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第18話
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「――選択、誤ったか?」
「うーん、対応は早かったし、今日明日くらいは保つんじゃないかな?」
「そうか。惑星警察もそうそう身内が犯人なんて軽はずみな発表はしねぇだろうし」
根拠のない希望的予測ではあったが、今は身動きが取れないのも事実だ。
ソファに座ったきり顔色の戻らないキャスにマックスがしきりに話し掛けている。今日明日でキャスも落ち着きを取り戻してくれたらいいがとシドが考えていると、ふいに現実をハイファが突き付けた。
「それよりシド、二班日勤態勢、僕ら全員明日から表番だよ。どうするのサ?」
「あー、そいつがあったか」
と、新しく煙草を咥えながら即断する。
「マックスたちはともかく、俺たちだけでも出勤しねぇと、ここで情報源を減らすのはマイナスだもんな」
「自室待機も蹴飛ばしちゃったし、何かペナルティがあるの?」
「今晩中に他で爆破でも起これば別だが、普通に出勤すれば特にペナルティはねぇだろ。ただ、今頃マックスたちの部屋にはガサが入ってると見ていいだろうな」
ふう、と溜息をついたハイファは急に不機嫌そうな顔になる。
「じゃあ、つるんでた僕らも?」
「俺ならやる。部屋のキィロックコードは課長が全員分持ってることだしな」
自動的に自分たちまで軽くお尋ね者になってしまったようだ。そんなことをハイファが考えているうちにも案の定時を置かずして四人のリモータが一斉に発振しだす。互いに顔を見合わせたのちシドだけが発信に応じた。
「はい、こちらワカミヤ巡査部長とファサルート巡査長です……ええ、キャスリーン=バレットの部屋にも行ってみたんですが既に不在で……はい。昨日はずっと彼らと同行して管内を巡っておりましたが、不審な点は別に……もう少し捜索してから戻ります。どちらかでも見つかったら必ず署の方へ……はい、申し訳ありません」
通信を切ると固まっていた空気が流れ出した。
「うーわー、ポーカーフェイスはともかく、シドがそこまで超簡単に嘘をつける体質だとは思わなかったよー」
「非難されるいわれはねぇぞ、これで明日の朝八時半までの時間は稼いだんだ。それにこれは嘘っつーよりハッタリ、ブラフってヤツだ。別室の得意技だろ? な?」
支離滅裂な言い訳に醒めた目を寄越してハイファが歌うように言う。
「それでどれだけの女性を謀り、誑かしてきたんですか?」
「人聞き悪いこと言うんじゃねぇよ。お前と違って俺は常に誠実にだな……」
「誠実の範囲は人それぞれだけど、貴方のは汎銀河並みに広いんだね」
「おう、宇宙並みに広くて深いぞ」
「褒めてないから、胸を張らないで。それはタダの大風呂敷ですから」
顔色は悪いままだが、キャスがクスッと笑う。
そのとき再びの発信がハイファだけに入った。その振動パターンは別室だ。
「別室長のユアン=ガードナーの野郎に、キッチリ説明させろよな」
実際にはハイファに入った通信はフォッカー=リンデマンからだった。
「――はい、ファサルートです」
《配属管内で爆破があったようだが、何か変わった事はないかな?》
オープンにした音声は宙港で会った時と同じトーンで、変わったことも何も、またしても別室はこちらに断りもなく窮地に立たせておいて暢気すぎる口調である。
「ええと、オペレーション自体は別室の思惑通りに動いているのではないかと思われますが、しかし自分たちに与えられた情報量が少なすぎかと。ここで申し上げるのも何ですが判断材料が揃っていないので実際、上手くいっているのかどうかも……」
《やけに歯切れが悪い割にオペレーションとは、これまた大仰な話じゃないか。何かあったのなら、ありのままを伝えてくれと言った筈だよ。何もなかったのかね?》
「あ、いえ……はい。ありません」
《それなら構わないが。貴重なイヴェントストライカの彼も少工分校の爆破にぶち当たったりはしていない、無事なんだろうね?》
「ええ、それは。警察官として現場に行っただけです」
《ならば、いい。安心したよ。深夜にすまなかった。何かあれば発振したまえ》
「アイ・サー」
《では、良い夢を》
笑んだスチルブルーの目が浮かぶような通信をハイファは切るとシドから視線を外す。そっぽを向いたバディにシドは怒鳴った。
「おい、ハイファ! 何でもっとちゃんと訊かねぇんだよ!」
「訊くも何も貴方も聞いたでしょ。間違いない、フォッカー特務技官も今回の別室のスケジュールでは僕らと同じだよ。何も知らされないまま組み込まれてる」
「くそう、つくづく酷い野郎だな、あのユアン=ガードナーの野郎は……けど『ありのまま』を破ったことになるぜ、いいのか?」
「いいも悪いもフォッカー特務技官はオペレーション本体から外されてるんだよ? フォッカー特務技官から意図せず別室にこの状況が洩れたら、それこそマックスたちが晒し者の囮になる。そんなこと、キャスにさせられないでしょうが」
「ん、まあ、確かにそうなんだが……」
司法警察職員でありながら突如として陥れられたショックからか、未だに怯えきっている様子のキャスをシドとハイファは横目で見る。
マックス自身もかなり精神不安定で、だからといってどうすることもできない男二人は、官舎代わりのホテルに帰ったものかどうか悩んだ。しかしここに四人で籠城は最低の悪手だ。
けれど、そもそもこの状態はシドとハイファ、特にシドとマックスの繋がりから端を発したものだということが推測され、この場を去り難くさせている。
「取り敢えずここと隣の部屋は僕とシドのIDで取ったから、監視カメラの画像までしつこく検索されなきゃ大丈夫だと思うけど、ルームサーヴィスなんかは拙いかも」
「じゃあ俺、何か買ってくるからさ」
そう言ったシドをマックスが引き留めた。
「あの、お前らが言う『別室』って、いったい何なんだ?」
顔を見合わせて二人は譲り合い、結局シドが買い物に出ている間にハイファが言い訳という役目を果たすことになった。
◇◇◇◇
「別室のこと、何て言ったんだ?」
「僕の軍籍は正直に。あと、僕らは現在『とある任務』を負っているって風に」
「とある任務って?」
「勿論ドラクロワ=メイディーン捕縛作戦の一端。嘘じゃないしね。マックスの件はそれこそ思いも寄らない別口で誰に陥れられたのか分からないけどドラクロワ=メイディーンに狙われる可能性大だからできる限り力は貸すから逃げ延びなきゃって」
「嘘じゃないって、お前だって結構な嘘つきじゃねぇか。おまけに俺があいつらを逃がすっつった時には毛虫でも視るような目で非難してくれたよな?」
署に顔を出してから戻ったホテルの部屋で三、四時間は眠れるだろうと、ベッドに横になりながらシドは唸った。対してハイファは唇を尖らせる。
「じゃあ『何もかも僕らのせい、僕らに関わりがあったからマックス、貴方は別室に選ばれたんです』って言えば良かったの? それにあの時点においてこのタイタンで何処まで逃げ延びられると思ってたのサ? おいしいことだけ言って安心させればそれで良かったの?」
「いや。俺を使っておきながらマックスを嵌めた別室のやり方に俺はもう乗れねぇ。はっきり言って蚊帳の外らしいフォッカー氏の命令にも従えねぇ以上、チームは成立しない。だがそれを全部マックスにぶちまけて自分の心だけ晴らすほど俺も面の皮は厚くねぇよ」
「じゃあ僕の回答は拙くなかった?」
「ああ、お前の回答で正解だ……って、お前のベッドはそっちだろうが」
縛った髪を解いたハイファは、温まったシドの毛布に滑り込んでくる。
「シングルよりワイドなんだし、いいじゃない、何もする訳じゃなし」
「もうこんな時間だぞ、ゆったり寝た方が疲れはとれるだろ」
などと文句を言いつつも端に寄り、シドは左腕を差し出してやった。
満足そうに腕枕されたハイファをシドは抱き寄せ、ソフトキス。
「うーん、対応は早かったし、今日明日くらいは保つんじゃないかな?」
「そうか。惑星警察もそうそう身内が犯人なんて軽はずみな発表はしねぇだろうし」
根拠のない希望的予測ではあったが、今は身動きが取れないのも事実だ。
ソファに座ったきり顔色の戻らないキャスにマックスがしきりに話し掛けている。今日明日でキャスも落ち着きを取り戻してくれたらいいがとシドが考えていると、ふいに現実をハイファが突き付けた。
「それよりシド、二班日勤態勢、僕ら全員明日から表番だよ。どうするのサ?」
「あー、そいつがあったか」
と、新しく煙草を咥えながら即断する。
「マックスたちはともかく、俺たちだけでも出勤しねぇと、ここで情報源を減らすのはマイナスだもんな」
「自室待機も蹴飛ばしちゃったし、何かペナルティがあるの?」
「今晩中に他で爆破でも起これば別だが、普通に出勤すれば特にペナルティはねぇだろ。ただ、今頃マックスたちの部屋にはガサが入ってると見ていいだろうな」
ふう、と溜息をついたハイファは急に不機嫌そうな顔になる。
「じゃあ、つるんでた僕らも?」
「俺ならやる。部屋のキィロックコードは課長が全員分持ってることだしな」
自動的に自分たちまで軽くお尋ね者になってしまったようだ。そんなことをハイファが考えているうちにも案の定時を置かずして四人のリモータが一斉に発振しだす。互いに顔を見合わせたのちシドだけが発信に応じた。
「はい、こちらワカミヤ巡査部長とファサルート巡査長です……ええ、キャスリーン=バレットの部屋にも行ってみたんですが既に不在で……はい。昨日はずっと彼らと同行して管内を巡っておりましたが、不審な点は別に……もう少し捜索してから戻ります。どちらかでも見つかったら必ず署の方へ……はい、申し訳ありません」
通信を切ると固まっていた空気が流れ出した。
「うーわー、ポーカーフェイスはともかく、シドがそこまで超簡単に嘘をつける体質だとは思わなかったよー」
「非難されるいわれはねぇぞ、これで明日の朝八時半までの時間は稼いだんだ。それにこれは嘘っつーよりハッタリ、ブラフってヤツだ。別室の得意技だろ? な?」
支離滅裂な言い訳に醒めた目を寄越してハイファが歌うように言う。
「それでどれだけの女性を謀り、誑かしてきたんですか?」
「人聞き悪いこと言うんじゃねぇよ。お前と違って俺は常に誠実にだな……」
「誠実の範囲は人それぞれだけど、貴方のは汎銀河並みに広いんだね」
「おう、宇宙並みに広くて深いぞ」
「褒めてないから、胸を張らないで。それはタダの大風呂敷ですから」
顔色は悪いままだが、キャスがクスッと笑う。
そのとき再びの発信がハイファだけに入った。その振動パターンは別室だ。
「別室長のユアン=ガードナーの野郎に、キッチリ説明させろよな」
実際にはハイファに入った通信はフォッカー=リンデマンからだった。
「――はい、ファサルートです」
《配属管内で爆破があったようだが、何か変わった事はないかな?》
オープンにした音声は宙港で会った時と同じトーンで、変わったことも何も、またしても別室はこちらに断りもなく窮地に立たせておいて暢気すぎる口調である。
「ええと、オペレーション自体は別室の思惑通りに動いているのではないかと思われますが、しかし自分たちに与えられた情報量が少なすぎかと。ここで申し上げるのも何ですが判断材料が揃っていないので実際、上手くいっているのかどうかも……」
《やけに歯切れが悪い割にオペレーションとは、これまた大仰な話じゃないか。何かあったのなら、ありのままを伝えてくれと言った筈だよ。何もなかったのかね?》
「あ、いえ……はい。ありません」
《それなら構わないが。貴重なイヴェントストライカの彼も少工分校の爆破にぶち当たったりはしていない、無事なんだろうね?》
「ええ、それは。警察官として現場に行っただけです」
《ならば、いい。安心したよ。深夜にすまなかった。何かあれば発振したまえ》
「アイ・サー」
《では、良い夢を》
笑んだスチルブルーの目が浮かぶような通信をハイファは切るとシドから視線を外す。そっぽを向いたバディにシドは怒鳴った。
「おい、ハイファ! 何でもっとちゃんと訊かねぇんだよ!」
「訊くも何も貴方も聞いたでしょ。間違いない、フォッカー特務技官も今回の別室のスケジュールでは僕らと同じだよ。何も知らされないまま組み込まれてる」
「くそう、つくづく酷い野郎だな、あのユアン=ガードナーの野郎は……けど『ありのまま』を破ったことになるぜ、いいのか?」
「いいも悪いもフォッカー特務技官はオペレーション本体から外されてるんだよ? フォッカー特務技官から意図せず別室にこの状況が洩れたら、それこそマックスたちが晒し者の囮になる。そんなこと、キャスにさせられないでしょうが」
「ん、まあ、確かにそうなんだが……」
司法警察職員でありながら突如として陥れられたショックからか、未だに怯えきっている様子のキャスをシドとハイファは横目で見る。
マックス自身もかなり精神不安定で、だからといってどうすることもできない男二人は、官舎代わりのホテルに帰ったものかどうか悩んだ。しかしここに四人で籠城は最低の悪手だ。
けれど、そもそもこの状態はシドとハイファ、特にシドとマックスの繋がりから端を発したものだということが推測され、この場を去り難くさせている。
「取り敢えずここと隣の部屋は僕とシドのIDで取ったから、監視カメラの画像までしつこく検索されなきゃ大丈夫だと思うけど、ルームサーヴィスなんかは拙いかも」
「じゃあ俺、何か買ってくるからさ」
そう言ったシドをマックスが引き留めた。
「あの、お前らが言う『別室』って、いったい何なんだ?」
顔を見合わせて二人は譲り合い、結局シドが買い物に出ている間にハイファが言い訳という役目を果たすことになった。
◇◇◇◇
「別室のこと、何て言ったんだ?」
「僕の軍籍は正直に。あと、僕らは現在『とある任務』を負っているって風に」
「とある任務って?」
「勿論ドラクロワ=メイディーン捕縛作戦の一端。嘘じゃないしね。マックスの件はそれこそ思いも寄らない別口で誰に陥れられたのか分からないけどドラクロワ=メイディーンに狙われる可能性大だからできる限り力は貸すから逃げ延びなきゃって」
「嘘じゃないって、お前だって結構な嘘つきじゃねぇか。おまけに俺があいつらを逃がすっつった時には毛虫でも視るような目で非難してくれたよな?」
署に顔を出してから戻ったホテルの部屋で三、四時間は眠れるだろうと、ベッドに横になりながらシドは唸った。対してハイファは唇を尖らせる。
「じゃあ『何もかも僕らのせい、僕らに関わりがあったからマックス、貴方は別室に選ばれたんです』って言えば良かったの? それにあの時点においてこのタイタンで何処まで逃げ延びられると思ってたのサ? おいしいことだけ言って安心させればそれで良かったの?」
「いや。俺を使っておきながらマックスを嵌めた別室のやり方に俺はもう乗れねぇ。はっきり言って蚊帳の外らしいフォッカー氏の命令にも従えねぇ以上、チームは成立しない。だがそれを全部マックスにぶちまけて自分の心だけ晴らすほど俺も面の皮は厚くねぇよ」
「じゃあ僕の回答は拙くなかった?」
「ああ、お前の回答で正解だ……って、お前のベッドはそっちだろうが」
縛った髪を解いたハイファは、温まったシドの毛布に滑り込んでくる。
「シングルよりワイドなんだし、いいじゃない、何もする訳じゃなし」
「もうこんな時間だぞ、ゆったり寝た方が疲れはとれるだろ」
などと文句を言いつつも端に寄り、シドは左腕を差し出してやった。
満足そうに腕枕されたハイファをシドは抱き寄せ、ソフトキス。
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