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第22話
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注がれる視線に対し霧島が口を開いた。ゆっくりとした英語で喋る。
「私はシノブ=キリシマ、こっちはキョウヤ=ナルミだ。霧島に鳴海と呼んでくれ。傭兵だが本格的な砂漠は初めてだ。色々教えて貰えれば有難い」
満天の星空の下、澄んだ空気の中で霧島の低い声はそう大きくはなかったが良く通った。ぱらぱらと拍手が湧き、がやがやと皆が喋り始めた。本当にこれが戦闘集団なのだろうかという思いが更に膨れ上がる。
京哉も同じく考えていたようで、霧島を見上げると微妙な目つきで首を傾げた。そこで二人の思いをよそに茶髪の女性が声をかけてくる。
「貴方たち、夕食は?」
「もう村で食ってきたが」
「まあ、そう言わずに皆に付き合いなさいよ」
作業服のような上下を着て布を袈裟懸けにまとった女性は、霧島より少し年上で三十歳前後に見えた。砂を軽やかに歩いて行く女性に霧島と京哉はついてゆく。
幾つかの焚き火に掛けられた大鍋が夕食らしく集団が並び始めていた。女性は二人と一緒に並びながら、思い出したように自己紹介する。
「ジョセリンよ、宜しくね。ジョセでいいわ。早速だけど携帯ナンバーとメアドを教えてくれる?」
急に高度文明圏に戻ってきたような会話を交わし、二人は携帯を出して必要事項を交換した。携帯はアンゴラで乗り継ぎ待ちの間に、この国の政府が運営するキャリアで新しく取得してある。過去の特別任務で痛い目に遭った経験を活かして安物の使い捨てだ。
本来のものはショルダーバッグの底で眠らせてあるのでデータは見られる。
ともあれ訊きたい事項は山積していたが、まずは京哉が特別任務を優先させて霧島は通訳に徹しようと囁き合い決めた。話題を誘導するのは京哉の方が得意である。
「じゃあ、ジョセ。貴女がここのグループのリーダーなんですか?」
「リーダー? そんな、わたしは違うわ」
「なら誰がリーダーなんでしょうか、ハミッシュですか?」
「そうじゃなくて、ここにリーダーなんていないわよ」
「いないって、誰かは統制を取ってるんでしょう?」
「食料調達、砂嵐、戦闘……その時々で一番状況が見えてる者に皆、倣うけれど」
どうも勝手が違いすぎ、任務遂行の『に』の字も出てこない。誘導すべき話題にも事欠いて悩んだ。悩めるうちに順番が来て、熱々の豆のスープのプラスチック皿と固いロールパン一個を二人は受け取った。スプーンも貰う。至れり尽くせりで小学校の給食気分だ。
ジョセと共に焚き火の近くの砂に直に腰を下ろした。
「寒ければあの天幕の中で食べてもいいのよ。ピンクの小さい方が女性用、大きい緑の方が男性用だから。中で火も焚いてるから暖かいわよ。砂漠慣れしてないと寒いでしょう」
「だが贅沢を言って申し訳ないが、個室もあるんじゃないのか?」
点在する小型テントを指差して霧島はダメ元でジョセに訊く。
「ああ、あれは夫婦用で……って、もしかして貴方たち?」
迷うことを知らない霧島がどう返事したのかまでは聞かず、京哉は心して平静を維持した。左薬指のペアリングにジョセの視線を感じつつ、スープの豆を黙ってすくい続ける。
皿をロールパンの最後の一片で拭うようにして食べ、後片付けをしている一団に返しに行くと再び焚き火に当たった。
京哉は咥え煙草で吸い殻パックの中身を火の中にくべる。二本目の煙草を吸い終わる頃、ジョセが二人を見つけてやってきた。
「小型天幕があったわよ。張り方を教えるから来て」
ついて行くと男性用天幕の裏の四駆が数台と中型ヘリが駐機してある傍に機材が置いてあった。ヘリの横には立哨当番らしき男がアサルトライフルを肩から吊って立っている。彼にジョセは手を挙げてから小型天幕の布やら骨やらを前にして実演付きで説明を始めた。
「張り方は簡単、この断熱材のふちの穴に骨を通して砂に押し込んで、天幕の外の四隅に打ったペグに紐を括り付けるだけ。下に敷く断熱シートとラグもあるから」
「すまんな。毎日畳んで移動するのか?」
「毎日移動することもあれば十日近く動かないこともあるわ。取り敢えず明日は移動よ。それと個室もいいけれど、砂嵐がきたら大型天幕かヘリか車に避難して。ヘリと車のキィロックは解いてあるから。砂嵐の経験は? そう、分かってるならいいわ」
そうして二人がジョセ監督の許で小型天幕を張っていると、新たな女性が顔を出した。女性といってもまだ十代だ。黒髪で砂漠暮らしの割に肌の色は白かった。
「この子はユーリンよ。まだここに加わったばかり」
好奇心旺盛の少女の青い目は口以上に物語り、表情豊かでよそ者に興味津々だ。
「ここに子供はいないんだな」
「十七歳にならない子供はそれぞれ村に預けてるのよ」
ゆっくりとした英語を聞き取って京哉はクリフを思い出す。あの少年も十七歳になったら反政府ゲリラに入りたいと言っていた。だがそれまでに政情安定していれば何よりだと思う。
このままでは反政府ゲリラに少年一人、名を連ねようがこの国の人々は片端から理不尽な死で一度きりしかない生を終えてゆく。
戦うにしてもこれでは駄目だ、話にもならない……。
京哉が考えごとをしている間に霧島は特別任務を進めていた。
「話は変わるが、ここは他の反政府グループと連携して戦ったりはしないのか?」
「過去にはあったらしいわね。もしかして貴方たち、人捜しでもしてるとか?」
女性の勘の良さに少々驚きながらも、霧島は頬に笑みを浮かべて見せる。
「まあな。偶然の女神が微笑んだら、というところだ」
「ふうん。ここでは色々と訳ありの人も少なくないし、いいんじゃない、必要な時にそれなりの仕事をすれば。他の目的を持っていたって咎めるようなリーダーもいないんだし。じゃあ、わたしは少し用事があるから。何かあったらメールで」
言い置いて皆の方に歩いてゆくジョセとユーリンを見送り京哉は霧島を見上げた。
「『同志』じゃない立場で潜り込んでも不審を買わない状況で助かりましたね。イデオロギーが云々なんて焚火の前で思想教育されたらどうやって笑いを堪えようかと思いましたよ」
「私個人としては『同志』でも構わないくらい、腹が立っているのだがな」
「余計に得をしている誰かさんに?」
眉間に不愉快を浮かべて霧島はごく真面目に頷く。一方の京哉は肩を竦めて溜息だ。
「けど一ノ瀬本部長は【政府要人をぶち殺せ】とは言わなかったですしねえ」
「ふん。しかしリーダー不在とは番狂わせもいいところだぞ」
「そうは言いますが、これは想定範囲内の事態という解釈もできる。忍さんも分かっている筈です。たったひとつの反政府ゲリラグループのリーダーを殺っても意味がない」
任務は反政府武装勢力の【指導者を特定・暗殺せよ】だ。偶然行き合った一グループのリーダーを一人殺すことではない。だが天幕を張りながら分かっていつつも霧島が思いつきを口にする。
「確かにそうだが、ここのリーダー不在は表向きで、何処か余所の強力なグループのリーダーが点在する反政府グループを統括しているということもあり得るだろう?」
「でもジョセの言葉をまともに受け取ればそんな人物はいないでしょう? ジョセが嘘をついていたとか、ジョセも知らない秘密のリーダーが統括してるとか、ちょっとそこまではまだ分かりませんけれど、でもこの雰囲気から言ってどうです?」
「まあ、少なくともここは上部組織を頂いてる雰囲気ではないな」
「そもそもプロの戦闘集団って感触もないし、あれこれ挙げたら限りがないほど穴だらけだし。言ったら悪いですけど雰囲気どころか実態としても烏合の衆ですね」
歯に衣着せぬ京哉の辛辣な言葉と薄笑いに霧島は日本語で良かったと立哨を見て思った。
しかし京哉の言うのも尤もで、それが平和な国の警察官でしかない自分たちにクリア可能かどうかはさておき、軍を相手に戦うことを前提とするのならセオリー違反と思われる箇所が散見されるのも確かだった。
大体、軍が本気なら爆撃すれば一発である。
「だが暫くは様子を見るしかないだろうな」
「ですね。それより寒いから火に当たりに行くか、テントに入るかしませんか?」
「では、情報収集も兼ねて火に当たりに行くとしよう」
「私はシノブ=キリシマ、こっちはキョウヤ=ナルミだ。霧島に鳴海と呼んでくれ。傭兵だが本格的な砂漠は初めてだ。色々教えて貰えれば有難い」
満天の星空の下、澄んだ空気の中で霧島の低い声はそう大きくはなかったが良く通った。ぱらぱらと拍手が湧き、がやがやと皆が喋り始めた。本当にこれが戦闘集団なのだろうかという思いが更に膨れ上がる。
京哉も同じく考えていたようで、霧島を見上げると微妙な目つきで首を傾げた。そこで二人の思いをよそに茶髪の女性が声をかけてくる。
「貴方たち、夕食は?」
「もう村で食ってきたが」
「まあ、そう言わずに皆に付き合いなさいよ」
作業服のような上下を着て布を袈裟懸けにまとった女性は、霧島より少し年上で三十歳前後に見えた。砂を軽やかに歩いて行く女性に霧島と京哉はついてゆく。
幾つかの焚き火に掛けられた大鍋が夕食らしく集団が並び始めていた。女性は二人と一緒に並びながら、思い出したように自己紹介する。
「ジョセリンよ、宜しくね。ジョセでいいわ。早速だけど携帯ナンバーとメアドを教えてくれる?」
急に高度文明圏に戻ってきたような会話を交わし、二人は携帯を出して必要事項を交換した。携帯はアンゴラで乗り継ぎ待ちの間に、この国の政府が運営するキャリアで新しく取得してある。過去の特別任務で痛い目に遭った経験を活かして安物の使い捨てだ。
本来のものはショルダーバッグの底で眠らせてあるのでデータは見られる。
ともあれ訊きたい事項は山積していたが、まずは京哉が特別任務を優先させて霧島は通訳に徹しようと囁き合い決めた。話題を誘導するのは京哉の方が得意である。
「じゃあ、ジョセ。貴女がここのグループのリーダーなんですか?」
「リーダー? そんな、わたしは違うわ」
「なら誰がリーダーなんでしょうか、ハミッシュですか?」
「そうじゃなくて、ここにリーダーなんていないわよ」
「いないって、誰かは統制を取ってるんでしょう?」
「食料調達、砂嵐、戦闘……その時々で一番状況が見えてる者に皆、倣うけれど」
どうも勝手が違いすぎ、任務遂行の『に』の字も出てこない。誘導すべき話題にも事欠いて悩んだ。悩めるうちに順番が来て、熱々の豆のスープのプラスチック皿と固いロールパン一個を二人は受け取った。スプーンも貰う。至れり尽くせりで小学校の給食気分だ。
ジョセと共に焚き火の近くの砂に直に腰を下ろした。
「寒ければあの天幕の中で食べてもいいのよ。ピンクの小さい方が女性用、大きい緑の方が男性用だから。中で火も焚いてるから暖かいわよ。砂漠慣れしてないと寒いでしょう」
「だが贅沢を言って申し訳ないが、個室もあるんじゃないのか?」
点在する小型テントを指差して霧島はダメ元でジョセに訊く。
「ああ、あれは夫婦用で……って、もしかして貴方たち?」
迷うことを知らない霧島がどう返事したのかまでは聞かず、京哉は心して平静を維持した。左薬指のペアリングにジョセの視線を感じつつ、スープの豆を黙ってすくい続ける。
皿をロールパンの最後の一片で拭うようにして食べ、後片付けをしている一団に返しに行くと再び焚き火に当たった。
京哉は咥え煙草で吸い殻パックの中身を火の中にくべる。二本目の煙草を吸い終わる頃、ジョセが二人を見つけてやってきた。
「小型天幕があったわよ。張り方を教えるから来て」
ついて行くと男性用天幕の裏の四駆が数台と中型ヘリが駐機してある傍に機材が置いてあった。ヘリの横には立哨当番らしき男がアサルトライフルを肩から吊って立っている。彼にジョセは手を挙げてから小型天幕の布やら骨やらを前にして実演付きで説明を始めた。
「張り方は簡単、この断熱材のふちの穴に骨を通して砂に押し込んで、天幕の外の四隅に打ったペグに紐を括り付けるだけ。下に敷く断熱シートとラグもあるから」
「すまんな。毎日畳んで移動するのか?」
「毎日移動することもあれば十日近く動かないこともあるわ。取り敢えず明日は移動よ。それと個室もいいけれど、砂嵐がきたら大型天幕かヘリか車に避難して。ヘリと車のキィロックは解いてあるから。砂嵐の経験は? そう、分かってるならいいわ」
そうして二人がジョセ監督の許で小型天幕を張っていると、新たな女性が顔を出した。女性といってもまだ十代だ。黒髪で砂漠暮らしの割に肌の色は白かった。
「この子はユーリンよ。まだここに加わったばかり」
好奇心旺盛の少女の青い目は口以上に物語り、表情豊かでよそ者に興味津々だ。
「ここに子供はいないんだな」
「十七歳にならない子供はそれぞれ村に預けてるのよ」
ゆっくりとした英語を聞き取って京哉はクリフを思い出す。あの少年も十七歳になったら反政府ゲリラに入りたいと言っていた。だがそれまでに政情安定していれば何よりだと思う。
このままでは反政府ゲリラに少年一人、名を連ねようがこの国の人々は片端から理不尽な死で一度きりしかない生を終えてゆく。
戦うにしてもこれでは駄目だ、話にもならない……。
京哉が考えごとをしている間に霧島は特別任務を進めていた。
「話は変わるが、ここは他の反政府グループと連携して戦ったりはしないのか?」
「過去にはあったらしいわね。もしかして貴方たち、人捜しでもしてるとか?」
女性の勘の良さに少々驚きながらも、霧島は頬に笑みを浮かべて見せる。
「まあな。偶然の女神が微笑んだら、というところだ」
「ふうん。ここでは色々と訳ありの人も少なくないし、いいんじゃない、必要な時にそれなりの仕事をすれば。他の目的を持っていたって咎めるようなリーダーもいないんだし。じゃあ、わたしは少し用事があるから。何かあったらメールで」
言い置いて皆の方に歩いてゆくジョセとユーリンを見送り京哉は霧島を見上げた。
「『同志』じゃない立場で潜り込んでも不審を買わない状況で助かりましたね。イデオロギーが云々なんて焚火の前で思想教育されたらどうやって笑いを堪えようかと思いましたよ」
「私個人としては『同志』でも構わないくらい、腹が立っているのだがな」
「余計に得をしている誰かさんに?」
眉間に不愉快を浮かべて霧島はごく真面目に頷く。一方の京哉は肩を竦めて溜息だ。
「けど一ノ瀬本部長は【政府要人をぶち殺せ】とは言わなかったですしねえ」
「ふん。しかしリーダー不在とは番狂わせもいいところだぞ」
「そうは言いますが、これは想定範囲内の事態という解釈もできる。忍さんも分かっている筈です。たったひとつの反政府ゲリラグループのリーダーを殺っても意味がない」
任務は反政府武装勢力の【指導者を特定・暗殺せよ】だ。偶然行き合った一グループのリーダーを一人殺すことではない。だが天幕を張りながら分かっていつつも霧島が思いつきを口にする。
「確かにそうだが、ここのリーダー不在は表向きで、何処か余所の強力なグループのリーダーが点在する反政府グループを統括しているということもあり得るだろう?」
「でもジョセの言葉をまともに受け取ればそんな人物はいないでしょう? ジョセが嘘をついていたとか、ジョセも知らない秘密のリーダーが統括してるとか、ちょっとそこまではまだ分かりませんけれど、でもこの雰囲気から言ってどうです?」
「まあ、少なくともここは上部組織を頂いてる雰囲気ではないな」
「そもそもプロの戦闘集団って感触もないし、あれこれ挙げたら限りがないほど穴だらけだし。言ったら悪いですけど雰囲気どころか実態としても烏合の衆ですね」
歯に衣着せぬ京哉の辛辣な言葉と薄笑いに霧島は日本語で良かったと立哨を見て思った。
しかし京哉の言うのも尤もで、それが平和な国の警察官でしかない自分たちにクリア可能かどうかはさておき、軍を相手に戦うことを前提とするのならセオリー違反と思われる箇所が散見されるのも確かだった。
大体、軍が本気なら爆撃すれば一発である。
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