29 / 36
29:公園で一人
しおりを挟む幼稚園から施設までは車で三十分以上。徒歩ならば四時間ぐらいは掛かるだろう。そもそも車が無ければ電車で行く距離だ。
だが乃蒼がどこに居るのか分からない以上、車や電車は使えない。仮に施設に向かったのが間違いないとしても乃蒼の歩く速度ではまだ着いているわけがないし、体力的な面を考えても施設まで辿り着ける可能性は低い。
そう考えて車の大通り沿いを歩き始め十分程たった頃、凪咲は携帯電話の画面に表示させた地図を眺め、ふと地図の一部に視線を止めた。
交通量の多い道路を示す太い線、住宅街の道なのか枝分かれする細い線、それらが入り混じる地図の中で一部分だけがぽっかりと空いている。
「武流さん、これって公園ですか?」
「ここは……。そうですね。こっちの方には来た事があまりないんですが、確かこの辺に公園があったはずです」
話しながら武流が自分の携帯電話を操作する。
彼の携帯電話の画面には別の地図が表示されており、そちらでは件の場所には公園と表示されている。
「もしかして近くに看板とかあるのかも」
もしも乃蒼がその看板を見たら、施設の近くある公園だと間違えてしまうかもしれない。
あくまでこれは憶測だ。だが可能性はないとは言い切れない。
行ってみよう、と凪咲と武流は顔を見合わせて頷き合い、地図に表示されている公園へと進路を変えた。
辿り着いた公園は広く、遊具の他にも小さめの噴水や休憩用のベンチも設けられている。平日の日中だけあり人は少ないが、晴れた日の休日には近隣住民が集うのだろう。
幸い高台から入ったため見晴らしもよく、すぐに公園全体を見渡すことが出来た。
「武流さん、あそこ!!」
咄嗟に凪咲が声をあげる。
指差した先、噴水の縁にちょこんと座っているのは……。
「乃蒼!!」
その姿を見つけた瞬間、武流が声をあげて駆け出した。
凪咲もその後を追いかける。
噴水に座っているのは間違いなく乃蒼だ。俯いているため顔こそ見えないが、服装も、それに横に置いたピンクのリュックサックも見覚えがある。
そんな彼女は名前を呼ばれた瞬間にはっと顔を上げ、そして自分のもとへと駆けてくる武流の姿を見て目を丸くさせた。
元より大きな乃蒼の瞳が更に見開かれ、……そして潤んでいく。
「武流おじ様……、おじ様!!」
乃蒼が噴水の縁からぴょんと跳ねるように降り、駆け寄るとそのままの勢いで武流に抱き着いた。
武流も乃蒼を受け止める、その小さな体を抱きしめる。ひしと音がしそうな程に、傍目からでもその強さが分かる程に、大きな体で小さな乃蒼を包み込むように抱きしめている。
「たっ、たけるおじさまっ、ごめんなさい……、乃蒼、みち分からなくて、それで、ごめんなさい……!」
「大丈夫、怒ってないから。俺の方こそすぐに来れなくてごめんな。怖かっただろ」
「の、乃蒼ね、武流おじ様に結婚してほしくて、だから、新しいおうちっ、探してもらおうと思って、でも、公園が乃蒼の知ってる公園じゃなくて」
「うん、そうだな。こんなに遠くまで歩いてきたんだな」
「泣いたら、ま、迷子だって、おうちに戻されちゃうと思って。そうしたら、武流おじ様、結婚出来なくなっちゃうし……、だから、乃蒼、施設に戻らないとって、でも道が分からなくて」
武流に抱きしめられたまま乃蒼が必死に訴える。泣きじゃくるあまり何度も同じことを訴え、しゃっくり交じりで、言葉もたどたどしい。
それでも乃蒼が必死だったことは分かる。
やはり乃蒼は看護師達の話を聞いており、自分が居ては武流が結婚出来ないと考えたようだ。そして武流の幸せを想って新しい家を探して貰うために施設を目指して歩き、だが道が分からなくて違う公園に来てしまった……。
予想が当たっていた事と乃蒼を見つけられたことに凪咲は安堵の息を吐き、次いで携帯電話を取り出した。
武流にこそりと「私が連絡を入れますから」と告げておく。だから乃蒼を抱きしめて話を聞いてあげていて、という意味だ。察したのだろう武流が感謝を告げるように一度目配せをし、そして改めて乃蒼を強く抱きしめると泣きじゃくる彼女の背を優しく撫でた。
まずは病院で待っている静香に電話をし、乃蒼が見つかったことを告げる。
きっと携帯電話を握りしめながら院内を探していたのだろう、電話をかけるやワンコールで電話が通じ、開口一番に『乃蒼ちゃんは!?』と聞いてきた。無事だと分かると一気に力が抜けたのか涙声で良かった良かったと繰り返していた。
病院側への連絡は静香に任せ、幼稚園・マンションの管理人・施設へと連絡を入れていく。誰もが安堵し乃蒼の無事を喜ぶ。
最後に仕事の担当者に連絡を入れれば、彼女も安堵し、そして打ち合わせを中断してしまった事に関して詫ると『良いコラムを期待していますよ』と笑いながら返してくれた。
そうして一通り連絡を入れ、最後にタクシーを呼んだ。
しばらく待つと公園の入り口にタクシーが停まり、そこでようやく、抱きしめ合う武流と乃蒼に声を掛けた。
「武流さん、タクシーが来ました。まず病院に戻りましょう。熊谷さんに乃蒼ちゃんの顔を見せてあげないと」
「あっ、タクシー……。すみません、そこまで考えが回らなくて」
「仕方ないですよ。乃蒼ちゃんのリュックサックは私が持つからそのまま抱っこしていてあげてください」
そう告げれば、武流が感謝の言葉と共に乃蒼を抱きあげた。
泣きじゃくっていた乃蒼も少しは落ち着いたのか、まだしゃっくりを上げながらも武流の首に腕を回し、潤んだ瞳で凪咲を見てくる。「凪咲お姉様」という声は随分と掠れて震えているが、声をあげて泣いたばかりなのだから当然だ。
「凪咲お姉様、お仕事は?」
「仕事より乃蒼ちゃんだよ。見つかって良かった」
「お仕事の邪魔してごめんなさい……」
「良いの。お仕事の人もね、乃蒼ちゃんが見つかって良かったって言ってくれてたよ」
だから謝る必要は無いと頬を撫でながら宥めれば、すんすんと洟を啜りながら乃蒼が目を閉じた。頬を撫でられる心地良さと安堵で目を瞑る彼女はまるで親猫に毛繕いされる子猫のようだ。
だが頬は泣きじゃくったことで赤くなっており、少し熱ももっている。
それだけ不安と悲しみに苛まれていたのだ。
もしも施設を思いつかずに別の場所に探しに行っていたら、施設に向かっても別の道を選んでいたら、公園に気付かず素通りしていたら……。乃蒼は今この瞬間も一人で噴水の縁に座り、迷子の恐怖に怯え、家に帰れぬ孤独に俯いていたのだろう。
その姿を想像するだけで凪咲の胸は痛み、同時に、乃蒼が見つかったことへの安堵が湧き上がる。
「良かった……。乃蒼ちゃんが無事に見つかって、本当に良かった……」
一瞬にして嵩を増した安堵は胸の内だけには留まらず、涙となって凪咲の瞳に浮かんだ。
「凪咲さん……」
「あ、すみません。なんだか今更になって安心しちゃって……」
涙が零れないうちに指で拭う。
次いで、武流に抱き上げられている乃蒼に身を寄せ、ぎゅっと小さな体を抱きしめた。
「帰ろう、乃蒼ちゃん」
そう告げれば、武流も続くように乃蒼に対して「帰ろう」と声を掛ける。
腕の中で乃蒼が「うん」と頷いた。
3
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
4番目の許婚候補
富樫 聖夜
恋愛
愛美は家出をした従姉妹の舞の代わりに結婚することになるかも、と突然告げられた。どうも昔からの約束で従姉妹の中から誰かが嫁に行かないといけないらしい。順番からいえば4番目の許婚候補なので、よもや自分に回ってくることはないと安堵した愛美だったが、偶然にも就職先は例の許婚がいる会社。所属部署も同じになってしまい、何だかいろいろバレないようにヒヤヒヤする日々を送るハメになる。おまけに関わらないように距離を置いて接していたのに例の許婚――佐伯彰人――がどういうわけか愛美に大接近。4番目の許婚候補だってバレた!? それとも――? ラブコメです。――――アルファポリス様より書籍化されました。本編削除済みです。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
結婚式に代理出席したら花嫁になっちゃいました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
美希は平日派遣の事務仕事をしているが、暇な土日に便利屋のバイトをしている。ある日、結婚式の友人の代理出席をする予定で式場にいたのに!?
本編は完結してますが、色々描き足りなかったので、第2章も書いています。
愛が全てじゃないけれど
深冬 芽以
恋愛
美空《みそら》は親友の奈都《なつ》に頼み込まれて渋々参加した合コンで、恋人の慶太朗《けいたろう》が若い女の子たちと合コンしている場に出くわす。
「結婚願望ある子もない子も、まずはお付き合いからお願いしまっす!」
ハイテンションで『若くて可愛いお嫁さんが欲しい』と息巻く慶太朗。
美空はハイスペックな合コン相手に微笑む。
「結婚願望はありませんが、恋人にするなら女を若さや可愛らしさで測るような度量の小さくない男がいいです」
別れたくないと言う慶太朗。
愛想が尽きたと言う美空。
愛されて、望まれて始まった関係だったのに――。
裏切りの夜に出会った成悟は、慶太朗とはまるで違う穏やかな好意で包んでくれる。
でも、胸が苦しくなるほどの熱はない。
「お前、本気で男を愛したこと、あるか?」
かつて心を許した上司・壱榴《いちる》の言葉に気持ちが揺らぐ。
あなたがそれを言うのーー!?
男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~
花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。
だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。
エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。
そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。
「やっと、あなたに復讐できる」
歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。
彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。
過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。
※ムーンライトノベルにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる