葉桜

志賀雅基

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第38話

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 何をどう聞かされているのか知らないが、署長から厳重に口止めされているらしい課長はそれ以上、二人に構うことをしなかった。再び身を折り敬礼した二人はデスクに着く。

 煙草を吸いながら電話対応しているうちにデカ部屋には強行犯一係の人員が顔を出した。沢木係長を始め松尾巡査や遠山・箱崎コンビたちに二人は小突き回される。

「おう、帰ってたのか。ご苦労さんだったな」
「もういいんスか、秋人先輩?」
「良かった、すっかり元気そうじゃないですか」
「紫堂先輩もバディとはいえ、ずっと付き添い看病なんて愛がありますねえ」

 揶揄するような口調ながらも小突く皆のこぶしは温かく、秋人は素直に血液提供への礼を言い長期不在を謝ることができた。何度もTVにまで映った二人に何かがあるのは皆が知っている筈だが、口に出せないのだと悟ってくれた仲間に感謝だった。

 一段落つくと通常業務に頭を切り換えて外回りだ。

 帳場要員ではない秋人と紫堂は未解決案件のファイルを見て自分たちの仕事を確認し、ホシが挙がっていない事案のどれから手を付けるか相談した。そうして全ての始まりだったパチンコ景品交換所の単独タタキに目を付ける。

「まだ香田の野郎が上手く逃げてるとはな」
「じゃあ、その辺りから攻めてみるとしますか」

 デカ部屋を出る間際、紫堂は席を空けた課長のデスクに自らの診断書を置いた。

◇◇◇◇

 香田の立ち回りそうな先を巡ったが本日のところは空振りし、デカ部屋に戻ると皆川課長が非常に渋い顔をして二人を見た。紫堂の診断書もあるだろうが、それだけではないらしい。

 時間的に帳場要員もデカ部屋に複数いて彼らの囁きから帳場要員同士で揉めた挙げ句、乱闘騒ぎに発展したことを二人は知る。それも原因は秋人と紫堂のようだ。

 庭の樹についた毛虫でも見るような視線に晒されながらも無視すること約三十分、デカ部屋に強行犯一係が戻ってくる。見ると沢木係長は口の端を切って腫らし、他の面々も顔には明らかに殴り合った痕跡があった。

 帳場も長引くと皆が苛立って、誰が誰のシマを荒らしただの情報を横取りしただので揉めることも珍しくはないが、訊けば今回は他の帳場要員が『本部長を護ったヒーローとそのバディ』を侮辱したのだという。

 曰く『お綺麗な二人は本部長のお気に入り』であり『俺たちみたいに地べたを這いずらなくても先行き安泰で羨ましい』上に『撃たれただけでなく躰を張ったんじゃないか』など。結局は所轄同士での殴り合いとなり、本部組が割って入る騒ぎだったらしい。

 一部始終を聞き秋人は仲間に頭を下げかけたが、不機嫌に沢木係長が押し留めた。

「お前らが悪いんじゃないだろう、謝らなくていい。筋違いだ」
「しかし……いえ。分かりました」
「それより本部組が金星を挙げやがった。東栄会絡みの総会屋崩れ三名をマル被として確保、横田組への牽制として城島を騙した上に爆弾を渡したと既に吐いたらしい」

 更に東栄会には本部組がガサを掛けたという。どうやら特別監察チームが得た情報を秘密裏に組対にリークしたようだ。秋人と紫堂は目で頷き合う。

「東栄会会長の岸谷も引っ張られた。明日から俺たち所轄は裏取り及び消えた残りのセムテックスと信管探しのみだ。松尾は帳場の解散祝いの店、忘れずちゃんと押さえとけよ。今日は帳場も散会だ、さっさと帰るぞ!」

 大声で沢木係長が音頭を取ると皆が三々五々デカ部屋を出て行く。だが秋人は何かが喉に引っ掛かったような気がして松尾を捕まえると訊いてみた。

「おい、『消えた残りのセムテックス』って、どういう意味だ?」
「それそれ、総会屋崩れが持ってたセムテックスなんスが、一部を残して売っ払ってたぶんRTVの車両爆破に使われたんじゃないかって話で。でもその残った一部も行方不明で、あとは何処を探していいやら――」

 天井裏から床板まで剥がしても出てこなかった少量のセムテックスは岸谷会長直々の命令で幹部が持ち出し何処かに運んだ形跡があるという。
 そこまで聞いた秋人は紫堂を鋭く見た。

「この期に及んでセムテックスを欲しがる奴……勘でしかねぇんだがな」
「まさかと思うけど、あり得ない話じゃないよ。行くのか?」

 頷いた秋人は紫堂と共にデカ部屋を飛び出した。何事かと松尾たちが大声を発したが返事もせずに階段を駆け下り、署の裏口から出ると丁度無人で駐まっていたパトカーに飛び乗る。
 あとから出てきた制服警官二人が慌てて留めたのにも構わず、運転席に座った秋人は助手席に紫堂が滑り込むなりステアリングを握ってアクセルを踏み込んだ。

 夜を切り裂くように緊急音を鳴らして疾走するパトカーは、秋人の神業的な運転で十五分と掛からず県警本部庁舎に到着する。本部庁舎の車寄せにパトカーを乗り捨てた二人は正面エントランスから庁舎内に駆け込んだ。

 エレベーターに飛び込み、ボタンを押して上昇中に二人は返却し忘れていたヴァーテックを点検する。

「奴はセムテックスを手に入れたと思うか?」
「どうかな、銃も持ってたし。でも何れにせよ負けは潔く払うタイプだと思う」
「セムテックスで始めてセムテックスで終わる、なんてのが杞憂ならいいんだがな」

 乗り込んだエレベーターは一度も止まらず十一階に着いた。秘書室で押し問答する時間も惜しく秋人は本部長室のドアをノックするなり返事も待たず紫堂と押し入る。
 すると特別監察チームの聴取は一旦終了したらしく、神原本部長はたった一人でソファに腰掛け、煙草を吸っていた。

「やあ、きみたちが来るような気がしていたよ」

 朗らかに言った本部長は目前のロウテーブル上に黄土色の粘土のようなものを置いていた。信管が差し込まれ、約五十センチのリードが電池式スイッチに繋がった可塑性爆薬のセムテックスである。ただセムテックスは煙草やライターの火くらいでは起爆せず燃えるだけだ。

 だからといって安心はできない。指先から電池式スイッチまでは数センチしかない。
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