葉桜

志賀雅基

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第37話

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「後学のために私を疑ったのは何故なのか訊いてもいいかね?」
「俺たちでも掴めた東栄会のセムテックスを最初から帳場に出張ってた組対が掴まないのはおかしい。坂上警視監に続いて誰かが情報を堰き止めていた証拠だ」

「それに貴方は佐々木刑事部長に手を出さないよう僕に釘を刺した。現場に近く、貴方の意を受けて捜査方針を左右できるのも佐々木です。ただ寺本英悟が全ての命令を下した可能性も捨てきれませんでした。そこで僕らは貴方にカマを掛けてみただけですよ」

「ほう、これはしてやられた。しかし独自にきみたちが一連の事実に辿り着くとは想定外だった。じつに見事だ」

 悠々とソファで足を組んだ神原本部長は二人に対し拍手の真似事までして見せる。

「暢気に俺たちを褒めてる場合かよ?」
「ならばどうしろというのだ。私にしおらしく職を辞せとでも? それとも焼身自殺を図るとでも思っているのかね? レコーダのボイスなどパソコン一台あれば幾らでも偽造できる時代だ。知る必要のないことを知ったきみたちこそ、自分の心配をした方がいい」
「この期に及んで俺たちを脅す気か?」

 低い声で凄んだ秋人にも神原真司はまるで臆さず、滑らかな口調で言い放った。

「脅したくはないが、私にはまだ手段が残っているということだ。私は本当に一般市民を害する命令など下した覚えはない。だが現実として私に良かれと動く者が大勢いる。これが私の持つ力だよ。そこで提案したい。ここで若い命を散らすより、私の側につく気はないかね?」
「ふん、人殺しに担がれた神輿に乗って満足か? 俺たちはごめんだぜ」

「そう即答することはない、もっとよく考えたまえ。ノンキャリアのきみたちでは階級的に限界はあるが、決して後悔はさせないとこの私が約束しよう。共に力を合わせて寺本を倒し、腐敗した警察に新風を吹き込もうじゃないか。それに知り過ぎたきみたちは未だ非常に危うい立場にある。生き延びる策だと割り切ってでも、ここは大人になって私を味方につけた方がいい」

 長広舌を振るった男を秋人は白けた目で見返す。

「俺たちは確かに知りたくもねぇ情報を握った。だがあんたも知らない情報がある」
「いったい、何のことだね?」
「紫堂暴行犯のチンピラ五名はSSTと俺に撃たれた。だが死んじゃいねぇ、重傷だが生きてる。特別監察チームが都内の病院に秘密裏に入院させた。既にチームは聴取を終えて水野に出張ってる頃だ」
「……特別監察チームだと?」

「ああ。知っての通り警察庁にありながら長官ですら手を出せない、国家公安委員会が任命した内部監察チームだ。組の存亡を懸けてまで水野があんたに隷属すると思うのか?」

 ここにきて神原本部長は表情を消した。紫堂が微笑んで付け加える。

「僕も泣き寝入りする気はありません。どれだけ時間が掛かろうと僕は僕を拉致した五名を必ず突き止めて見せますから。僕らがいつ『弾よけ』の事実を口外するか気が気でなかった貴方は保秘の観点からしても自ら命令を下した筈、警視庁の人員辺りで案外簡単に面割りできるかも知れませんね」

 神原本部長は石の如く硬い顔をして暫し黙ったのち、心底不思議そうに独白した。

「この私が特別監察チームなんぞに……どういうことだ? 寺本ではなく、まさかこの私が国家公安委員会に吊し上げられるとでもいうのか? 何故だ、信じられん」
「当然の帰結ってヤツだと思うがな」

「当然だと? 私が寺本に勝てなかったとでもいうのか? あの男をこの手で打倒せんと誓った私に警察内部のみならず賛同者も現れ、いつしか派閥も形成された。皆の悲願を受けた私は率先して我が身を削り全てをなげうって、腐汁を垂れ流し続ける奴の悪行を暴くことに心血を注いできたのだ」

「けっ、潰したい相手と結局は相似形になっておいて、正義を気取るんじゃねぇよ」
「だがこのままでは本当に腐ってしまう。せめて寺本は蹴り落とさなければ……」

 微笑んだままの紫堂が悪魔的に優しい声を掛ける。

「ご心配なさらず。鏡面反転したような貴方と寺本の派閥は水野組を始めとして大部分が被っている筈です。特別監察チームの聴取で貴方だけでなく寺本の名が出るのも必至、どうぞ心中なさって下さい」
「雪村巡査部長。私がきみの個人的な秘密を握っているのを忘れたのかね? 手放すには惜しいきみにはこれからも便宜を図るつもりだったのだが」

 まだ紫堂を言葉の罠に嵌めようとする男に対し、秋人が大喝した。

「ざけんな! 紫堂をあんな目に遭わせておいて、どの口で言いやがる! 喩え『一般市民』は害していなくともテメェは間違いなく現職警察官二名殺害未遂の教唆犯、そんな奴の世話にならなくても紫堂は立派に刑事だ! この場で俺たちに緊逮されたくなけりゃ黙ってろ!」

 頷いた紫堂がジャケットの内ポケットから封筒を出して振る。

「主治医から『一時的な激務により発症した気分変調性障害・但し通常の職務は遂行可能』という診断書を貰っています。これに関する判断は貴方の次の本部長が下すでしょう」
「そんな詭弁紛いの、主治医ぐるみの嘘が通るとでも?」
「嘘でないことは勤務評定を見て頂ければ分かることです」

 言い切って紫堂は秋人を見上げた。秋人は真面目な顔を崩さず頷く。

 そこで神原本部長の制服のポケットで携帯が震えた。堅い言葉でのやり取りから相手が特別監察チームを管掌する首席監察官だと二人にも知れる。先に佐々木警視長を任意で引っ張ったチームが神原警視監に対して参考人聴取に踏み切るらしい。

 神原本部長の血走った目が据わった。
 通話を終えた神原本部長は、もはや二人に目もくれず部屋を出て行った。

「ふあーあ。やっと終わったな。おっしゃ、懐かしの篠宮署に帰ろうぜ」
「官舎を片付けて午後からの重役出勤だな。でも本当に僕らが元に戻れるのか?」
「言いたい奴には言わせておくさ。人の噂も七十五日っつーだろ」

 秋人のオプチミスト発言に力が湧いたか紫堂も笑って腰を上げる。ソフトキスを交わしてから室内を片付けると、しっかり領収書の束を手にして第五倉庫と名のついた部屋をあとにした。
 戻った官舎で帰宅準備をしバックパックを背負った二人はのんびりとバスで帰ることにする。昼食を摂り忘れていたのを思い出し、途中下車して牛丼屋で腹ごしらえもした。

 再びバスに乗って篠宮市内のアパートの自室に辿り着き、荷物を簡単に片付けると秋人は玄関を出てロックする。階下に降りると裏のアパートから紫堂も現れた。
 ゆっくり十五分ほど歩き署に着くと篠宮署は未だに帳場が畳まれず、二階のデカ部屋は閑散としていた。まずは二人で皆川刑事課長に敬礼する。紫堂が短く挨拶した。

「只今戻りました」
「う……うむ、ご苦労だった。では通常業務に励んでくれ」
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