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第35話
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残されたシドとハイファはフォッカーの指示で男を医務室に連れ込んだ。
入り口からの想像より遙かに広い医務室内は幾つもの区画に仕切られており、それぞれの診察室に医師が常駐して具合の悪い宙港利用客を診療するようになっている。
その一室から中央情報局名で医師を追い出したフォッカー=リンデマンは常と変わらぬ微笑みをスチルブルーの目に浮かべて言った。
「部屋の外で待機していてくれるかな。すぐに終わらせるからね」
その言葉通り、それほど待たされはしなかった。
プライバシーに配慮して患者や医療スタッフの声が洩れないよう防音となった診察室ドア前のベンチに並んで座ったシドとハイファが中で行われていることをあれこれ想像する前にオートドアが開き、フォッカーが相変わらず余裕の笑みを浮かべた顔を出す。
「テオ=ボードレールなるヴィクトル星系解放旅団の中堅幹部だった。ドラクロワ=メイディーンと一派の残党が乗った艦の船籍ナンバーも吐いた。別室にダイレクトワープ通信で連絡済みだよ。タイタン基地で待機している第二艦隊が動くだろう」
「そうですか。そのテオ=ボードレールの身柄は?」
「手柄を横取りしたい訳ではないのだが、ここは軍で引き取ろう。他にも引き出せるものがないかどうかの見極めは専門の人間にさせた方がいいからね」
「はあ……」
やや間抜けな返事をしたハイファにシドが診察室を指す。吐いたテオ=ボードレールとやらを一人にさせておくのは危ないと思ったのだ。
だがそれは杞憂だと直後に知る。
オートドアの内側を覗いたシドとハイファは思わず目を背け、こみ上げるものを必死で飲み込まねばならなかった。あまりに早い尋問は、てっきり薬でも使ったのかと勝手に想像していたが、そうではなかったのだ。
患者専用の丸い回転椅子に座らされたテオ=ボードレールの周辺は血塗れ、壁の鏡に向けられた顔の表皮の全てを剥ぎ取られたテオは気を失っているらしかった。
「やるなら効果的にやらないとね。だがシド、きみほど忍耐強くなくて助かったよ」
それでもハイネックセーターは血の一滴も付かず純白のまま、捲っていた袖を降ろして濃紺のスーツの上着に袖を通すこのサイキ持ちの精神構造がシドには途端に分からなくなった。
◇◇◇◇
タイタン基地を母港とするテラの護り女神・第二艦隊がドラクロワ=メイディーンとヴィクトル星系解放旅団の、民間貨物艦偽装外殻を持った戦艦を撃ち墜とした様子は、軍広報部と艦隊に同乗したメディア各社によって大々的にライヴ中継された。
勿論、抵抗されたものの艦隊側の被害は計上するまでもないくらいの些少、敵は自爆突入も試みたが偽装外殻が徒となって上手く行かず、結局タイタン表面のクラーケン海、といってもテラフォーミングが行き届いていないぬかるみの上空で爆散した。
テラ標準時二十一時十四分。
シドがテオ=ボードレールにぶつかって、たった四十数分後のことだった。
呆気ないほどの幕切れ、それらの報道をシドとハイファ、それにキャスとフォッカーは宙港待合いのA区画のソファに腰掛けて中空に浮かぶ3DホロTVで視た。
テオ=ボードレールは基地から来た人員が引き取っていった。
これを待ち望んでいたマックスがこの朗報を視たらどんなに喜ぶだろうかとシドは思う。その本人は散った奴らの遺産を解体しに行ったまま、まだ帰ってきていない。
「終わった……のかしら?」
未だ不安げなキャスに訊かれてシドは改めて考えつつ答える。
「一応は、だろうな。けど、どうすればキャスたちは元通りになれるんだ?」
別室員ハイファをシドとキャスは伺う。
「調べを進めたら『清冽なる陽・テレーザガーデンズなるモノはヴィクトル星系解放旅団の分裂一派でそちらもカタがつきました』……なあんて別室発表、出してくれない気がするけどなあ。本当にどうやって収拾を図るんだろうね?」
「そこらへんはどうなんだ、フォッカー特務技官?」
「零れたミルクは戻らない……綺麗に舐め取って新しく注ぎ直す作業を別室がいつやるのか、そこまでは私も聞いてはいない」
「何だよ、無責任じゃねぇか」
「私に言われても困るんだが。しかし今に限って言えば戦勝ムードが横溢しているからね。一時的には『清冽なる……』の方も世間から忘れられてはいるだろう」
そんなフォッカーの言葉も気休めにしかならない。ここからコイルでたった十五分先には惑星警察タイタン地方一分署があり、ネチこいアリステア=ナッシュやユーイン=オライリーといった、自分たちを決して忘れてはくれないであろう同輩らがいるのだ。
マックスだけでなく後の三人までもが顔を晒して歩けない状況である。
「でもサ、ここまで事態が動いたんだから、きっと時間の問題だよ。……ってことでマックスさえその気になってくれるなら、一旦基地病院に戻った方が良くない?」
何よりも愛し人の怪我が心配なハイファが提案し、その場の皆からは賛同を受けたが、あの強硬なマックスを翻意させるのは難しいと思われた。
だがそれから二十分もして帰ってきたマックスは意外にも快諾した。
「どうしたんだよマックス、いやに素直じゃねぇか?」
「素直で悪かったな。一仕事こなしてきたんだ、俺だって疲れたさ」
「ふん。じゃあ一分署ツアーは後日に仕切り直しでいいんだな?」
TVで何度も流れる映像を視たマックスは快哉を叫んだりせず、ただ肩を竦めた。
四人は二十二時発の宙艦シャトルに乗るため慌ただしくフォッカーにいとまを告げる。すると別室エージェントのサイキ持ちは相変わらずの微笑を絶やさずシドとハイファを見て言った。
「全てが終わるまでは忘れるんじゃない、分かっているね」
と、リモータが嵌った左腕を振って。
スチルブルーの目だけは最初に会ったときと同様に透徹として笑みを消していた。
入り口からの想像より遙かに広い医務室内は幾つもの区画に仕切られており、それぞれの診察室に医師が常駐して具合の悪い宙港利用客を診療するようになっている。
その一室から中央情報局名で医師を追い出したフォッカー=リンデマンは常と変わらぬ微笑みをスチルブルーの目に浮かべて言った。
「部屋の外で待機していてくれるかな。すぐに終わらせるからね」
その言葉通り、それほど待たされはしなかった。
プライバシーに配慮して患者や医療スタッフの声が洩れないよう防音となった診察室ドア前のベンチに並んで座ったシドとハイファが中で行われていることをあれこれ想像する前にオートドアが開き、フォッカーが相変わらず余裕の笑みを浮かべた顔を出す。
「テオ=ボードレールなるヴィクトル星系解放旅団の中堅幹部だった。ドラクロワ=メイディーンと一派の残党が乗った艦の船籍ナンバーも吐いた。別室にダイレクトワープ通信で連絡済みだよ。タイタン基地で待機している第二艦隊が動くだろう」
「そうですか。そのテオ=ボードレールの身柄は?」
「手柄を横取りしたい訳ではないのだが、ここは軍で引き取ろう。他にも引き出せるものがないかどうかの見極めは専門の人間にさせた方がいいからね」
「はあ……」
やや間抜けな返事をしたハイファにシドが診察室を指す。吐いたテオ=ボードレールとやらを一人にさせておくのは危ないと思ったのだ。
だがそれは杞憂だと直後に知る。
オートドアの内側を覗いたシドとハイファは思わず目を背け、こみ上げるものを必死で飲み込まねばならなかった。あまりに早い尋問は、てっきり薬でも使ったのかと勝手に想像していたが、そうではなかったのだ。
患者専用の丸い回転椅子に座らされたテオ=ボードレールの周辺は血塗れ、壁の鏡に向けられた顔の表皮の全てを剥ぎ取られたテオは気を失っているらしかった。
「やるなら効果的にやらないとね。だがシド、きみほど忍耐強くなくて助かったよ」
それでもハイネックセーターは血の一滴も付かず純白のまま、捲っていた袖を降ろして濃紺のスーツの上着に袖を通すこのサイキ持ちの精神構造がシドには途端に分からなくなった。
◇◇◇◇
タイタン基地を母港とするテラの護り女神・第二艦隊がドラクロワ=メイディーンとヴィクトル星系解放旅団の、民間貨物艦偽装外殻を持った戦艦を撃ち墜とした様子は、軍広報部と艦隊に同乗したメディア各社によって大々的にライヴ中継された。
勿論、抵抗されたものの艦隊側の被害は計上するまでもないくらいの些少、敵は自爆突入も試みたが偽装外殻が徒となって上手く行かず、結局タイタン表面のクラーケン海、といってもテラフォーミングが行き届いていないぬかるみの上空で爆散した。
テラ標準時二十一時十四分。
シドがテオ=ボードレールにぶつかって、たった四十数分後のことだった。
呆気ないほどの幕切れ、それらの報道をシドとハイファ、それにキャスとフォッカーは宙港待合いのA区画のソファに腰掛けて中空に浮かぶ3DホロTVで視た。
テオ=ボードレールは基地から来た人員が引き取っていった。
これを待ち望んでいたマックスがこの朗報を視たらどんなに喜ぶだろうかとシドは思う。その本人は散った奴らの遺産を解体しに行ったまま、まだ帰ってきていない。
「終わった……のかしら?」
未だ不安げなキャスに訊かれてシドは改めて考えつつ答える。
「一応は、だろうな。けど、どうすればキャスたちは元通りになれるんだ?」
別室員ハイファをシドとキャスは伺う。
「調べを進めたら『清冽なる陽・テレーザガーデンズなるモノはヴィクトル星系解放旅団の分裂一派でそちらもカタがつきました』……なあんて別室発表、出してくれない気がするけどなあ。本当にどうやって収拾を図るんだろうね?」
「そこらへんはどうなんだ、フォッカー特務技官?」
「零れたミルクは戻らない……綺麗に舐め取って新しく注ぎ直す作業を別室がいつやるのか、そこまでは私も聞いてはいない」
「何だよ、無責任じゃねぇか」
「私に言われても困るんだが。しかし今に限って言えば戦勝ムードが横溢しているからね。一時的には『清冽なる……』の方も世間から忘れられてはいるだろう」
そんなフォッカーの言葉も気休めにしかならない。ここからコイルでたった十五分先には惑星警察タイタン地方一分署があり、ネチこいアリステア=ナッシュやユーイン=オライリーといった、自分たちを決して忘れてはくれないであろう同輩らがいるのだ。
マックスだけでなく後の三人までもが顔を晒して歩けない状況である。
「でもサ、ここまで事態が動いたんだから、きっと時間の問題だよ。……ってことでマックスさえその気になってくれるなら、一旦基地病院に戻った方が良くない?」
何よりも愛し人の怪我が心配なハイファが提案し、その場の皆からは賛同を受けたが、あの強硬なマックスを翻意させるのは難しいと思われた。
だがそれから二十分もして帰ってきたマックスは意外にも快諾した。
「どうしたんだよマックス、いやに素直じゃねぇか?」
「素直で悪かったな。一仕事こなしてきたんだ、俺だって疲れたさ」
「ふん。じゃあ一分署ツアーは後日に仕切り直しでいいんだな?」
TVで何度も流れる映像を視たマックスは快哉を叫んだりせず、ただ肩を竦めた。
四人は二十二時発の宙艦シャトルに乗るため慌ただしくフォッカーにいとまを告げる。すると別室エージェントのサイキ持ちは相変わらずの微笑を絶やさずシドとハイファを見て言った。
「全てが終わるまでは忘れるんじゃない、分かっているね」
と、リモータが嵌った左腕を振って。
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