小さなお嬢様が繋ぐ、エリート医師とのお隣生活 

ささきさき

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29:公園で一人

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 幼稚園から施設までは車で三十分以上。徒歩ならば四時間ぐらいは掛かるだろう。そもそも車が無ければ電車で行く距離だ。
 だが乃蒼がどこに居るのか分からない以上、車や電車は使えない。仮に施設に向かったのが間違いないとしても乃蒼の歩く速度ではまだ着いているわけがないし、体力的な面を考えても施設まで辿り着ける可能性は低い。
 そう考えて車の大通り沿いを歩き始め十分程たった頃、凪咲は携帯電話の画面に表示させた地図を眺め、ふと地図の一部に視線を止めた。
 交通量の多い道路を示す太い線、住宅街の道なのか枝分かれする細い線、それらが入り混じる地図の中で一部分だけがぽっかりと空いている。

「武流さん、これって公園ですか?」
「ここは……。そうですね。こっちの方には来た事があまりないんですが、確かこの辺に公園があったはずです」

 話しながら武流が自分の携帯電話を操作する。
 彼の携帯電話の画面には別の地図が表示されており、そちらでは件の場所には公園と表示されている。

「もしかして近くに看板とかあるのかも」

 もしも乃蒼がその看板を見たら、施設の近くある公園だと間違えてしまうかもしれない。
 あくまでこれは憶測だ。だが可能性はないとは言い切れない。
 行ってみよう、と凪咲と武流は顔を見合わせて頷き合い、地図に表示されている公園へと進路を変えた。


 辿り着いた公園は広く、遊具の他にも小さめの噴水や休憩用のベンチも設けられている。平日の日中だけあり人は少ないが、晴れた日の休日には近隣住民が集うのだろう。
 幸い高台から入ったため見晴らしもよく、すぐに公園全体を見渡すことが出来た。

「武流さん、あそこ!!」

 咄嗟に凪咲が声をあげる。
 指差した先、噴水の縁にちょこんと座っているのは……。

「乃蒼!!」

 その姿を見つけた瞬間、武流が声をあげて駆け出した。
 凪咲もその後を追いかける。
 噴水に座っているのは間違いなく乃蒼だ。俯いているため顔こそ見えないが、服装も、それに横に置いたピンクのリュックサックも見覚えがある。
 そんな彼女は名前を呼ばれた瞬間にはっと顔を上げ、そして自分のもとへと駆けてくる武流の姿を見て目を丸くさせた。

 元より大きな乃蒼の瞳が更に見開かれ、……そして潤んでいく。

「武流おじ様……、おじ様!!」

 乃蒼が噴水の縁からぴょんと跳ねるように降り、駆け寄るとそのままの勢いで武流に抱き着いた。
 武流も乃蒼を受け止める、その小さな体を抱きしめる。ひしと音がしそうな程に、傍目からでもその強さが分かる程に、大きな体で小さな乃蒼を包み込むように抱きしめている。

「たっ、たけるおじさまっ、ごめんなさい……、乃蒼、みち分からなくて、それで、ごめんなさい……!」
「大丈夫、怒ってないから。俺の方こそすぐに来れなくてごめんな。怖かっただろ」
「の、乃蒼ね、武流おじ様に結婚してほしくて、だから、新しいおうちっ、探してもらおうと思って、でも、公園が乃蒼の知ってる公園じゃなくて」
「うん、そうだな。こんなに遠くまで歩いてきたんだな」
「泣いたら、ま、迷子だって、おうちに戻されちゃうと思って。そうしたら、武流おじ様、結婚出来なくなっちゃうし……、だから、乃蒼、施設に戻らないとって、でも道が分からなくて」

 武流に抱きしめられたまま乃蒼が必死に訴える。泣きじゃくるあまり何度も同じことを訴え、しゃっくり交じりで、言葉もたどたどしい。
 それでも乃蒼が必死だったことは分かる。
 やはり乃蒼は看護師達の話を聞いており、自分が居ては武流が結婚出来ないと考えたようだ。そして武流の幸せを想って新しい家を探して貰うために施設を目指して歩き、だが道が分からなくて違う公園に来てしまった……。

 予想が当たっていた事と乃蒼を見つけられたことに凪咲は安堵の息を吐き、次いで携帯電話を取り出した。
 武流にこそりと「私が連絡を入れますから」と告げておく。だから乃蒼を抱きしめて話を聞いてあげていて、という意味だ。察したのだろう武流が感謝を告げるように一度目配せをし、そして改めて乃蒼を強く抱きしめると泣きじゃくる彼女の背を優しく撫でた。



 まずは病院で待っている静香に電話をし、乃蒼が見つかったことを告げる。
 きっと携帯電話を握りしめながら院内を探していたのだろう、電話をかけるやワンコールで電話が通じ、開口一番に『乃蒼ちゃんは!?』と聞いてきた。無事だと分かると一気に力が抜けたのか涙声で良かった良かったと繰り返していた。
 病院側への連絡は静香に任せ、幼稚園・マンションの管理人・施設へと連絡を入れていく。誰もが安堵し乃蒼の無事を喜ぶ。
 最後に仕事の担当者に連絡を入れれば、彼女も安堵し、そして打ち合わせを中断してしまった事に関して詫ると『良いコラムを期待していますよ』と笑いながら返してくれた。

 そうして一通り連絡を入れ、最後にタクシーを呼んだ。
 しばらく待つと公園の入り口にタクシーが停まり、そこでようやく、抱きしめ合う武流と乃蒼に声を掛けた。

「武流さん、タクシーが来ました。まず病院に戻りましょう。熊谷さんに乃蒼ちゃんの顔を見せてあげないと」
「あっ、タクシー……。すみません、そこまで考えが回らなくて」
「仕方ないですよ。乃蒼ちゃんのリュックサックは私が持つからそのまま抱っこしていてあげてください」

 そう告げれば、武流が感謝の言葉と共に乃蒼を抱きあげた。
 泣きじゃくっていた乃蒼も少しは落ち着いたのか、まだしゃっくりを上げながらも武流の首に腕を回し、潤んだ瞳で凪咲を見てくる。「凪咲お姉様」という声は随分と掠れて震えているが、声をあげて泣いたばかりなのだから当然だ。

「凪咲お姉様、お仕事は?」
「仕事より乃蒼ちゃんだよ。見つかって良かった」
「お仕事の邪魔してごめんなさい……」
「良いの。お仕事の人もね、乃蒼ちゃんが見つかって良かったって言ってくれてたよ」

 だから謝る必要は無いと頬を撫でながら宥めれば、すんすんと洟を啜りながら乃蒼が目を閉じた。頬を撫でられる心地良さと安堵で目を瞑る彼女はまるで親猫に毛繕いされる子猫のようだ。
 だが頬は泣きじゃくったことで赤くなっており、少し熱ももっている。
 それだけ不安と悲しみに苛まれていたのだ。
 もしも施設を思いつかずに別の場所に探しに行っていたら、施設に向かっても別の道を選んでいたら、公園に気付かず素通りしていたら……。乃蒼は今この瞬間も一人で噴水の縁に座り、迷子の恐怖に怯え、家に帰れぬ孤独に俯いていたのだろう。
 その姿を想像するだけで凪咲の胸は痛み、同時に、乃蒼が見つかったことへの安堵が湧き上がる。

「良かった……。乃蒼ちゃんが無事に見つかって、本当に良かった……」

 一瞬にして嵩を増した安堵は胸の内だけには留まらず、涙となって凪咲の瞳に浮かんだ。

「凪咲さん……」
「あ、すみません。なんだか今更になって安心しちゃって……」

 涙が零れないうちに指で拭う。
 次いで、武流に抱き上げられている乃蒼に身を寄せ、ぎゅっと小さな体を抱きしめた。

「帰ろう、乃蒼ちゃん」

 そう告げれば、武流も続くように乃蒼に対して「帰ろう」と声を掛ける。
 腕の中で乃蒼が「うん」と頷いた。


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