黄昏のグリマー

ビバリー・コーエン

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4章

第2話 新たなる仲間

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「そいつぁ、穏やかじゃねぇ話さね。それに他人事とも思えねぇ話さ」
 僕たちの説明を聞いたリースは、腕組みをしてうーんと唸っている
「なぜだ? 他人事だろう」
 そう首をかしげるガルミアさんに、リースが自分の身の上を説明する
「なんだと!? お前があの剣豪ミトール・アーズメンの子孫だというのか!?」
「だからそう言っているさ。それで人間との混血であるアーズメン家は、ドワーフ族の中で肩身の狭い思いをしているってわけさ。だからカドーたち……罪過の子だっけ? のことを他人事には思えないんさ。まぁ随分とレベルが違う話ではあるんだけどさ」
 うーん。
 どうにもリースは自分の家のことを卑下しているように思えるんだよね。
 将軍職を任されている時点で、アーズメンはドワーフ族に完全に受け入れられていると思うんだけど……。

「まぁ、そういうことだからさ。リースにこの荷物を背負ってもらうことは出来ないんだよ」
 僕は、逃亡用に揃えられた物資を目の前に言った。
 それに、リースに罪過の子の罪の一部でも背負わせることもできないしね
「ふーん。そんでお前ら、どこに逃げようと思っているんさ?」
「ああ、私は東へ逃げようと思っている」
 ガルミアさんは、東へ逃げることに決めたらしい。
 東か……ディヴァ方国に行くということかな?
 このイリス大公国を極北として、南にヴァイハルト皇国、さらに南にアクマイヤ公国がある。その3つの国を側面にして、南北に縦長に存在する国がディヴァ方国だ。
 ディヴァの更に東には、未開の地が広がっていると聞いたことがある。その地に棲まう者たちが、ちょくちょくディヴァ方国と小競り合いをしているのだということだ。
 つまり、ディヴァは東の防御の要の国なんだと思う
「それじゃあ、ディヴァ方国に行くんですね?」
「ああ、私はそうしようと思っている」
「ディヴァの王様はどのような方なんですか?」
「ふむ。14年前と同じだという前提であれば、キール・ディヴァ辺境伯がそれにあたるな。まぁ恐らくあの人は死んではいないだろう」
「それだけお若い、ということですか?」
「いや、そういうことではない。あの人が死ぬところを想像できないだけだ。確か今は43歳になるな。我がイリスの英雄オルガ・イェールドと並び称されるほどの英傑だよ」
「ご存命だとすると、王にガルミアさんの面は割れてますよね? ガルミアさんはイリス女王陛下の警護にあたられていたわけですから。西のライネイヤ共和国に向かった方が良いんじゃないですか? あそこは独立国家ですし……」
「ああ、私も最初はそう思っていたのだがな、ライネイヤは正直どのような国なのかすら分からんのだ。そこにいきなり飛び込むのはあまりに危険だ。それにディヴァはヴァイハルトに連なる国ではあるが、皇国に対する忠心に薄いと聞いている」
「方国の王には叛意がある……と?」
「どうなのだろうな……そこまでは私も知らん。だが、ディヴァの民は皇帝よりも辺境伯に敬服しているのは確実だ。ルキウル皇帝は稀代の名君ではあるが、それでもキール辺境伯こそ至上であるという声が多いということを、ディヴァの騎士から聞いたことがある」
「不敬にもほどがありますね。よくそのような声や民の存在を、ルキウル皇帝陛下は許しているものです」
「ディヴァを失うということは、西の防御を失うのと同意だからな。ディヴァの軍事力を手放すことはできないだろう」
「同時にその軍事力は皇国にとって驚異でもある……と?」
「まぁそういうことなのだろうな」
「なるほど」
「それに、私の顔が知られていることを、そこまで警戒しなくても大丈夫だ」
「そうなんですか?」
「イリス国内ではまだしも、他国であれば、私が死んだということが伝わっているかどうかも微妙であるし、伝わっていたとしても只の逃亡兵扱いだ」
「逃亡兵なんて……大問題じゃないですか!?」
「国内で考えれば大問題だな。だが、他国の逃亡兵となれば、罪人でも無い限りわざわざ捕らえるようなことはしないものだ。相手の国まで護送したりと、とにかく面倒だからな。見て見ぬふりをするのが普通だろう」
 確かに。
 イリス大公国からの要請でも無い限り、ディヴァ方国がガルミアさんを捕らえるようなことはないのかもしれない。
 ディヴァにとってなんの旨味も無いしね。
 それに、アーシェの背景を思えば、イリス側が他国にガルミアさんの捕縛要請を出しているとは思えない
「そういうことなら納得です」
「あ、あのさ。アタイは難しい話は分からねぇけどさ。アタイもその……ディヴァ方国ってのに付いて行ってもいいさね?」
「いや、だから僕たちは罪過の子で、これからの旅は要するに逃避行なんだよ?」
「それは分かっているさ! なんというかアタイも外の世界を見てみたいんさ……それによぉ」
「それに……なんだい?」
「いや、なんでもないさ」
 まぁ、どうしても付いて来るっていうのなら、僕としては構わないかな。
 例えば追手が来たりしたら、リースだけを真っ先に逃がすこともできるし、無関係を装えば彼女が罪に問われることも無いと思う。
 というか、リースならそうそう簡単に捕まるようなことはないよね。凄く強いから。
 見た目も人間に近いし、服装を工夫すれば、ドワーフだとバレることも無いと思う。
 人間とドワーフの間で協定が結ばれた後になれば、リースがドワーフであることを隠すことも無くなるかもしれないし
「僕はリースが来てくれるというなら心強いですが……どう思いますガルミアさん?」
 パーティのリーダーは、あくまでガルミアさんだ。
 特にそう決められていたわけではないけれど、僕が勝手にそう思っているから、ガルミアさんにリースのことを聞いてみた
「構わん。むしろありがたい……が。ドワーフには王がいるのか?」
「いるさね。族長様がいるさ」
「ならば、その族長殿の許可が欲しい。それがなければ連れてはいけない」
「ああん? そんなん、喜んでアタイを放り出すに決まっているさ!」
「決まっているかどうかはどうでもいい。許可を取ることが大事なのだ。我々人間とドワーフ族の新たなる火種になる可能性を残してはならない」
「チッ! 真面目なんさな。分かった、族長様を呼んでくるから待っていてくれ」
「こちらから伺うのが筋だと思うのだが?」
「いや、人間との協定が結ばれる前だっつーのに、アタイらの棲家に招き入れることなんて出来ないさ」
「ああ……確かにその通りだな。失礼した」
「そんじゃ、連れてくるから、ちょっと待っててくれさ」

「ダメじゃ!!!」
 リースに連れて来られた族長さんの答えは無下もなかった。
 しかし、物語で語られたり、絵本に描かれるドワーフの要素を凝縮したような人だな。
 身長は低くて、僕の肩下くらいしかない。
 けれど、全く勝てる気がしないのだ……。
 まるで、ずんぐりむっくりの筋肉の塊だ。
 手にしている斧は、さすが族長さんという感じで豪奢なのだけれど、ただでさえ分厚い鉄の固まりに、細かい意匠が施された飾りが付いているのだから、その重量は一体いかほどなのだろう?
 浅黒い肌に、剛毛の薄い銀色の髪と髭が目立っている。
 髭はまさに虎髭のそれで、方々に散らした髭の末端には、謎の金属のアクセサリーが結び付けられていた。
 ドワーフ流のお洒落ってやつなのかな?
「なんでさ! アタイなんか居なくたって問題ないさね」
「何を言っておるのじゃ? リースよ」
「だって、アタイは人間の混血で……」
「アホか! いつの時代の話をしておるんじゃお前は。アーズメンはドワーフ族の斧であり、盾であり、そして至上の剣であるのじゃぞ?」
 族長さんが呆れたように、だけれど慈しむような表情を見せて、リースを叱った
「ですよねぇー」
 僕も呆れて思わず声を上げてしまう。
 そんな族長さんと僕を、リースは口をあんぐりと開けて見上げている
「あのねぇリース。普通に考えてさ、忌み嫌われているのだったら、将軍職なんて任せられるわけないじゃないか」
「それは……そうかもしれないさ。でも戦場の捨て駒として……」
「馬鹿言っちゃいけないよ。僕は君との戦いの中で、ドワーフ族の戦士が、君を守るように戦っている場面を何度も見てきたよ?」
「その通りじゃぞリース。お前さんはドワーフ族の将軍じゃ。おいそれと失うわけにはいかんのじゃ」
「そ、そうか……。でもさ! アタイはこいつらと一緒に行きたいんさ!」
「そうか、リースよ……お前さんはドワーフ族が嫌いなんじゃのぉ……」
 悲しそうに族長さんが肩を落とした
「ちがうさ! それはちがうさ! 族長様も皆も大好きさ! だから戦ったさ、必死に戦ったさ! でもその戦いの中でさ、自分のルーツでもある人間って存在を知ったんさ。カドーは面白いやつさ。アタイはカドーと一緒に旅がしてみたいんさ!!」
 う……。
 何か期待されちゃっているのかな?
 あ、もしかすると『統べる者』の『カリスマ性』が発動しちゃっていたりする?
「カドーとは誰じゃ?」
「あ、僕です」
「貴様か! リースをたぶらかしたのは!!」
「ひぃ!!」
 思わずリースの背中に逃げ込む僕。
 斧を構えた族長……恐すぎる!!
「なんと!? 女の背に隠れるとは……情けない男じゃ」
「す、すんません」
 族長さんは構えを解いて、大きく溜息をついた
「仕方がないのぉ……。そんなに情けない男が旅をするというのじゃ。誰かが守ってやらねばならん。ドワーフ族の盾としてのリースを、お前に貸してやるとするか」
「族長様! ありがとうさ!!」
 納得いかねー。
 確かに今のは情けなかったかも知れないけれど、リースと僕の実力は拮抗しているんですよ?
 とはいえ、そんなことを言って、せっかく貰った許可を台無しにするのもねぇ……。
 うん。ここは涙を飲もうじゃないか、男として!
「さてじゃ……カドーといったかのう?」
「はい。カドー・スタンセルと申します」
「お前さん、その旅の先に何を求めるのじゃ?」
「求める……ですか?」
「そうじゃ。逃げて逃げて、その先で何を得たいのじゃ? ただ逃げ続けて果るのが目的ではないじゃろう?」
「そ、それは……」
 そうだ……。
 僕たちは逃避行の先に何を求めるのだろう?
 命のために逃げるのは分かる。
 でもそれじゃぁ、それこそ死ぬまで逃げ続けなくちゃならなくなる。
 何のために?
 何を求めて?
 僕は、そんなこと、何も考えちゃいなかった
「ふむ。まぁ旅の中にその答えを探すのも、また良いじゃろう。困ったことがあったら儂らドワーフを頼って良いぞ。お前さんは悪い男じゃなさそうだしのぉ」
「あ、ありがとうございます」
「なんならリースの婿になってくれても良いのじゃぞ? ウォッホッホッホ」
「ぞ、ぞ、ぞぞぞぞ族長様!!!」
 リースが顔を赤くしてアタフタしている。
 隣でガルミアさんが、厳しい顔をしているけど……なぜだろう?
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