僕の可愛い猫

愛宮

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【肉球手形編】【家猫編】

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【肉球手形編】


彼女は、またいつもより少し早く来ていた。
同じ、窓際のソファ。 
今度は、誰もいない。
僕が近づくと、彼女は気配に気づいて顔を上げた。
一瞬、安心したみたいに、ふっと表情が緩む。

「今日は、早いね」

そう言うと、彼女は小さく頷く。

「あなたが、来ると思って」

その言い方がずるい。 
まるで、待っていたみたいじゃないか。
隣に座ると、彼女は自然に距離を詰めてくる。 
肩が触れる。 

「この前の」

何気ないふりで切り出す。

「他の人と、あんなに楽しそうに話してるの、初めて見た」

彼女の肩がびくっと跳ねる。
その仕草すら、どうしようもなく愛しい。

「私、ね、あなたに、他の人と話してるのを見られた時」 
「・・・うん」
「あなたが、嫌な顔をしたのが」

彼女の瞳が、僕を探して捕まえる。

「・・・少し、嬉しかったです。独占欲、向けられるの、嫌じゃなかった」

そう言って、はにかんで笑う猫。
胸の奥に、柔らかく衝撃が走る。
まるで心臓に小さな猫パンチをくらい、そのまま肉球手形を残されたような、幸せな気分になる。

「猫ちゃん」 
「だから、違います」

思わず呼んだら、お約束の即否定。

そっと、彼女の額に自分の額を当てる。
息が混じる距離。

「ねえ、もうさ、曖昧なのやめない?」

彼女が、ぱちっと目を開く。

「俺、他の人の隣にいる君を見るの、嫌だよ」 

そっと、彼女の手を握る。
彼女も、ぎゅっと握り返してくれた。
その手は、小さく震えている。

視線が交差する。 

「猫ちゃん」 
「そう、呼んでもいいです、よ」

許可が出た。
思わず、笑ってしまう。

この猫は、本当に。
僕を惑わすのが、上手すぎる。

「僕の恋人になってくれる?」

一瞬、黙ってから。 
彼女は、僕の胸に顔を埋め・・・頷いた。

「・・・なでなで、して下さい」
「仰せのままに」

髪を撫でると、安心したように力を抜く。
そのまま彼女は、僕に体重を預けてきた。

少しづつ、少しづつ、手懐けて、距離を縮めて。
猫は、僕の恋人に。
でも、まだ当分は。
猫ちゃん呼びを、続けさせて貰うつもりだけどね。


*****


【家猫編】


部屋の中は、柔らかい午後の光で満たされていた。
ソファに座る彼女は、今嵌っているらしい恋愛小説に目を落としている。
その様子を、彼女の隣で僕はじっと見つめていた。

「猫ちゃん」

その声に、彼女は顔をあげる。
彼女の視線を奪還出来た事に、僕はにっこりと笑う。

「ほら、こっちおいで。今日は僕の膝の上でお昼寝していいよ」
「えっ」

彼女は思わず背を引いたが、僕はすかさず手を伸ばして、優しく引き寄せる。

「ほら、怖くないよ」と言うと、仕方なそうに膝の上に座る。
彼女は照れ隠しに俯くけれど、体をゆだね、もたれ掛かってくれた。
指で髪を撫でながら、彼女をやんわりと抱きしめる。
お日様の香りがする。

「僕の可愛い猫。今日も沢山、甘やかさせて」
「ご遠慮します」

でもその小さな抵抗も含めて、僕にとっては全部が可愛くてたまらない。
またそっと彼女の頭を撫でる。

「・・・ペット扱いは禁止」
「それは難しいな。君の照れ顔を見るのは、僕の楽しみだからね」
「ばか」

彼女は顔を隠して小さく笑う。
怒ってるようで、嬉しそうなその笑顔が僕を幸せにする。
ほんと、愛おしいな。


*****


【家猫編・夜】


部屋の灯りは落とし、間接照明だけが静かに空間を満たしている。
外はもうすっかり夜で、窓の向こうには小さな街の明かりが瞬いていた。

ソファの上。
猫ちゃんはクッションを抱えるようにして座っている。
少し丸めた背中が、いかにも眠そうだ。
僕はその隣に腰を下ろし、自然な流れで肩を寄せる。

「眠い?」
「ん、ちょっと」

そう言いながら、彼女は僕の腕に頬をすりっと寄せてきた。
たぶん、温もりを求めて無意識に。

「ほら、こっち」

腕を回して引き寄せると、抵抗はなかった。
すんなりと、僕の胸に収まる。
彼女は小さく笑って、僕の服をきゅっと掴む。
まるで、猫が甘えるときみたいな手つき。
僕とお揃いのシャンプーの香りが、ふわりと鼻をくすぐる。
それだけで、少し嬉しくなる自分がいる。

「猫ちゃん」
「・・・名前、教えたでしょ」
「うん。でも、猫ちゃんは猫ちゃんだから」
「猫じゃ、ありません」

ムスッとした、いじけた顔。
可愛すぎるだろ。

そのまま彼女は、僕の服に顔を埋めてくる。
身体の力を抜いて、全体重を預けてくる感覚。
しばらくすると、呼吸がゆっくり、規則正しくなる。

「ほんと、無防備な猫だな」

小さく呟いて、髪を撫でる。
起こさないように、ゆっくり、ゆっくり。
ベッドに運ぼうかとも思ったけど、
彼女は僕の胸にしがみついたまま、離れる気配がない。

「・・・このままでいいか」

もう少しだけ、彼女の温もりを。
そう思って、ソファに深くもたれる。

「おやすみ、猫ちゃん」

返事はない。
でも腕の中で、安心しきった寝顔が、それに代わる答えみたいだった。
この距離。
この時間。
きっと明日も、目を覚ましたら、隣にはこの猫がいる。



おしまい。
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