僕の可愛い猫

愛宮

文字の大きさ
1 / 4

【出逢い編】【雨の日編】

しおりを挟む
【出逢い編】


たまたま立ち寄ったカフェ。 
古い本と、淹れたてのコーヒーが混ざったような、不思議と落ち着く匂いがした。
そこに、彼女はいた。
窓際のソファに浅く腰掛け、膝の上に本を広げている。
長い睫毛が伏せられていて、表情は少し不機嫌そうだ。
あ、猫だ。
そう思ったのが、正直な第一印象だった。

「・・・誰ですか」

視線に気づいたのか、彼女は顔を上げてそう言った。
声は少し低くて、警戒心たっぷり。
シャー、という音が聞こえた気がした。

「ごめん。邪魔だった?」

そう聞くと、彼女は一瞬だけ言葉に詰まり、すぐに目を逸らした。

「別に。ただ、知らない人がじろじろ見るの、好きじゃないだけです」
「そっか。じゃあ、もう見ない」

そう言って視線を外した瞬間、なぜか彼女のほうが、ちらりとこちらを盗み見るのが分かった。
ああ、だめだ。
この子、可愛い。

「君、ここによく来るの?」
「・・・たまに」

短い返事。
でも逃げない。
警戒はしてるけど、完全に拒絶してるわけじゃない。
それが、またたまらなかった。

「名前は?」
「教えません」

即答。
でも口元が、ほんの少しだけ緩んだ。

「じゃあ、猫ちゃんって呼ぼうかな」
「は?」

彼女はぎろっと睨んでくる。
まさに、シャーシャーモード。

「やめてください。意味わかんないです」
「ごめんごめん。でもさ、威嚇するとこがそっくりで」
「失礼ですね」

そう言いながらも、本に視線を戻す彼女。
追い払う気は、もうないらしい。
その横顔を見ながら、僕は確信していた。
一目惚れ、なんて柄じゃないと思ってたけど。
ああ、これはもう、完全に。

「ねえ、猫ちゃん」
「だから違いますって」

そのやり取りすら、楽しくて仕方なかった。
この日から、
彼女は少しずつ僕の隣にいるようになって・・・。
シャーっと威嚇しながらも、いつの間にか撫でられる距離まで近づいてくる。

この午後が、全部の始まりだった。
ほんと、最初からずっと、愛おしい猫だった。


*****


【雨の日編】


あの日から、彼女とはよく顔を合わせるようになった。
いつも同じ窓際の席。
同じ時間帯。
同じように本を読んでいる。
僕が近づくと、彼女は必ず一度だけ顔を上げる。
そして、警戒するように眉をひそめる。

「・・・また来たんですか」
「うん。猫ちゃんがいるから」
「だから違います」

相変わらず、シャーっとした返事。
でも、立ち去らない。
それどころか、僕が隣に座るのを黙って許している。

「その本、面白い?」

何気なく聞くと、彼女は一瞬迷ったあと、小さく頷いた。

「まあ」
「へえ。どんな話?」
「恋愛小説です」

ぶっきらぼうに言うけれど、
本を閉じないところを見ると、話す気はあるらしい。

「意外。猫ちゃん、恋愛もの読むんだ」
「だから猫じゃありません」

そう言いながら、ちらっと僕を見る。
怒ってるようで、ほんの少し照れてる。
その仕草に、胸がきゅっとなる。
ある日、外は雨だった。
窓を叩く音が心地よくて、カフェはいつもより静か。
彼女はソファに深く座り、珍しく本を閉じていた。

「今日は読まないの?」
「・・・集中できないので」
「雨、苦手?」
「別に」

即答。
でも、膝に置いた手が、ぎゅっと握られている。

「そっか」

それ以上は聞かない。
ただ隣に座って、同じ雨音を聞いた。
しばらくして、彼女の肩が少しだけ、僕の方に寄ってきた。
気のせいかと思うくらい、ほんの数センチ。
でも確かに、距離が縮まっていた。

「・・・寒いんです」

ぽつりと、言い訳みたいに。

やっぱり猫、だな。
尖ってて、素直じゃなくて、近づくと逃げようとするくせに、ちゃんと人の温度を求めてる。

「じゃあ、もう少し近くに来る?」

そう言うと、彼女は一瞬だけ僕を睨み、それから観念したように、小さく頷いた。

「ちょっとだけですから」

肩が触れる。
温度が伝わる。
逃げない。

「猫ちゃん、だいぶ慣れてきたね」
「調子に乗らないでください」

そう言いながら、彼女は肩を離そうとしなかった。
撫でたら噛まれそうだから、まだ我慢。
でも、もう分かる。
この猫は、ちゃんと懐く。
時間をかけて、安心できる場所だと分かったら、離れなくなるタイプだ。
その証拠に、雨が止んでも、彼女は立ち上がらなかった。
ソファの上で、僕たちは静かに、同じ時間を共有していた。
距離は、確実に縮まっていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

一途な恋

凛子
恋愛
貴方だけ見つめてる……

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

処理中です...