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第35話
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「今、あんたに放置されたら三日で死ねる気がするんだが」
「そういう意味じゃねぇ。お前のプライドの高さは俺とタメを張る。そんな奴に同情なんか不要って思っただけだ。まあ、今の状態は『貸し』だ。いつか返して貰うさ」
「この分じゃ返せないかも知れない。それでもいいのか?」
「良くねぇよ。キッチリ返して貰う。利息も付けてな」
「そうか、それは早く治さないと怖いことになりそうだ」
真面目腐った顔つきで言ったのちに紫堂は喉を震わせ、秋人も声を出して笑った。久しぶりに見た紫堂の笑顔が酷く愛しくなり、秋人は毛布の上から細った躰を抱き締める。腕を上げるのもつらそうだが紫堂は秋人の長めの前髪を指で梳いてくれた。
心地良いくすぐったさに酔った秋人は互いの躰を通して紫堂の少し硬い声を聞く。
「秋人、僕を抱いてくれないか?」
「だめだ。今のお前にそいつは命懸けになる」
「命懸けでもいい、死んだって……いや、僕はあんたと一緒に生きたい。あんたの隣にずっといたい。だからこの躰にあんたを刻み込んでくれ。これからも秋人と生きるとは、こういうことだと教えて欲しいんだ」
思わず身を起こして紫堂を凝視した。横たわったままでも紫堂は毅然としていた。
「お前、もしかしてそのために帰ってきたのか?」
「そうだ。あんたも二人で打開策を見出すために僕を退院させてくれたんだろう?」
「分かってたのか?」
思いがけないほど力強く紫堂は頷いて見せる。そして真正面から訊いた。
「抱いてくれないのか? それとも目茶苦茶に汚れた僕が、もう嫌になったか?」
「んな訳ねぇだろ。何があってもお前はお前、俺が惚れた雪村紫堂だ」
再び毛布の上から紫堂を抱き締めながらも秋人は恐怖に駆られていた。今の紫堂は自分の意志に関わらず緩慢な自殺状態ともいえる。それを食い止めるどころか、残り火の如く揺らめく炎を吹き消して紫堂を殺すのは自分ではないのかと。
考えを読んだように紫堂の声が響いた。
「僕は本望だ。でも根っからの刑事のあんたに人殺しの汚名は着せない。約束する」
昂然と言い切ったが紫堂はつらそうに息を乱している。
その吐息を聞きつつ秋人は迷った。
紫堂と違い表立って触れ合うのを好むタイプではないが、他人の中で個人の物をあまり所有することなく生きてきたので、これはと思ったものに対する独占欲の強さは自覚していた。過去にないほど愛してしまった紫堂をもう手放せないのは分かっている。
故に一緒にいるためなら大概のことをやってのける自信があったが、今度ばかりは怖かった。だがやはり紫堂の本気の願いを蹴ることなどできないのも分かっていた。
「絶対に……絶対に約束は護れよな」
「ああ。あんたが認めてくれた、あんたとタメを張るプライドに懸けて誓う」
「その言葉、忘れるなよ」
相変わらずカーテンもない窓から白昼の光が差し込む中、秋人は衣服を脱ぎ捨てて紫堂のベッドに上がると重みの負担を掛けないよう膝立ちで跨り紫堂の衣服も脱がせてゆく。
華奢な躰は見るも無惨に痩せていたが欲しいという秋人の想いに影を差すものではなかった。その証拠に秋人は既に己を成長させ先端はもう蜜を滲ませている。
一方で脱がされながら紫堂は秋人の彫像のような躰に見惚れていた。引き締まった腹に逞しい胸。象牙色の滑らかな肌。左肩の傷痕が痛々しいが美しさに遜色はない。
「おい、こら、無理すんな!」
「無理じゃない……欲しい、秋人が欲しくて堪らないんだ!」
◇◇◇◇
どのくらいこうしているんだろうと紫堂は思う。
「だめなら、言えよな。まだ、大丈夫か?」
躰を通して響いた低く甘い声に夢中で頷いて見せた。秋人はそうして気遣い、慈しみながら抱いてくれた。本当に全ての要求に応えて絶え間なく揺らしてくれる。秋人を逆に自分が壊してしまうのではないかと懸念を抱くほどだった。けれど何度見上げてみても、切れ長の目は婀娜っぽいような情欲を湛え、端正な顔に優しい微笑みを浮かべて紫堂を安堵させてくれるのだ。
もう充分だった。この身の芯まで秋人が染み込んでいる。だからこれで――。
そう思うのに、今度は溺れ切った快感から抜け出せない。言葉にもならないうちにまた蕩けた処に秋人を受け入れた。ここまで耐えられるほどの体力など何処にもなかった筈で、きっと熱い秋人が生命力を分けてくれているのに違いないと思う。
「気分は、悪くねぇか?」
「んっ、あ……大、丈夫……あっ、ふ」
喉が嗄れてまともな言葉にならなかった。けれどフラッシュバックも遠ざかり現実の攻めを受け入れるだけで精一杯となっていた。
秋人も洩らす吐息は苦しげだが力強い腰の律動を休ませようとはしない。ここまでしてくれるとは思ってもみなくて熱いものがこみ上げてくる。秋人はこれほどまでに自分を愛してくれているのだ。
男である以上はそれなりの相手なら誰でも……という不埒さを持ち合わせているのも否定できないが、ここまでともなると躰の状態で愛情も推し量れるというものだ。
自分を真っ当に肯定してくれる人間がいるというのは、こんなに幸せで満たされることだったのだ。そう雪村紫堂は生まれてこの方、初めて知って思わずしゃくり上げたが、もう涙すら出ない。
「秋人……もういい。これ以上は……おかしく、なる」
心配顔の秋人に紫堂は微笑みを浮かべて頷き、愛しい男の熱を閉じ込めたまま意識を手放した。
「そういう意味じゃねぇ。お前のプライドの高さは俺とタメを張る。そんな奴に同情なんか不要って思っただけだ。まあ、今の状態は『貸し』だ。いつか返して貰うさ」
「この分じゃ返せないかも知れない。それでもいいのか?」
「良くねぇよ。キッチリ返して貰う。利息も付けてな」
「そうか、それは早く治さないと怖いことになりそうだ」
真面目腐った顔つきで言ったのちに紫堂は喉を震わせ、秋人も声を出して笑った。久しぶりに見た紫堂の笑顔が酷く愛しくなり、秋人は毛布の上から細った躰を抱き締める。腕を上げるのもつらそうだが紫堂は秋人の長めの前髪を指で梳いてくれた。
心地良いくすぐったさに酔った秋人は互いの躰を通して紫堂の少し硬い声を聞く。
「秋人、僕を抱いてくれないか?」
「だめだ。今のお前にそいつは命懸けになる」
「命懸けでもいい、死んだって……いや、僕はあんたと一緒に生きたい。あんたの隣にずっといたい。だからこの躰にあんたを刻み込んでくれ。これからも秋人と生きるとは、こういうことだと教えて欲しいんだ」
思わず身を起こして紫堂を凝視した。横たわったままでも紫堂は毅然としていた。
「お前、もしかしてそのために帰ってきたのか?」
「そうだ。あんたも二人で打開策を見出すために僕を退院させてくれたんだろう?」
「分かってたのか?」
思いがけないほど力強く紫堂は頷いて見せる。そして真正面から訊いた。
「抱いてくれないのか? それとも目茶苦茶に汚れた僕が、もう嫌になったか?」
「んな訳ねぇだろ。何があってもお前はお前、俺が惚れた雪村紫堂だ」
再び毛布の上から紫堂を抱き締めながらも秋人は恐怖に駆られていた。今の紫堂は自分の意志に関わらず緩慢な自殺状態ともいえる。それを食い止めるどころか、残り火の如く揺らめく炎を吹き消して紫堂を殺すのは自分ではないのかと。
考えを読んだように紫堂の声が響いた。
「僕は本望だ。でも根っからの刑事のあんたに人殺しの汚名は着せない。約束する」
昂然と言い切ったが紫堂はつらそうに息を乱している。
その吐息を聞きつつ秋人は迷った。
紫堂と違い表立って触れ合うのを好むタイプではないが、他人の中で個人の物をあまり所有することなく生きてきたので、これはと思ったものに対する独占欲の強さは自覚していた。過去にないほど愛してしまった紫堂をもう手放せないのは分かっている。
故に一緒にいるためなら大概のことをやってのける自信があったが、今度ばかりは怖かった。だがやはり紫堂の本気の願いを蹴ることなどできないのも分かっていた。
「絶対に……絶対に約束は護れよな」
「ああ。あんたが認めてくれた、あんたとタメを張るプライドに懸けて誓う」
「その言葉、忘れるなよ」
相変わらずカーテンもない窓から白昼の光が差し込む中、秋人は衣服を脱ぎ捨てて紫堂のベッドに上がると重みの負担を掛けないよう膝立ちで跨り紫堂の衣服も脱がせてゆく。
華奢な躰は見るも無惨に痩せていたが欲しいという秋人の想いに影を差すものではなかった。その証拠に秋人は既に己を成長させ先端はもう蜜を滲ませている。
一方で脱がされながら紫堂は秋人の彫像のような躰に見惚れていた。引き締まった腹に逞しい胸。象牙色の滑らかな肌。左肩の傷痕が痛々しいが美しさに遜色はない。
「おい、こら、無理すんな!」
「無理じゃない……欲しい、秋人が欲しくて堪らないんだ!」
◇◇◇◇
どのくらいこうしているんだろうと紫堂は思う。
「だめなら、言えよな。まだ、大丈夫か?」
躰を通して響いた低く甘い声に夢中で頷いて見せた。秋人はそうして気遣い、慈しみながら抱いてくれた。本当に全ての要求に応えて絶え間なく揺らしてくれる。秋人を逆に自分が壊してしまうのではないかと懸念を抱くほどだった。けれど何度見上げてみても、切れ長の目は婀娜っぽいような情欲を湛え、端正な顔に優しい微笑みを浮かべて紫堂を安堵させてくれるのだ。
もう充分だった。この身の芯まで秋人が染み込んでいる。だからこれで――。
そう思うのに、今度は溺れ切った快感から抜け出せない。言葉にもならないうちにまた蕩けた処に秋人を受け入れた。ここまで耐えられるほどの体力など何処にもなかった筈で、きっと熱い秋人が生命力を分けてくれているのに違いないと思う。
「気分は、悪くねぇか?」
「んっ、あ……大、丈夫……あっ、ふ」
喉が嗄れてまともな言葉にならなかった。けれどフラッシュバックも遠ざかり現実の攻めを受け入れるだけで精一杯となっていた。
秋人も洩らす吐息は苦しげだが力強い腰の律動を休ませようとはしない。ここまでしてくれるとは思ってもみなくて熱いものがこみ上げてくる。秋人はこれほどまでに自分を愛してくれているのだ。
男である以上はそれなりの相手なら誰でも……という不埒さを持ち合わせているのも否定できないが、ここまでともなると躰の状態で愛情も推し量れるというものだ。
自分を真っ当に肯定してくれる人間がいるというのは、こんなに幸せで満たされることだったのだ。そう雪村紫堂は生まれてこの方、初めて知って思わずしゃくり上げたが、もう涙すら出ない。
「秋人……もういい。これ以上は……おかしく、なる」
心配顔の秋人に紫堂は微笑みを浮かべて頷き、愛しい男の熱を閉じ込めたまま意識を手放した。
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