マスキロフカ~楽園7~

志賀雅基

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第26話(注意・暴力描写を含む)

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 何処だか分からないなりにも時間的に一分署管内であろう場所で、シドはBELからコイルに乗り換えさせられた。
 それから黙ってカウントすること約十五分、周囲にざわめきを聞きながら走り、何処か建物内部にある駐車場で停止したコイルから降ろされた。

 歩かされ、スロープではない階段を危うく踏み外しそうになりながら下り、また歩かされてドアの中へと引きずり込まれた。そこでようやく目隠しの袋を外される。

「ようこそ、あんたの晴れの舞台へ」

 目隠しから急にライトパネルの下、光量はかなり絞られているようだが、今は眩しく、そう言った相手の男の顔の判別がつくまで数秒を要した。

 この部屋に連れ込まれたのは自分だけで、他にいるのは男ばかり八名だった。

 あまり広くない部屋にあるのは調度ともいえぬ木製のデスクが一台と椅子が二脚。あとはオートドア付近に洗面台があるだけだ。壁も地面もファイバの建材が剥き出しで壁紙の一枚も貼られてはいない。

 椅子のひとつに座らされ、真向かいに男が一人腰掛けた。
 やっと明かりに慣れた目で、向かいに座る男を観察する。

 テラ標準歴で五十歳を超えているかどうか。長く髭を伸ばしている分、老けて見えるので実際はもっと若いのかも知れない。頭にはターバンのような布を巻き付けていて砂漠地帯がある星からやってきたことを想像させた。一部見えている髪は赤毛だ。

 衣服は何処にでも売っていそうなシャツにワークパンツ。年齢・髪の色を除いて、居合わせている男たちの外見は皆、似たり寄ったりだった。歳をとらせて白髪白髭にすればドラクロワ=メイディーンのデッドコピーの出来上がりである。

(それにサブマシンガン三丁、あとはナイフの類か……)

 殴られるのを覚悟でシドは減った武器の行方を訊いた。

「イヴァン=シャイエ入管警備部員はどうした?」
「あの体制の狗も、心配せずとも隣の部屋だ」
「言っておくが、あれは俺たちを尾行つけてきただけで『清冽なる』ナントカってのには一切関係ねぇからな。ついでに言えば俺もマクシミリアン=ダベンポートも同じ、軍施設の爆破には関係ない、嵌められただけだぜ」
「そんな都合のいい言い訳が通るかどうかはこれから分かる。だがまずは話し易そうな方から訊くとしよう。貴様も、とくと見るがいい」

 立っている男の一人に合図するとその男がヴァージョンの低いリモータを左手首から外す。それをデスクに置いて小さな画面を壁の方に向けた。
 操作するとホロ映像が飛び出し壁の手前で拡大された3D画像を結んだ。シドやハイファも良く使う十四インチホロスクリーンを安っぽいアプリで拡大しただけの映像である。

 荒く映しだされたのはここと同じような部屋で、座らされているのは脚を負傷したイヴァン=シャイエ入管警備部員だった。割れた音声が小さく流れ出す。

《『清冽なる陽・テレーザガーデンズ』の本部は……るのか?》
《知らん。俺たちもあいつらを……だ。チクショウ、フリッツを殺しやがって》
《本当に……と言い張る……》
《何度も言っただろう、……のか……なんだ》
《……れでも、そんな……られるのか?》

 暫し言葉の応酬ののち、映像の中の入管警備部員の表情が明らかにこわばった。映像は荒くても瞳に恐怖が走り瞳孔を縮めたのはクリアに分かる。
 縛られ暴れることもできない状態なのに、椅子ごとガタガタとイヴァン=シャイエは後退ろうとした。そこに幾つもの手が伸び、入管警備部員の手をデスクの上に固定する。

 画面の外から侵入してきたのは反射防止を兼ねて防錆剤を塗られた黒いナイフ、刃渡りが二十センチはあろうかというコンバットナイフだった。

「やめろ……やめろーっ!!」

 思い余ったシドの叫びが届く筈もなく、コンバットナイフは入管警備部員の右手小指の先を一センチほど切り落としていた。リモータのスピーカから絶叫が迸る。

 吐けと言われても何も吐くものがない者に対して拷問は更に続いた。爪を剥がし、指先を切り落とし、手の甲にナイフを突き立てられて、幾度も気絶しては洗面台で汲まれた水を頭からぶちまけられる。
 正視に耐えない吐き気を催すような映像は、つい隣の部屋で行われている現実であり、それが終われば次はシド自身の番なのだ。

 鼓動が速まり、呼吸が浅くなるのを抑えられない。

 やめてくれと何度も口にしたが、やめたときには自分があのようにされ、映像に撮られて、のちにその姿をメディアに配られ流される。

 だがこうして他人の不幸を眺めているうちはまだそれを免れている訳で、イヴァン=シャイエ入管警備部員が流した大量の血を見ながら、自分が本当に「やめてやってくれ」と望んでいるのかどうか、シドは分からなくなってきていた。

 今、確実に望むのは、そう、ハイファが早く約束を守ってくれることだけだ。
 残虐な拷問は三十分も続いたであろうか、向かい合って座る男が口を開いた。

「隣は潰れたようだ。なかなか貴様の仲間はしぶとい。それでは貴様に訊くしかないが、あのようになる前に言っておきたいことはないのか?」
「何度訊かれても知らねぇものは知らねぇんだよ。俺たちは嵌められただけだ」
「いいだろう。それでは始めるまでだ」

 足首を椅子の脚に結束バンドで固定された。殴られる。強烈な一打だったが、男たちが椅子を支えたお蔭で倒れるのは免れた。椅子を元に戻されデスク上のリモータをこちらに向けられる。

 これから起こる全ては外部メディアであるMB――メディアブロック――の極小キューブに収められ、コピーされてメディア各社に送られるのだろう。

「メディア受けの良さそうな顔だな。では訊こう。『清冽なる陽・テレーザガーデンズ』の本部は何処だ? マクシミリアン=ダベンポートは今、何処にいる?」
「……」

 無言でシドは顔を寄せた相手に血の混じった唾を吐き付けた。尋問係の男はそれをゆっくり服の袖で拭き取ると、腰に下げていたナイフの鞘を払った。

「言いたくなったら言うといい。言える口が動くうちに、な」

 冷たいナイフの側面で頬を嬲られる。次には前を開けた対衝撃ジャケットの下、綿のシャツを切り裂かれて胸から腹を露出させられた。
 刃先が肌を浅く裂き、血がふつふつと玉になって流れてゆく。痛痒感にシドは端正なポーカーフェイスを歪ませた。

 それからが本番だった。
 必死に抵抗したが敵わず、縛めを切った左手を数人の男の力でデスクに開いて固定させられる。デスク上で近づき思わせ振りに動いたナイフはふいにピタリと動きを止めた。かと思うと小指と薬指の間を大ぶりの刃がするすると裂いてゆく。

 瞬間的に心と躰を切り離したシドは、それでも全身からどっと冷や汗が流れるのを感じた。
 そして自分の口から出たとは思えない絶叫を遠くで聞いていた。
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