黄昏のグリマー

ビバリー・コーエン

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3章

第2話 開戦、そして凶行

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「リース・アーズメンはいるかぁぁぁ!!!」
 ウラノス山に穿たれた穴の前。
 ドワーフや魔物たちが拠点を設営している広場に足を踏み入れた僕は、大声でそう怒鳴った。
 ざわめきたつ異形の者たちの目が、一斉に僕を睨めつける。
 こ、こえぇぇぇ……。
 村で安穏と暮らしてきた僕には、荒事に対する免疫などないのだ。
 剣の腕には自信があるけれど、精神的な耐性はまぁこんなもんです……。
 僕は迫り上がる震えを無理やり押さえ込むように、エルバから借り受けた業物を構えた。
「ダレダ オマエハ ナゼココニイル」
 一匹(一人か?)のゴブリンが、いかにも重そうな棍棒を片手に近づいてきた
「ニンゲン ドウヤッテ コノモリヲヌケテキタ オシエロ」
「誰が教えるものか!」
 どうやら言葉は通じるらしい。
 僕の拒否の言葉を聞いたゴブリンが、見下すような野卑た笑みに口を歪ませた
「ベツニイイ イタメツケル シャベリタクナルマデ ナ」
 ゴブリンが僕の脳天にめがけて、棍棒を振り下ろす

 ――遅い…!

 剣を握ったことで能力がブーストされている僕にとって、ゴブリンの動きはいかにも愚鈍だった。
 最小限の動きでその一撃を躱して、カウンター気味にゴブリンの腹を横薙ぎに斬る。
 腹を裂かれて固まったように動かないゴブリンを、僕は中段に蹴り倒した。
 コチラ側に倒れられると、色々と面倒そうだからね。

 ――意外に冷静なんだな

 初めて能動的に人型の生物を殺すつもりで斬ったにしては、僕の心はそれほど乱れてはいなかった。
 仲間や家族を守るため、と心は決めていたとはいえ、その冷静さには我が事ながら驚愕する。
 異形の者が相手だからかもしれないけれど、少なくとも言葉を交わした相手をこうも簡単に殺すことができた自分に、なんとなく嫌気が差した。
 眼下をみると、腹の中から緑がかった紫の体液を垂れ流したゴブリンは、既に事切れているようであった。

 仲間を殺された魔物たちの怒号が、静かな森の空気を不穏に揺らす。

 ――仲間を殺されて激昂するのか……僕ら人間と同じじゃないか

 建国の英雄ゼルフの物語の中で、魔族という存在は、魔女グリマラと共に<<悪しき者>>として描かれていた。

 ――だから端から魔族を悪いやつだと決めてかかっていたんだな
 
 と、僕は唐突に理解した。
 奴らは人間の領地を侵略しようとしているのだから、それはどうしたって敵でしかない。
 けれど、仲間の死を悲しみ、仲間を殺した相手を憎む姿は、人間と何ら変わらないように見えるのだ。

 ――なるほど、これは聖戦でもなんでもない。ただの戦争なんだ

 僕は、僅かな思考のめぐりの中、そう自覚するに至った。
 なんとか割り切ろうと唇を噛んでみるけれど、染み出した血が錆臭いだけで頭を切り替えることが出来ない。

 ――あぁ……臭いなぁ

 ゴブリンの腹からはみ出た臓腑から立ち昇る臭いが鼻につく。
 嫌だなぁ……やっぱり止めたいな。
 こんなことは……したくないよ。
 いいじゃないか……そうだ! 逃げてしまえばいいんだ……。

「カドー!!!」

 森の中から、女の子の大きな声が聞こえる。
 10年以上、毎日のように聞いてきた声だ。
 その声が僕を思量の沼から引きずりあげた。

「ごめんネ。ウチ……無責任なことしか言えないけれど、頑張って! カドー!!」
 ピノの声が僕の心を鼓舞する。
 まったく……僕以外の人間が森の中に潜んでいることがバレてしまったじゃないか。
 そんな風に心の中で呆れてみたけれど、ピノの激励は何よりもありがたいものであった。
 そうだ……!
 僕が頑張らなくちゃ、ピノが死んでしまうかもしれないんだ。
 彼女は絶対に死なせてはならない。
 負けるわけにはいかないんだ!

「リース・アーズメン! 見ているのだろう? 隠れてないで出てこいよ! この前の決着をつけようじゃないか!!」
「どうにも、オメーって奴が分からなくなるさ。猪突猛進に単騎できたかと思えば、伏兵の存在をバラしちまうポカ。キレ者なのかバカなのか、一体どっちなのさ」
 敵軍の中から、呆れたように苦笑いを浮かべたリースが、1人で僕の方に向かって歩いてくる
「別に……さっきの声の主が伏兵だって決まったわけでもないだろう? それにさ、伏兵がいようがいまいが、どうせ君たちは森に攻め入ってくるんじゃないかい?」
「まぁそうさね。森の中に大軍の気配もしないし、一気に蹂躙しちまおうかと思っていたさ」
「その前にどうだい? この前の決着を僕と……さ」
「一騎打ちってことさね? そりゃどうにもアタイのメリットがみえない提案さ」
「メリット、デメリットじゃあない。ただのプライド問題だと僕は思うけれどね」
「なるほどねぇ。そういう話は嫌いじゃないさ。でもアタイの勝手にはできないさ」
「どうしてだい? 君がこの軍の責任者なんだろう?」
「その通りさね。だからこそ、アタイは失敗するわけにはいかないんさ。この前のような個人的な私闘ならいざしらず、今は軍を預かる将軍の立場さ。自分勝手に敗北して家名を汚すわけにはいかないさ」
 リースは何故か悔しそうに顔をしかめ、踵を返して拠点へと戻ってしまった。

 マズイな。
 このままじゃ、作戦通りに奴らを森に引き込むことはできない。
 いずれ、大軍で攻め入ってくるとしても、軍としての統制ある動きをされてしまえば、作戦通りに事を運ぶのは難しくなってしまうだろう。
 リースと一騎打ちして、折を見て森に逃げ込み、突発的に背中を追わせようと思ったんだけれど、目論見は外れてしまったようだ。
 だけど打つ手がなくなったわけじゃない。
 一つだけ腹案がある……凄く、もの凄く気が進まない方法なんだけれど……。
 頭の中に、ピノの激励の声が残っている。
 気が進まないとか言っている場合じゃない!
 迷うな!

 僕は最早、ピクリとも動かなくなった緑の死体をチラリと確認した。
 ゴメンネ……君を汚すよ……!!

 斬!!

 気持ち悪い肉を断つ感触と、骨の抵抗が手に伝わってくる
「さて、それじゃあ、この首を貰っていくことにしようかなぁ。こんなに醜悪で吐き気がする魔物の頭なら、高く売れるかもしれないしね」
 地に仰向けで倒れているゴブリンのむくろの首元に突き立てた剣を、僕は前後に動かしていく。
 死んだはずのゴブリンの体がビクッと痙攣した。
 蜥蜴のたぐいもそうだし、狩りで得た獲物の血抜きをする時なんかにも、たまにこんな感じで死体が痙攣することがある。
 今回のゴブリンもそういうことなんだろう、と思ったと同時に、無意味に死体を辱めているという現実が否応なく、僕の良心というべきか……人としての大事な部分を激しく締め付けた。
 もうこれ以上はダメだ……。
 ゴブリンの仲間たちが逆上して僕に襲いかかってくる理由としては、これでもう十分なはずだ。
 必要以上の辱めは必要ない。
 そう思って、死体の首に突き立てた剣を抜こうとするのだけれど、なぜか体を動かすことが出来なかった。
 それどころか、自分に意思に逆らうように、死体から首を断とうと剣を前後に動かす力が強くなっていく。
 あれ、なんで?
 だめだって……これ以上はだめだって!
 どんなに心に強く念じても、勝手に体が動くのを止められない。

「ああああああぁぁぁ!!」

 僕は絶叫し、剣を抜こうと両腕に力を込めてそれを引き上げた。

 ゴトっ

 という音はしなかったと思う。
 けれど、まるでそういう音がしたかのように、僕が剣を抜いたタイミングと同じくして、体との結びつきを断たれたゴブリンの頭が地面に転がる
「てめぇ! カドー!! そりゃあ、やりすぎってもんだろうさ!!!」
 遠くから、リースの絶叫が聞こえる。
 それに伴奏するかのように、魔物たちの怒号が僕を襲った。
「ち、違う、僕じゃない……ここまでやるつもりじゃ……」
 そう呟いてみても、目の前の死体、手に握られた剣が、その言い訳が事実と異なることを物語っている。
 僕はその現実から逃れるように、魔物たちに背を向けて森に向かって走り出していた。

 魔物たちの怒りの咆哮と、地を踏み鳴らす音が僕を追ってくるのがわかる。
 それは、無節操で、統制が取れていない、感情任せの追撃に違いなかった。
 幸いなこと……といえるかどうかわからないが、僕の仕出かした異常な行動は、奇しくも作戦通りに敵を動かくすことに成功していたらしい。

 ――こんなの、結果オーライなんてとても言えないよ……

 僕は、自分の凶行がピノや、村の仲間に見られていないことを願いながら、伏兵が待ち受ける場所へとひたすらに駆けていった。
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