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【第九話・波乱愛憎渦巻く前世編②】
しおりを挟む夕涼み。
青葉城の屋根瓦の上で腰を落ち着かせながら、透夜は半月を眺めていた。
「透夜さん、私もご一緒してもいいですか?」
「どうぞ」
先日、舞の護衛として雇われたばかりの後輩の忍び、咲名。
まだ二十歳そこそこの、とても愛嬌のある娘。
咲名の笑顔に釣られ、久しぶりに舞も笑みを浮かべていた。
咲名は、ちょこんっと、拳三つ分ぐらいの距離を離し、透夜の横へと座る。
「涼しくて、風が気持ちが良いですね」
「そうだな。なぁ、咲名」
名を呼ばれ、咲名は首を傾け、透夜を見やる。
「けして、舞姫様を一人にしてはいけないよ。どんな事があろうとも、お側を離れてはいけない、いいな」
「無論です。いつ何時もお側にいて、即座に姫様の盾となるのが、私のお役目ですから」
屈託の無い笑顔で、咲名は自信満々に言い放つ。
咲名の笑顔は、くすんだ心を少しだけ明るくしてくれる。
『幸せなんて、色んな所に転がってる物だよ』
透夜の脳裏に、架織の声が頭に響く。
ーーーーあぁ、その通りだな。つい、覚悟が鈍ってしまいそうだよ。
*****
「お腹の子と、架織の仇です。お父様」
自身の父の胸に短刀を植え込み、舞は冷静に言う。
咲名も、透夜も、その場に居る。
部屋には、煙が立ち込めている。
青葉城は敵国に攻め込まれ、火を放たれた。
舞の部屋に駆け込み「逃げるぞ」と連れ出そうとした父に、舞は残酷な行為をとった。
「憐れね、お父様。どうぞ、地獄の沙汰で存分にご自慢の権力を行使して下さいませ。では失礼」
床で藻掻き、汚らしく喘ぐ父を、舞は笑顔で見送る。
愛する娘の手によって無様に殺される。
傍若無人な振る舞いで、これまで散々他者を苦しめ虐げてきた暴君には、似合いの末路だろう。
*****
咲名、透夜、舞は、地下にある隠し通路へと急ぎ向かう。
そんな最中。
「舞姫だな、我々と来て貰おう」
敵国の家紋を付けた、忍び二人と武士一人が立ち塞がる。
咲名も透夜も対峙して分かる、三人ともかなりの手練だと。
青葉城の落城と共に、舞が狙われる事は分かっていた。
この場では殺さず、敵国へ連れ去るだろうと言う事を。
どの道、舞が辿るであろう結末は変わりはしないのだが。
舞の父である、青葉城当主に虐げられた物達は数知れず。
理不尽な年貢を強要されていた民や、些細な出来事で簡単に処分された者達の身内。
その者達の怒りと悲しみを鎮める為にも、青葉城当主が溺愛していた娘である舞は、矢面として、大衆の面前で死刑される必要がある。
悪行の責任は誰かが背を追わなけならない。
そんな事、咲名も透夜も承知している。
けれど舞を手放す決断など、咲名にも透夜にも、でき様も無いのだ。
「咲名、姫様を連れて先に行け。俺も後から追う」
ギリっと歯を噛み締めながらも「分かりました」と咲名は言葉を懸命に吐き出す。
そんな泣きそうな咲名の頭を、透夜は撫でる。
「良い子だ。早くいけっ」
「はい」
咲名は舞を掬い抱き上げ、地下へと急ぐ。
舞の目には、勇ましく敵国の刺客と剣を交える透夜の姿が映る。
同時に、まだ幼く、自身を「舞姉」と呼び、あどけない笑顔を見せてくれていた時の、透夜を思い出す。
「・・・透夜」
*****
透夜が敵国の刺客を足止めしてくれている間に咲名は舞と共に隠し通路へと向かう。
その途中、敵国の武士と遭遇し、何とか逃げ巻く事は出来たものの、咲名は背に太刀を食らってしまう。
地下の酒蔵に、その隠し通路の入口がある。
それは、透夜が幼少期から掘り進め作ったものだ。
樽酒を退かすと、子供が通れるくらいの穴が。
入口は狭いが、通路は大人が余裕で走れる程の広さはある。
「さ、咲名。背、血が、早く手当を」
「姫様、早く中へ」
震える舞を狭い入り口から先に通路へ通し、咲名も続く。
敵国の刺客にこの通路が見つからぬ様、樽酒は元の状態へ戻す。
咲名は再び舞を抱き抱え、数キロ先にある出口へと向かう。
出口は、信頼出来るハルと言う女店主が営むお茶屋の床と繋がっている。
「咲名、駄目、下ろして。傷がっ。咲名、お願い、言う事聞いて、咲名一人で逃げて。私は、あの最低な男の娘として、制裁を受ける覚悟はとっくに出来てるのっ」
ーーーーなりません姫様。今は一刻も早く姫様を外へ。透夜さんが作ってくれた貴重な時間を、無駄になんて絶対にしない。
*****
「ハルさん、舞姫をどうか宜しくお願いします。私は城に戻ります」
「いや、いやだ、咲名。お願い、行っては駄目っ行かないで」
涙を落とし、震える体で咲名に抱きつく舞。
父を殺害した時の冷静さは、今は何処にも見当たらない。
「申し訳ありません、今日は逆らってばかりですね。大好きですよ舞姫様。どうか、精一杯生きて、幸せになって下さい」
舞の背に手を回し、咲名は意識を奪う坪を押す。
力が抜ける舞を支え、ゆっくりとその場に寝かす。
「一応問うわ、咲名。貴女も此処で舞姫様と残ると言う選択肢はないの?透夜に、姫様の側からけして離れるなと、強く言われてる筈よね」
「それでも、戻ります。私が言える立場ではないですが、ハルさんどうか、舞姫様を、一人ぼっちにしないで下さい、どうか・・・」
「透夜から前金は沢山貰ってる、その分の働きはするつもりよ。舞姫様の事は私に任せて。咲名は、咲名の選びたい様に。私が、どう止めようと、透夜の元へ行くのでしょ?」
「はい。透夜さんには怒られてしまうでしょうけど」
ハルに舞を託し、咲名は再び通路の中へ。
耳をすませ集中するが、やはり出口へ向かってくる気配は何もない。
通路は簡単に塞がり崩れる様に、仕掛けがしてある。
その方法を、咲名は透夜から教わっている。
咲名は懐から出したクナイを、とある場所目掛け放り投げる。
クナイが土壁に刺さると、何処からか、ゴゴゴっと言う音が、地響きと共に鳴り始めた。
どんどん背後から崩れていく通路を、咲名は駆け抜け、地下の酒蔵へと戻る。
【第九話、波乱愛憎渦巻く前世編ーーー終】
その後の咲名と透夜の結末は【忍ばせ恋慕、再戦①】と【卑怯なキス③】にて。
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