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第5話
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ここは白藤市で高低様々なビルの林立だ。二人の住処は隣の真城市にある。
まともに走れば一時間程かかるが、霧島は裏道に入り込むと普通なら選ばないような狭い路地や一方通行路を駆使し、都市部の混雑を避けて最短でバイパスに乗り、五十分とかけずにベッドタウンの真城市に入っていた。
「忍さん、今週の食事当番さんはスーパーカガミヤに寄らなくていいんですか?」
「明日から出張だからな、冷蔵庫総ざらえの鍋でもいいか?」
「いい、いい、それにしましょう」
まもなく霧島は白いセダンを月極駐車場に入れる。
初冬の日暮れは早く既に星も輝く中で車を降りると二人の息は白かった。足元から這い寄る寒さを置いて逃げるように二人は走り出す。十分とかけずに五階建てマンションに着くとエントランスを開錠し、駆け込んでエレベーターで五階へ。
角部屋五〇一号室のドアロックを外して中に入ると、ダイニングキッチンで京哉はホッと溜息をついた。南向きの部屋は昼間の陽射しの熱を溜め込んでやや暖かい。
まずは二人とも寝室でスーツのジャケットを脱いでタイを解いた。あとはベルトの上に締めた帯革につけた特殊警棒や手錠ホルダー、特別勤務に就くためという名目で常日頃から持たされているスペアマガジンが二本入ったパウチなどを帯革ごと外して身軽になる。
更にショルダーホルスタ入りの銃も外すと、小柄な京哉は躰が浮き上がる気がした。
機捜は職務の特性から凶悪犯とばったり出くわすことも考慮され、職務中は銃の携行が義務付けられている。携行する銃はシグ・ザウエルP230JPなる薬室一発マガジン八発の合計九発を発射可能なセミ・オートマチック・ピストルで、使用弾は三十二ACP弾だが、通常弾薬は五発しか貸与されないというものだ。
だが二人が持っているのは同じシグ・ザウエルでもP226という代物でフルロードなら合計十六発の九ミリパラベラムを発射可能である。
いつも交換・貸与されていたのに特別任務が毎度のことになり、いつの間にか持たされっ放しになってしまったのだ。
それらをダブルベッドの傍のライティングチェストの引き出しにしまうと、京哉は早速キッチンの換気扇の下で煙草を吸い始める。
霧島は手を洗い、黒いエプロンを着けて早めの夕食の準備に取りかかった。とはいえ土鍋の出汁に冷蔵庫のものを放り込むだけだ。
あとは箸休めの和え物やちょっとした炒め物を作ると、カセットコンロに鍋をセットしておいて、カットグラスとウィスキーを出しストレートで飲み始める。
「あっ、忍さんってば、またそんな飲み方して」
「堅いことを言うな。どうせ酔わんのだから構わんだろう」
「でも肝臓に悪いじゃないですか。もっと食べてから飲んで下さい」
「分かった、分かった。もう出来るからお前も飲まないか?」
「僕は結構です。酔っ払ったらアレですし……お酒臭い人にはさせませんからね!」
自分で言っておいて赤くなった年下の恋人に霧島は堪らない愛しさを感じてそっと抱き締めソフトキスし、椅子を引いてやる。いい具合に鍋も煮えていた。
「頂きまーす。ん、鶏肉がほくほくに煮えて……熱っ!」
「鍋は逃げんからゆっくり食え。だが食い過ぎてそのまま寝てしまうなよ?」
「さあ、それはどうでしょうか。なあんて、嘘ですよ」
「明日から禁欲生活かも知れんしな」
二人で顔を見合わせて密やかに笑った。そうして霧島が真顔になる。
「『潜入し特定して暗殺』か。お前のお得意のスナイプという手は使えんな」
「向こうの政府がどれだけ協力的かが問題ですよね」
ターゲット探しから始めなければならない今回はライフルを担いで行って一撃離脱という訳にもいかない。向こうで得物を調達するにせよ政府の意向にかかっていた。
そのあとは食べながら仕事の話はせず鍋も雑炊にしてさらえてしまうと、京哉が後片付けを請け負い霧島が先にシャワーを浴びる。後片付けといっても洗浄機に食器を放り込みゴム手袋をして鍋を洗うだけだ。終わらせると京哉は換気扇の下で食後の一服をした。
「京哉、お前もさっさと入れ」
「あ、はい」
寝室でスラックスを脱ぎ、バスルームの前で残りの服を脱いで洗濯乾燥機に放り込む。左手の包帯を解いて頭からシャワーを浴びた。シャンプーとボディソープで泡だらけにして薄いヒゲも綺麗に剃る。泡を一気に流してバスタイムは終了だ。
上がるとバスローブを着て警察官にしては長めの髪をドライヤーで乾かす。
出て行くと霧島はキッチンと続き間のリビングで、またもカットグラスを傾けていた。中身は透明だが、ただのミネラルウォーターではなく、ジンかウォッカだと京哉は知っている。淡々と飲み続ける年上の愛し人に京哉は口を尖らせて文句を垂れた。
「忍さん、だめですよ」
「酔ってはいないのを知っているだろう。いいからこちらに来い」
素直に近づくと霧島が腰を下ろした二人掛けソファの足元、ブルー系グラデーションのラグの上に座る。手渡されたグラスに口をつけるとジントニックだった。
「お酒より、僕、忍さんが欲しいんですけど」
「いやに素直だな、今日は。どういう風の吹き回しだ?」
「だって明日から禁欲生活かも知れないって貴方が言ったんじゃないですか」
「そうだったな。私も京哉、お前が欲しい」
言うなり霧島は京哉からグラスを取り上げてロウテーブルに置くと、小柄な身を抱き上げて寝室に運ぶ。ダブルベッドに放り出され、のしかかられて京哉は掛けられる重みに陶然としながら広い背に腕を回した。
しっかり抱き締めると耳元で低く甘い囁きを聞く。
まともに走れば一時間程かかるが、霧島は裏道に入り込むと普通なら選ばないような狭い路地や一方通行路を駆使し、都市部の混雑を避けて最短でバイパスに乗り、五十分とかけずにベッドタウンの真城市に入っていた。
「忍さん、今週の食事当番さんはスーパーカガミヤに寄らなくていいんですか?」
「明日から出張だからな、冷蔵庫総ざらえの鍋でもいいか?」
「いい、いい、それにしましょう」
まもなく霧島は白いセダンを月極駐車場に入れる。
初冬の日暮れは早く既に星も輝く中で車を降りると二人の息は白かった。足元から這い寄る寒さを置いて逃げるように二人は走り出す。十分とかけずに五階建てマンションに着くとエントランスを開錠し、駆け込んでエレベーターで五階へ。
角部屋五〇一号室のドアロックを外して中に入ると、ダイニングキッチンで京哉はホッと溜息をついた。南向きの部屋は昼間の陽射しの熱を溜め込んでやや暖かい。
まずは二人とも寝室でスーツのジャケットを脱いでタイを解いた。あとはベルトの上に締めた帯革につけた特殊警棒や手錠ホルダー、特別勤務に就くためという名目で常日頃から持たされているスペアマガジンが二本入ったパウチなどを帯革ごと外して身軽になる。
更にショルダーホルスタ入りの銃も外すと、小柄な京哉は躰が浮き上がる気がした。
機捜は職務の特性から凶悪犯とばったり出くわすことも考慮され、職務中は銃の携行が義務付けられている。携行する銃はシグ・ザウエルP230JPなる薬室一発マガジン八発の合計九発を発射可能なセミ・オートマチック・ピストルで、使用弾は三十二ACP弾だが、通常弾薬は五発しか貸与されないというものだ。
だが二人が持っているのは同じシグ・ザウエルでもP226という代物でフルロードなら合計十六発の九ミリパラベラムを発射可能である。
いつも交換・貸与されていたのに特別任務が毎度のことになり、いつの間にか持たされっ放しになってしまったのだ。
それらをダブルベッドの傍のライティングチェストの引き出しにしまうと、京哉は早速キッチンの換気扇の下で煙草を吸い始める。
霧島は手を洗い、黒いエプロンを着けて早めの夕食の準備に取りかかった。とはいえ土鍋の出汁に冷蔵庫のものを放り込むだけだ。
あとは箸休めの和え物やちょっとした炒め物を作ると、カセットコンロに鍋をセットしておいて、カットグラスとウィスキーを出しストレートで飲み始める。
「あっ、忍さんってば、またそんな飲み方して」
「堅いことを言うな。どうせ酔わんのだから構わんだろう」
「でも肝臓に悪いじゃないですか。もっと食べてから飲んで下さい」
「分かった、分かった。もう出来るからお前も飲まないか?」
「僕は結構です。酔っ払ったらアレですし……お酒臭い人にはさせませんからね!」
自分で言っておいて赤くなった年下の恋人に霧島は堪らない愛しさを感じてそっと抱き締めソフトキスし、椅子を引いてやる。いい具合に鍋も煮えていた。
「頂きまーす。ん、鶏肉がほくほくに煮えて……熱っ!」
「鍋は逃げんからゆっくり食え。だが食い過ぎてそのまま寝てしまうなよ?」
「さあ、それはどうでしょうか。なあんて、嘘ですよ」
「明日から禁欲生活かも知れんしな」
二人で顔を見合わせて密やかに笑った。そうして霧島が真顔になる。
「『潜入し特定して暗殺』か。お前のお得意のスナイプという手は使えんな」
「向こうの政府がどれだけ協力的かが問題ですよね」
ターゲット探しから始めなければならない今回はライフルを担いで行って一撃離脱という訳にもいかない。向こうで得物を調達するにせよ政府の意向にかかっていた。
そのあとは食べながら仕事の話はせず鍋も雑炊にしてさらえてしまうと、京哉が後片付けを請け負い霧島が先にシャワーを浴びる。後片付けといっても洗浄機に食器を放り込みゴム手袋をして鍋を洗うだけだ。終わらせると京哉は換気扇の下で食後の一服をした。
「京哉、お前もさっさと入れ」
「あ、はい」
寝室でスラックスを脱ぎ、バスルームの前で残りの服を脱いで洗濯乾燥機に放り込む。左手の包帯を解いて頭からシャワーを浴びた。シャンプーとボディソープで泡だらけにして薄いヒゲも綺麗に剃る。泡を一気に流してバスタイムは終了だ。
上がるとバスローブを着て警察官にしては長めの髪をドライヤーで乾かす。
出て行くと霧島はキッチンと続き間のリビングで、またもカットグラスを傾けていた。中身は透明だが、ただのミネラルウォーターではなく、ジンかウォッカだと京哉は知っている。淡々と飲み続ける年上の愛し人に京哉は口を尖らせて文句を垂れた。
「忍さん、だめですよ」
「酔ってはいないのを知っているだろう。いいからこちらに来い」
素直に近づくと霧島が腰を下ろした二人掛けソファの足元、ブルー系グラデーションのラグの上に座る。手渡されたグラスに口をつけるとジントニックだった。
「お酒より、僕、忍さんが欲しいんですけど」
「いやに素直だな、今日は。どういう風の吹き回しだ?」
「だって明日から禁欲生活かも知れないって貴方が言ったんじゃないですか」
「そうだったな。私も京哉、お前が欲しい」
言うなり霧島は京哉からグラスを取り上げてロウテーブルに置くと、小柄な身を抱き上げて寝室に運ぶ。ダブルベッドに放り出され、のしかかられて京哉は掛けられる重みに陶然としながら広い背に腕を回した。
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