小さなお嬢様が繋ぐ、エリート医師とのお隣生活 

ささきさき

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28:なぜ、どこへ、行ったのか

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「幼稚園には来ていないようです。もし乃蒼が来たら直ぐに連絡を入れてもらうよう伝えておきました」

 幼稚園までの道を足早に進みながら電話を終えた武流が溜息交じりに話す。
 凪咲はその話に「そうですか……」と落胆の声え返しつつ、乃蒼の姿がどこかにないかと周囲を眺めた。小さな乃蒼を探しながら足早に歩いているため自然と息が上がる。真冬だが暑く、それでいて不安が心臓の一部を凍てつかせる。
 無意識に胸元を押さえれば、武流が気付いて凪咲を呼んだ。

「凪咲さん、すみませんこんな事に巻き込んで……。もし疲れていたら病院に戻っていてください」
「いえ、私も一緒に行きます。それに今戻っても病院で待ってる方が辛いです」
「……ありがとうございます。正直言うと、凪咲さんが一緒に居てくれた方が冷静になれるんで助かります」

 武流が感謝の言葉を告げてくるが、その表情はいまだ辛そうだ。
 そんな彼を一人で探させるわけにはいかない。そう考え、凪咲は彼を支えるために「きっと見つかります!」と鼓舞した。


 病院から幼稚園までは車で五分程度。徒歩だと道が変わるため一時間足らずで着く。
 その道のりを足早にそれでいて乃蒼の姿を見落とさないように進んでいると、道の先に幼稚園の建物が見えた。
 壁に可愛らしい絵が描かれた二階建ての建物。パステルカラーの外壁と門がいかにも児童向け施設といった外観で、近付くと子供達の楽しそうな声が聞こえてきた。
 普段であれば微笑ましいと思える声だ。
 だが今の凪咲はその声を微笑ましく感じている余裕は無い。

 なにせ幼稚園まで着いてしまった。
 ……乃蒼を見つけることなく。

「乃蒼ちゃん、どこか別の場所に行ってるんでしょうか」
「乃蒼が他に行きそうな場所なんて……」

 もう思い当たる場所がないのか、武流が落胆を隠せぬ表情で弱々しく呟く。
 彼を眺め、凪咲もまた他に乃蒼が行きそうな場所はないかと考えを巡らせた。もっとも武流が分からないのだ、彼より付き合いの浅い凪咲に分かるわけがない。
 それでも諦めるわけにはいかないし、次の行動に出なければならない。

「本当に乃蒼ちゃんが看護師さんの話を聞いていたら……、自分が武流さんの結婚の足かせになると考えちゃったのかもしれませんね」
「そんな事ないのに……乃蒼……」
「それで病院を出たとしたら、どこに……」

 幼い乃蒼は一人では生活できない。もちろんだが乃蒼はそれを把握しており、頭の良い子だから『一人で生きていく』なんて無謀な事は考えないだろう。
 きっと大人を頼るはずだ。だが乃蒼は頼れそうな大人のもとへは行っておらず、他に該当しそうな親族は電車どころか新幹線の距離だ。凪咲や静香、それに幼稚園の先生といった近くの大人を頼らず、そちらに行くとは考えにくい。
 それに電車に乗るには電車賃が必要だと分かっている。そして乃蒼のリュックサックにはお菓子やぬいぐるみは入っていても金は入っていない。

 ならば乃蒼はどこに行ったのか。
 何を求めて行ったのか。

 たとえば……。

 と、そこまで考えた瞬間、凪咲の脳裏に幼少時の記憶が蘇った。
 あれは自分が乃蒼と同じ六歳の頃、己の境遇を知っても受け入れきれずにいた時だ。
 自分だけが血が繋がっていない事を気にし、家族と衝突した挙げ句に家を飛び出してしまった。

 あの時、幼い自分は必死に考えを巡らせ、そして……。

「武流さん、乃蒼ちゃんが預けられていた施設ってここから近いんですか?」
「施設? いえ、近いというほどじゃありませんが、幼稚園の前の大通りを進んで……」
「その道は乃蒼ちゃんも知ってるんですよね?」
「……それは、知ってますが。もしかして」

 凪咲の考えを察したのか武流が息を呑む。元より青ざめていた顔だが更に血の気が引いたように見える。
 まさかと言いたげな彼の表情に、凪咲は確信はないがそれでもと頷いて返した。

「もしかしたらですが、乃蒼ちゃん、施設に行ったのかもしれません」
「でもなんで……」
「前に私が家出した時のことを話しましたよね。今の家には居られないから、施設に戻って新しい家を見つけてもらおうって.」

 大人になった今なら、養子縁組が簡単に変えられない事も、そして嘆く必要なんて無かった事も分かる。
 ただ当時の幼い凪咲は必死で、そして別の家族を探してもらうことが一番だと考えていたのだ。それが自分にも、そしてなにより、自分を一度は家族として受け入れてくれた柴坂家の為になるはず……。そう考えて、うろ覚えの道を歩き続けていた。

 乃蒼は今あの時の凪咲と同じ気持ちで、同じ考えで、施設を目指して歩いているのかもしれない。
 そう話せば、青ざめていた武流の表情が更に辛そうに歪む。嘆きの色を濃くした彼の顔に凪咲の胸がより痛みを覚えた。

 だけど今は嘆いている場合ではない。

「行きましょう、武流さん。今は立ち止まって悲しむより一歩でも多く歩いて乃蒼ちゃんを探さないと」
「そうですね」
「それに、もしも乃蒼ちゃんがあの時の私と同じ気持ちなら、早く抱きしめてあげてください」

 不安を抱く心配はない、家族を邪魔に思ったりなんかしない、どこにも行かないで。そう訴えて家族は抱きしめてくれた。その言葉と強い抱擁に安堵したのを今でも覚えている。
 だからと話せば武流が小さく息を呑み、しっかりと頷いて返してきた。青ざめ困惑と焦燥感を隠し切れずにいた彼の顔付きが変わる。決意を新たにした凛々しく力強い表情だ。

「施設に電話をしてみます。ただ、乃蒼を連れて施設と病院を行き来したのは一度か二度です。正確には道を覚えていないはず」
「それなら、たとえばどこか途中で立ち寄った場所はありますか? お店とか、公園とか、そういうのを頼りに歩いていっちゃうかもしれません」

 幼い頃の自分は家を飛び出て施設を目指して歩いていたが、実際に見つかったのは施設に向かう道とは違っていた。
 母曰く、当時の凪咲は『大きな赤い屋根の家』『茶色い壁の花屋』『ポストのある喫茶店』といった本来であれば目印にはなり難いものを目印に歩いていたのだ。それらを目指していけば施設に辿り着く……、と。行動範囲の狭い子供ゆえの勘違いだ。
 それを凪咲が話せば武流が僅かに考え込み「公園」と呟いた。

「施設の近くに公園がありました。大きな公園で遊具もあって、乃蒼がまだ預けられている時に何度か一緒に行ったこともあるし、施設側もよく散歩として連れて行っていたみたいです」
「公園……。もしかしたら乃蒼ちゃんはそこを目印にしてるかもしれません」
「でも乃蒼はあの公園の名前も知らないはず……。近くの公園も見て回ったほうが良いですね」

 他に何か目印になりそうなものはないか、同時に、乃蒼が間違えて目印にしてしまいそうなものはないか。
 それらを考えながら幼稚園の前を通り過ぎた。子供達の楽しそうな声が聞こえてくる。高く弾む声、それを聞けば乃蒼が自分を呼んでくれる声が思い出され、凪咲は願うような気持ちで足を進めた。

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