葉桜

志賀雅基

文字の大きさ
35 / 41

第35話

しおりを挟む
「今、あんたに放置されたら三日で死ねる気がするんだが」
「そういう意味じゃねぇ。お前のプライドの高さは俺とタメを張る。そんな奴に同情なんか不要って思っただけだ。まあ、今の状態は『貸し』だ。いつか返して貰うさ」

「この分じゃ返せないかも知れない。それでもいいのか?」
「良くねぇよ。キッチリ返して貰う。利息も付けてな」
「そうか、それは早く治さないと怖いことになりそうだ」

 真面目腐った顔つきで言ったのちに紫堂は喉を震わせ、秋人も声を出して笑った。久しぶりに見た紫堂の笑顔が酷く愛しくなり、秋人は毛布の上から細った躰を抱き締める。腕を上げるのもつらそうだが紫堂は秋人の長めの前髪を指で梳いてくれた。

 心地良いくすぐったさに酔った秋人は互いの躰を通して紫堂の少し硬い声を聞く。

「秋人、僕を抱いてくれないか?」
「だめだ。今のお前にそいつは命懸けになる」

「命懸けでもいい、死んだって……いや、僕はあんたと一緒に生きたい。あんたの隣にずっといたい。だからこの躰にあんたを刻み込んでくれ。これからも秋人と生きるとは、こういうことだと教えて欲しいんだ」

 思わず身を起こして紫堂を凝視した。横たわったままでも紫堂は毅然としていた。

「お前、もしかしてそのために帰ってきたのか?」
「そうだ。あんたも二人で打開策を見出すために僕を退院させてくれたんだろう?」
「分かってたのか?」

 思いがけないほど力強く紫堂は頷いて見せる。そして真正面から訊いた。

「抱いてくれないのか? それとも目茶苦茶に汚れた僕が、もう嫌になったか?」
「んな訳ねぇだろ。何があってもお前はお前、俺が惚れた雪村紫堂だ」

 再び毛布の上から紫堂を抱き締めながらも秋人は恐怖に駆られていた。今の紫堂は自分の意志に関わらず緩慢な自殺状態ともいえる。それを食い止めるどころか、残り火の如く揺らめく炎を吹き消して紫堂を殺すのは自分ではないのかと。

 考えを読んだように紫堂の声が響いた。

「僕は本望だ。でも根っからの刑事のあんたに人殺しの汚名は着せない。約束する」

 昂然と言い切ったが紫堂はつらそうに息を乱している。
 その吐息を聞きつつ秋人は迷った。

 紫堂と違い表立って触れ合うのを好むタイプではないが、他人の中で個人の物をあまり所有することなく生きてきたので、これはと思ったものに対する独占欲の強さは自覚していた。過去にないほど愛してしまった紫堂をもう手放せないのは分かっている。

 故に一緒にいるためなら大概のことをやってのける自信があったが、今度ばかりは怖かった。だがやはり紫堂の本気の願いを蹴ることなどできないのも分かっていた。

「絶対に……絶対に約束は護れよな」
「ああ。あんたが認めてくれた、あんたとタメを張るプライドに懸けて誓う」
「その言葉、忘れるなよ」

 相変わらずカーテンもない窓から白昼の光が差し込む中、秋人は衣服を脱ぎ捨てて紫堂のベッドに上がると重みの負担を掛けないよう膝立ちで跨り紫堂の衣服も脱がせてゆく。
 華奢な躰は見るも無惨に痩せていたが欲しいという秋人の想いに影を差すものではなかった。その証拠に秋人は既に己を成長させ先端はもう蜜を滲ませている。

 一方で脱がされながら紫堂は秋人の彫像のような躰に見惚れていた。引き締まった腹に逞しい胸。象牙色の滑らかな肌。左肩の傷痕が痛々しいが美しさに遜色はない。

「おい、こら、無理すんな!」
「無理じゃない……欲しい、秋人が欲しくて堪らないんだ!」

◇◇◇◇

 どのくらいこうしているんだろうと紫堂は思う。

「だめなら、言えよな。まだ、大丈夫か?」

 躰を通して響いた低く甘い声に夢中で頷いて見せた。秋人はそうして気遣い、慈しみながら抱いてくれた。本当に全ての要求に応えて絶え間なく揺らしてくれる。秋人を逆に自分が壊してしまうのではないかと懸念を抱くほどだった。けれど何度見上げてみても、切れ長の目は婀娜っぽいような情欲を湛え、端正な顔に優しい微笑みを浮かべて紫堂を安堵させてくれるのだ。

もう充分だった。この身の芯まで秋人が染み込んでいる。だからこれで――。

 そう思うのに、今度は溺れ切った快感から抜け出せない。言葉にもならないうちにまた蕩けた処に秋人を受け入れた。ここまで耐えられるほどの体力など何処にもなかった筈で、きっと熱い秋人が生命力を分けてくれているのに違いないと思う。

「気分は、悪くねぇか?」
「んっ、あ……大、丈夫……あっ、ふ」

 喉が嗄れてまともな言葉にならなかった。けれどフラッシュバックも遠ざかり現実の攻めを受け入れるだけで精一杯となっていた。
 秋人も洩らす吐息は苦しげだが力強い腰の律動を休ませようとはしない。ここまでしてくれるとは思ってもみなくて熱いものがこみ上げてくる。秋人はこれほどまでに自分を愛してくれているのだ。

 男である以上はそれなりの相手なら誰でも……という不埒さを持ち合わせているのも否定できないが、ここまでともなると躰の状態で愛情も推し量れるというものだ。

 自分を真っ当に肯定してくれる人間がいるというのは、こんなに幸せで満たされることだったのだ。そう雪村紫堂は生まれてこの方、初めて知って思わずしゃくり上げたが、もう涙すら出ない。

「秋人……もういい。これ以上は……おかしく、なる」

 心配顔の秋人に紫堂は微笑みを浮かべて頷き、愛しい男の熱を閉じ込めたまま意識を手放した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...