マスキロフカ~楽園7~

志賀雅基

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第34話

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 タイタン基地を発った宙艦シャトル便はたった十五分で第一宙港に着いた。
 衛星内便なので面倒な通関などはないが、人員輸送用小型軍艦は宙港メインビルまでかなり距離のあるエリアに接地したため、リムジンコイルで移動しなければならなかった。

 プログラムで動く大型コイルバスは二台が連なってゆっくり走った。シドたちタイタン基地組だけでなく、他の宙港から到着したシャトル便の客も途中で拾ってゆくようプログラミングされているので、ここで結構な時間を食う。

 徐々に近づいてくる破格の巨大建築物群の中でもそびえ立つ宙港メインビルは、タイタンに来たときにシドたちがフォッカーと出会った場所でもある。

 最後の客を拾ったコイルはまもなくメインビルの、これも広大なロータリーで接地し停止した。ぞろぞろと客が降りる。殆どが手荷物を持つ中で手ぶらなのは最終組として降りようとしているシドたち四人と、目前を歩く一人の男だけだった。

 対衝撃ジャケット姿のシドはコイル内や人に手が触れないようポケットに手を突っ込んでいる。いつもと変わらぬポーカーフェイスだが相当痛んでいるのだろう。
 心配でハイファが声を掛けようとした時、列が乱れてシドは前の男にぶつかる。

「っと、失礼」
「あ、いえ……」

 誰かが大荷物を出口に引っ掛けたらしい。そのあとはスムーズに列は流れた。

 コイルから降りた客は皆メインビル内に吸い込まれてゆく。ここは僅かに高台になっていて宙港施設の二階に当たる。宙港から出るには一階へ降りなくてはならない。
 複数の便が着いたばかりで何基もあるエレベーター前には大勢の客が立っていた。

 いつもなら階段を使う場面、けれど先陣を切るシドはコイル内の列をそのまま崩すまいとでもしているかのように手荷物のない男の後ろを歩き、わざわざ手前のエレベーターを避けてまで、前の男が待って乗ったエレベーターに身を割り込ませた。

 一階に降りてもシドは男と十メートルほどの距離を保ってふらりと歩いてゆく。他の三人は何とも形容しがたいシドの放つ雰囲気に呑まれたようについていくだけだ。
 エントランスではなくレストランや喫茶室、レストルームや医務室などがある宙港施設の内部に向かって歩を進める男の背を見ながらシドは初めて囁いた。

「ハイファ、すぐにフォッカーを呼べ。テレポートさせるんだ」
「アイ・サー」

 果たして他の客に紛れて揺らめき姿を現し、数人の一般人だけでなくマックスらにも息を呑ませたフォッカー=リンデマンは今日は珍しくタイを締めてはいなかった。白いハイネックセーターに濃紺のダブルのスーツ姿である。

 これは以前と同じく畳んだニューズペーパーを手にしていた。周囲の驚愕をよそに即時察してシドを見る。目顔で示したシドに対し、フォッカーは僅かに目を瞠る。

「お呼びとは何かと思えば……ほう、これはこれは」

 納得しているのはポーカーフェイスのシドと朗らかな笑みを浮かべたフォッカーのみ、前方を歩く男に何かがあるのだとしか他の三人には推測できない。

「視えるんだな、間違いねぇか?」
「見えるというより形を感じるのだが、何れにせよビンゴだよ。なるほど、イヴェントストライカとはこういうことか。本当に面白い、室長が手放したがらない訳だ」
「積極的に手放して貰いてぇんだがな。機会があったら伝えといてくれ」
「覚えてはおこう。だが何故分かった?」
「ぶつかった時の感触、匂い、雰囲気。あとは俺の指をちょん切ってくれた奴らと同じ肌の質感と日灼け具合、着衣の色合わせ、その他諸々ってとこか……どうする?」
「どうも様子から見て時限式ではない。自爆テロのようだね」

 聴いていたマックスとキャスが顔を見合わせハイファはフォッカーに向けて問う。

「両腕、撃ちますか?」
「いや、せっかくだから無傷で捕らえて吐かせたいね。装置だけテレポートさせてみようか。この距離ならまず間違いなくいけるだろう。ハイファスは男の確保を頼む。そちらのお二人は宙港警備に連絡をしてくれ。では、即実行」

 シドとハイファが男との距離を詰めた。男がまとっていたダークな色合いの上着がその下にあったであろう爆薬その他と共に瞬時に消える。
 上衣をワイシャツ一枚にした男が我が身に起こったことを信じられぬという目で見回している間にシドはその顎の下に、ハイファは額に銃を突きつけて動きを封じた。

「惑星警察及びテラ連邦軍中央情報局だ。動くと頭を吹っ飛ばすぜ」
「僕は吹き飛ばさずに、一生不自由にさせてみようかな」

 どちらの言葉も本気と悟った男は大人しくハイファに捕縛された。シドの持つ捕縛用結束バンドで後ろ手に縛り上げ、自殺防止措置として口の中にハンカチを丸めて押し込む。

「シド、手は大丈夫?」
「構うな。それよりこいつをどうするかだ」

 男は未だ自身の置かれた状況が掴めないのか抵抗もせずただ怯えた目をしていた。

 駆け付けた宙港警備部員らに身分を明かし、宙港外縁の荒れ地にテレポートで跳ばした爆発物処理を頼んだフォッカーがシドたちに微笑む。

「その男は任せて貰おうか。ちょっとそこの医務室を拝借しよう」

 と、持っていたニューズペーパーをキャスに渡した。

「少し預かって、そう、A区画でこれでも読んでヒマを潰していてくれたまえ」
「えっ……ええ、はい」
「じゃあ俺は爆弾処理の方に回ります」

 誰もが知る『清冽なる陽・テレーザガーデンズ』の看板顔のマックスだが、この場においては連続爆破犯を捕えた側の人間である。危険極まりない爆弾処理は一分一秒でも早い方がいい。

 宙港警備側もマックスが見せた警察手帳の特記事項に『爆発物処理課程修了』を認めるなり手を引かんばかりに連れて行った。
 宙港にも爆発物処理班は詰めているだろうが目前の専門家を逃す手はない。
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