マスキロフカ~楽園7~

志賀雅基

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第7話

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 翌日、オートドリンカの飲料取り出し口を鉄パイプのようなものでこじ開け、破壊して飲料を盗むという、レトロで割の合わない犯罪の典型を引き連れて出勤し、調書を上げてハイファと共に外回りに向かうと、今日も今日とて天はイヴェントストライカを見放しておいてはくれないのだった。

 高層階からの自殺者を救急機に収容させ(現代医療は死人をもあの世から引き戻すことがある)、ひったくりに置き引きに喧嘩。クレジットを払わないとドアが開かない無人コイルタクシー乗り逃げ破壊、挙げ句の果てには、血まみれの服で彷徨い歩いていた女を問い詰め自宅に案内させると殺人だ。

 とうとう出てしまった殺しで鑑識を呼び表在署も総員出動だ。これで自宅待機の裏在署組が表在署に繰り上がり、デカ部屋での同報待ちとなる。

 痴情のもつれの挙げ句の凄惨な現場では一応真っ先に救急機を呼んだが、救急隊員らは死人を収容しなかった。様々な修羅場を見てきたシドも、身体と首が離れて久しい人間が生き返ったという話は未だ聞いたことがない。

 現場の様相の割に事件は単純で、妻子ある男が女と不倫し、いつまで経っても結論を出さない男にキレた女が一服盛り、挙げ句に眠っている男をグサリという犯行だ。

 最期まで傍にいて欲しかったなどといった、涙ながらの女の供述を取るのはペーペーでもハイファの得意技である。上手く宥めすかしては巧みに相手の言葉を引き出す。
 スパイの身上、さも共感しているかのように、この男がどんなに薄愛主義者かを知らないマル被は乗せられ次々に罪をうたうのだ。

「あーあ、疲れた~っ!」
「ご苦労さん、助かったぜ。俺はああいうの、苦手だからな」

 地下の留置場に女を勾留してから、シドはデカ部屋の泥水ではなく、有料オートドリンカの冷たいコーヒーを買ってきてハイファの頬に当ててやる。朝から色々立て込んで本当に疲れている筈だ。シドでさえ今日は久々に疲労を感じていた。

「わあ、もう十九時前だ。昨日のうちに今日の分も買い物しといて良かったー」
「それじゃ、そろそろ帰るか」
「ねえ。今日は外じゃなくて、スカイチューブ使わない?」
「ああ、構わねぇよ」

 林立する超高層ビルの腹をブスブスと串刺しにして繋ぐ通路のスカイチューブは、署の三十九階からシドたちの住む単身者用官舎ビルにも繋がっている。
 内部がスライドロードになっているこれはビル内に職籍を持っているか、住んでいるかしなければ利用は不可で余計なストライクも避けられるという訳だ。

 だがシドは自らの足を使う方をいつも選ぶがハイファのお願いを今日は特別に聞き入れる。

 尤もシドとて何もヴィンティス課長への嫌がらせで毎日管内を練り歩いているのではない。歩いていなければ見えてこない犯罪から人々を護ろうとしていてそれを自室に帰るまで実行しているだけである。それで救えた命もこれまで数えきれないほどあるのだ。

 シドはいつもできる限り『間に合おう』として歩いている。自分の難儀な体質と言おうかジンクスと言おうか、とにかくサイキ持ちのサイキの如き不可思議な力を、文句を垂れつつも最大限利用して可能な限り『間に合う』のだ。それをハイファも充分に理解していて、愛しい想いを抱いて一緒に靴底を擦り減らしているのだ。

 しかし毎度付き合ってくれているハイファのささやかな望みに、シドも今日は逆らわない。殺しの聴取まで引き受けてくれて本当に有難かったのだ。

 エレベーターで三十九階に上がってスカイチューブへ。外から見上げれば色分けされた航空灯が鈴なりに灯り、季節外れのクリスマスイルミネーションの如き騒々しさの筈だ。

 スライドロードに乗っかって運ばれ、官舎側でリモータチェッカとX‐RAYサーチをクリアしてビルを移った。五十一階に上がり、そこからはいつもの帰宅パターンである。自室に一旦戻るハイファの薄い背を見送り、シドは自室に入った。

 ハードな一日、殺しにまでストライクしてしまったがホシは挙がっているので帳場と呼ばれる捜査本部が立つ訳でもない。
 今日のイヴェントは無事終了、軽く溜息が出た。

 だが土足厳禁にしている部屋に靴を脱いで上がった途端、壁のモニタパネルで赤ランプが点滅しているのに気付く。これは来客があったことを告げるもの、だがシドには訪ねてきそうな人間に心当たりはない。

 家族は六歳のときに一族郎党まとめて民間交易宙艦の事故でそらに散った。それから施設に六年、特待で寄宿制の学校に入りスキップして十六歳でポリアカ。四年いれば箔と階級が洩れなく付いてくるのを二年で切り上げ十八で任官したのだ。

 現にこの部屋に越してきてから訪れたのは、ハイファと宅配便にルームサーヴィス、それに手違いで踏み込んできた同僚たちくらいのものだ。

 健康な成人男子として当然ながら女性と付き合ったことくらいある……というより来る者拒まずで殆ど途切れなく彼女はいたが、ワーカホリック気味の男は去る者追わずでどれも綺麗に別れている。女性関係ではどういう意味でも困った試しはない。

 それに訪ねる一方でこの部屋にハイファ以外の人間を上げた覚えもなかった。

 不審に思いながらもモニタパネルを操作した。するとこの官舎ビルのエントランスで吹き込まれた声と人物の映像が流れ出す。

《シド。シド=ワカミヤ、覚えてるか、マクシミリアン=ダベンポートと、ほら、キャスリーン=バレットだ。近くに来たんで寄らせて貰ったんだが……忙しそうだな。今晩はコンスタンスホテルに泊まっている。時間があるなら連絡をくれ。じゃあな》
「マックスにキャス……」

 それはシドが施設にいた頃の仲間だった。
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