スターゲイザー~楽園12~

志賀雅基

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第9話

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 一日や二日の徹夜ごときでへばっていてはイヴェントストライカもスパイも務まらない。

 ハイファ謹製のピザトーストとグリーンサラダ、コーヒーの朝食をしっかり摂った二人は八時半の定時に七分署に出勤した。

 深夜番からの引き継ぎなどで騒がしいデカ部屋の話題は勿論、昨夜の一件である。

 その主人公でもあるシドとハイファは、出勤時に捕らえたオートドリンカ荒らしの調書をサラサラと取り終え、昨夜の報告をしてヴィンティス課長を低血圧と胃痛でノックアウトし、今はまた報告書の作成だ。

 咥え煙草でドラグネットからの情報を眺めていたシドが気味の悪い事実を告げた。

「あの、お前の首締めた紐、過去のマル害たちの髪の毛だったらしいぞ」
「変態チックなコレクションだなあ」
「お前もその髪で狙われたんじゃねぇか? 今までマル害は女ばっかりだったしさ」

「女性と間違うなんて失礼しちゃう。女顔なのは認めるけどサ」
「まあ、コレクションにならずに済んだんだ、良かったじゃねぇか」
「それはそうだけど、マル被を射殺逮捕した貴方の処遇は?」
「さあな。そのうち何か言ってくるだろ」

 どういう形であれホシが捕まった以上、六分署の帳場も裏取りのための人員を残して縮小され、それに伴って五階捜一の捜査協力本部もなくなった。ゆっくりと書類を上げてしまうとヒマで、立ち上がったシドは椅子の背に掛けた対衝撃ジャケットを手にする。

 ハイファも首の二種類のアザを隠したトレボットーニのドレスシャツの上にソフトスーツの上着を着た。そうして課長のデスクを迂回し、深夜番明けで帰宅するマイヤー警部補を盾にして密やかにオートドアへと向かう。

 だがあと一歩というところで、これも深夜番明けのヤマサキが大声を出した。

「シド先輩、また外回りっスか?」
「しーっ、ヤマサキ!」

 その大口を塞いだがもう遅い。椅子にへたりこんでいたヴィンティス課長が血圧の下がった青い顔で起き上がった。じっとブルーアイで二人を見つめる。

「シド。何処に行くんだね?」
「あー、定期巡回です」
「我が機捜課の仕事に定期巡回などというものはない。せめて昨夜の件の沙汰があるまでは、ここか地下の巣で大人しくしていたまえ。これは課長命令だ」

 無体にもシドはヤマサキに膝蹴りを食らわしたが、事態が変わる訳でもない。オマケで頭を張り飛ばしておいて、シドは憤然と地下への階段を下りた。

 ワイア格子の挟まった分厚いポリカーボネートで仕切られた留置場、一番右がシドの巣になっている。主が土足厳禁を言い張る三メートル四方の空間を覗き込み、ハイファは思い切り顔をしかめた。

「うーわー、ナニこれ。どうしたら僕の目を盗んでここまで……」
「いやさ、想像を裏切るのも悪いかと思ってだな」
「もう信じらんない! キッチンの三角コーナー以下だよコレは!」

 眩暈がする思いで目に映したそこに床は存在していなかった。

 スナック菓子の空き袋、飲料の空ボトル、書き損じの書類、ナニかの食品の包み紙、油染みた紙カップにトレイ、食べ終えた弁当ガラ、使用済みワリバシにプラのスプーン、湿ったナニかにその他ガジェットが層を成して扉ギリギリまで押し寄せていた。

「掃除掃除掃除! 問答無用で全部捨てるからねっ!」
「待て、AD世紀の復刻版プラモ、F‐104スターファイターの部品がっ!」

 腕捲りをしてコンビニの袋にゴミを詰め込み始めたハイファの傍で、シドは慌ててプラモの部品を確保に走る。頭に血が上ったハイファにとってはシドのお宝もゴミ同然、熾烈な攻防を繰り広げながら、徐々に床の存在は明らかになっていった。

 三十分もすると留置場内は見違えるように綺麗になる。
 ハイファが何処からかクリーナーを持ち出して綿埃をオート吸引させている間に、シドは階段を上った所にある有料オートドリンカで保冷ボトルのコーヒーを二本手に入れた。

 掃除の礼はいつもこれなのだ。

 静かにクリーナーが作動する中、硬い寝台に二人は並んで腰を下ろし靴下の足をぶらぶらさせながら冷たいコーヒーに口をつけた。外はまだ寒いが、頭に血の上ったハイファにはこれが丁度いい。

「そのうち本当にナニかが湧くからね。そうなったら手伝わないよ」
「俺もよく分からねぇウチに、俺の中の悪い小人さんがだな……」
「悪い小人さん捕獲用にホイホイでも仕掛けておけばいいのに」

「掛かった俺の小人さんはどうすんだ?」
「僕の9ミリパラから炸薬出して振りかけて燃やします」
「エゲツねぇな」
「タンパク質の焦げる臭いが充満して――」

 まだ機嫌の悪いハイファに閉口しながら、シドは発掘された掌サイズの灰皿を寝台に載せ、煙草を咥えて火を点けた。深々と吸って紫煙を吐き出す。

「ねえ。今朝方の射殺逮捕って、何かお咎めがあるの?」
「さあな、減給か停職か。首が飛ぶことはねぇと思うが」

 まさかそこまでとは思ってもみなかったハイファが弾かれたようにシドを見た。

「えっ、何で? 貴方が撃たなきゃ僕が殺されてたじゃない」
「俺たちは銃なんか持ってるからな。スタンなら殺さず確保できた可能性が高い」

 のほほんと言うシドにハイファは俯く。

「でもそれは可能性ってだけで……僕が油断したから」
「油断してたのはお前だけじゃねぇし、まあ、こういうのも俺は一度や二度じゃねぇからな。そう心配することもねぇさ」

 コーヒーを飲み干したシドは、安心させるようにハイファの薄い肩を抱き寄せた。それでもハイファは萎れて俯いたまま、あまりに打ち沈んだ様子が愛しくなって、そっと白い頬に口づける。そのとき左手首のリモータが震えた。

「おっと、課長だ。行ってくる」
「ん、僕も行く」

 扉の脇に積んだ五つのゴミ袋と空のボトルをダストシュートに放り込み、二人は階段を上った。デカ部屋に入ると雰囲気を読み取った皆が静かになる。
 二人はヴィンティス課長のデスクの前で直立不動の姿勢をとった。

「先程、タイタン一分署捜一から捜査共助依頼が回ってきた。案件は勿論、連続女性絞殺だ。先方はシド、キミを指名している。行って誠意対応するように」
「分かりました」
「あの、僕は……?」
「バディだろう、行っても構わんよ」

 それだけ言うとヴィンティス課長はくるりと背を向け、超高層ビルに切り取られ、スカイチューブで分断された青空を眺め始めた。きっと赤い造血剤とクサい胃薬は腹一杯飲んでしまい、虚空でも眺める他に精神安定を図れる手段は尽きたのだと思われた。
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