帝王の刻印 - 籠の鳥は空を見ない -

月姫あげは

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番外編

目隠しの輪舞曲 -rondo-

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 前に進める足取りは、限りなく重い。緊張で、手のひらにうっすらと汗が滲む。
 客を待たせてはいけない。
 だから急いで向かうようにと、そう指示されてきた。
 けれど、僕の足は一向に先へと進んでくれない。
 やっとのことで、目的の部屋の前まではやって来た。けれど、今度はノックをする勇気が湧いてこない。
 どうして僕が、これほどまでに躊躇いを覚えるのか。
 それは、この部屋の向こうに今日の僕の『客』が待っているからだ。
 男娼として働かなければいけなくなった僕の、『初めての客』が──。


 こんな状況になるなんて、自分でも思い至らなかった。
 特にスレンダーで綺麗でもない僕の体型。体型と同じで、さほど美形でもない僕の顔。飛びぬけて秀でたところがない僕が、どうして男娼なんて、やることになったのか。


 僕は物心がつく前から、ずっと施設で暮らしている。赤ん坊の時に捨てられて、この施設に預けられたらしい。いつまで経っても貰い手が現れず、十七になった今でも独立出来ずにいた。高校にも行けず、生活能力がなくて働くことも出来ない。ずっと施設に篭もり切りで、あまり外出もしなかった。
 そんな僕は、施設にとっては厄介者。
 中学までは出してもらえたけれど、職員にも懐かず、周囲にも溶け込めない僕を、施設はすでに見放してしまっていた。高校までは世話してくれない。この施設では、貰い手がない場合、中学を卒業するのと同時に独立をするのが決まりだったから。
 だからいつまでもここを出て行けずにいる僕は、施設からすると厄介者でしかない。


佐倉さくら君」
 ある日、職員の男性に呼び出された。ついてくるようにと言われて、たどり着いた場所は裏門だった。
 そこには隙間なく門を覆うように止められた一台の黒塗りの車があった。
「実は君を別の施設に移すことになってね。急だが今日になった。彼らが迎えだ」
「えっ……」
 職員の人は黒塗りの車を指差す。後部座席から男が一人、出てくる。真っ黒な車と同じ、真っ黒なサングラスと、真っ黒なスーツに身を包んだ強面の男だ。
 突然のことに動揺する間もなく、男に引き渡される。
「あの……、荷物はっ……」
 慌てて問いかけると、職員が一瞬だけ、面倒臭そうな顔をしたのがわかった。
「後で送るから」
 取り繕った笑顔でそう言われて、何も言葉を返せなかった。腕を掴んだ男に引きずられ、車に乗るように促される。
 半ば強制的に後部座席に押し込まれる。中にはもう一人、真っ黒なサングラスと真っ黒なスーツを着た男がいて、後から乗り込んできた先ほどの男と挟まれるように座らされた。まるで、警察に連行される犯人みたいだった。
 車のエンジンがかかり、不意に窓の外を見る。職員の人はすでにこちらに背をむけている。名残惜しげに見送る様子は一切ない。
「これをしろ」
 そう言われて差し出されたのは、白い紐だった。五センチぐらい幅がある、長い紐だった。
「……これ……」
 一瞬どうしろと言われているのか理解出来ない。紐を見つめたまま、静止する。
「目隠しをしろ」
「え……」
 突拍子もない言葉に唖然とする。なぜそんなことをしなければいけないのか、理解が出来ない。
「チッ。頭を下げろ」
 そう言って、男の一人が僕の頭を押さえつける。中央でわけた触覚のように見える長めの前髪を避けて、手早く白い紐を目の周りにぐるりと巻きつけられる。二巻きしてから後ろできつく結ばれるのを感じた。
 完全に視界を塞がれて、辺りが暗闇に包まれる。
「静かにしてろよ」
 頭をもとの位置の戻されると、声が聞こえたのと同時に車が走り出した。振動が身体に伝わってくる。
 いろいろと考える前にどんどんと状況が変化してしまって、どうすることも出来ない。
 新しい施設に移される? 本当に?
 右折や左折を何度も繰り返し、三十分以上は走りつづけただろうか。時間の感覚もわからなくなった頃、ようやく車が緩やかに停車した。
 目隠しをされたまま男に手を引かれ、車から降ろされる。地面はコンクリートだろうか。靴底に感じるのは、硬く平らな感触だった。
 まっすぐ先に進み、少ししたところで立ち止まる。ボタンを押すような小さな音が聞こえてきて、それが止んだすぐ後にゴゴゴと地鳴りのような音が響いてきた。
 また手を引かれ、今度は階段を下って行く。先ほどの地鳴りが原因なのか、なんだか辺りが埃っぽかった。
 階段を折りきったところでまた立ち止まらされる。今度はピッ、という機械音がしたかと思えば、何か大きく重量のありそうな、扉が開くような音が響いた。
 どこか地下に、向かっているみたいだ。
 扉らしきところを抜けると、これまでとは空気が一変した。そこは一定の温度に保たれている。先ほどまで吹きつけていた風は一切感じられず、生暖かい空気が充満していた。建物の中に入ったようだった。
 そのまま中を進み、今度は狭い空間に押し込められる。身体に感じる感覚で、エレベーターに乗り込んだのだとわかった。しかもまた、下に向かっているみたいだった。
 指定の階に着いたのか、また歩き出す。いくらか歩いたところで、誰かがこちらに向かって歩いてくる。靴音が大きくなる。
 今まで僕を連れていた男の手が離れていくと、すぐに別の誰かの手が僕の腕を掴んだ。先ほどまで僕を連れていた男とは明らかに違う体温の人。
 僕はその人に連れられて、今度は部屋のような空間にやってきた。そこにはソファーかベッドがあって、見えないから何度も触れていたら、そこに腰を下ろすように促された。
 目の前に、今まで僕の腕を掴んでいた人の気配がする。
「佐倉優真ゆうま。君は今日からここで働くことになった」
 頭の上から、まだ若い男の人の声がした。少し低くて、綺麗な声だ。
「働……く? ここは……」
 やはり、施設を移される……というのは嘘だったのだろうか。
「ここは売春宿だ。君は金と引き換えに売り渡された。これからは男娼として働いてもらうことになる」
「え……」
 また突拍子もない展開に、唖然としてしまった。売春? 男娼? それらは、別次元の言葉のようで一瞬では理解出来ない。
 けれど、厄介者だった僕を施設が、とうとう厄介払いしたのだということだけは理解出来た。
「俺は君の教官だ。一ヶ月、君が現場で問題なく働けるように教習をする。目隠しは一人になる時間は外してもいい。けれど、俺の前では必ず着用するように。これは決まりだ」
 暗闇から降ってくる声を、静かに座って聞いていた。
「君のナンバーは382番。ここでは本名ではなく不知火しらぬいと名乗るように」
「382番……、不知火……」
 僕は、そう呟きながら涙を流していることに気がついた。溢れ出る涙を目隠しの紐が吸って、どんどんそこが濡れて染みを作っていく。
「……どうした……」
 目の前に立つ男も、それに気づいたのか少し声を震わせてそう問いかけてきた。
「なんでも、ないんです。ただ、僕はやっぱり、必要のない人間なんだって再確認させられて、少し悲しくなっただけで……」
 どうしてか、悲しくて涙が溢れるのに笑ってしまっていた。全然可笑しくもないし、嬉しくもないし、楽しくもないのに、どうしてだか笑ってしまっていた。
「ごめんなさい」
 涙を流したのはいつぶりだろうか。しかも、こんな状況で、見も知らぬ、顔も見えない男の人の前で。
 謝って、目隠しの上から目を覆う。
 けれど、不意に身体を抱きしめられるような感覚に襲われてそのままの体勢で身を固めた。



「え……」
 一瞬何が起こったのかわからない。けれど、この部屋にいたのは僕とその人だけで。目の前にいた男の人がたぶん、僕のことを抱きしめているのだと思い至った。
「えっと……、あの……」
 突然そんなことをされて、どうしていいのかわからない。身体が強張って、身動きが取れない。
 けれど、僕の身体を抱きしめるその腕は、とても優しかった。優しく、僕の身体を包み込んでいた。
 今まで感じたことがなかった他人の体温に、触れ合った肌の温度がどんどん上昇していく。なんだかその体温が心地よくて、いつの間にか僕は、僕を抱きしめるその人の胸に身を委ねてしまっていた。


 そのまま少しの間抱き合っていて、手が離れてからはベッドだったらしいそれに腰掛けなおして、近くに感じるその人の気配に緊張しっぱなしだった。
 なんでそんなことをされたのかわからないけれど、まだ抱きしめられた時の感触が残っているようで身体が火傷しそうに熱かった。
「えっと……あの……あのっ……」
 なんとかしてこの張り詰めた空気を壊したくて、必死に声を出した。
「教習って……何を……、僕は何を教わればいいんですか……?」
 男がいるだろう場所に顔をむけて問いかける。
「もう、いいんだ」
 突然の言葉に拍子抜けする。今日は突然ばかりが襲ってきて、上手く順応出来ない。
「でも、あなたの仕事、なんでしょ……?」
 そして僕は、ここで男娼をしていくために働き方を学ばなければならない。男自身がそう、最初に説明をしたのだ。
「いいんだ。もうこれ以上、傷つけたくない。こんな場所に売られてきたっていうだけでもどれだけ辛いかわからないのに、またすぐ、君を苦しめるようなことをするなんて、俺には出来ない」
 男の柔らかい声音に驚く。先ほどまでは冷酷に淡々と事実だけを告げていた彼の声が、優しく震えていた。
「でも……」
 僕のために、彼の仕事を取り上げて、彼は咎められないだろうか。
「一ヶ月だけ。俺が君にやれるのは教習期間の一ヶ月だけだ。不十分な期間かもしれない。だけど、その間だけは、辛かったことは何もかも忘れて自由に過ごせばいい」
 ポンポンと、頭を撫でる感触が伝わってくる。目隠しをしていても、彼が優しく微笑んでいることが不思議とわかった。
「はい」
 僕はぎゅっとシーツを握り閉めて、小さく笑い大きく頷いてみせた。


 彼を迎えるのは昼過ぎから。
 部屋からは出られないものの、朝昼晩はちゃんと食事が運ばれてくる。部屋には生活に必要なものがすべてそろっていて、トイレやお風呂もついていた。
 教官と共にいる時間以外は目隠しも外していい。ただ、彼を迎える時には入り口のドアに添えつけられたマジックミラーの前に後ろむきで立ち、事前に自ら目隠しをして、逃げたり暴れたりしない保険のためか、自分で後ろ手に渡された手錠をかけなければならなかった。
 教官はマジックミラーの向こうからそれを確認し、部屋に入ってから所持している鍵で手錠を外す。
 それが彼を迎える一連の動作だった。
 僕たちは毎日、寄り添って何気ない会話をしていた。
 その会話の中で、彼の名前が御堂秀みどうしゅうということも知った。
「御堂さんは、どうしてここへ……?」
 失礼なことを聞いてしまっただろうかと思ったけれど、彼は特に気にする様子もなく答えてくれた。
「俺、若い頃から不良でな、ろくに家にも帰らないで親からは勘当されて、行く当てもなくて適当に生きてて、優真には言えないような悪いこといっぱいしてきたな」
 御堂さんは笑いながら言うけれど、どこか切なげだった。
「最悪な人生だったが、ヤクザの取り引き現場をたまたま見たのが運のつき。俺にはなんだったのかわからなかったけど、それが相当やばいものだったらしくてな。追われてナイフで刺されて死にかけで倒れてたところを、ここの社長に助けられた。それがここにきた成り行きだ」
 笑いながら言った御堂さんの手が、僕の手を取る。そして、ゆっくりと誘導されるとお腹の辺りの傷跡に触れさせられた。
「……っ……」
 そこには、本当に縦一線に盛り上がった皮膚があった。もう治っているみたいだけれど、なんだか触れる感触だけでも痛々しい感じがする。
「それで、社長が俺は死んだことにしてくれた。死んだのならもう追われる心配もない。でも俺は地上からも姿を消さなきゃいけなくなった。だからここにいる。社長には感謝してるんだ。俺を助けてくれた。でも、やっぱり俺……こんな仕事はやりたくないんだ」
 だから御堂さんは、僕にあんなことを……。
「本当は、優しいんですね」
「え……優真?」
 気づいたら、僕は触れていた御堂さんの傷跡からそっと後ろに手を伸ばし、彼の身体に抱きついていた。
「泣かないで下さい」
「俺は……泣いてなんか」
 御堂さんは慌てて否定した。でも、僕には見えないけれど、御堂さんが泣いているように思えた。
「御堂さんは僕に、一ヶ月だけは全部忘れて自由に過ごせって、言ってくれた。でも、御堂さんも僕と一緒にいる間だけは全部忘れてもいいんですよ」
 境遇は違っていても、僕たちは似たもの同士だ。僕には、そう思えた。
「お前は、本当に優しいな。優真」
 抱きついた僕の身体を、御堂さんがぎゅっと抱きしめ返す。
「御堂さん……」
 最初は緊張と、驚きだけだった抱擁が、今はなんだか熱っぽい。緊張で身体が火照るばかりだったあの時とは少し違っていた。
 御堂さんに抱きしめられると胸が飛び出しそうなほどドキドキ脈打って、グッと締めつけられるように苦しくなる。そして、鼻の辺りがツンと痛くなって、なんだか泣き出しそうになった。
 いつの間にか名前で呼ばれるようになって、優真と言われるたびにビクリと身体が震えた。
 病気、みたいだ。
 御堂さんと一緒にいると、自分で自分が制御出来なくなる。
 それは彼がいなくなって、一人ベッドに横たわっていても同じだった。
 見たこともない彼の手が、僕の頬を包み込む。肩に触れ、指先が背中に流れて、抱きしめられる腕の力を感じた。いもしない御堂さんの気配がついて回る。
 御堂さんのことを考えるだけでなんだか胸が高鳴って、不意に涙が溢れてきた。
 自分が制御出来ない。僕は、やはりどこか壊れてしまったのだろうか。
 もう、一ヶ月の教習は数日を残すまでになってしまったのに。それを過ぎてしまえば、もう御堂さんとはお別れなのに。
 けれど無常にも、時は流れていく。
 そしてとうとう、最後の日がやってきた。


 いつものように目隠しをして、手錠をかける。そして彼を向かいいれると、手錠を外してもらう。
 最後だからか、お互いどこかぎこちない。
 ベッドに並んで座って、黙り込んでいた。
「あの、御堂……さん……」
 口火を切ったのは僕。
「ああ……」
「僕に、教えて下さい。キスの仕方を。セックスの、仕方を」
 御堂さんは驚いたように息を飲んだ。
「言っただろう。傷つけたくないんだ」
 僕は手を伸ばして、触れた御堂さんにきつく抱きついた。
「傷ついたりしないから……嫌じゃないから……。教えて、下さい……」
 必死に言葉を搾り出す。声は震えていたけれど、怖いわけじゃない。拒絶されるかもしれないと思うと不安で仕方なかっただけだ。
「優真……っ……」
 けれど、御堂さんは僕を拒絶しなかった。受け入れてくれた。深く唇を吸われて、ゾクリと背筋が震えた。
「僕に教えて……いっぱい、教えて……っ……」
「優真、優真っ……」
 僕たちは無我夢中で抱き合った。ただがむしゃらに触れ合う肌が熱くて熱くて、溶けてしまいそうだった。


 いつの間にか、気を失ってしまったみたいだ。気を失っても、起きていても視界はいつも真っ暗闇で、差ほど違いがわからない。
 そんな時、暗闇から御堂さんの声がした。
「目隠しをする理由はもう一つ。それは生徒が教官に心を奪われないようにするためだ。だけど、その逆の場合は、どうしろって、いうんだろうな」
 ちゅっと、頬に唇が重なる感触がした。
「さようなら優真。一ヶ月間ありがとう」
 御堂さんの身体が離れていく気配がする。僕は身動きがとれなくて、その気配がドアの向こうに消えていくまで眠ったふりをしていた。
 廊下を歩く足音が聞こえなくなってから、深く布団にもぐりこんだ。
「うっ……うぅ……っ……秀……秀……っ……」
 嗚咽を漏らしながら、必死で胸の痛みに耐える。
 身体を繋げあって呼んだ彼の名前は甘く、そして残酷な響きに思えた。


「君は、彼のことが好きなわけだ」
 僕の『初めての客』は、とても紳士で優しい初老の男性だった。
「ごめんなさい。お客様にこんな話を……」
「いや、いいんだ。最初に会った時に言っただろう。私は話がしたいだけだってね」
 彼の名前は大和田憲二おおわだけんじ
 あの日、恐る恐る向かった部屋で僕を迎えたのは若い金髪の男の人と、強面の男の人だった。けれど、その二人は『客』ではなくて、この大和田さんが僕の『初めての客』だった。
 大和田さんは僕に全然触れてこなかった。話がしたいと言って、ただ時間が過ぎるまで僕と話をしてくれた。
 初日に会話をして、僕がこれから男娼として誰かに抱かれなければならないのが怖いと言えば、外の客が僕を指名出来なくしてくれたし、大和田さん自身がこうして指名してくれるようになった。大和田さんは、ここのお得意様、みたいだ。じゃないと、僕に指名が入らないようにすることなんて、出来ないだろうし。
「本当に……いいんですか? 僕、全然働いてないのに……」
 会話ばかりして僕は僕の仕事を全然こなせていない。なのに、会話するだけで大和田さんはもう三回も僕を指名してくれている。ここに来るだけでもかなりのお金がかかりそうなのに、僕なんかのためにそのお金を浪費させているのかと思うと申し訳ない。
「そんな話を聞かされたら、余計に君には触れられなくなったよ。今でもその男が好きかね。不知火君」
 大和田さんに、その名前で呼ばれると違和感があった。御堂さんと過ごした一ヶ月はずっと、優真と、呼ばれていたから。
「はい……好きです」
 あれから何週間か経ったけれど、御堂さんへの気持ちは薄れるどころか増していた。思っていてもどうしようもないのに、好きで好きでたまらなかった。
「よし。その男の名はなんだね」
 大和田さんが笑いながら大きく頷く。なぜ問われたのかわからなかったけれど、大和田に彼の名前を教えた。
「御堂、秀です」
 こうして名前を口にするだけでもドキドキと胸が高鳴ってくる。
「ちょっと待っていなさい。すぐ戻るからね」
 そう言うと、大和田さんは僕を一人残して部屋を出て行ってしまった。
「あ、……あ……」
 行ってしまった。だだっ広い部屋に一人残されて寂しくなる。
 大和田さんの使う部屋はいつも豪華で広い。なのに、二人で会話をする時はリビングの大きなソファーの片隅で、二人で並んで座って会話をしているだけだった。
 シーンと静まり返った部屋の中で三十分ぐらいだろうか。それぐらい待ったところで大和田さんが帰ってきた。
「あ……大和田さ……」
 立ち上がって駆け寄ろうと思ったら、大和田さんは一人ではなかった。
「ああ、君か」
 大和田が連れてきたのは、最初に大和田さんに会った日に僕を向かえた二人組みだった。眼鏡をかけた金髪の若い男の人と、真っ黒なスーツに身を包んだ強面の男の人だ。
 言いながら近づいてきた金髪の男の人が、僕の前に立つ。この人にはあの日、大和田さんとの予行演習だと言われてキスをされたから、身体が強張った。
「悪かったね。そんなエピソードがあったとは」
 そっと伸ばしてきた手で、僕の唇をゆるりと撫でる。
たいが君。怖がっているじゃないか。ほら、おいで」
 僕はその手から身体を引いて、大和田さんの後ろに隠れた。
「あの時は大和田さんを警戒して俺の後ろに隠れていたのにね。逆になっちゃったか。残念」
 虎と呼ばれたその人は、小さくため息つきながら苦笑いを浮かべた。
「大和田さんに気に入られたことを感謝するんだね。彼の頼みなら仕方ない」
 そう言うと、後ろの強面の男に指示をして、部下らしき男を十人ほど招き入れた。
「?」
 今から何が行われようとしているのかわからない。
「だけどクイズに答えられたらだ。この中に君の愛しい御堂秀が混じってる。だけど君は目隠しをしていたから彼の顔は知らない。体型にしても御堂に似た男ばかりを寄り集めてきたから結構難しいと思うよ。チャンスは一度だけ。一発で御堂を言い当てられたら二人でどこへでも行けばいい。あ、おさわりは禁止。OK?」
 この中に御堂さんがいると聞いて、食い入るように立ち並ぶ十人の顔を見る。
 けれど、彼が言うように目隠しをしていたから顔だけじゃ誰が御堂さんかなんてわからない。
 だけど、僕は前に出た。
 一人ひとりの前に立ち、ゆっくりと目を閉じる。
 一人、二人と横にずれて、六人目で大きく目を開いた。
 釣り目で少し強面。髪は落ち着いたダークブラウンに近い茶色で、若干短めで緩く全体的にはねている。
 やっぱり顔だけじゃわからない。
 だけど、僕はその人が御堂さんだと確信した。
「御堂さん……!」
 その人はそっと僕の後ろにいる、虎という人の方を見る。そして、彼が承諾するのを確認してから、きつく僕の身体を抱きしめた。
「優真……!」
 ああ、やっぱりこの人が御堂さんだったんだ。身体がぶるぶると震える。きつく御堂さんの身体を抱きしめると、涙が溢れてきた。



「どうしてわかったんだ……俺だって……」
 嬉しいけれど、でも不思議だというように御堂さんが問いかけてくる。
「だって僕、御堂さんと一ヶ月一緒にいて、御堂さんのちょっとした動きや、息づかいにまでいつも、気を張り詰めていたんだもん。だから、前に立って目を瞑るだけで、あなたが御堂さんだって……すぐわかった。息遣い一つにだって胸がしめつけられそうになるぐらい、僕は、御堂さんが好き」
 更に強い力でぎゅうっと抱きしめられて、でもその腕の力はとても心地よかった。
「俺も……好きだよ。優真……大好きだ」
 二人で少しの間抱き合って、そっと身体を離される。御堂さんはゆるりと、このクイズを発案した主へと視線をむけた。
「すみません社長……! 俺、何も恩返し出来ていないのに恩を仇で返すような真似を……!!」
 御堂さんは深々と頭を下げて彼に詫びる。
「社長……?」
 僕は驚いて目を丸めた。この人が、御堂さんが話していたあの、社長だったのだ。
 彼はかけた眼鏡をゆるりと外すと、ニカッと大きく笑った。
「いい、いい。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやらってね。クイズに正解したんだし。文句ないない」
 その明るい口調に、ホッと胸を撫で下ろす。
「社長……」
「ただ、御堂。お前が生きていくには地上はここ以上に地獄かもしれない。それだけは忘れるなよ」
 けれど、また鋭い目をした彼は、御堂さんに向かい低い声でそう助言した。
 御堂さんはすでに、死んだことになってるって言っていた。
 彼はそのことを、言っているのだろう。
「わかっています。それに俺、優真と一緒なら、なんにだって耐えていけるって、そう思うんです」
「御堂さん……」
 ぎゅっと、手を握り締められて、僕もその手をきつく握りしめる。
 地上は僕にとっても地獄、かもしれない。親にも施設にも捨てられて、優しくしてくれる人なんて誰もいないと思っていた世界。
 だけど、大好きな人と一緒なら、そこも楽園に変わる気がする。
 思い込んでいただけなんだ。この世界に誰もいないと、自分から拒絶していただけ。
 今は御堂さんがいる。
 御堂さんが僕を必要だと言ってくれたように、僕も御堂さんが必要なんだ。
 御堂さんさえいれば、どこでだって、どんな辛い世界でだって、生きていける気がするから。

END
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