小さなお嬢様が繋ぐ、エリート医師とのお隣生活 

ささきさき

文字の大きさ
20 / 36

20:幼い頃の思い出

しおりを挟む
 

 冬だけあり暗くなるのは早い。
 五時には既に日が落ち、祭こそまだ続いているが家族連れや子供の姿は次第に少なくなっていった。パラパラと人が疎らになってはいるが、あと一時間程すれば仕事帰りに遊びに来た客でまた賑わうのだろう。
 武流が帰宅を促すと乃蒼は「もうちょっと」「あとこれだけ」と粘ろうとしていたが、夕食を屋台で買って帰ろうと話すとご機嫌で頷いてくれた。
 凪咲の家族に別れの挨拶をし、夕食を買い、帰路に着く。乃蒼に「凪咲お姉様も一緒にお夕飯食べましょう」と誘われ、凪咲も頷いて返した。


 よっぽど楽しかったのだろう乃蒼は夕食の最中もお祭りの話をずっとしていた。
 そんな興奮と遊び倒した疲れが一気にきたのか、普段の就寝時間よりも一時間も早くからうとうとと船を漕ぎだし、武流が寝るように告げると目を擦りながらコクンと頷いた。「おやすみなさぁい」という間延びした声は聴いている凪咲まで眠くなりそうだ。

 そうして自室へと向かう乃蒼を見届け、ふぅと一息ついた。

「今日は誘っていただきありがとうございました」
「いえ、そんな。私も行くから一緒にと思っただけで、ただの町内会のお祭りですよ」
「お祭りのこともですが、それ以上に、凪咲さんとご家族の話を聞けて良かった」

 乃蒼と同じように凪咲も養子である。両親もだが、二人の兄達とも血は繋がっていない。だが間違いなく柴坂家の者達は凪咲の家族である。
 それは凪咲が話した通り、口で説明するよりやりとりを見るほうが伝わりやすいだろう。乃蒼が凪咲達のやりとりを見て何かしら感じ取ってくれることを願うばかりだ。
 そう話せば、武流が穏やかに微笑んだ。「そこまで乃蒼のことを」とそれにもまた感謝を示してきた。

「でも、ちょっと恥ずかしいところを見せちゃいましたね」
「恥ずかしいところ?」
「兄さんたちと話してる時です。武流さんと乃蒼ちゃんの前だって分かってても、どうしても兄さん達と話してるとなんだか騒がしくなっちゃって」
「俺には微笑ましく見えましたよ。むしろ凪咲さんの新しい一面を見れて嬉しかったです」
「そ、そうですか……」

 武流の言葉は真っすぐで、照れ臭さと嬉しさが混ざり合って擽ったい気持ちになる。
 それでせめてと「片方ずつと会う時はもう少し静かに話すんですよ」と説明はしておいた。今日のように賑やかになってしまうのは兄妹三人で揃う時だけだ。それぞれの兄と個別に会う時もあり、そういう時は大人同士の落ち着いた会話をする事が多い。
 そう凪咲が話せば武流が笑みを強める。話の内容が面白かったのか、もしくは、凪咲の必死さが面白かったのか……。

「昔からお兄さん達とは仲が良かったんですか?」
「そうですね。ただ、仲は良かったんですが、そのぶん喧嘩もよくしましたね。三人いると二対一になったり三つ巴になったりで、誰と誰がどう喧嘩しているのかを把握するのが大変だって母が言ってました」
「それは確かに大変そうですね」
「でも殆どは喧嘩しても直ぐに仲直りしてたみたいです。……でも一度、喧嘩というのか、私が我が儘を言って家出をしちゃったことがあるんです」
「家出?」

 武流が意外そうな表情で尋ねてくる。
 それに対して凪咲は幼い頃の行動を話す恥ずかしさを感じつつ、それでも過去の事だと、そして大事な記憶の一つだと心の中で自分に言い聞かせて話を続けた。


 あれは凪咲が六歳、ちょうど乃蒼と同じ年の頃だ。
 切っ掛けが何だったかは誰も詳しくは覚えていない。きっと些細な事だったのだろう。
 だがその時の凪咲はその些細なことに拘り、泣いて訴え……、そして、

「自分が本当の子供じゃないからだって考えて、家を飛び出しちゃったんです。あの時の私は自分が養子であることを受け入れきれなくて、でもそれを口にしてはいけないって考えてて、多分そういうのがちょっとしたタイミングで爆発したんだと思います」
「そうだったんですね……。それで、凪咲さんはどうしたんですか?」
「家を飛び出て施設に戻ろうとしたんです。実際には凄く遠いのに歩けば辿り着くって信じて、当てずっぽうで歩いて……。でも途中で道が分からなくなって、泣きそうになりながら歩いてたら家族が見つけてくれたんです」

 自分がどこを歩いていたのか、どこで保護されたのか、そういった細かなことは覚えていない。
 だけど家族の顔を見た瞬間のあの湧き上がる感情、抱きしめられると同時に心に満ちていった安堵は今でも覚えている。母や兄達は泣きながら凪咲の無事を喜び、父も声を震わせながら抱き上げてくれた。
 それを見て、かわるがわる自分を抱きしめる彼等の腕の強さを感じて、自分が彼等にとってどれだけ大事かを実感したのだ。

「あの一件で養子だっていうことは受け入れられました。まぁ、その後もずっと喧嘩はしてましたけどね」

 気恥ずかしさで照れ笑いを浮かべながら話を終いにすれば、武流が穏やかな表情で「そうだったんですね」と返してくれた。細められた表情はまるで過去の幼い凪咲を愛でているかのようだ。
 その瞳に見つめられると更に気恥ずかしさが募る。だがそれ以上に、武流に自分の話を聞いて貰い、彼に理解して貰えたことが嬉しくもあった。


 ◆◆◆


 今日の祭りのことや、夏にある近所の祭りのこと、そして時には互いの幼少時の事を話し、次第に夜は更けていく。
 テレビではまた一つ番組が終わり、いくつかCMを挟んだのちに夜のニュース番組に切り替わった。日付が変わると同時に始まる番組だ。
 もうこんな時間、と反射的に凪咲がテレビへと視線を向けた。武流も気付いたのだろう「あ、」と小さく声を漏らす。

 もう遅い時間だ。
 だから帰らなくては。
 そんな空気が漂う。

 だけど……。

 帰りたくない、と凪咲は心の中で呟いた。

 互いに時間を意識したからか、僅かな緊張感が漂っているような気がする。
 テレビの音が妙に大きく感じられ、だがテレビから流れる話し声は一切耳に入ってこない。
 落ち着かないがそれを表に出すのも憚られてテレビを見つめ続ける。

 なぜこんなに落ち着かないのか?
 考えるまでも無い。
 感じているのだ。

 ……三度目の夜の気配を。

 そして武流も同じように考えていると分かるからこそ、彼の方を向くことが出来ない。

 そんな不自然な沈黙を破ったのは、武流の「……凪咲さん」という声だった。
 落ち着いた低い声。思わず凪咲はビクリと肩を震わせて「は、はいっ」と上擦った声をあげてしまった。これでは緊張しているのがバレバレだ。
 そうして恐る恐る武流の方へと視線を向け……、息を呑んだ。
 武流がじっとこちらを見つめている。
 少し茶色がかった色濃い瞳。その奥にははっきりとした意志と、そして獲物を前にする獣のような欲を僅かに漂わせている。見つめられているだけで凪咲の心臓が鼓動を速め始めた。

「俺の寝室にいきませんか」
「……武流さんの寝室?」
「はい。俺の寝室だけ鍵が掛かるんです」

 鍵と言われ、凪咲は自宅の一室を思い出した。
 その部屋だけは室内錠が設置されており、内見の時に珍しいと不動産屋と話していたことも思い出される。凪咲もその部屋を寝室に使っていた。
 といっても鍵自体は簡素なものだ。施錠もサムターンを回すだけで鍵そのものはなく、外側からも鍵穴を弄れば簡単に開けることが出来る。一応の施錠と言ったところか。
 それを思い出し、同時に今まで使わずにいたと話せば、武流も普段は鍵を掛けないと返してきた。

「時々、夜中に乃蒼が俺の部屋に来ることがあるんです」
「乃蒼ちゃんが? 夜中に起きて怖くなったとかですか?」
「はい。まだ完璧には一人寝が出来ないみたいで、時々は寝る前からぐずったり、寝ても夜中に起きて部屋に来たりするんです。それもあって鍵はかけないようにしています。でも、今は……、締め出すわけではないんですが、鍵を掛ければ少し時間を掛けられますし」

 少なくとも、密事の最中を見られる恐れはない。
 それを暗に話す武流に凪咲もコクリと頷いた。


 彼に促されて立ち上がり、寝室へと案内される。なんとも気恥ずかしい時間ではないか。
 寝室は暖房がきいておらずひんやりとした空気が肌を撫でる。恥ずかしさで体温も上がっているのだろう妙に冷たく感じるが、かといって寒くはない。

 通された武流の部屋は、ベッドとその横にルームライト、それと本棚と机が置かれていた。本棚には医学書が並び、それだけでは足りないと机にも小難しそうな本が並べられている。
 ベッドや棚は色濃い木目調、寝具やカーテンは紺色に統一されており、暗めの色合いは寝室らしい落ち着いた雰囲気を感じさせた。
 武流の勤勉さが現れ、彼の落ち着いた雰囲気によく似合っている部屋だ。明るい色合いとぬいぐるみや玩具で溢れた乃蒼の子供部屋とも、そして白や淡い色合いで揃えられた凪咲の寝室とも違う。

 大人の男の寝室だ。
 何度も訪れて過ごした間宮家の中で、それでも一度として足を踏み入れなかった部屋。武流のプライベートな一室。
 そこに案内されたのだと考えると妙な高揚感と緊張感が胸に湧いた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

秘密を知ったら溺愛されました!

風見ゆうみ
恋愛
私、山崎しおりが勤める部署には、漢字は違うが、読み方は同じである山﨑くんがいる。 彼はいつもオドオドしていて、課長に目の敵にされていた。 そんな彼を放ってはおけず、助け舟を出したところ、残業を言い渡されてしまった。 終電ギリギリの時間に仕事を終え、電車に間に合ってホッとした時、酔っぱらいに絡まれてしまう。 喧嘩になりそうになった時、仲介に入ったのは芸能人かと思うほどのイケメンだった。 本当の姿は気弱だけれど、メガネを外せば強気になれる彼は、実は大手企業の御曹司で!? ※他サイト様でも公開しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~

花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。  だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。  エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。  そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。 「やっと、あなたに復讐できる」 歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。  彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。 過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。 ※ムーンライトノベルにも掲載しております。

処理中です...