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第34話
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だが秋人は二射だけで済んだ安堵になど浸っている余裕はなかった。両手を頭上で縛られて積まれた机に繋がれた紫堂が一糸まとわぬ姿で倒れていたからだ。
それだけではない。紫堂はウィスキー瓶の口を挿入されたままという無惨な状態だった。駆け寄った秋人はウィスキー瓶を抜いて放り出す。途端に白く濁った粘液混じりの血が流れ出した。蒼白な肌色をした紫堂を抱き締める。
酷いアルコール臭がするが、力の抜けきった躰は冷たかった。
「紫堂! おい……紫堂、しっかりしろ!」
大声にもまるで反応がない。覚悟を決めて脈を看る。すると微かに生の証しが触れた。不規則で浅いが呼吸もしている。
生きているとなると却って焦り、秋人は助けを求めて視線を彷徨わせた。するとフラッシュバンの大音響で割れたか数本の蛍光灯が瞬く中で気付いたSST隊員がコンバットナイフで結束バンドを切ってくれる。
抱き上げた紫堂は可哀相に血だらけの下半身は勿論、髪や顔まで男たちの放ったもので目茶苦茶に汚されていた。ここまで紫堂を傷つけ貶めた奴らに目の眩むような怒りを覚えてあと二、三発ずつぶち込んでやりたい思いに駆られる。
しかし今はそんなことをしている場合ではない。用意された毛布に衣服や銃その他と一緒に紫堂を包むと秋人はしっかりと横抱きにしてヘリに戻った。
ヘリに待機していた救護要員の判断で早速点滴が開始された。その様子を見守りながら秋人は今頃になって失う恐怖を実感する。
この二年間ずっと隣にいたバディ。初めて自分にここまで切ない想いを抱かせた唯一無二の愛しい存在。本当によくぞ生きてくれていたと思う。
ツンと鼻の奥が痛み、喉に熱いものがこみ上げてきて、何度も呑み込もうとしているうちに気付くと紫堂の真っ白な頬に雫を零してしまっていた。
洟を啜って、もはや止めようもなくしゃくり上げる。震える指先で紫堂の頬を撫で、冷たい手を握り締めながら色素の薄い瞳を見たいと思う一方で、今ばかりは紫堂に見られなくて幸いだとも思った。
そうして頭が熱くなるくらい泣いても、まだヘリが離陸しないことに苛つく。
元は武器弾薬隠匿のガサだったのだ。警察と海保の上層部同士で揉めたようだが、あとから警視庁の組対と令状を乗せた巡視船が現着することで話がついたらしく、やっとヘリはテイクオフし、荒れた夜空に舞い上がって本土に向かう。
精神的なケアも考えて主治医のいる篠宮総合病院に着けてくれるよう秋人はパイロットに頼んだ。無線交信で要求は受け入れられ、一時間ほどで屋上へリポートに到着する。
待機していた看護師や医師たちに迎えられた紫堂は意識のないまま救命救急センターに運ばれて検査と診察を受けた。診断は急性アルコール中毒と限界を超えた疲労で的確な処置さえ怠らなければ命に別状はないと説明された秋人は胸をなで下ろす。
報告を聞いた神原本部長は大層喜び、前回の逆パターンで二人部屋に紫堂を入院させ、片方のベッドを食事付きで秋人が使えるよう計らってくれた。
秋人の前で紫堂は昏々と丸二日間も眠り続け、三日目の朝にやっと目を覚ました。
ベッドではなくパイプ椅子で毛布を被った秋人をじっと見つめた紫堂は手を伸ばし長めの前髪に触れてからこめかみのガーゼを撫で、儚いような微笑みを洩らす。
笑い返して秋人は紫堂の白い額を軽く指で弾いた。
「おかえり、紫堂」
「ん、ただいま。助けてくれたんだな。またあんた、無茶したんじゃないのか?」
「そうでもねぇよ。それより気分はどうだ? メシは食えそうか?」
「少しだるいだけ。でもご飯の前にシャワー浴びたいな」
早速シャワーを借りてさっぱりした紫堂は、秋人と配膳された朝食を前にした。だがオレンジジュースをひとくち飲んだだけで顔色を真っ青にする。洗面所に走り苦しげに吐く紫堂に驚いて駆け寄った秋人は背中をさすってやった。
すぐに担当医から吐き気止めも処方して貰ったが、その薬すら飲んでも吐いてしまうため、点滴だけが命綱となるまでに時間は掛からなかった。
だが何も食べなくても体力を削ぎ落とすような嘔吐は止まらず、元々痩せていた躰が数日のうちにみるみる細ってゆく。
検査で消化器官自体に何ら問題はなく医師の診断結果は心因性の摂食障害だった。
◇◇◇◇
手洗いに立ち、戻ろうとして倒れてしまった紫堂を秋人は慌てて抱き上げ、ベッドに寝かせた。数秒で紫堂は目を見開いたが、なかなか焦点が合わない。無言で頷いてやると少し安堵したのか、そのまま目を瞑って眠りに落ちたようだった。
起きていても痩せ細った腕に点滴の針を刺した紫堂はぼんやりベッドに座っていることが多い。食べる意志があるのに受けつけないようで食事時は特につらそうだ。
ずっと様子を見守る秋人は紫堂自身の意志はともかく、躰から生きる気力とでもいうものが失われてしまっているように感じていた。
一度殺される寸前まで追い詰められたために生きてゆくことを躰が諦めてしまったのかも知れない。誰より高いプライドを酷く傷つけられて拠り所を失くしてしまったのかも知れなかった。それとも単に生きるつらさに耐えがたくなってしまったのか。
ともかく新たなPTSDを負わされ最悪の過去を常に見つめているような、茫洋とした色素の薄い瞳を眺める秋人にはどうしてやることもできず悔しいばかりである。
そうして入院してから十日ほど経った頃、自力で立ち歩くことも困難となった紫堂が初めて自ら秋人に訴えたのが『帰りたい』の一言だった。
ここまで急激に栄養失調状態に陥った紫堂の退院に医師は難色を示した。何せ点滴で生き存えているのだ。自宅ではケアができない。
けれど秋人は紫堂の願いを蹴ることはしなかった。命の危険すらあることを担当医は何度も説明してくれたが、秋人の決意は固かった。
梅雨明け宣言がなされて早くも蒸し暑くなった日に、秋人は紫堂を抱いて退院させた。タクシーに乗り県警本部の官舎に向かってくれるよう告げる。自宅アパートでは直接的な襲撃に対応できず県警に近い官舎の方がまだマシという判断からだった。
後部座席で指先を握ってやると、紫堂は秋人を見上げて肩で息をしつつ声を出した。
「すまない、秋人。あんたには、もっと迷惑を掛ける」
「迷惑と思ってねぇから謝らなくていい。俺もお前と二人になりたかったんだしさ」
「そうか。ありが、と――」
ずっと抱いて移動させたが弱りきった紫堂は疲れてしまったようで、僅か二十分ほどの車中でも眠ってしまう。官舎に着いても歩けずに秋人が抱いての帰宅となった。
ベッドに紫堂を寝かせた秋人は部屋の空気を入れ換えてから窓を閉め、病人に負担を掛けないようエアコンで室温調節する。そうしておいて周囲警戒しつつ五分足らずでコンビニと往復し当座の自分の食料などを調達した。戻ると紫堂はまだ眠っていて安堵する。
紫堂が自らの言葉を反故にして自殺するような男だとは思わない。ただ起きて独りだと淋しいだろうと思っただけだ。それに再襲撃の危険も未だ去った訳ではない。
当の紫堂は浅く眠っては目を覚まし、ぼんやりしては再び眠るというのを繰り返している。秋人は引き戸を開け放して寝室が常に見える位置にキッチンの椅子を移動させ、病人に匂いの届くコーヒーではなくウーロン茶を飲みながらTVを眺めてヒマを潰した。
やがて昼のバラエティに飽きてTVを消し、寝室に入って紫堂の様子を見る。すると紫堂は気配で目を開けた。手を貸して手洗いの介助をし戻ってまた寝かせてやる。
「本当の家族でもないのに、こんなことまでさせて悪いな」
意外にはっきりとした声で言われた秋人は白い顔を覗き込んで言い返した。
「だからお前は何も悪くねぇし、自分で選んだからには家族以上だろ。お互い他には家族もいねぇんだしさ」
「家族がいないって、あんた、親兄弟はどうしたんだ?」
「いない。へその緒がついたまま段ボール箱に入って病院の軒先で泣いてたらしい」
虚を突かれたような顔で紫堂は秋人を見上げている。そんな紫堂に秋人は続けた。
「幾ら何でも段ボールはねぇよな、猫じゃねぇんだからさ」
「そこが問題なのかな?」
「大問題だろ。今どきコインロッカーだって最低百円は要るんだぜ。それなのに俺はみかんの段ボールだったんだそうだ。近所の八百屋で貰ってきたような愛媛みかんの段ボールだぞ」
「愛媛みかん……」
「ああ。みかんの旬で寒い秋の日、月の綺麗な夕方だったらしいが、幸い上手く発見されて、当時の市長に名前もつけて貰った。それからずっと施設暮らしだ。身軽なもんだぜ」
「身軽って……」
秋人がさばさばと言った科白をオウム返しに呟く紫堂は、まだ驚いたような顔をしている。その瞠られた目に笑ってやると、紫堂は枕の上で僅かに首を傾げた。
「あんたってさ、もしかして親がいるだけマシだって思ったから、僕に同情しなかったのか?」
「いや、そいつは違うな。親がいないと経済的な面で悔しい思いもしたが、虐待するような人間に親の面をされるくらいなら、早々に手放して貰って有難かったと思ってる。サツカンになった自分にプライドも持ってるし、お前っていうバディも手に入れた。結果オーライってヤツだ」
「じゃあ、どうしてだ?」
「俺がお前に同情してないのは、お前がそれを必要としてなかったからだ」
「見捨てられ不安で、あんたの手に必死でぶら下がってる僕でも?」
「自分を卑下するなって。俺はこれでも他人の中で揉まれてきたんだ、簡単に空気は無視するが読めない訳じゃねぇんだぞ。二年前に窓から見たお前は誰にも負けないプライドを持ってた」
だがプライドだけでは生きていけない。それは誰より紫堂自身が知っている。
それだけではない。紫堂はウィスキー瓶の口を挿入されたままという無惨な状態だった。駆け寄った秋人はウィスキー瓶を抜いて放り出す。途端に白く濁った粘液混じりの血が流れ出した。蒼白な肌色をした紫堂を抱き締める。
酷いアルコール臭がするが、力の抜けきった躰は冷たかった。
「紫堂! おい……紫堂、しっかりしろ!」
大声にもまるで反応がない。覚悟を決めて脈を看る。すると微かに生の証しが触れた。不規則で浅いが呼吸もしている。
生きているとなると却って焦り、秋人は助けを求めて視線を彷徨わせた。するとフラッシュバンの大音響で割れたか数本の蛍光灯が瞬く中で気付いたSST隊員がコンバットナイフで結束バンドを切ってくれる。
抱き上げた紫堂は可哀相に血だらけの下半身は勿論、髪や顔まで男たちの放ったもので目茶苦茶に汚されていた。ここまで紫堂を傷つけ貶めた奴らに目の眩むような怒りを覚えてあと二、三発ずつぶち込んでやりたい思いに駆られる。
しかし今はそんなことをしている場合ではない。用意された毛布に衣服や銃その他と一緒に紫堂を包むと秋人はしっかりと横抱きにしてヘリに戻った。
ヘリに待機していた救護要員の判断で早速点滴が開始された。その様子を見守りながら秋人は今頃になって失う恐怖を実感する。
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洟を啜って、もはや止めようもなくしゃくり上げる。震える指先で紫堂の頬を撫で、冷たい手を握り締めながら色素の薄い瞳を見たいと思う一方で、今ばかりは紫堂に見られなくて幸いだとも思った。
そうして頭が熱くなるくらい泣いても、まだヘリが離陸しないことに苛つく。
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報告を聞いた神原本部長は大層喜び、前回の逆パターンで二人部屋に紫堂を入院させ、片方のベッドを食事付きで秋人が使えるよう計らってくれた。
秋人の前で紫堂は昏々と丸二日間も眠り続け、三日目の朝にやっと目を覚ました。
ベッドではなくパイプ椅子で毛布を被った秋人をじっと見つめた紫堂は手を伸ばし長めの前髪に触れてからこめかみのガーゼを撫で、儚いような微笑みを洩らす。
笑い返して秋人は紫堂の白い額を軽く指で弾いた。
「おかえり、紫堂」
「ん、ただいま。助けてくれたんだな。またあんた、無茶したんじゃないのか?」
「そうでもねぇよ。それより気分はどうだ? メシは食えそうか?」
「少しだるいだけ。でもご飯の前にシャワー浴びたいな」
早速シャワーを借りてさっぱりした紫堂は、秋人と配膳された朝食を前にした。だがオレンジジュースをひとくち飲んだだけで顔色を真っ青にする。洗面所に走り苦しげに吐く紫堂に驚いて駆け寄った秋人は背中をさすってやった。
すぐに担当医から吐き気止めも処方して貰ったが、その薬すら飲んでも吐いてしまうため、点滴だけが命綱となるまでに時間は掛からなかった。
だが何も食べなくても体力を削ぎ落とすような嘔吐は止まらず、元々痩せていた躰が数日のうちにみるみる細ってゆく。
検査で消化器官自体に何ら問題はなく医師の診断結果は心因性の摂食障害だった。
◇◇◇◇
手洗いに立ち、戻ろうとして倒れてしまった紫堂を秋人は慌てて抱き上げ、ベッドに寝かせた。数秒で紫堂は目を見開いたが、なかなか焦点が合わない。無言で頷いてやると少し安堵したのか、そのまま目を瞑って眠りに落ちたようだった。
起きていても痩せ細った腕に点滴の針を刺した紫堂はぼんやりベッドに座っていることが多い。食べる意志があるのに受けつけないようで食事時は特につらそうだ。
ずっと様子を見守る秋人は紫堂自身の意志はともかく、躰から生きる気力とでもいうものが失われてしまっているように感じていた。
一度殺される寸前まで追い詰められたために生きてゆくことを躰が諦めてしまったのかも知れない。誰より高いプライドを酷く傷つけられて拠り所を失くしてしまったのかも知れなかった。それとも単に生きるつらさに耐えがたくなってしまったのか。
ともかく新たなPTSDを負わされ最悪の過去を常に見つめているような、茫洋とした色素の薄い瞳を眺める秋人にはどうしてやることもできず悔しいばかりである。
そうして入院してから十日ほど経った頃、自力で立ち歩くことも困難となった紫堂が初めて自ら秋人に訴えたのが『帰りたい』の一言だった。
ここまで急激に栄養失調状態に陥った紫堂の退院に医師は難色を示した。何せ点滴で生き存えているのだ。自宅ではケアができない。
けれど秋人は紫堂の願いを蹴ることはしなかった。命の危険すらあることを担当医は何度も説明してくれたが、秋人の決意は固かった。
梅雨明け宣言がなされて早くも蒸し暑くなった日に、秋人は紫堂を抱いて退院させた。タクシーに乗り県警本部の官舎に向かってくれるよう告げる。自宅アパートでは直接的な襲撃に対応できず県警に近い官舎の方がまだマシという判断からだった。
後部座席で指先を握ってやると、紫堂は秋人を見上げて肩で息をしつつ声を出した。
「すまない、秋人。あんたには、もっと迷惑を掛ける」
「迷惑と思ってねぇから謝らなくていい。俺もお前と二人になりたかったんだしさ」
「そうか。ありが、と――」
ずっと抱いて移動させたが弱りきった紫堂は疲れてしまったようで、僅か二十分ほどの車中でも眠ってしまう。官舎に着いても歩けずに秋人が抱いての帰宅となった。
ベッドに紫堂を寝かせた秋人は部屋の空気を入れ換えてから窓を閉め、病人に負担を掛けないようエアコンで室温調節する。そうしておいて周囲警戒しつつ五分足らずでコンビニと往復し当座の自分の食料などを調達した。戻ると紫堂はまだ眠っていて安堵する。
紫堂が自らの言葉を反故にして自殺するような男だとは思わない。ただ起きて独りだと淋しいだろうと思っただけだ。それに再襲撃の危険も未だ去った訳ではない。
当の紫堂は浅く眠っては目を覚まし、ぼんやりしては再び眠るというのを繰り返している。秋人は引き戸を開け放して寝室が常に見える位置にキッチンの椅子を移動させ、病人に匂いの届くコーヒーではなくウーロン茶を飲みながらTVを眺めてヒマを潰した。
やがて昼のバラエティに飽きてTVを消し、寝室に入って紫堂の様子を見る。すると紫堂は気配で目を開けた。手を貸して手洗いの介助をし戻ってまた寝かせてやる。
「本当の家族でもないのに、こんなことまでさせて悪いな」
意外にはっきりとした声で言われた秋人は白い顔を覗き込んで言い返した。
「だからお前は何も悪くねぇし、自分で選んだからには家族以上だろ。お互い他には家族もいねぇんだしさ」
「家族がいないって、あんた、親兄弟はどうしたんだ?」
「いない。へその緒がついたまま段ボール箱に入って病院の軒先で泣いてたらしい」
虚を突かれたような顔で紫堂は秋人を見上げている。そんな紫堂に秋人は続けた。
「幾ら何でも段ボールはねぇよな、猫じゃねぇんだからさ」
「そこが問題なのかな?」
「大問題だろ。今どきコインロッカーだって最低百円は要るんだぜ。それなのに俺はみかんの段ボールだったんだそうだ。近所の八百屋で貰ってきたような愛媛みかんの段ボールだぞ」
「愛媛みかん……」
「ああ。みかんの旬で寒い秋の日、月の綺麗な夕方だったらしいが、幸い上手く発見されて、当時の市長に名前もつけて貰った。それからずっと施設暮らしだ。身軽なもんだぜ」
「身軽って……」
秋人がさばさばと言った科白をオウム返しに呟く紫堂は、まだ驚いたような顔をしている。その瞠られた目に笑ってやると、紫堂は枕の上で僅かに首を傾げた。
「あんたってさ、もしかして親がいるだけマシだって思ったから、僕に同情しなかったのか?」
「いや、そいつは違うな。親がいないと経済的な面で悔しい思いもしたが、虐待するような人間に親の面をされるくらいなら、早々に手放して貰って有難かったと思ってる。サツカンになった自分にプライドも持ってるし、お前っていうバディも手に入れた。結果オーライってヤツだ」
「じゃあ、どうしてだ?」
「俺がお前に同情してないのは、お前がそれを必要としてなかったからだ」
「見捨てられ不安で、あんたの手に必死でぶら下がってる僕でも?」
「自分を卑下するなって。俺はこれでも他人の中で揉まれてきたんだ、簡単に空気は無視するが読めない訳じゃねぇんだぞ。二年前に窓から見たお前は誰にも負けないプライドを持ってた」
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