黄昏のグリマー

ビバリー・コーエン

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3章

第3話 白髪の少女との出会い

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 バタッ!

 また一匹、また一匹と、樹上から放たれる矢によって魔物たちが倒れていく。
 ゲリラ隊の仲間たちは、作戦通り『インプ』を優先的に狙っているので、討ち漏らされたゴブリンやコボルトなどの一般兵卒が僕の背中を追ってくるのだけれど、視界が悪く、歩きにくい森の中……ましてや『迷いの森』であるのだから、奴らの刃が僕の背中に届くことはなかった。
 インプの飛行能力は思ったほど高いものではないらしく、上空から僕の位置を知らせるような手段は取れないことが既に判明していた。
 森の中で迷い、拠点へも戻れなくなった魔物たちがどうなるかは予想がつかないけれど、今はその辺は仕方がないことだと割り切っていた。

 一方的な掃討戦に魔物たちはその数を減らしていき
「ダメだ! 深追いしないで撤退するんさ!!」
 ドワーフの将軍リース・アーズメンの叫びを合図にして、初戦は幕を下ろした。


「魔物たちが拠点から出てくる雰囲気はないよ。しばらくは動かないんじゃないかなぁ?」
 戦闘を終えた僕たちは、撤退し終えた魔物たちの偵察に出ていたピノの報告を受けていた。
 幸いコチラ側の被害は皆無であり、怪我をした人はいない。
 強いていえば、疲れが大分溜まっているといったくらいであった。
 普段の狩りと戦争では、同じ弓を用いていたのだとしても、その疲労の度合いが段違いであるということを、僕たちは身をもって理解するに至っていた
「敵の数はどのくらい残ってた?」
「うんとネ。ゴブリンが23、コボルトが16、インプが2匹で、その他の魔物の数は変わってないネ。でも怪我をしているのも多かったから、戦える数はそれより少ないと思うよ」
 なるほど、ということは、僕が殺したのを含めて、ゴブリンを7匹、コボルトを4匹、インプを8匹撃退したことになる。
 死体を確認しないとなんともいえないけれど、拠点に戻っていないゴブリンとコボルトの半数くらいは、現在いまも森の中を彷徨っているのかもしれない。

「緒戦は快勝だべ!」
 エルバが明るく肩を叩いてくるのだけれど、僕の心が晴れることはなかった……自分が仕出かした凶行に対する懺悔の念が尾を引いていたのだ
「ネネ。どうしたのカドー?」
 ピノの反応を見る限り、僕の残虐な行動は彼女に知られてはいないようだったけれど、その醜行の記憶がなくなるわけでもなければ、事実が消えるわけでもない。
 それに<<意思と反して体が勝手に動いた>>という不可思議な現象が、僕を底なしに不安にさせていた
「どうしたのじゃ、カドー? ずいぶんと疲れた顔をしておるのぉ」
 ドロ爺が珍しく優しい声を掛けてくれる
「そりゃぁ疲れたんだろうよ。カドーは敵を引きつける役を見事にこなしてくれたんだからな」
 フィオさんが、僕の作戦行動を賞賛して労ってくれた
 なんとか笑顔で応えたいところだったけれど、結局僕は、皆が眠りにつくまでそれを為すことが出来なかった。

 一睡も出来ないまま夜が明けた。
 目の下に隈を浮かばせる僕を見たドロ爺が
「戦うことに不慣れなワシらが連戦をするというのは下策というもんじゃ。今日は討ち漏らした魔物が森に残ってないかを探すことにするのはどうじゃ?」
 と提案してくれた。
 僕は素直にその提案に乗らせてもらい、ピノにマラブの村への戦況報告をお願いした後、一人で森の中に探索へ出かけることにした。
 エルバが僕を一人で行かせることに難色を示していたけれど、森の中を探索するだけなら、集よりも個の方が効率的だという僕の説明に渋々頷いて、彼も既に森の中へと姿を消している。
 僕はなるべく一人になりたくて、できるだけ遠くへ遠くへと、森の奥深くへと潜っていった。
 まだ誰も足を踏み入れたことがないだろう場所へと、道なき道をただひたすらに。


 ――なんだろうこの感覚は……?

 気付けば、何かに導かれるように、まるで目的地があるかのように、さらなる深層へと進んでいる自分がいた。

 ――向こうに何かがあるような気がするんだ……

 一度も来たことがない森の深層域のはずなのに、進んだ先に<<何か>>がある予感がしている。
 それはとても大切なことのような気がして、僕は進む足を逸らせた。
 
 どのくらい進んだだろうか?
 いつしか遠くに、石造りの建物がぼんやりと見えてきていた。
 こんなところに建物があるなんて聞いたことがないし、ましてや人が住んでいるなんて以ての外だ。
 それなのに、僕はそこに誰かが<<居る>>という確信があった。
 近づいてみると、建物の周りはそこだけぽっかりと開けていて、畑や薪割り場などがあり、人の息づきが感じられる

 バタン!

 と音がした方を見ると、1人の少女が建物から駆け出していくのが見えた。
「あ……」
 声をかけるに間に合わず目で追った少女の背中には、揺れる髪が差し込む陽光に煌めいていた。
 キラキラと光る燐光が僕の目の中で舞っている。
 なんて綺麗な髪なんだろう…………。
 その美しさは、ここに人が居たという驚愕を僕に忘れさせるのに十分な衝撃だった。
 少女が走り去った方、建物を挟んだ向こう側へと足を向けてみると、彼女の他にもう一人、男性の声が聞こえてきた。
「アーシェ、どうした!?」
「お父さん! 男の子が来たよ! ね? 言った通りだったでしょ? お父さんは信じてくれなかったけれど、<<何か来る>>って私、言ってたわよね?」
「なに……!? まさか本当に……」
 少女は溢れ出る好奇心が押さえきれないような落ち着きのない声ではしゃいでいるようだったけれど、『お父さん』と呼ばれた男性は、彼女の言葉を聞いて顔を曇らせていた。

「あ、あのぉ……」
 どのようにコンタクトを取るべきか悩ましかった。
 勝手にこの敷地に入った僕は、恐らく侵入者でしかありえないだろうし、特に男性の方は、僕の来訪を歓迎しているように思えない。
 かといって、このまま踵を返すわけにはいかない。
 こんなところに住んでいる人の素性が気になるし、ゴブリンらが彷徨っている可能性について、彼らに伝えなければならない……そしてなにより、少女の髪色をみれば、この出会いはなんらかの必然であるのだと思えたのだ。

「うわっ!!」
 首もとが冷たい。
 全身を粟立つような寒気が駆け抜け、ぶわっと冷たい汗が吹き出した
「何者だお前は……何処から来た……」
 雷光の如き素早さで僕の背後を取った男性が、羽交い締めるように僕の首に刃を押し当てながら、唸るように言った
「ぼ、僕はマラブの村の……カドー・スタンセル……」
「ほほぅ、マラブの村人か……。で、なぜここに居る? どうやってここに来た?」
「森で……ゲリラ戦をしていて……ゴブリンが……居るかもしれなくて……それで……」
「ゲリラ戦? それにゴブリンだと!? なんだそれは? 何を寝ぼけたことを……」
 押しつけられた剣が、さらに首に沈んでいくのが分かる。
 このまま剣を横に動かされてしまえば、恐らく僕は死んでしまうだろう
「お、お父さん!? 何をしているの? だめだよ! やめてよ、こんなこと……」
「アーシェ、この場所には術が掛けられているんだったな? 誰も近づくことが出来なくなるという術が」
「う、うん。認識阻害の術がかけられているから、<<普通の人>>はこの場所を見つけることは出来ないはずよ。……アレ? でも術が解かれてしまっているみたいだわ」
「ということは……だ。コイツは多分<<普通の人>>じゃないってわけだ」
 男の殺気が背中越しに伝わってくる。
 もう猶予は余りないようだ。
 少女は僕を助けようとしてくれているようだけど、この男がそれを素直に聞くとはどうしても思えなかった。

 ――どうせ殺されるなら……だ!

「確かに、僕は普通じゃない。僕は……」
「なんだ? 素直に正体を言う気になったか? 貴様は恐らくヴァイハルト、もしくはイリスから派遣された追っ手なのだろう?」
 男の声が深く沈んだ。
 追っ手? この人たちは誰かに追われているとでもいうのか?
「ち、違う……僕は……」
「だからなんだ? 言ってみろ」
「ぼ。僕は……罪過の子だあああぁぁぁ!!」
 バサバサ、と大声に驚いた鳥たちが飛び立つ音がして、そしてすぐに静寂が訪れる。
 男と少女の息を飲む音すらが聞こえる静けさの中、刃が喉元を離れるのが分かった
「罪過の……子……だと? その赤髪で何を言うか」
 震える声で男が言った
「染めているんですよ。髪の根元をよく見てください」
「……黒髪……の……罪過の……子……」
 男の腕から力が抜ぬけた

 ガラン

 と、男が持つ剣が自らの重さで地面を叩いた。


「同じ罪過の子でも、僕の方が随分と恵まれていたみたいだね……」
 僕を罪過の子と認めた男はその警戒を解き、僕を彼らの住処へと招いてくれた。
 互いのことを一通り話し終えた僕たちは、アーシェと名乗った少女が入れてくれた、
とても良い香りのするお茶を楽しんでいた
「そ、そそそ、そうでもないわよ。こ、この森での暮らしも悪くはなかったもの。ほ、本がたくさんあったし、い、いいい、色々な野菜を育てたりするのは、と、とても楽しいことだわ」
 アーシェの動揺がすごい……。
 彼女にとって僕は、それこそ初めて出会った『他人』なのだ。
 これでも随分落ち着いた結果であって、最初は全く僕と言葉を交わしてくれなかったのだ
「でも、家族と会うことができないなんて……さ。アーシェは辛くなかったの?」
「う、ううん! だ、だだ、だって、わ、私には父さんがいるもの!」
「だ、そうですよ? ハントさん」
「……」
 ハントさんは渋い顔で笑っていた。
 アーシェは、イリスの『学都ケントニア』の豪商の娘なのだそうだ。
 罪過の子として生まれた娘を殺すことが出来なかった当主ちちおやは、当時の番頭だったハントさんに娘を預け、この迷いの森の砦へと隠したのだという。
 なるほど、通りで調度品には高級感が漂っているし、見慣れない魔具の数々があるわけだ……アーシェの生家はかなり裕福だったのだろう。
 そんな目立つ商家で、罪過の子の存在を隠すのは確かに無理がある。
 マラブの村のような暢気な山村だからこそ、僕の正体に気付く人はいなかったし、探る人もいなかったにすぎない。
 やはり僕にはアーシェがとても哀れに思えたのだけれど、同時にそれを伝える意味もないように思えた。

「で? 本当にドワーフや、魔族などという奴らが現れたというのだな?」
 ハントさんが、ぐいっとお茶を飲み干して身を乗り出すように聞いた
「はい。信じられないと思いますけど……事実です」
「お前たちは、ゲリラ戦をしていると言ったな? 援軍は来ないのか?」
「大分前にマラブの村長がイリスのお城に向かったので、多分ですけど、あと5日か10日もすれば、イリス軍かヴァイハルト軍、もしかしたらその両方が来てくれると期待しているんですけどね」
「ふむ……まぁそうだろうな……しかし」
 ハントさんは顎に手を当て、考え込むように黙ってしまった。
 改めてハントさんを見てみると、無精髭をたくわえているものの、そこに野卑た雰囲気はまるでなくて、その荒々しさはむしろ、風格と呼んだほうがしっくりくる気がする。
 どうにも商家の番頭って感じじゃないよなぁ……なんて、ハントさんをマジマジと観察していると、ボソリと彼は呟きを漏らした。

「マズイ……な」
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