美人王配候補が、すれ違いざまにめっちゃ睨んでくるんだが?

あだち

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10 英雄には、心当たりが

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 身勝手、という言葉に合わせるように、カイルの手がルディウスのズボンにかかった。
 胸の内がどす黒い怒りで煮え滾るが、一方で脳内は冷静に、状況を逆転させる好機を待ち構えていた。

 ――時間の経過で薬効が落ちて、力を少しでも取り戻せるようになったら、首の動脈を抑え込んで落とす。
 それで憲兵に突き出してやる。

「東方戦線に第二師団を向かわせると聞いたときは歓喜した。これでようやく私は解放されるんだと思った。だって君の連隊はきっと最前線に行くだろう。事実その通りだった。確信した、ルディウス・フェリルはきっとここで死ぬ」

 突き出してやる、が。
 ルディウスは、カイルの話に眉を寄せた。
 
 なんでこんなにも睨まれるのか。疎まれるのか。
 その理由が今、明かされている。

 聞いておきたかった。
 公爵家の弁護士に、それらしい言い訳を用意される前に。

「君はきっと自ら、いや周りにも望まれて、敵の目の前に出ていくに違いない。からそうだったものな。指揮官が銃撃されたという一報が入ったとき、陛下がそれを聞いて顔を覆い肩を震わせたのを見たよ。私はその肩を隣で支えて、その場にいたみんなが君の死を予想していた。おかげで私も、そのときだけは堂々と、人前でも堂々と、君を……それなのに」

 固い音がした。
 ルディウスの顔の両脇に、カイルが手をついた音だった。

「……それなのに、貴様なんで生きて帰ってきたんだ」
 
 ルディウスは動けない。
 絞り出すような声に、追い詰められた瞳に、四肢を射抜かれたように。

「……ここは、陛下が治める国だ。英雄なんていらない。私には、その義務がある。ハウゼル家に生まれた瞬間からそれを、最低限度、それだけでもいいと望まれてきた。政治なんてわからなくてもいい、戦場なんて行かなくていい、でも世継ぎだけはと、なぁわかるかこの重圧が、わからないだろうな住む世界が違うんだから、望まれる戦果は上げられているんだから、結婚なんてしなくて良いのだから! 一番期待されてることだけどうしてもできないこの恐ろしさ、君はまるで興味ないんだろうからな!!」

 空気が震えた。間近で叫ばれて、耳がびりびりと麻痺するようだった。

 誰が信じるだろう。
 宮廷一の麗人と謳われた男が、ただいっとき世論に持て囃されただけのルディウスに、薬を打ち、がなり、すがりついている。

「……生き延びた英雄なんてこの国にはいらない。陛下との婚約が内定したあの日、私は君に退役を進言しに、わざわざ侯爵邸まで会いに行ったのに、なのに貴様ときたらそんなときまで……!」

 喉が潰れそうな声だった。
 緑の目には、憎しみが宿っている。
 彼自身が唾棄する者への。
 ルディウスの瞳に、鏡のように映る者への。

 無言のルディウスに、蒼白のカイルは震える唇で歪に笑った。

「……リネット、とかいったか。髪と目の色が、君にそっくりだったな。……彼女なら、いけるかもしれないと思ったのに、それでもやっぱり、だめだった」

 今にも消え入りそうな声だった。耳に入ってきたのは最後はほとんど息だけで、それでもはっきり聞き取れた。

「……死んでて欲しかったよ、ルディウス・フェリル。君のために泣いても良かったのは、あのときだけだったんだ」

 ――言葉が終わるなり、ルディウスは相手の襟を強く掴んで引き、反動で身体を起こした。ぐんと近くなったカイルの額にしっかり頭突きを食らわせる。
 膝立ちのままふらついた相手が背後の机に手を伸ばした。と思うと、大きな音がして拳が机に叩きつけられる。
 酒が、床に落ちて瓶が割れる。欠片にルディウスが手を伸ばす前に、カイルの足がルディウスの顎を蹴り上げる。
 まだ頭が酩酊していた。座り込み、床に腕をつくのがやっとだった。暗転していた視界が開けた頃、ルディウスの目の前には割れた瓶の切っ先が突きつけられていた。ぽたり。琥珀色の雫が垂れる。だがルディウスはもう怯まない。

 ルディウスが右手で掲げた銃は、カイルの眉間にぴたりと狙いを澄ましていた。
 カイルはそれを見つめた。ややあってから、声を出さずに笑った。
 眉間に突き付けられた銃が、自分の懐にあったものだとわかったのだろう。あっさり酒瓶を床に落とした。

「撃て。それで全部終わりだ」

 瓶を振り上げたときに、残っていた中身がかかったのか、カイルの頬を酒の雫が伝い落ちた。

 二人とも床に座り込んだまま、腕一本分の距離でにらみ合う。

 引き金は動かない。
 カイルは笑うのをやめた。

「……そんな人生でも惜しいか」

 答えないルディウスの、半端に脱げた軍服に手を伸ばす。

「撃たないなら、続けるからな」

 



 執務室に、自分で置いておいた着替えだろうに、男はずいぶん緩慢な動作で服を着ていると思った。

「おまえ、このまま女王陛下と結婚するつもりか」

 執務机の側面に背を預け、気だるさに任せて座り込んだまま、ルディウスは問いかけた。それを無視して、カイルは酒で濡れた服をまとめ、クローゼットに押し込んだ。
 行為のあとから、一瞬も視線を合わせないまま、カイルはルディウスに背中を向けた。

「……君のことを、陛下に進言したよ。南方の国境警備部隊への転属を」

 ここのところ何度も聞いた、落ち着き払った声だった。ルディウスへの軽蔑と見下しを理性で包み、けれど中がそうだとわかるように完全には隠していない、冷たい、激情とは程遠い声。

「ろくな戦いもない土地で、死ぬまで無為に過ごせばいい。……そうして今度こそ、二度との前に姿を現すな」

 歩き始めの一歩のみ、男は平衡感覚を失ったようにふらついた。けれどそれ以降はまるで何事もなかったように、カイル・ハウゼルは部屋を出ていった。


 ルディウスは窓を開けて、煙草の火をつけた。
 風でカーテンが煽られる。どこかの回廊からの話し声が聞こえてきた。
 ハウゼル様を見ていないかと。
 陛下がお呼びだとしきりに繰り返す声は、やがて足音とともに聞こえなくなった。
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