砂中で咲く石Ⅰ~Barter.11~

志賀雅基

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第17話

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 案内されたのは道沿いの小屋だった。小屋の残骸といった方が正確かも知れない。村長を先頭にくぐった入り口のドアは上部の蝶番が外れて傾いでいる。

 屋内はもっと酷かった。村長が点けた黄色いランプの灯りの中、それこそ砂嵐が吹き荒れたように物が散乱していて、落ちている鍋や食器でここが台所なのだと判別できるくらいだ。そういった物も入り込んだ砂に半ば埋もれかけている。

 次の間のドアを開けると、そこは寝室らしく二台ベッド代わりであろう日干しレンガが積んであった。だがその上の織りの荒い毛布は剥ぎ取られ薄っぺらなマットレスは切り裂かれて、中に詰めたボロ布がはみだしている。

 衣装ケースらしい植物の茎を荒く編んだかごはぶちまけられていて、内容物を見るにここは女性の住処だったのが窺えた。

「ここをお貸しする。食料も多少は残っている筈だ」
「あのう、ここの人は何処に行ったのか訊いてもいいですか?」
「先日、反政府ゲリラを匿ったかどで捕まって処刑された。外国人は知り得んだろうが、拷問に耐え抜き我々中立派のことを一言も洩らさなかった天晴れな母娘だった」

 まるで我が事の如く村長は誇らしげに言い、霧島の通訳で京哉も頷くと続ける。

「それを忘れず言動に注意して貰いたい。我々は国外に逃げて済む身ではないのだ」

 余程外国人が羨ましいらしい村長に京哉は片言英語で訊いてみた。

「ここにいつ反政府武装勢力が来るのか、分かりますか?」
「しあさって、この村には一ヶ月に一度の政府からの配給がくる。そのあと彼らの持ってくる砂の花とこちらの食料や医薬品の余剰を交換するのが恒例となっている」
「三日後以降か、分かった。有難くここを借り受ける」
「それと井戸の水は貴重だ。それなりの使い方をするように」

 そう告げて村長は去った。特に偉ぶってはいなかったが、長付き合いするのは疲れそうな相手である。向こうも同じく思っていることだろう。
 さっさと国外に帰れと顔に書いてあるようだった。尤も霧島と京哉も巻き添えで誰かが公開処刑されるのは望まない。

「さてと。お片付けですよ、忍さん」
「これは働き甲斐がありそうだな」
「貴方が掃除嫌いな人じゃなくて助かります」

 どうせ短期の滞在だと割り切って、ふたつあったランプの両方に火を入れた。明るさも最大だ。まずは寝室の片付けに着手した。衣服類をかごに押し込んで蓋をし、切り裂かれた薄いマットレスを裏返して片方の日干しレンガのベッドに二枚重ねる。

 窓はここも日干しレンガ二個分くらいの穴があるだけで、ガラスも入っていない煤けたカーテンのみだった。しかし砂嵐用らしき板が壁についていて、それをスライドさせれば外界と遮断できるようになっている。最低限のプライバシーは守れそうだ。

 台所に移ると霧島はドアの蝶番をナイフの先で直した。その間に京哉は散乱した物を拾い集めてはテーブル代わりに積み上げられた日干しレンガの上へと並べてゆく。

 まだまだ物が散乱しているレンガの床を見て溜息を洩らした霧島は、京哉から水汲みを命じられて台所を見回した。政府の支給品なのか流し台の傍に大きなポリタンクが二個据え付けてあったが、片方は空っぽでもう一個も三分の一しか入っていない。
 その半分もいつのものだか分からない以上、飲料にするのはリスキーだ。

 ポリタンク自体は五十リットルも入るかという大きさで据え置き型、重さとしては霧島に運べないでもないが、直接井戸まで持って行くような形状ではない。仕方がないので、タンクの傍にあった水汲み用らしい歪んだブリキのバケツを持って井戸に向かった。

 満天の星空の下、ポンプを押せども押せどもチョロチョロとしか出てこない水をバケツに溜めるという、なかなかに根気の要る作業をこなしてゆく。何度も往復するたびに台所が片付いていくのは結構気持ちが良かった。動いていれば寒さも忘れる。

 つましい村の生活は規則正しいようで、幸い作業中は誰にも出会わなかった。

 元あった水は京哉が台所用品を流すのに使って空にし、結局霧島は十回以上井戸と小屋を往復することになった。クルマン村長が見たら何と言うだろうかとチラリと思ったが、見ていないのでヨシである。だからといって無駄遣いする気もない。

 幾ら荒れていても狭い二間だ。二時間もすると見違えるように綺麗に片付いた。砂埃が立たぬよう、そっと箒でレンガの床を掃いて最後の砂を外に捨てると終わりだ。

 椅子代わりらしいレンガを積んだものに腰掛けて二人は一息つく。

「何だか所帯でも持った気がするな。もう持っているが」
「何処に行こうが行くまいが二人の共同作業ですもんね。でも一軒家で良かった」
「そうだな。それなりにものは揃っている上に、気遣いが要らんのがいい」
「それでもトイレは外、洗濯機は勿論シャワーもなしですからね。はあ~っ」

「だからそんな顔をするな、慣れるしかないだろう。せっかくの美人が台無しだぞ。とはいえ寒かったが汗をかいたからな、躰は砂だらけだ。拭くしかないか」
「砂って言えば動くとこの小屋、天井から砂が降ってくるんですよ」

 言われて上を向いた途端に天井が軋み、霧島はタイミング悪く砂を顔に受けた。

「ぶほっ、ゲホゴホッ! こんなに砂を食わせて私はミミズではないぞ!」
「忍さん、慣れですよ慣れ。ほら、色男が台無しじゃないですか」

 聞き流して早速汲んだ水で口をすすぐ。傍らでは京哉が何やら食器を出し始めた。

「何だ、飯か?」
「ええ、明日の分ですよ。仰る通りミミズじゃないですからね、何かは食べないと」
「村長が言っていた食料か。豆は暫く浸しておかんと固くて歯も立たんからな」
「そうですね。そこの床板の下が収納庫になってました」

「貧しい村でよく盗まれなかったものだな。死人のものを盗むのも後味が悪いのか」
「まあ、本当に食料は僅かでしたから、さっさと反政府ゲリラに与しないと」

 京哉はともかく最近は霧島も死人に慣れてしまい、食料の話題で空腹を覚える。収納庫を漁る京哉に霧島は腰につけていた布袋を渡した。クリフが寄越した非常食だ。

「水でふやかせば食えるらしい」

 器に挽いた粉を少量出すと京哉は水を入れる。木のさじで掻き回した。粘りが硬いので更に水を足す。天井の軋みを聞きつつ、二人は器の中の変化をじっと見守った。

「本当に結構増えますね」
「どれ……味がないぞ、これ」
「うーん、鳥になった気分。お醤油が欲しいかも」
「そういえば岩塩付きだった。これを削って入れればいいんじゃないのか?」

 ともあれ空腹は収まった。次に二人は服を脱ぎ、京哉が発見した細長い布で躰を拭う。水で絞った布は冷たかったが拭い終えると霧島は精神的に随分と落ち着いた。そこで霧島は京哉の左手を消毒し包帯を取り替えてやる。だが京哉はまだ砂との戦いに憂鬱そうだ。

「ここまで乾燥してると、お風呂の習慣も殆どないのかも知れませんね。はあ~っ」
「不景気な溜息ばかりつくんじゃない、死にはしないと言っただろうが」
「だって髪の中までじゃりじゃりなんですもん。ううう、気持ち悪い」

 文句を垂れつつ髪を指で梳いて可能な限り砂を払い落とした京哉は、下着とドレスシャツだけを身に着けて被っていた布をレンガベッドに敷くと、その上でスーツを軽く畳む。銃はマットレスを二重にした側のベッド傍のレンガの台に置いた。

 霧島も同様にドレスシャツと下着姿、シグ・ザウエルを京哉のものと並べる。
 携帯のバックライトで照らしておいてランプの火を消した。

 そのまま横になり、これも二重にした織りの荒い毛布を被る。寒さに肌を粟立てつつ霧島も京哉の横に滑り込んだ。男二人で大変に窮屈だが互いの温もりは捨て難い。

「マットレス、二重にしても硬いですね。文句ばっかりで申し訳ないですけど固さと冷えで腰痛になりそうかも。忍さんも腰、気を付けて下さいね」
「ああ。だがここの住人はこれ一枚で寝ていたのだな」
「母娘って村長は言ってましたよね。砂の花採りには行かなかったんでしょうか?」

「この村の小屋には全部、傍に四駆が駐まっていたが、この小屋にはなかったな」
「相当貧しかったんでしょうね。食料庫もそれなりでしたよ」
「なのに反政府ゲリラを匿った、か」

 善人であれ悪人であれ、色々な死に方があるものだと霧島は思う。現場の捜査官として様々な人の生き様、死に様を見聞きしてきた。
 更には特別任務で見なくてもいい生き死にまでをも見させられてきた。どんな生の果ての死も忘れることはできない。

 だが他人を厚意で一晩泊めて刑死させられるような悪法に出くわしたのは初めてだ。悪法でも法というが、そういった理屈を飛び越えた、納得できない死である。

 この自分には『任務遂行した結果を納得して背負うなんて無理』だと断じた京哉の科白が今になって蘇った。確かにそうかも知れないと今更ながら思う。

 京哉の願いや想いを無下にはしたくないが、あのとき同時に放たれた『貴方自身の良心まで殺して欲しくない』という言葉など、どうでもいいほど厳しすぎる現実がここにはあった。

 煌びやかというより禍々しくトグロを巻いた毒蛇を思わせるような大統領官邸を思い出す。トーチカのようなあそこから、ここで暮らしていた母娘を死刑と判ずる法を制定した張本人の大統領や軍司令官は殆ど出てこないらしい。

 奴らを自らが作った刑場に引きずり出す脳内シミュレーションをいつの間にか開始していた霧島は思考の半分で苦々しく思い薄く笑っていた。全く、私の京哉は私より私を知っている、と。

 そこで気付くと腕の中から澄んだ黒い瞳が覗き込んでいる。

「何だ、京哉。どうかしたのか?」
「特別任務のこと、その逆を考えてたんでしょう?」
「お前は超能力者か。だがまあ、ビンゴだ。いい、もう寝よう。疲れただろう」
「ん。おやすみなさい、忍さん」
「ああ、おやすみ」

 鳴りやまない天井の軋みを聞きながら、霧島は京哉を抱き締めて目を瞑った。いつものようにさらりとした京哉の黒髪を指で梳いているうちに眠りが訪れる。
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