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灰色の死の世界
竜胆篇 其の弐
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1
姉貴が校長をしているこの村唯一の学校である(上三角学校)と呼ばれる俺が茨城と出会いそして育ったこの学校。全校生徒五十人の小中高全てが合併した少し珍しい教育方法をしていて、大学に行くまではどの学校も同じだと考えていた俺からすると、驚愕を隠しきれなかった。まさか小中高バラバラになるのが当たり前だったのか、と言う発言は大学の友達の間では密かに迷言として評価されており会うたびに蒸し返される黒歴史的な存在。そんなくだらない話を不意に思い出してしまい自嘲気味に鼻で笑った。
「おお、これはこれは珍しい来客だ」
学校の来客用入り口から入るとこれまた懐かしい顔がいた。二神兵庫、この目の前にいるおっさんの名前だ。俺らが学生の時からいるからざっと七十歳ほどか、校長から副教頭に下げられてしまったと噂では聞いていたが本当らしい。昔あった威勢も年には勝てなかったらしい、すっかり老人になって怖さのかけらもない。ちなみに京都、三重、神奈の父親で茨城の引き取り親ってことだ。
「随分と顔を見せてなかったな、医長さん」
茨城と言いこいつと言い、なぜこんなにも俺が医長になった事をこんなに嫌味らしく言うのだろう。茨城のはそういうノリだとしても、このおっさんは何なんだ。
「姉貴に会いにきたんだ。あんたもしぶといな兵庫さん、診療所と医長さんは待ってるからあっちに逝きな」
割と本音だ。相変わらず老人ばかり増えている現状。なのに一向に診療所にくる奴もいない。診療所と葬儀場の出る幕はなし。炎天下の時だけ熱中症で運ばれてくるのは正直何とかして欲しいものだ。
「ふん、口だけは相変わらずだな。私まだ葬儀屋の世話になる気はない。わかったのならさっさと行きなさい」
あんたも口は達者と言おうとしたが、言うのも面倒くさくなり姉貴のいる校長室へと向かった。昔と変わっておらずやけに学校の奥にボスの部屋があるのだった。
「会いたいってどういう風の吹き回し?」
部屋に入るなり、その部屋にいる校長という名のボスの圧力のあるでかい声が聞こえてきた。昔までは耳が蛸になるほど聞いた声なのに、久しぶりに出会って聞いてみると、何だか気分が上がった気がする。これが実家のような安心感ってやつだ。
「いや、少し聞きたいことがあってな」
校長室に置いてあるやけに品の良い、高級そうなソファに腰掛ける。ガキの頃から座ってみたいと感じていたのだ。こういう風に座る機会が来るとはな。思わず胸ポケットに入っていたタバコを吸おうとして取り出したが、姉貴が睨んでいるよな気がして再度戻すのであった。
「何聞きたいことって」
無理に時間を作ってもらったんだ俺自身も早く診療所に戻って桜のカウンセリングをしなければならないのだ。お互い用事がある身らしいさっさと話進めて帰ろうではないか。背もたれをついていた背中を浮かし、前屈みになる。
「受け持っている患者がな、この学校の生徒なんだ。身元がわからないんで、学校にいる姉貴に聞けば何かがわかるかと思ってな」
2
「まあ、確かに不登校の生徒もいるわ。でも、みんな連絡をもらってるから、診療所のお世話になるなんて大事なこと、知らないわけないわ」
「連絡?不登校の生徒は、わざわざ連絡をしなきゃならないのか?」
「当たり前よ、もし何かあったのなら一番気づけないところにいるのは不登校の生徒なのよ?だからうちでは連絡は必須事項よ」
腕を組んで堂々と言う。確かにそれは有効かもしれない。姉貴は言わなかったが、もし生徒に何かあったら一番最初に責められるのは学校側の人間で、その頭である校長の姉貴が批評の的になるのは明白だ。しかし少し疑問に思った点を突いてみる。
「じゃあ、連絡さえすれば生徒の詳細はわからないんだな」
「はあ?何、どういうことよ」
どうやら伝わってなかったようだ。ならもっと具体的にわかりやすい様に教えてやろう。一回だけ咳払いをする。
「まあ、こういうことだ。生徒が今どんな状態にあろうとも、誰かが連絡さえすれば学校側は何の情報も得ずに生徒の安否確認をしてしまう。そういうことだ」
「それって……まさか、そんなことが?」
「おや?姉貴はもしかして、そんなことが起こりうると考えたことがなかったのか。まあ、そりゃそうだろうな。あの真面目な姉貴はズル休みなんてしたことがないだろうからな」
三神桔梗……姉貴は俺なんかよりも真面目で、学校なんてズル休みをしなかった。だからこその抜け道、真面目に作ったはずの校則は生徒たちからしたら都合の良い休みの理由を簡単に作らせてしまっていたのだ。俺だって何回かは親の声偽って休んだことがあるからこそ、こんな卑怯な抜け道を見つけてしまうんだろうな。
「連絡は、菫が受け取っているわ。不登校生との件も合わせて、確認してくればいい。私は、少し休みたいの」
組んでいた腕は解放され黒縁の眼鏡を外して閉じた瞼に指を当てていた。この時に感じた、やはり姉貴と俺は昔からなんだか話が噛み合わないところがあったが、何も変わっていないようだ。不安定だがこれはこれで安心するものだ。
俺は少し鼻で笑って見せると、姉貴も笑い返す自嘲のつもりのようだ。
「ああそうかい、なら好き勝手にさせてもらうよ」
3
教室で勉強をする子供達、運動場でサッカーや野球をする部活動生、俺みたいに隙があれば居眠りばかりしている奴、何もかもが懐かしく微笑ましく思えた。そして俺が探しているのは、三神菫、俺の妹でこの学校の教師をしている。昔から人懐っこくて出会った瞬間仲良くなったりとコミュニケーション能力も高すぎてびっくりだ。その性格ゆえ看護師を勧めたが本人は教師になった。楽しそうにしているため結果オーライか。
「あ、お兄来てたんだ」
「姉貴に用があってきたんだ。懐かしさついでに来てみたんだ」
あえて姉貴との会話の内容は伏せておいた。別に知らせたってよかったんだが、説明が面倒だし、こいつには今のままでいて欲しいと言っておけば理由になるかな。とりあえず久しぶりに会う菫は、昔は伸ばしていた髪をバッサリと切り捨てていて、髪を少し茶色に染めていた。教える教師が髪染めて良いのかよと心なかでツッコむ。
「そうなんだ。どう久しぶりの母校は?」
「うん、なかなか興味深いね。あの頃はもっと綺麗だったのにすっかりやつれちまったな。しょうがない事だが、妙に寂しいな」
年月の波に埋もれていったこの学校はやけにぼろく見えた。ここら辺は災害が多いため仕方がないと言うことか。話は逸れるが大学生になって急に身長が伸びた俺にとってこの学校の違和感は激しかった。前は届かなかった棚も用意に届き、洗面所の高さも随分小さく思えた。
「それでだ、少し気になるんだが……あの空いている席は何なんだ?」
それは不登校生の席であることはわかっていたが、わざとらしく尋ねてみると、少し顔を暗くして声を落とす。
「不登校生の一神くんと天月さん……急に来なくなっちゃったから少し心配。連絡はもらってるんだけね」
一神と天月……天月家の人間はよく知っているが……一神、どこかで聞いたことがある。もしかしてあの、一神屋敷の一神か?だとしたら大ごとだぞ……それでも話題に上がってこにと言うことは違うのか?一神、異端者、滅んだ一族、キーワードが頭の中に湧き出てくる。記憶喪失の青年、身元不明、捜索願いなし、そしてあの、ない方がいい記憶もあると言う発言。まさか、まさかな……。
「なあ、麻奈って名前の生徒いるか?」
「麻奈ちゃん?今日来てると思うけど、そういえば見かけないわね」
「麻奈ちゃんって子が慕ってた男の先輩がいるって噂話聞いたことあるか?」
少し考え込む、首を横に振るだけでそれ以外の発言はなかった。
「あ、お兄……でもね、確か……」
急に後ろの方で、ぐしゃり、と鈍い音が聞こえた。話しかけていた菫の声が途切れたかと思うと、生徒たちの悲鳴に合わせて菫も甲高い虫の鳴き声の様な声を上げる。俺は何事かと後ろを振り向くと、背もたれにしていた窓に真っ赤な液体が貼り付いているように付着していた。
「なんだ……これは……」
窓をスライドさせて開くと枠から顔を出す様にして下を覗く、そこに液体を出した正体がいた。真っ赤に染まった服と白肌、ひび割れた頭からゼリーを溢したみたく崩れ、流れ出ていた。俺も悲鳴をあげそうになるのを我慢した。
「これは、人間の死体だ……」
姉貴が校長をしているこの村唯一の学校である(上三角学校)と呼ばれる俺が茨城と出会いそして育ったこの学校。全校生徒五十人の小中高全てが合併した少し珍しい教育方法をしていて、大学に行くまではどの学校も同じだと考えていた俺からすると、驚愕を隠しきれなかった。まさか小中高バラバラになるのが当たり前だったのか、と言う発言は大学の友達の間では密かに迷言として評価されており会うたびに蒸し返される黒歴史的な存在。そんなくだらない話を不意に思い出してしまい自嘲気味に鼻で笑った。
「おお、これはこれは珍しい来客だ」
学校の来客用入り口から入るとこれまた懐かしい顔がいた。二神兵庫、この目の前にいるおっさんの名前だ。俺らが学生の時からいるからざっと七十歳ほどか、校長から副教頭に下げられてしまったと噂では聞いていたが本当らしい。昔あった威勢も年には勝てなかったらしい、すっかり老人になって怖さのかけらもない。ちなみに京都、三重、神奈の父親で茨城の引き取り親ってことだ。
「随分と顔を見せてなかったな、医長さん」
茨城と言いこいつと言い、なぜこんなにも俺が医長になった事をこんなに嫌味らしく言うのだろう。茨城のはそういうノリだとしても、このおっさんは何なんだ。
「姉貴に会いにきたんだ。あんたもしぶといな兵庫さん、診療所と医長さんは待ってるからあっちに逝きな」
割と本音だ。相変わらず老人ばかり増えている現状。なのに一向に診療所にくる奴もいない。診療所と葬儀場の出る幕はなし。炎天下の時だけ熱中症で運ばれてくるのは正直何とかして欲しいものだ。
「ふん、口だけは相変わらずだな。私まだ葬儀屋の世話になる気はない。わかったのならさっさと行きなさい」
あんたも口は達者と言おうとしたが、言うのも面倒くさくなり姉貴のいる校長室へと向かった。昔と変わっておらずやけに学校の奥にボスの部屋があるのだった。
「会いたいってどういう風の吹き回し?」
部屋に入るなり、その部屋にいる校長という名のボスの圧力のあるでかい声が聞こえてきた。昔までは耳が蛸になるほど聞いた声なのに、久しぶりに出会って聞いてみると、何だか気分が上がった気がする。これが実家のような安心感ってやつだ。
「いや、少し聞きたいことがあってな」
校長室に置いてあるやけに品の良い、高級そうなソファに腰掛ける。ガキの頃から座ってみたいと感じていたのだ。こういう風に座る機会が来るとはな。思わず胸ポケットに入っていたタバコを吸おうとして取り出したが、姉貴が睨んでいるよな気がして再度戻すのであった。
「何聞きたいことって」
無理に時間を作ってもらったんだ俺自身も早く診療所に戻って桜のカウンセリングをしなければならないのだ。お互い用事がある身らしいさっさと話進めて帰ろうではないか。背もたれをついていた背中を浮かし、前屈みになる。
「受け持っている患者がな、この学校の生徒なんだ。身元がわからないんで、学校にいる姉貴に聞けば何かがわかるかと思ってな」
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「まあ、確かに不登校の生徒もいるわ。でも、みんな連絡をもらってるから、診療所のお世話になるなんて大事なこと、知らないわけないわ」
「連絡?不登校の生徒は、わざわざ連絡をしなきゃならないのか?」
「当たり前よ、もし何かあったのなら一番気づけないところにいるのは不登校の生徒なのよ?だからうちでは連絡は必須事項よ」
腕を組んで堂々と言う。確かにそれは有効かもしれない。姉貴は言わなかったが、もし生徒に何かあったら一番最初に責められるのは学校側の人間で、その頭である校長の姉貴が批評の的になるのは明白だ。しかし少し疑問に思った点を突いてみる。
「じゃあ、連絡さえすれば生徒の詳細はわからないんだな」
「はあ?何、どういうことよ」
どうやら伝わってなかったようだ。ならもっと具体的にわかりやすい様に教えてやろう。一回だけ咳払いをする。
「まあ、こういうことだ。生徒が今どんな状態にあろうとも、誰かが連絡さえすれば学校側は何の情報も得ずに生徒の安否確認をしてしまう。そういうことだ」
「それって……まさか、そんなことが?」
「おや?姉貴はもしかして、そんなことが起こりうると考えたことがなかったのか。まあ、そりゃそうだろうな。あの真面目な姉貴はズル休みなんてしたことがないだろうからな」
三神桔梗……姉貴は俺なんかよりも真面目で、学校なんてズル休みをしなかった。だからこその抜け道、真面目に作ったはずの校則は生徒たちからしたら都合の良い休みの理由を簡単に作らせてしまっていたのだ。俺だって何回かは親の声偽って休んだことがあるからこそ、こんな卑怯な抜け道を見つけてしまうんだろうな。
「連絡は、菫が受け取っているわ。不登校生との件も合わせて、確認してくればいい。私は、少し休みたいの」
組んでいた腕は解放され黒縁の眼鏡を外して閉じた瞼に指を当てていた。この時に感じた、やはり姉貴と俺は昔からなんだか話が噛み合わないところがあったが、何も変わっていないようだ。不安定だがこれはこれで安心するものだ。
俺は少し鼻で笑って見せると、姉貴も笑い返す自嘲のつもりのようだ。
「ああそうかい、なら好き勝手にさせてもらうよ」
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教室で勉強をする子供達、運動場でサッカーや野球をする部活動生、俺みたいに隙があれば居眠りばかりしている奴、何もかもが懐かしく微笑ましく思えた。そして俺が探しているのは、三神菫、俺の妹でこの学校の教師をしている。昔から人懐っこくて出会った瞬間仲良くなったりとコミュニケーション能力も高すぎてびっくりだ。その性格ゆえ看護師を勧めたが本人は教師になった。楽しそうにしているため結果オーライか。
「あ、お兄来てたんだ」
「姉貴に用があってきたんだ。懐かしさついでに来てみたんだ」
あえて姉貴との会話の内容は伏せておいた。別に知らせたってよかったんだが、説明が面倒だし、こいつには今のままでいて欲しいと言っておけば理由になるかな。とりあえず久しぶりに会う菫は、昔は伸ばしていた髪をバッサリと切り捨てていて、髪を少し茶色に染めていた。教える教師が髪染めて良いのかよと心なかでツッコむ。
「そうなんだ。どう久しぶりの母校は?」
「うん、なかなか興味深いね。あの頃はもっと綺麗だったのにすっかりやつれちまったな。しょうがない事だが、妙に寂しいな」
年月の波に埋もれていったこの学校はやけにぼろく見えた。ここら辺は災害が多いため仕方がないと言うことか。話は逸れるが大学生になって急に身長が伸びた俺にとってこの学校の違和感は激しかった。前は届かなかった棚も用意に届き、洗面所の高さも随分小さく思えた。
「それでだ、少し気になるんだが……あの空いている席は何なんだ?」
それは不登校生の席であることはわかっていたが、わざとらしく尋ねてみると、少し顔を暗くして声を落とす。
「不登校生の一神くんと天月さん……急に来なくなっちゃったから少し心配。連絡はもらってるんだけね」
一神と天月……天月家の人間はよく知っているが……一神、どこかで聞いたことがある。もしかしてあの、一神屋敷の一神か?だとしたら大ごとだぞ……それでも話題に上がってこにと言うことは違うのか?一神、異端者、滅んだ一族、キーワードが頭の中に湧き出てくる。記憶喪失の青年、身元不明、捜索願いなし、そしてあの、ない方がいい記憶もあると言う発言。まさか、まさかな……。
「なあ、麻奈って名前の生徒いるか?」
「麻奈ちゃん?今日来てると思うけど、そういえば見かけないわね」
「麻奈ちゃんって子が慕ってた男の先輩がいるって噂話聞いたことあるか?」
少し考え込む、首を横に振るだけでそれ以外の発言はなかった。
「あ、お兄……でもね、確か……」
急に後ろの方で、ぐしゃり、と鈍い音が聞こえた。話しかけていた菫の声が途切れたかと思うと、生徒たちの悲鳴に合わせて菫も甲高い虫の鳴き声の様な声を上げる。俺は何事かと後ろを振り向くと、背もたれにしていた窓に真っ赤な液体が貼り付いているように付着していた。
「なんだ……これは……」
窓をスライドさせて開くと枠から顔を出す様にして下を覗く、そこに液体を出した正体がいた。真っ赤に染まった服と白肌、ひび割れた頭からゼリーを溢したみたく崩れ、流れ出ていた。俺も悲鳴をあげそうになるのを我慢した。
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