砂中で咲く石Ⅰ~Barter.11~

志賀雅基

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第4話

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 ドアを開けて紺色のカーペットに踏み出した。すると室内には本部長の一ノ瀬警視監だけでなくスーツ姿の男が二人いて、応接セットのソファに座していた。

「やあ、忙しいところを呼び出してすまんね。まあ座ってくれたまえ」

 勧められて三人掛けソファに霧島、京哉、小田切の順に腰掛ける。まだ慣れない小田切はともかく京哉は六階級も上の雲上人をやや無遠慮に観察した。

 紅茶にスティックシュガーを三本も入れて味わう一ノ瀬警視監は身長こそ京哉と同じくらいだが、体重は霧島二人分で足りるかどうか。
 特注だろう制服の前ボタンは弾け飛ぶ寸前で、だが何らミテクレを気にしていないのかロウテーブルには半分減ったクッキーの缶がある。更に黒々とした髪をぺったりと撫でつけた様子はまさに幕下力士のようだった。

 だがこれでも元は暗殺反対派の急先鋒だった人物で、メディアを利用した世論操作が大得意の侮りがたいタヌキ、もとい、なかなかの切れ者なのだ。

 そんな本部長は三人に婦警が紅茶を出し、下がるのを待ってから口火を切った。

「TVニュースにもなった小国プラーグでの公開処刑映像を見たかね?」

 午前中のニューストピックスを思い出して三人は本部長に頷く。機捜の詰め所も情報収集用にTVは点けっ放しだ。小田切も同じ番組を見ていたらしい。

「公開処刑されたのは反政府武装勢力のメンバーと、それに協力した者たちだ」
「ふむ。それで、そんな遠い国の話が、我々とどう関わるのでしょうか?」

 二名のスーツ男たちを紹介もせずに話し始めた本部長に対し、霧島がバリンバリンに警戒しつつ訊く。警戒されていることに気付いた本部長は問答無用で言い放った。

「霧島警視と鳴海巡査部長に特別任務を下す。プラーグの反政府武装勢力に潜入して指導者を特定し暗殺せよ。小田切警部には隊長不在の機捜を預かって貰う」

 暫しの沈黙ののち、霧島は低い声で問いを発する。

「何故日本の警察官の我々が、そんな遠い国で関係もない人間の頭に風穴を開けに行かなければならない?」

 もはや丁寧語もやめた霧島に、スーツ男のやや若い方が答えた。

「貴方がたはこれまでの特別任務を見事に完遂しています。お蔭で国際社会を代表する国々の面子が保たれたこともありました。その辣腕ぶりを見込んで某大国から日本政府に対し、貴方がたを指名した上で直接依頼がなされたのです」
「某大国とは……また私たちを政治取引の道具にする気か、ふざけるな!」
「ふざけてはいない」

 口を挟んだのはスーツの年配の方である。どうやら日本政府の高級官僚らしき年配男は険しい顔をしていた。重々しい口調で説明を始める。

「公開処刑が罷り通っている状況から分かると思うが、古くは欧州の属国だったプラーグの政治は現在乱れている。二年前から入国を打診している国連の査察団さえ受け入れを拒否している状態だ。このままではプラーグを国際社会のメンバーとして認める訳にはいかなくなる」

 話の切れ目に霧島は年配スーツを睨んで鼻を鳴らした。

「ふん。そんな政府に対抗する反政府武装勢力の指導者を暗殺する、つまりは公開処刑の対象者自体を根こそぎなくしてしまおうという寸法か?」

 それに対して返事はせずに若いスーツが更に詳しく語り出す。

「反政府武装勢力と銘打ってはいますが、戦闘は散発的で貴方がたの潜入に際してさほどの危険はありませんのでご安心下さい。ただ国内全土に渡って砂漠気候であり、その点は留意して下さい」

 あとはプラーグの食糧自給率が僅かに二パーセントを割り込み、ほぼ全面的に国際社会からの援助物資と輸入に頼っていることや、その輸入の財源にも困る貧しい国は唯一産出される『砂の花』なる特殊な鉱物を豊かな隣国のユベルに一括して買い上げて貰い、その代価でしのいでいることなどを霧島たちは聞かされた。

「ちょっと待て、ユベルという国は私も知っている。独立国でありながら日本とも仲のいい某大国の植民地と言われていることもな。だが『砂の花』とは何なんだ?」

 霧島カンパニーの跡継ぎとして様々な知識を詰め込まれた霧島ですら、そんなものなど聞いたことがなかったのだ。だがこの質問にはスーツ二人も首を横に振る。

「ユベル政府に資料請求していますが、それについての回答はまだ届いていません。しかしながら我々にとって問題はそこではなく、プラーグ政府の在り方なのです」

 明らかに誤魔化されたと気付くも霧島は追求する気が失せていた。他国の政治に興味はない上に、スーツ男たちに答える気などないのは一目瞭然だったからだ。

「だが国連査察団の受け入れ拒否までしているプラーグから『砂の花』を独占買い取りしているユベルを看過しているんだ、某大国もグルということで間違いないな?」

 これもスーツ二人の返答がないのを承知で霧島は訊く。答えたのは京哉だ。

「まず間違いないんじゃないでしょうか。ユベルは単なるトンネルに過ぎないでしょう。ユベルを介して『砂の花』を独占しているのは某大国ですね」

 更に珍しく小田切までが面白くもなさそうに発言する。

「だがこうしてプラーグの恐怖政治が国際的に表面化し問題視されても、叩かれるのはプラーグとユベルだけだ。某大国らしいやり方と言えるだろうな」
「では大方の筋は読めたな。そのグルになって『砂の花』で儲けている奴らに対するは、何とか国民の生活水準を上げようとする反政府勢力……つまり私たちにプラーグの人々の希望の芽を摘み取りに行けということか。ふん、やはりふざけている」

 吐き出すように言ったが、京哉は霧島の表情を窺いながら宥める口調で言った。

「でも実際どちらに義があるのかなんて、外からじゃ分からないこともありますからね。それにテロに屈することになるから、反政府武装勢力がその名の通り武力で物申しても国際社会は耳を傾けてくれませんし」

 驚いて霧島は京哉を見下ろす。

「まさかお前はこんな任務を受ける気なのか?」
「そうは言ってませんが……国際線で禁煙地獄も嫌ですしねえ」

 溜息をついた霧島と京哉に対し、何度も繰り返してきた言葉を本部長が口にする。

「聞いてくれたまえ。今回の話は元サッチョウ長官で現職衆議院議員の塩谷しおや氏も存じている。そしてプラーグの将来を憂う塩谷氏の意見は警察組織内でも通りが良く、その意向はきみたちの今後の在り方にも大きく関与し――」
「もういい、分かりましたから脅しは結構。鳴海、いいか?」
「仕方ないでしょうね。はあ~っ!」

 そこで霧島が鋭い号令を掛け、京哉と小田切も立ち上がった。

「気を付け、敬礼! 霧島警視以下三名は特別任務を拝命します。敬礼!」

 身を折って敬礼した三人に対し、満足そうに一ノ瀬警視監が頷く。

「またもきみたちに県警捜査員の本分を越えた任務を課してしまい申し訳ない。だがきみたちを指名し任された任務だ。成功を信じている。航空機のチケットは明日の予約だ。間違いなく動いてくれ。以上だ」

 ぞろぞろ本部長室を出て小田切は安堵の溜息、京哉と霧島は憂鬱な力ない表情だ。

「以前の特別任務で国連事務総長から謝辞まで貰ってしまったのは拙かったな」
「だから僕はあの時、嫌な予感がするって言ったのに」
「だが受けた以上は仕方ない。詰め所で班長に挨拶したら、とっとと帰るぞ」
「えっ、もう帰るんですか?」
「出発までにやることがあるだろう?」

 年上の愛し人から婀娜っぽいような流し目で見られ、京哉は頬を赤くする。赤面したのを小田切に見られたくなくて、足早にエレベーターに乗り込んだ。

 機捜の詰め所に戻ると霧島が本日上番の三班の隊員たちに告げる。

「たびたびで申し訳ないが私と鳴海に出張が入った。期間は未定だ。不在中も通常通りに各班長を中心にした上で小田切副隊長を支え、宜しくやって欲しい。以上だ」
「気を付け! 出張に出られる霧島隊長と鳴海巡査部長に敬礼!」

 小田切の号令で皆が身を折る敬礼をし、霧島はラフな挙手敬礼で答礼した。謎な出張について訊く者はいない。皆が『知る必要のないこと』だと心得ているのだ。

 三班長の佐々木ささき警部補と霧島が話している間、京哉は空いた湯呑みと自分の灰皿を片付けノートパソコンの電源も落としデスク上を片付ける。霧島が同じくパソコンの電源を落とすのを待って小田切と隊員たちに見送られつつ詰め所をあとにした。

 階段を降りると古臭くも重々しいレンガ張り十六階建て本部庁舎の裏口から出る。

 関係者専用駐車場に駐めた白いセダンの傍でジャンケンし、負けた霧島が運転席に収まった。助手席に滑り込んだ京哉は機捜隊長らしい見事な運転を見守った。
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