せない」
爆破予告状の他にヤクザを臭わせる脅迫状が存在すると考えるのが自然だった。
だが何れにせよ平刑事二人が気付いたことに警察庁が気付いていないとは思いがたい。この状況をいつまでも警察庁が放置するとは考えられず、坂上警視監も余程上手く立ち回らなければあとがないのは確実だ。表沙汰にならずとも詰め腹切らされて政治的に蹴り落とされるのは時間の問題である。
「近いうちにサッチョウは手を打つだろうな」
「次の定期人事まで本部長は保たないかもね」
「肩叩かれてご勇退なら幸いってとこか。何れにせよ秒読み段階だな」
「今のサッチョウって長官は確か警視庁捜査一課長時代に二発食らった人だっけ?」
「ああ、それなりに気合いが入ってるだろうぜ。坂上警視監はマジであとがねぇよ」
「そっか。ところで官舎に帰らない? ここで想像ばかりしてても仕方ないし」
同意して灰皿の始末をし第五倉庫を出るとロックした。コンビニに寄って帰り着くと既に二十三時である。
また先に紫堂をシャワーに押し込んでおいて、秋人は購入してきた食料を冷蔵庫に収めた。その際に自分は買った覚えのないウォッカの瓶が出てきて、いよいよこいつはヤバいと思う。
躁の紫堂はやたらとカロリーを必要とするために甘いものを好むが、それでも追いつかなくなると、手っ取り早くアルコールでカロリー補給するのだ。
どうするべきか考えても仕方がない。薬も飲まない紫堂の躁を止められないのは分かっている。ただ他人の前では決して歌など歌わない男がバスルームで高らかに第九を口ずさんでいるのを耳にすると、秋人は天井を仰いで溜息をつくしかなかった。
第五倉庫に着くと二人は目覚ましの一本を吸ってから捜査会議だ。
まずは一応、新川良二と井口礼子のA号照会、つまり犯歴検索を照会センターに依頼した。FAXで届いた犯歴は両者共に立派なものだった。新川は銃刀法違反に爆発物取締法違反、傷害に窃盗、公務執行妨害など。井口も学生にして公妨で二度も挙げられている。
眺めたFAX用紙を紫堂は軽く弾いて言った。
「でも彼らが嘘をついても、何の得にもならない」
「まあな。ここは信用してみる手だ」
彼らを信用するなら共通項として、セムテックス事案のメインは暴力団ではない可能性が高くなる。出所は解散した辰明会かも知れないが、巡り巡って総会屋崩れに辿り着いたのち企業恐喝の材料として使われている、そう仮定すると大部分がピタリと嵌るのだ。
企業恐喝犯は県警本部に爆破予告状、企業と県警本部長に脅迫状を出した。本部長は『倉庫爆破の真相をバラすぞ』または『更に閨閥を狙うぞ』という脅しに屈し、捜査員を張り込ませただけに留まった。
こうなると爆弾が本当に解除不能だったかも怪しいが、それはともかくなけなしの良心でセムテックスを減らすよう指示は出したものの、結局ATMは爆破されるに至った。ホシがそこまでした理由は警察もアテにならない脅威を世間に知らしめるためである。
もう一件の城島健一はやはり秋人たちの行確がつく前に偶然赤馬の現場でも見られた挙げ句、『もっと派手な花火を上げないか?』とでも誘われた……あり得る話だ。
それとも家業の土建屋と暴力団の繋がりに依る何らかの被害者の線も考えられる。
何れにせよ城島に関しては実行されないかも知れないイレギュラーな要素を孕んでいたために、ホシはどうしてもATMを爆破したかったのだ。
もしこの読みが当たっているとすれば、メディアで取り上げられた警察関係者の負傷という事実を、恐喝されている企業側は震え上がって眺めたに違いない。おまけで学生一人がミンチになったのだ、脅しとしては上出来だろう。
震え上がったのは企業だけでなく県警本部長も同様かも知れなかった。
けれどそこまで考えておきながら、秋人はもうひとつ飲み込めずにいた。出る杭は打たれるということだ。辰明会のセムテックスは学生活動家が知っていたほどの得物である。それを使って総会屋崩れ如きがデカいネタを掴もうとすれば、この辺りの暴力団は黙っていられない筈だった。
だが仮に暴力団が企業恐喝を始めても爆弾など必要ないのだ。暴力団抗争では一般的な『ガラス割り』という相手のヤサに拳銃弾を撃ち込む行為を企業役員宅に仕掛けるだけで脅しは充分事足りる。それだけで何らかの弱みを抱える企業なら、被害届より『これで収めてくれ』と暴力団に裏金を渡す方を選ぶだろう。
そこでわざわざ爆弾を使う理由が分からない。
A号照会の紙切れを手にしたまま考え込んでいた秋人は、デスクに腰掛けて足をぶらぶらさせている紫堂に目を向けた。紫堂は勢いをつけてデスクから飛び降りる。
「総会屋と暴力団の違いなんて、最近は線引きなんかできないからね」
目で先を促す秋人に紫堂は頷いて続けた。
「暴対法と暴排条例の施行でヤクザもシノギに汲々としてる。そこで大した苦労もせずに二束三文の絵画や土地なんかを経費名目で企業に数億円で買い上げて貰ったり、株に関するインサイダー情報を得たりしてホクホクの人物がいたら、ヤクザが真似しない訳がない」
「ふうん、今どきの総会屋はそうやってカネをせしめるのか。一株でも株主だって騒いで株主総会を掻き回して『これでお収め下さい』って包みを貰う時代じゃねぇんだな。同じ商法違反のやり口でも思ってたのとスケール感が全然違うぜ」
「まあね。ヤクザに総会屋、どちらも恐怖を売って恨みを買うのが商売だけど、互いに競り合った挙げ句に手段がエスカレートしてもおかしくないよ、それこそスケールの違いが前面に出るし」
昔は一株から、今は一定数の株を保有すれば株式総会でゴネる権利がある。ゴネられると会社の最高意思決定機関である株主総会は荒れて長引き、総会に出席しなかった株主たちにまで不安を与えることになる。又はそういった総会屋が他の株主に干渉し始めると、いよいよ手が付けられない。
そうなると会社の現経営陣への信頼も揺らぎ、それが高じると経営陣の交代劇にまで発展しかねない。このように株主総会が荒れると様々な影響が出てくるために、それを回避せんと企業は総会屋に裏金を支払うこともあるのだが、その前振りとしてガラス割りをしようが爆弾で脅そうが今は大差ないということだった。
「裏金を支払う側も違法行為、そのハードルを越えさせるための爆破って訳だね」
「なるほど。確かにそいつは個人宅へのガラス割りより効果的かもな」
「それに日本で銃は目立つし、所持してるだけで捕まる。弾込みで加重所持、撃てば発射罪のおまけつき。その点セムテックスは素人目にはただの粘土にしか見えない」
「暴力団関係者じゃねぇ人間には、却って扱いやすいか」
「たぶん。ただ、あんたも思ってるだろうけど、それだけ便利なブツを手に入れた総会屋崩れを暴力団が野放しにしてるっていうのは、やっぱり考えづらいよね」
デスクに置いていた爆破予告状のコピーを紫堂は指す。
「そもそもこの犯行はド素人の手口じゃない。暴走族上がりのチンピラよりはマシかも知れないけど、それでも総会屋崩れには無理がある。指南をした奴がいる筈だよ」
「総会屋崩れはセムテックスを土産に暴力団に抱え込まれたってことか。水野組を始めとする暴力団へのガサ入れでブツが出ればいいんだがな」
「まあ、企業恐喝もまだ可能性に過ぎないし、新川が言ってた通りなら『使うアテもない』って理由でC‐4を眠らせてる水野組が今更セムテックスでもないと思うけどね。でも視野に入ってる脅され側の筆頭は県警本部長。これは外せない」
爆破予告状の他にヤクザを臭わせる脅迫状が存在すると考えるのが自然だった。
だが何れにせよ平刑事二人が気付いたことに警察庁が気付いていないとは思いがたい。この状況をいつまでも警察庁が放置するとは考えられず、坂上警視監も余程上手く立ち回らなければあとがないのは確実だ。表沙汰にならずとも詰め腹切らされて政治的に蹴り落とされるのは時間の問題である。
「近いうちにサッチョウは手を打つだろうな」
「次の定期人事まで本部長は保たないかもね」
「肩叩かれてご勇退なら幸いってとこか。何れにせよ秒読み段階だな」
「今のサッチョウって長官は確か警視庁捜査一課長時代に二発食らった人だっけ?」
「ああ、それなりに気合いが入ってるだろうぜ。坂上警視監はマジであとがねぇよ」
「そっか。ところで官舎に帰らない? ここで想像ばかりしてても仕方ないし」
同意して灰皿の始末をし第五倉庫を出るとロックした。コンビニに寄って帰り着くと既に二十三時である。
また先に紫堂をシャワーに押し込んでおいて、秋人は購入してきた食料を冷蔵庫に収めた。その際に自分は買った覚えのないウォッカの瓶が出てきて、いよいよこいつはヤバいと思う。
躁の紫堂はやたらとカロリーを必要とするために甘いものを好むが、それでも追いつかなくなると、手っ取り早くアルコールでカロリー補給するのだ。
どうするべきか考えても仕方がない。薬も飲まない紫堂の躁を止められないのは分かっている。ただ他人の前では決して歌など歌わない男がバスルームで高らかに第九を口ずさんでいるのを耳にすると、秋人は天井を仰いで溜息をつくしかなかった。
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