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灰色の死の世界
鯨鮫篇 其の壱
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1
その電話が鳴り響いたのは、昼の休憩を始めようとした十二時半ごろだった。
「もしもし、三角中央交番です。ご用件は何ですか?」
電話を乱暴に取ると無愛想でぶっきらぼうな声で言う。相変わらずその電話の強い方はやめろと伝えているのに直す気はないのだろう。あの二神京都先輩が、注意しているのに頑なに返事もしない。弟の僕の方が真面目で兄なのではないかと村人たちに思われてしまう始末。情けないったらありゃしない。
「はい、はい、了解です。すぐ向かいます」
受話器を置くと周りの人間に伝えることもせず、何なら自分から動くつもりもないらしい。仕方がない、僕が尋ねなきゃならないのか。
「兄さん、何だって?」
そう聞いたら、もう電話を受け取ったことすらも覚えていない調子だった。もう一度聞き直すと思い出したと声を弾ませて返事を返すのだった。
「人が死んだそうだ。上三角学校でだ」
「人が死んだ?それは確かなの?」
「ああ、電話の相手があの診療所の竜胆だからな。間違いはないだろう」
事件の方も驚愕だが、僕が聞かなかったらこのことすらも誰にも伝える気がなかった兄さんの神経を疑う。警察だという意識が足りてないのか自覚してないのか。本人も警察官になろうとした理由が拳銃や警棒に触りたいという子供心からなのだ。それでも僕よりも成績優秀で警察学校からの評価も高く卒業したため、宝の持ち腐れだ。
「じゃあ、僕がみてくるよ」
「お、さすが我が弟。役に立つねぇ」
「はいはい、優秀な警察官からの褒め言葉は嬉しいよ」
「そうだろう?よし、そうと決まったら行ってくるがいい。我が弟よ!」
聞こえない程度に舌打ちをして、交番を出ると自転車にまたがり発進した。
上三角といえばあの急な坂があることを思い出してため息をこぼす。そして学校はその中の一番上にあるため、気が遠くなる一方だ。
「ああ、これは熊鳥さん。お疲れ様です……」
まただ、この村に来てからずっとこうだ。僕の名前は坂本鯨鮫だと何回説明しても村の老人は兄さんの熊鳥の方ばかり呼んでくる。あんなやつと一緒にされてたまるか。僕は成績が劣っていても兄さんよりも優秀な警察官になるんだ。なのにいつもいつも兄さんばかり……僕は一体何なんだ。
2
「やあ、ようやく来たか」
坂を登り終えるよりも前に一人の男性が校門よりも外で待っていた。僕の存在に気づくと駆け寄ってきて結局途中で押してきた自転車を男が代わりに押し始めた。
「すみませんっ……竜胆医長……」
警察官ながら情けない。さっき兄さんより優秀になると豪語した後にこれだからやっぱり人生簡単ではないな、とバカな発言をしてみる。
「構わないよ。この炎天下の中自転車でこの坂上がるなんて無茶だ。医者の精神が許さないんでね。あと、俺は車でここを上がってきたんでね」
この状況ではとてもありがたい。本当に倒れそうな気分だったのだ。汗でべっとりと肌に張り付く制服がとても不快に感じたのと同時に風呂に早く入りたくなった。先頭の自転所を押す竜胆医長の後を応用に残りの坂を駆け上がった。
休憩する時間もなく学校の敷地内に入ると、その異常性にすぐ気づいた。いつもは賑わっている時間に生徒の影一つもなくやけに騒がしいくない。やはりさっきの電話通りに人が死んで、生徒たちは先に帰ったのだろう。
キョロキョロと探す僕に竜胆医長は顎をしゃくって居場所を教える。その先には確かに赤い水たまりの様なものの上に何か乗っていた。
「彼女が例のガイシャって奴だ」
彼は覚えたばかりの言葉をここぞとばかりにイキった風に言う。ニヤニヤと笑う顔は子供っぽさがまだ残っていて確かに言葉自体間違ってはいないが違和感を感じる。
「ガイシャって自殺じゃないんですか?僕が見た限り屋上から飛び降りた風にしか見えないんですけど……」
ガイシャとは普通、事件の被害者を指す。自殺した人間をガイシャと呼んで良いのだろうか。そう聞くと鼻で笑われた、遺体にしゃがみ込んで説明を始めた。
「俺も最初はそう思ったんだが、すぐに気づいたよ。上を見てみろ」
指を刺した先には柵のついた屋上があった。何ら違和感はない様に見えたが、竜胆医長が立って見せると、唖然した。そう、それは……。
「この建物、そんなに高くないですね。この高さから落ちてこんなになるかな」
パッと見で二、三階ぐらいだ。高いと言えば高いが遺体の頭部の損壊具合からみて、到底この高さから落ちてできた傷だとは思えない。落下の傷よりもまるで鈍器や何だか重いもので殴られたみたいに円形の砕け方。まさか、竜胆医長が言いたいのはこういうことなのだろうか。
「自殺じゃなくて、殺されたのか」
うんうん、と満足げに頷くといつの間にか咥えていたタバコにジッポライターで火をつける。カチンと音を立てて閉じると、深く吸って煙を大きく吐き出す。自分はタバコが苦手で、煙たくなり咳き込む。
「彼女、天月允。十六歳でこの学校の生徒だ。ここ最近は不登校気味で次に学校にきたら、この有様だ」
「何かいじめを受けていた?」
「生徒に聞いてみたが、そんなことはないようだ。でも、不登校になる前に奇妙なことを連呼していて正常には見えなかった。異常だと感じた教師が早退させてから不登校が始まったそうだ」
パッと聞いただけでも妙な話だ。普通の話でないことは明らかなのだが。
「奇妙なことを連呼……一体なんて言っていたんですか?」
僕が尋ねても竜胆医長もまだわからないことだらけなのは一緒らしい。肩をくすめるばかりで、短くなったタバコを地面に落とすと靴の底で踏み潰す。ようやくあの煙を吸わなくても良くなると思うと、一人勝手に胸を撫で下ろす。
「まあ、謎が多いことには前へは進めん。俺もこれからいろいろ調べてみるつもりだ……」
「僕の方でも調べてみます。竜胆医長の方でも何か分かったら情報提供よろしくお願いします」
おう、と手を上げると遺体の方へ視線を戻す。
「ああ、そういえばあんたは……」
僕の顔をじっと見つめる。自分は何なのかわからず困惑していると、すまない、と一言だけ伝え視線を落とす。
「鯨鮫さんだったな。ご苦労様」
僕のことを鯨鮫だと一眼で理解した初めての人間だった。
その電話が鳴り響いたのは、昼の休憩を始めようとした十二時半ごろだった。
「もしもし、三角中央交番です。ご用件は何ですか?」
電話を乱暴に取ると無愛想でぶっきらぼうな声で言う。相変わらずその電話の強い方はやめろと伝えているのに直す気はないのだろう。あの二神京都先輩が、注意しているのに頑なに返事もしない。弟の僕の方が真面目で兄なのではないかと村人たちに思われてしまう始末。情けないったらありゃしない。
「はい、はい、了解です。すぐ向かいます」
受話器を置くと周りの人間に伝えることもせず、何なら自分から動くつもりもないらしい。仕方がない、僕が尋ねなきゃならないのか。
「兄さん、何だって?」
そう聞いたら、もう電話を受け取ったことすらも覚えていない調子だった。もう一度聞き直すと思い出したと声を弾ませて返事を返すのだった。
「人が死んだそうだ。上三角学校でだ」
「人が死んだ?それは確かなの?」
「ああ、電話の相手があの診療所の竜胆だからな。間違いはないだろう」
事件の方も驚愕だが、僕が聞かなかったらこのことすらも誰にも伝える気がなかった兄さんの神経を疑う。警察だという意識が足りてないのか自覚してないのか。本人も警察官になろうとした理由が拳銃や警棒に触りたいという子供心からなのだ。それでも僕よりも成績優秀で警察学校からの評価も高く卒業したため、宝の持ち腐れだ。
「じゃあ、僕がみてくるよ」
「お、さすが我が弟。役に立つねぇ」
「はいはい、優秀な警察官からの褒め言葉は嬉しいよ」
「そうだろう?よし、そうと決まったら行ってくるがいい。我が弟よ!」
聞こえない程度に舌打ちをして、交番を出ると自転車にまたがり発進した。
上三角といえばあの急な坂があることを思い出してため息をこぼす。そして学校はその中の一番上にあるため、気が遠くなる一方だ。
「ああ、これは熊鳥さん。お疲れ様です……」
まただ、この村に来てからずっとこうだ。僕の名前は坂本鯨鮫だと何回説明しても村の老人は兄さんの熊鳥の方ばかり呼んでくる。あんなやつと一緒にされてたまるか。僕は成績が劣っていても兄さんよりも優秀な警察官になるんだ。なのにいつもいつも兄さんばかり……僕は一体何なんだ。
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「やあ、ようやく来たか」
坂を登り終えるよりも前に一人の男性が校門よりも外で待っていた。僕の存在に気づくと駆け寄ってきて結局途中で押してきた自転車を男が代わりに押し始めた。
「すみませんっ……竜胆医長……」
警察官ながら情けない。さっき兄さんより優秀になると豪語した後にこれだからやっぱり人生簡単ではないな、とバカな発言をしてみる。
「構わないよ。この炎天下の中自転車でこの坂上がるなんて無茶だ。医者の精神が許さないんでね。あと、俺は車でここを上がってきたんでね」
この状況ではとてもありがたい。本当に倒れそうな気分だったのだ。汗でべっとりと肌に張り付く制服がとても不快に感じたのと同時に風呂に早く入りたくなった。先頭の自転所を押す竜胆医長の後を応用に残りの坂を駆け上がった。
休憩する時間もなく学校の敷地内に入ると、その異常性にすぐ気づいた。いつもは賑わっている時間に生徒の影一つもなくやけに騒がしいくない。やはりさっきの電話通りに人が死んで、生徒たちは先に帰ったのだろう。
キョロキョロと探す僕に竜胆医長は顎をしゃくって居場所を教える。その先には確かに赤い水たまりの様なものの上に何か乗っていた。
「彼女が例のガイシャって奴だ」
彼は覚えたばかりの言葉をここぞとばかりにイキった風に言う。ニヤニヤと笑う顔は子供っぽさがまだ残っていて確かに言葉自体間違ってはいないが違和感を感じる。
「ガイシャって自殺じゃないんですか?僕が見た限り屋上から飛び降りた風にしか見えないんですけど……」
ガイシャとは普通、事件の被害者を指す。自殺した人間をガイシャと呼んで良いのだろうか。そう聞くと鼻で笑われた、遺体にしゃがみ込んで説明を始めた。
「俺も最初はそう思ったんだが、すぐに気づいたよ。上を見てみろ」
指を刺した先には柵のついた屋上があった。何ら違和感はない様に見えたが、竜胆医長が立って見せると、唖然した。そう、それは……。
「この建物、そんなに高くないですね。この高さから落ちてこんなになるかな」
パッと見で二、三階ぐらいだ。高いと言えば高いが遺体の頭部の損壊具合からみて、到底この高さから落ちてできた傷だとは思えない。落下の傷よりもまるで鈍器や何だか重いもので殴られたみたいに円形の砕け方。まさか、竜胆医長が言いたいのはこういうことなのだろうか。
「自殺じゃなくて、殺されたのか」
うんうん、と満足げに頷くといつの間にか咥えていたタバコにジッポライターで火をつける。カチンと音を立てて閉じると、深く吸って煙を大きく吐き出す。自分はタバコが苦手で、煙たくなり咳き込む。
「彼女、天月允。十六歳でこの学校の生徒だ。ここ最近は不登校気味で次に学校にきたら、この有様だ」
「何かいじめを受けていた?」
「生徒に聞いてみたが、そんなことはないようだ。でも、不登校になる前に奇妙なことを連呼していて正常には見えなかった。異常だと感じた教師が早退させてから不登校が始まったそうだ」
パッと聞いただけでも妙な話だ。普通の話でないことは明らかなのだが。
「奇妙なことを連呼……一体なんて言っていたんですか?」
僕が尋ねても竜胆医長もまだわからないことだらけなのは一緒らしい。肩をくすめるばかりで、短くなったタバコを地面に落とすと靴の底で踏み潰す。ようやくあの煙を吸わなくても良くなると思うと、一人勝手に胸を撫で下ろす。
「まあ、謎が多いことには前へは進めん。俺もこれからいろいろ調べてみるつもりだ……」
「僕の方でも調べてみます。竜胆医長の方でも何か分かったら情報提供よろしくお願いします」
おう、と手を上げると遺体の方へ視線を戻す。
「ああ、そういえばあんたは……」
僕の顔をじっと見つめる。自分は何なのかわからず困惑していると、すまない、と一言だけ伝え視線を落とす。
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僕のことを鯨鮫だと一眼で理解した初めての人間だった。
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