美人王配候補が、すれ違いざまにめっちゃ睨んでくるんだが?

あだち

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9 英雄には心当たりがない(3)

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 ルディウスはカイルの首元から手を離した。注射針も抜けるが、その拍子に内蔵されていた薬品が机に一滴二滴と散った。

 まずい。
 何か打ち込まれた。

「っ、何を」

 叫んだ声が途切れ、大きな音が部屋に響く。さっきまで見ていたはずの執務机が消え、視界を埋めるのは天井だ。
 ルディウスは急いで起き上がろうとして、脳がぐるりと回る感覚に固まった。仰向けのまま、どうすることもできない。かろうじて動く目が、上から見下ろしてくる金髪の男を捉える。
 立ち上がり、近づいてきたカイルは、そのままルディウスの腰をまたぎ、のしかかった。
 前回とは真逆の体勢だった。

「どけ……!」
「とはいえ、こちらも多少の申し訳なさはあるよ。悪いね少佐、回復直後に真っ先に会うくらい大事な男の危機だと聞いたら、私の言葉なんか思い出せないよな」
「ちがっ……」

 声を出そうとして気がついたのは、ひどく息が上がっていることだ。
 神経に作用する薬なのだろうか。身体が熱くなっていくのとは裏腹に、頭の一部が焦りで冷えていく。

 まさか、相手もこっちを殺しはしないだろうが――いや。
 緑の目は冷徹な光を灯してルディウスを見下ろしている。
 何をするかわからない。戦場で何度も命の危機に陥ったはずのルディウスは、目の前の青年の、感情を読ませない目にぞくりと肌を粟立たせた。

「違う? 何が? 事実、私と会ったあとも、宿屋で会っていただろう。ずいぶん慣れた様子だった。傲慢な男だ君は。華やかな女性たちで目をくらませて、男にも節操なしに手を出して。それで英雄? 大概にしてくれ、誰が君なんかに王都防衛を任せるものか」
「しっ……たことかよ」

 カイルの恨みごとは的外れだ。ハワードとはタイミングが良かったから会っていただけだし、英雄と呼ばれているのもルディウスが望んでのことではない。
 それなのに。
 ――いや。そんなことで、この男は、なぜこんなにも怒っているのだ。

「……そんなことはっ、」

 大きく息を吐いてから、ルディウスはもう一度声を出し直した。

「おまえに、関係、ないだろうが」

 罵倒としての効果はゼロに等しいように見えた。カイルは相変わらずの無表情だった。
 無表情のまま、手だけがルディウスに向かって伸びてきた。

「……そうだとも。かんけいない。関係ないんだよ、私たちは。住む世界が違う、付き合う人間が違う、求められていることが違う、私は」

 首に届いた手。
 締められると思った。

「私は、おまえとは違う」

 ぷつりと音がして。
 それが自分の軍服の一番上のボタンを外した音だと気がついた。
 ルディウスはそれで一瞬頭が真っ白になってから、愕然とした。

 意図が分からないわけがない。

「多少なりとも見直したと言ったな。興味深い、あの改革で私は君にどう見直されたんだろう」
「ハウゼルッ……」
「なんでもかんでも自分に都合よく変わっていくように見えるのか。私にはわからない感覚だよ。自分の意志のままな人生を歩んでいると、そう思えるものなのか」

 カイルの手はよどみなくルディウスの軍服のボタンを外していった。力の入らない腕での抵抗は難なく払われる。

「てめっ……」

 とうとう剥き出しになった素肌を、カイルの手のひらが滑っていく。戦場で負った傷のあとを撫でていき、それはやがて肩の銃創にたどり着く。

「怖いか。英雄でも」 

 ルディウスの目に怒りが灯ったのを見計らうように、カイルはその手に力を込めた。走り抜けた激痛にルディウスは悲鳴を飲み込み、歯を食いしばる。
 その一部始終を、緑の目は楽しむでもなく、静かに見下ろしていた。

か。笑わせるな。君のせいで、次はなんの力もないただのが最前線に突っ込んでいくようになる。きっと君の真似をした、君じゃない奴らが出番を求めて、新しく作った国境の壁も突き崩す。わかるか、英雄はな、生きて帰ってきたらいけないんだ」

 傷から離れたカイルの手が、別の傷をなぞる。ルディウスはされるがままになりながら、自由になる目だけを休みなく動かして周囲を確認していた。

「なんで死んでこなかったんだルディウス・フェリル。……あんな激戦地に行ったのに」

 ルディウスは答えなかった。意識は机の上の酒瓶に向いていた。

 机を蹴れば。
 この男の頭に、落ちてくるんじゃないか。
 当たらなくてもいい。一瞬でも気を逸らせれば。破片はそのまま武器にもなる。

「前線なんて維持でよかったんだ。どうせ進軍したって、国境を引く位置は変わらない。無駄に荒らして後処理をややこしくしやがって、隣国との調停に誰が苦労したと思ってる。せっかく取った土地ならそのまま接収しろと騒ぐ国内の貴族たちを、誰が抑え込んだと思ってる」

 もう少し、机に近く寄れないか。

(ああくそ、それでも力が入らねぇ) 

 悔しさとは異なる理由で奥歯を噛み締める。カイルの手はルディウスの腹や胸を探るばかりで、下半身には一向に向かわない。
 いずれはルディウスに力が戻るのだろうが、それまでずっとこうして焦らされ続けるのだろうか。

 腹立たしさと飢餓感で、脳が焼き切れそうになる。下半身の反応は肌を滑る手のせいではないし、まして自分の意思でもなんでもない。
 薬の正体は、ルディウスにももうわかっていた。

「なぁ少佐。おまえたちが酒を浴びてバカみたいに騒いでいる間、誰が、過去の栄光にばかり縋り付く年寄りたちを宥めすかして金と名前を出させたと思ってる?」

 ルディウスを抑えつけたまま、カイルが身をかがめる。固い生地の上着が肌にすれて唸り声が出そうになり、――激痛でそれどころではなくなった。
 カイルが肩を噛んだのだ。傷の上だ。情人などよりよほどわかりやすい弱点に、味を占めたのだと思った。

「……全部私だよ。でも別に大変なんかじゃなかった。全部女王陛下のためだ。私を信じ、私の存在価値を確かなものにしてくれる、あの方のために、私はなんでもやってやるんだ」

 身を起こすと、カイルは口元を拭った。その手が、次にどこに伸びるのか、ルディウスには予想がついていた。
 屈辱的ではあるがいっそ。
 相手の好きにさせて、油断を誘って。
 
「……だから、勘違いするな。断じて、おまえみたいな、身勝手な人間のためじゃない」

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