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第38話

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 武装BELはタンデムシート、前後に座席がある標準的なものだった。迷彩塗装された幅の狭い機体の腹には二十ミリバルカン砲、三角翼にはミサイルランチャーが四基ついている。

 側面のドアを開けてシドとハイファは乗り込んだ。前部ガナー席にシド、後部操縦席にハイファだ。座席の肩から伸びたハーネスを装着し、ハイファは反重力装置を起動した。

「行けるか、ハイファ?」
「任せて!」

 テラ連邦軍でウィングマークを持つハイファは手動操縦で武装BELをテイクオフさせた。テュールの慣性を持ったまま、BELは超低空飛行を開始する。都市内ではなく歓楽エリア方向、今はなきアンテナエリアへとノーズを向けた。

「向こうはプロだぞ、何か手はあるのか?」
「今、それやってるとこ。ダイレクトワープ通信で別室戦術コンとリンクするから。この機の戦闘コンと今……繋がった!」

 別室戦術コンがハイファのリモータを通しリードで繋がった武装BELの戦闘コン及び航法コンを瞬時にインターラプト。途端に武装BELは爆発的な急加速をする。

「うわっ、むち打ちになるところだぜ!」
「大丈夫? 気を付けて……わああっ!」

 数秒で辿り着いたアンテナエリアの欠けた部分から、BELは真っ逆さまに墜ちるかのような機動を取っていた。次には背面飛行、姿勢が戻ったかと思えば熱砂の嵐の只中で揉まれている。酔いそうなローリングの中、シドは浮島の腹の下でアンテナ群を見上げていた。

「まだ無事らしいな」
「それも時間の問題だよ。……あっ、レーダー上、前方約四キロに敵機ボギー!」

 僅か二秒後、シドとハイファも抜群の視力を持つ肉眼でふたつの点のような敵機を捕捉している。

「ヤバいぞ、撃ち始めやがった!」

 数十基のアンテナのうち、数基がバルカン砲の二十ミリ弾によって砕かれ、地上に落ちてゆくのが分かった。こちらも指を咥えて見てはいない、レーダーで捉えた敵に別室戦術コンは二人の乗ったBELを突っ込ませる。

 彼我の距離一キロを切った辺りでロックオンを知らせるチャイムが鳴り、空対空ミサイルが二基ランチャーから外れる。一瞬滞空したミサイルは燃料に着火し、BELを追い抜いて飛翔を始めた。

 ミサイルはアクティヴ・レーダー・ホーミング方式でいわゆる撃ちっ放し能力ファイアー・アンド・フォーゲットを備えたタイプ、カメラ・アイに捉えたターゲットに向かってまっしぐらに飛んでいく。

「VT信管、いわゆる近接信管だから、一定範囲内に目標捕捉すれば起爆するよ」
「あんまり近いとアンテナまでやられるぞ」
「それくらい別室コンは心得てるって」

 ミサイリアー、つまりはミサイルを運んで撃つだけの仕事だと思ってシドが眺めていると、モニタ画面上で敵の二機は風に煽られたかのように、ふわりとミサイルを避けた。それでも近接信管が作動、僅かに敵機の尾翼を引き裂くことに成功する。

 だが安堵してはいられない。やかましく警報音が鳴りだしたのだ。

「ロックオンされた! ミサイル、くるよ!」
「分かってる!」

 祈る気持ちで別室コンに命を託す。BELは急機動、舞い落ちるように高度を下げた。マッハで飛来したミサイル二基が、錐もみの背後で近接信管を作動させる。爆発と猛烈な風に煽られてBELは木の葉の如く舞う。
 
 更にミサイルが二基飛来、胃を冷たい手で掴まれるような思いに冷や汗を滲ませながらシド、バルカン砲のレリーズを押した。
 毎分六千発以上の速度で二十ミリ榴弾が発射され、ミサイル二基を撃ち砕く。

「やるじゃない、シドってば!」
「けど敵ミサイルはあと四基も……くそう、また撃ってきやがった!」

 今度は完全に別室コン任せで逃げた。風の流れまでをも計算した別室戦術コンの勝利、大きくループを描いたBELに追いつけず、二基のミサイルは目標をロストし爆散。

 だが背面飛行から戻る際、速度が落ちたときを狙って最後のミサイル二基が飛んでくる。

「拙いぞ、ハイファ!」
「分かってる、こっちも撃つ!」

 二基のミサイルがランチャーから外れ、意外に近くで信管作動。敵のミサイルを巻き込んで自爆する。飛んできた破片が機体を僅かに損傷させたようで、またもやかましくブザーが鳴り響く。機体モニタ上、メインスタビライザーがやられた。フェイルセーフは無事。

 ブザーを手動で止めたハイファの真剣極まりない声が届く。

「ここからが本番だよ!」
「互いにミサイルなしの叩き合いだな!」

 敵機たちはアンテナ破壊よりも先にシドたちを排除することにしたらしい、高度を下げて突っ込んできた。別室コンにコントロールされた機は逃げると見せかけて急上昇、まともに一機と向かい合う。

 タイミングを逃さずシドはレリーズを押した。二秒で自動的にロックが掛かって撃ち止め、そのまま上方に逃れる。すれ違うようにして敵の一機が地上に墜ちてゆく。

「やった、残り一機だよ!」

 そこでシドのリモータが振動した。素早く操作し音声オープンで応答する。

「テメェらがアラキバ抵抗運動旅団だったとはな!」
《――そういうことだ。だがどうして分かった?》

「タッカーにヘイデン、あんたらには騙されたさ。でもアレクは怪しすぎた。ラクカ村で襲われたとき、オルグされた村のバカが、俺たち二人だけしか武装していないことを知ってやがったんだ。アレクが本当に武装してなかったかどうかは別だがな!」

《なるほど、やられたな》
「他星から軍警察に赴任する兵士と入れ替わったのか?」
《まあな。あんたらに恨みはないが、邪魔をするなら死んで貰うぞ》
「誰がテメェらなんかに……うっ!」

 急にBELが横滑りをし、右側の空間を二十ミリ榴弾が通り過ぎた。こちらもノーズを縦に持ち上げたコブラ機動、同時にレリーズが勝手に押されて二秒間、二十ミリを発射する。

《はっは、甘いぞ。俺たちは元々攻撃BEL専門だからな》

 軽く避けられてシドは悔しさに、更に二秒を撃ち込んだ。

「シド、だめだよ、弾切れになる!」

 最大積載で四百発の二十ミリ榴弾は発射速度が速いので十五秒ほどしか保たない。それ故オートでロックが掛かる。だがインジケータはもう半分しか残りがないことを示していた。

 しかしチャンスがあれば撃つしかない。ヒラヒラとダンスを踊るように二機は舞いながらバルカン砲の見舞い合いに終始する。デッドシックス、互いの尻に食い付こうとするこれはまさにドッグファイトだ。酔いそうな機動にシドは唾を飲んで耐える。

 猛烈な風と砂塵で殆ど敵機は見えず、レーダーモニタを睨んでの撃ち合いだ。こちらはあと二秒を二回で弾切れ、別室コンの計算上では敵機も同じである。

「タッカー、ヘイデン、もうやめろ。アンテナを破壊するだけの弾は残ってねぇ筈だぞ!」
《弾なんかなくても機体さえあれば、チャチな小型アンテナくらい壊せるさ》

 言うなり撃ってきた。二秒で撃ち止めるという別室コンの予測を欺き、一瞬の間を置いて続けて二秒。衝撃が襲って咄嗟にハイファが振り返る。右三角翼の一部が飛び散るのが見えた。

 途端にガタついて照準すら難しくなる。

「ハイファ、上昇させろ! あいつら体当たりする気だぞ!」
「やってる! けどこのままじゃ航法コンの安全装置が働いてて無理!」
「別室コンに外させろ!」
「時間が掛かる……手動操縦に切り替えるしかないよ!」
「なら、それだ!」

 ハイファは唾を飲み込んだ。こんな猛烈な風の中でBELを飛ばしたことはない。おまけに姿勢制御に必要な三角翼は片方が脱落寸前だ。だがやるしかなかった。

「やるよ、覚悟しててよね!」
「お前に預けるさ!」

 手動に切り替えるには操縦桿を握って動かすだけでいい。ハイファはコンソールから突き出た操縦桿を握り、圧力感知式のそれをそっと引いた。

 一瞬で機体が風に煽られ、弾き飛ばされて後方に流される。ラダーペダルを蹴飛ばし、操縦桿をしっかりと握り直して何とか機体を浮かせた。
 意図せず錐もみに入った機体に構わず、ノーズを上方に向ける。操縦桿を引いて急加速、タッカーたちの機に突っ込むような機動をさせた。

 シドがバルカン砲を二連射する。敵機の左三角翼が砕け散った。
 だが相手はプロ、BELを浮かせている。それどころか浮島の腹に近づいていた。

「だめだ、ハイファ、アンテナをやられる!」
「どうすればいいのサ! もう弾はないんでしょ!」
「可能な限り近づけるだけでいい、できれば前方から正対させてくれ!」
「そんな、無茶だよっ!」

 叫び返しつつハイファは実行した。ロケットブースタでも着けたような加速で戦闘上昇、次には錐もみのまま向かい風に弾かれそうな機体を何とか水平に持っていく。シドが何を狙っているのか分からないが、ハイファはバディを信頼してオーダーに応えるのみだ。

 自機も浮島の腹に擦りそうなくらいに近づく。レーダーモニタ上、いや、敵機を直接視認。タイミングを窺っていたシドが叫んだ。

「五秒保たせてくれ、衝撃に備えろ!」

 前席に座ったまま、シドは何と目前のキャノピに向かってレールガンを発射していた。

 マックスパワーで連射モード、強烈な反動を抑え込んで撃ち続ける。針の如きフレシェット弾の先端に溜められたパワーを一点集中、防弾樹脂が砕けて吹き飛んだ。

 そのまま正対したタッカー・ヘイデン機にフレシェット弾を浴びせる。もう武装はゼロだと安心していたタッカーたちは回避するのが遅れた。
 一秒半で防弾樹脂のキャノピに穴が空き、タッカーは何が起こったかを理解する前に血と脳漿をコンソールにぶちまけている。
 一瞬後には後部操縦席のヘイデンも相棒のあとを追っていた。

 乗員を失った敵機は、あっという間に地上へと墜ちていった。
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