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第18話
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二人は暗いうちに目覚めた。銃を手に小さな窓のカーテンを引いてみると、四駆が何台も連なって通りを走り出していた。砂漠に砂の花探しに行くのだろう。昨夜見た村は貧しそうだったが、これだけ切り取れば景気のいい光景だった。
エンジン音も高らかな年代物の四駆の大集団は、まるでクラシックカーレースでも開催しているかのようだ。
それらが砂塵を巻き上げて村を出て行くと、やることもない二人は銃を戻した。起きていれば腹が減る。再び硬いベッドに戻って次はカーテンから洩れる陽光で起き出した。
服を身に着けて銃を吊り、最低限の水を使い交代で顔を洗う。汲みに行けば水はあるが、よそ者がまさに井戸端会議の議題になるのはできれば避けたかった。
早速京哉は台所の旧いガスコンロで作業を始める。食事当番を任せてヒマな霧島は布を袈裟懸けに巻きつけてそっと外に出てみた。
相変わらず太陽はギラギラと照りつけて痛いくらいに暑かったが、湿気がないので意外にも躰は汗をかかずにカラリとしている。少し動けば汗が噴き出すのは分かっているが、ここでの自分たちは反政府ゲリラがくるのを大人しく待つだけの身だ。
砂の花探しも面白そうだが四駆がないのでそれも叶わない。
そこで隣家のドアが開き、柄の長い箒を持った女性が現れた。目が合った霧島は会釈のみで挨拶する。すると接ぎの当たった服を身に着けた女性は当然ながら不審そうに新たな隣人をじっと眺めた。居心地の悪さに小屋へと戻りかけた霧島を女性は引き留める。
「砂掻きしないと、家が崩れるわよ」
「ん、あ、砂掻き?」
「その屋根、見たら分かるでしょう?」
主を亡くして数日が経つ小屋の、これも日干しレンガの平らな屋根には砂が小山を築いていた。なるほど、天井の軋みはこれだったのかと合点がいく。
「あとは落とした砂だけじゃなくて、家の周りと前の道の砂も掻いて裏の砂漠に戻すのよ。そうしなきゃ村ごと砂に埋もれてなくなっちまうわ」
「それ、毎日やるのか?」
早口の英語を何とか聞き取り、こちらは滑らかながらゆっくりとした英語で訊いた。
「ええ、毎日よ。貴方は何処か遠いよそからきたのね。わたしたち女は砂掻きと水汲み。男は暗いうちから砂の花探しよ。どっちにしたって砂を引っ掻いて生きてるわ」
まるで『引っ掻かせている』のが目前の霧島だとでもいうように、女の声は苛ついていた。おそらく訳ありのよそ者に関わりたくなかったのだろう。それ以降は目に映っていないような顔をして積んだレンガの上に登った女性は箒で自分の家の屋根を掻き始める。
落とされる砂に閉口して霧島は小屋の中に退避した。
「おい、飯を食ったらヒマ潰しがひとつできたぞ」
「えっ、いったい何ですか、それ?」
ヒマ潰しのネタに目を輝かせた京哉に砂掻きの件を話すと、缶から粉末ミルクらしきものを鍋に投入していた京哉は途端に顔を曇らせ気味悪そうに天井を仰ぎ見る。一緒に霧島もより近くから天井を眺めた。これだけのレンガが降ってきたら大ごとだ。
「さっさと食べて取り掛かった方がいいですね。ビスケット出して貰えますか?」
床下の収納庫を開け、ビスケットのパッケージを出してレンガのテーブルに置き、これもレンガの椅子に腰掛けた。京哉が深皿ふたつに豆入りクリームスープを注ぎ分ける。二人は着席して行儀良く手を合わせてから食事に取り掛かった。
固いビスケットを囓りながら、霧島の言いたいことを京哉が先取りして訊いてくる。
「街の暮らしとあまりにもかけ離れてないですかね?」
「古い言い方をすれば、街がホワイトカラーでこっちがブルーカラーなのだろうな」
「だからって一個二万円以上の砂の花ですよ? 一ヶ月に十個やそこらコンスタントに採れたら、こんな生活からさっさと抜け出せそうな気がするんですけど」
「皆がそうして街の人間になってしまったら、それこそ砂の花を採る人間の頭数が減る。そうすればこの国は唯一の財源を確保するのが難しくなるだろう?」
「うーん。街の人間が気紛れに手に入れる砂の花と、こういった村人が生活の糧にする砂の花は同じであってもまるで価値が違うってことですか?」
「その通りだろう。貨幣経済から取り残され、砂の花との交換の配給というほぼ物々交換で生き存えている村人たちから砂の花をプラーグ政府は吸い上げて隣国ユベル、牽いては某大国に売っている――」
スープのおかわりを京哉に要求しながら霧島はスプーンを振って続けた。
「そして売った利益は全て還元されている訳ではない」
スープを満たした深皿を渡した京哉は、シニカルな響きに灰色の目を見つめる。
「某大国もこのプラーグの足元を見た商売してるかもって、そこまでは想定内でしたが、搾取する側とされる側がプラーグ政府とプラーグ国民なんて証拠は何処にあるんです?」
「幾ら足元を見ても闇で二万円以上だぞ。更に某大国は勿論、日本政府を含めてその仲間たちは存在をひた隠し。仮にもそれだけ価値のあるものを売っているんだ、何処かで誰かが余計に得をしていなければ、こんな惨状が生まれる筈がない。砂漠に豪邸が幾つかあればまだ分かる、財源はあるんだからな。だが実際はこれだ。どうしたって収支が合わん」
昨日この小屋に一歩踏み入った時のことを二人は同時に思い出していた。トグロを巻いた毒蛇の如き趣味の悪い宮殿もだ。そして砂の広場に立った血を吸った十字架。
宗教絡みでない公開処刑など政府が腐敗していなければ起こらない。民衆を脅さなければ立ちゆかないプラーグ政府は国連の公式査察団を突っぱねなければならない事態に陥ってから既に二年が経過しているのだ。それでも某大国は砂の花を買い上げ続けている。
「本気でつまらない特別任務になりそうですが、何処かで風向きが変わりませんか?」
「分からんが強引に変えようとしても某大国と仲間が相手だ、吹き飛ばされるぞ」
「ですよね。僕も貴方と自分の命は惜しいし」
「ああ、頼むから無茶はしてくれるなよ。おかわりくれ」
腹を立てた霧島は余計に腹が減り、瞬速で目前の食料を食い尽くした。京哉もやれば出来る子でごく短時間で食事を終えた。二人で皿を洗い拭いてしまったのち京哉が食後の煙草を一本吸う間に今度は霧島が豆を水に浸ける。
いつまで掛かるのか知れない今回の特別任務中は、いつも一週間交代の食事当番も毎食交代で務めることに決めたのだ。
そうして二人共に頭から布を巻き、口から鼻までを覆って箒を持つと出動だ。
「何これ、暑いよーっ!」
「街より暑い気がするな。長袖じゃないと却って火傷するぞ」
「街は建物で日陰が多かったですもんね。それにしても、わあ、この砂掻くのかあ」
「全身砂まみれ決定だな」
レンガを積んだ上に登ると、互いに砂をかけ合わぬよう左右に分かれて砂を落とした。最初は自分たちのアクションで天井が崩れないか心配したが、幸いそれは杞憂に終わる。
幾ら布で覆っても細かい砂は入り込み、灼けた屋根の熱砂を吸い込んで、二人は何度も咳き込んだ。砂混じりの唾を吐きながら何とか屋根の砂掻きを完了する。
すると屋根にはチャチなソーラーパネルが設置してあった。携帯の充電用らしい。
それはともかく今度は小屋の周囲の砂掻きだったが、屋根から落とした分も加わって、小屋はぐるりと砂山が取り囲んだ状態だ。前の道も公園の砂場のようである。小屋の裏は二十メートルくらい日干しレンガの地面が続き、そこから先が砂漠になっていた。
そこで隣家と小屋の間に置かれていた手押し車を拝借する。スコップで一杯ずつ運んでいたら日が暮れてしまう。
途中で隣家の女性が水汲みに出てきたが、チラリと見られただけで咎め立てはされなかった。村の共用品なのかも知れない。
手押し車作戦で随分と時間は短縮したものの、全ての砂を掻き終えてみると、慣れない作業は始めて三時間近くが経過していた。男二人が三時間かけてこれである。数日分が溜まっていたとはいえ、女性の仕事としてはかなりハードだった。
砂埃を被って全体的に白っぽい互いの姿を笑い合いながら、頭の砂を払い落として小屋に入ると京哉がおもむろに霧島のドレスシャツに手を掛け、ボタンをプチプチと外し始めた。胸から腹まで露出させられるに至って霧島は止めたくなかったが京哉を留める。
「ちょっと待て、京哉。このままでは衛生状態が悪いぞ?」
「悪いからするんです、洗濯を」
「あ……ああ、そうか」
内心がっかりした霧島は悟られないよう涼しい表情を保ちながら自分で服を脱ぎ、京哉と共に昨夜と同じく躰を拭うと、ショルダーバッグから出した清潔な衣服を身に着けた。
大きなタライに二人分の服を放り込んで京哉は水の節約を心がけつつ、非常に泡立ちの悪い固形石鹸で押し洗いした。霧島は再びの水汲み当番である。
今度こそ思い切り人目を惹きながらの作業も二回で済み、軒に渡したロープに絞った服を引っ掛けて終了だ。この気候なら二時間と経たず乾くだろう。
料理の先輩・霧島作の昼食は豆と僅かな干し肉入りの粥に具なしのコンソメスープだ。粥はクリフから貰った穀物の粉を利用したものである。食しつつ霧島は不機嫌に唸った。
「野菜が少ないのが難点だと思わんか?」
「別に二、三日で壊血病になったりしないでしょう?」
「それはそうだが、お前の美容に悪そうだ。その美貌は死守して欲しいからな」
「ご自分の美貌を気にして下さい、眺めるだけで大概のことを許せるんですから」
「そんなにいつも許せんのか?」
「書類の督促メールが溜まりに溜まった緊急事態にオンライン麻雀だの空戦ゲームだのしてると、お茶に砂糖を入れたいくらいです。気付かないよう微量から始めて少しずつ増やして――」
どうでもいいことを喋りながら食べ終わると眠くなり、二人して優雅に午睡、シエスタだ。ベッドのマットレスに載った砂埃をはたき落として横になる。
「今回の我々は日本の元自衛官で現在は傭兵。中東の紛争で稼ぐだけ稼いだために金銭の目的はなく、噂を聞いてここの反政府武装勢力に加担したくなった。お前が口から出任せでクリフに言ったままだが、これで構わんな?」
「構いませんが、そんなので通るんでしょうかね?」
「ならばスナイパーで商社の跡継ぎの噂があり週刊誌にすっぱ抜かれて何度も載った変人で、日本の現職警察官で機捜隊長で秘書でSAT狙撃班員で、おまけに国連事務総長からも謝辞を貰ったスパイだと言えば仲間に入れてくれるのか?」
「僕らは傭兵であります。サー、イエッサー!」
こうしてベッドに横になっていても暑いが、外に比べれば天国だ。霧島はとろとろとした眠りに落ちる。腕の中で京哉も規則正しい寝息を立てていた。
エンジン音も高らかな年代物の四駆の大集団は、まるでクラシックカーレースでも開催しているかのようだ。
それらが砂塵を巻き上げて村を出て行くと、やることもない二人は銃を戻した。起きていれば腹が減る。再び硬いベッドに戻って次はカーテンから洩れる陽光で起き出した。
服を身に着けて銃を吊り、最低限の水を使い交代で顔を洗う。汲みに行けば水はあるが、よそ者がまさに井戸端会議の議題になるのはできれば避けたかった。
早速京哉は台所の旧いガスコンロで作業を始める。食事当番を任せてヒマな霧島は布を袈裟懸けに巻きつけてそっと外に出てみた。
相変わらず太陽はギラギラと照りつけて痛いくらいに暑かったが、湿気がないので意外にも躰は汗をかかずにカラリとしている。少し動けば汗が噴き出すのは分かっているが、ここでの自分たちは反政府ゲリラがくるのを大人しく待つだけの身だ。
砂の花探しも面白そうだが四駆がないのでそれも叶わない。
そこで隣家のドアが開き、柄の長い箒を持った女性が現れた。目が合った霧島は会釈のみで挨拶する。すると接ぎの当たった服を身に着けた女性は当然ながら不審そうに新たな隣人をじっと眺めた。居心地の悪さに小屋へと戻りかけた霧島を女性は引き留める。
「砂掻きしないと、家が崩れるわよ」
「ん、あ、砂掻き?」
「その屋根、見たら分かるでしょう?」
主を亡くして数日が経つ小屋の、これも日干しレンガの平らな屋根には砂が小山を築いていた。なるほど、天井の軋みはこれだったのかと合点がいく。
「あとは落とした砂だけじゃなくて、家の周りと前の道の砂も掻いて裏の砂漠に戻すのよ。そうしなきゃ村ごと砂に埋もれてなくなっちまうわ」
「それ、毎日やるのか?」
早口の英語を何とか聞き取り、こちらは滑らかながらゆっくりとした英語で訊いた。
「ええ、毎日よ。貴方は何処か遠いよそからきたのね。わたしたち女は砂掻きと水汲み。男は暗いうちから砂の花探しよ。どっちにしたって砂を引っ掻いて生きてるわ」
まるで『引っ掻かせている』のが目前の霧島だとでもいうように、女の声は苛ついていた。おそらく訳ありのよそ者に関わりたくなかったのだろう。それ以降は目に映っていないような顔をして積んだレンガの上に登った女性は箒で自分の家の屋根を掻き始める。
落とされる砂に閉口して霧島は小屋の中に退避した。
「おい、飯を食ったらヒマ潰しがひとつできたぞ」
「えっ、いったい何ですか、それ?」
ヒマ潰しのネタに目を輝かせた京哉に砂掻きの件を話すと、缶から粉末ミルクらしきものを鍋に投入していた京哉は途端に顔を曇らせ気味悪そうに天井を仰ぎ見る。一緒に霧島もより近くから天井を眺めた。これだけのレンガが降ってきたら大ごとだ。
「さっさと食べて取り掛かった方がいいですね。ビスケット出して貰えますか?」
床下の収納庫を開け、ビスケットのパッケージを出してレンガのテーブルに置き、これもレンガの椅子に腰掛けた。京哉が深皿ふたつに豆入りクリームスープを注ぎ分ける。二人は着席して行儀良く手を合わせてから食事に取り掛かった。
固いビスケットを囓りながら、霧島の言いたいことを京哉が先取りして訊いてくる。
「街の暮らしとあまりにもかけ離れてないですかね?」
「古い言い方をすれば、街がホワイトカラーでこっちがブルーカラーなのだろうな」
「だからって一個二万円以上の砂の花ですよ? 一ヶ月に十個やそこらコンスタントに採れたら、こんな生活からさっさと抜け出せそうな気がするんですけど」
「皆がそうして街の人間になってしまったら、それこそ砂の花を採る人間の頭数が減る。そうすればこの国は唯一の財源を確保するのが難しくなるだろう?」
「うーん。街の人間が気紛れに手に入れる砂の花と、こういった村人が生活の糧にする砂の花は同じであってもまるで価値が違うってことですか?」
「その通りだろう。貨幣経済から取り残され、砂の花との交換の配給というほぼ物々交換で生き存えている村人たちから砂の花をプラーグ政府は吸い上げて隣国ユベル、牽いては某大国に売っている――」
スープのおかわりを京哉に要求しながら霧島はスプーンを振って続けた。
「そして売った利益は全て還元されている訳ではない」
スープを満たした深皿を渡した京哉は、シニカルな響きに灰色の目を見つめる。
「某大国もこのプラーグの足元を見た商売してるかもって、そこまでは想定内でしたが、搾取する側とされる側がプラーグ政府とプラーグ国民なんて証拠は何処にあるんです?」
「幾ら足元を見ても闇で二万円以上だぞ。更に某大国は勿論、日本政府を含めてその仲間たちは存在をひた隠し。仮にもそれだけ価値のあるものを売っているんだ、何処かで誰かが余計に得をしていなければ、こんな惨状が生まれる筈がない。砂漠に豪邸が幾つかあればまだ分かる、財源はあるんだからな。だが実際はこれだ。どうしたって収支が合わん」
昨日この小屋に一歩踏み入った時のことを二人は同時に思い出していた。トグロを巻いた毒蛇の如き趣味の悪い宮殿もだ。そして砂の広場に立った血を吸った十字架。
宗教絡みでない公開処刑など政府が腐敗していなければ起こらない。民衆を脅さなければ立ちゆかないプラーグ政府は国連の公式査察団を突っぱねなければならない事態に陥ってから既に二年が経過しているのだ。それでも某大国は砂の花を買い上げ続けている。
「本気でつまらない特別任務になりそうですが、何処かで風向きが変わりませんか?」
「分からんが強引に変えようとしても某大国と仲間が相手だ、吹き飛ばされるぞ」
「ですよね。僕も貴方と自分の命は惜しいし」
「ああ、頼むから無茶はしてくれるなよ。おかわりくれ」
腹を立てた霧島は余計に腹が減り、瞬速で目前の食料を食い尽くした。京哉もやれば出来る子でごく短時間で食事を終えた。二人で皿を洗い拭いてしまったのち京哉が食後の煙草を一本吸う間に今度は霧島が豆を水に浸ける。
いつまで掛かるのか知れない今回の特別任務中は、いつも一週間交代の食事当番も毎食交代で務めることに決めたのだ。
そうして二人共に頭から布を巻き、口から鼻までを覆って箒を持つと出動だ。
「何これ、暑いよーっ!」
「街より暑い気がするな。長袖じゃないと却って火傷するぞ」
「街は建物で日陰が多かったですもんね。それにしても、わあ、この砂掻くのかあ」
「全身砂まみれ決定だな」
レンガを積んだ上に登ると、互いに砂をかけ合わぬよう左右に分かれて砂を落とした。最初は自分たちのアクションで天井が崩れないか心配したが、幸いそれは杞憂に終わる。
幾ら布で覆っても細かい砂は入り込み、灼けた屋根の熱砂を吸い込んで、二人は何度も咳き込んだ。砂混じりの唾を吐きながら何とか屋根の砂掻きを完了する。
すると屋根にはチャチなソーラーパネルが設置してあった。携帯の充電用らしい。
それはともかく今度は小屋の周囲の砂掻きだったが、屋根から落とした分も加わって、小屋はぐるりと砂山が取り囲んだ状態だ。前の道も公園の砂場のようである。小屋の裏は二十メートルくらい日干しレンガの地面が続き、そこから先が砂漠になっていた。
そこで隣家と小屋の間に置かれていた手押し車を拝借する。スコップで一杯ずつ運んでいたら日が暮れてしまう。
途中で隣家の女性が水汲みに出てきたが、チラリと見られただけで咎め立てはされなかった。村の共用品なのかも知れない。
手押し車作戦で随分と時間は短縮したものの、全ての砂を掻き終えてみると、慣れない作業は始めて三時間近くが経過していた。男二人が三時間かけてこれである。数日分が溜まっていたとはいえ、女性の仕事としてはかなりハードだった。
砂埃を被って全体的に白っぽい互いの姿を笑い合いながら、頭の砂を払い落として小屋に入ると京哉がおもむろに霧島のドレスシャツに手を掛け、ボタンをプチプチと外し始めた。胸から腹まで露出させられるに至って霧島は止めたくなかったが京哉を留める。
「ちょっと待て、京哉。このままでは衛生状態が悪いぞ?」
「悪いからするんです、洗濯を」
「あ……ああ、そうか」
内心がっかりした霧島は悟られないよう涼しい表情を保ちながら自分で服を脱ぎ、京哉と共に昨夜と同じく躰を拭うと、ショルダーバッグから出した清潔な衣服を身に着けた。
大きなタライに二人分の服を放り込んで京哉は水の節約を心がけつつ、非常に泡立ちの悪い固形石鹸で押し洗いした。霧島は再びの水汲み当番である。
今度こそ思い切り人目を惹きながらの作業も二回で済み、軒に渡したロープに絞った服を引っ掛けて終了だ。この気候なら二時間と経たず乾くだろう。
料理の先輩・霧島作の昼食は豆と僅かな干し肉入りの粥に具なしのコンソメスープだ。粥はクリフから貰った穀物の粉を利用したものである。食しつつ霧島は不機嫌に唸った。
「野菜が少ないのが難点だと思わんか?」
「別に二、三日で壊血病になったりしないでしょう?」
「それはそうだが、お前の美容に悪そうだ。その美貌は死守して欲しいからな」
「ご自分の美貌を気にして下さい、眺めるだけで大概のことを許せるんですから」
「そんなにいつも許せんのか?」
「書類の督促メールが溜まりに溜まった緊急事態にオンライン麻雀だの空戦ゲームだのしてると、お茶に砂糖を入れたいくらいです。気付かないよう微量から始めて少しずつ増やして――」
どうでもいいことを喋りながら食べ終わると眠くなり、二人して優雅に午睡、シエスタだ。ベッドのマットレスに載った砂埃をはたき落として横になる。
「今回の我々は日本の元自衛官で現在は傭兵。中東の紛争で稼ぐだけ稼いだために金銭の目的はなく、噂を聞いてここの反政府武装勢力に加担したくなった。お前が口から出任せでクリフに言ったままだが、これで構わんな?」
「構いませんが、そんなので通るんでしょうかね?」
「ならばスナイパーで商社の跡継ぎの噂があり週刊誌にすっぱ抜かれて何度も載った変人で、日本の現職警察官で機捜隊長で秘書でSAT狙撃班員で、おまけに国連事務総長からも謝辞を貰ったスパイだと言えば仲間に入れてくれるのか?」
「僕らは傭兵であります。サー、イエッサー!」
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