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11 あったわ
しおりを挟む「少佐のそれ、やっぱり素敵ねぇ」
振り向くと予想通り、王宮の廊下でも行き会った女たちが三人、ルディウスの全身を舐めるように見て口角を上げていた。
「やはり我が国の黒い軍服は最高ですわ。サッシュとかいったかしら。赤がとても映えますもの」
「血の気の多い不良軍人も、今日は正装なのね」
「それはそうでしょうね。なにせ女王陛下の婚約発表式ですもの」
女たちの言葉に、王宮前広場を石段の上から見渡していたルディウスは笑ってみせた。隣に立ってさっきまで話していた男に「じゃあ」と言って肩を押して遠ざけて、異性の友人たちに向き直る。
「ようこそご婦人方。今日は皆様一段とお美しい」
わかりやすいお世辞にも、女たちは気を悪くすることなく「また適当なこと言って」とくすくす笑う。
「まったく、あなたにもカイル様のほんの十分の一の誠実さでもあればねぇ」
「陛下はお幸せですわ。家柄も人柄も申し分ない方に、一途に思われて結ばれるんですもの」
「人ってこんなにも両極端に分かれるものなのですわね。そんなだから左遷されるのよ。……ねぇ、ルディウス。あなた陛下を視線でたぶらかして、カイル殿の怒りを買ったって噂、本当ですの?」
ルディウスは笑ったまま答えず、流れるようなしぐさで芝生の上に並んだ椅子を示す。
「ご婦人方。もう始まりますから、あちらの席に」
「まあつれない」
「昼間は喧嘩か戦争しかしないってわけね。英雄だなんて言ってもつまらない人」
「国境を守れても、自分を王都に留めておくこともできないなんてね。まぁ知らぬ仲でもないし、わたくしが王都での夢のような思い出作りに一役買ってあげてもよろしくてよ?」
「あっ、この!」
「また抜け駆けして! 旦那にチクるわよ!」
女たちは前回同様、突然やってきたかと思うとかしましく立ち去っていった。ルディウスはそれを呆れつつも笑いながら見送って、広場に向き直った。
四つの塔に囲まれた広場だ。いまだ戦没者のための灰色の垂れ幕がかけられているそれぞれの窓だが、今日はその後ろに慶事の垂れ幕が準備されていて、式典の途中で上からそれがかけられることになっている。
暗いニュースを吹き飛ばす、喜ばしい告示のために。
青空に不似合いな灰色の布が風に煽られているのをしばらく見てから、ルディウスは聴衆がひしめく広場に背を向けた。
広場を迂回するように歩いて、一つの塔の下に辿り着く。兵士があちこちに立っているが、入り口となる地味な扉の前にいるのは一人だけである。ルディウスは堂々とそこに近づいた。
「少佐、ここは関係者以外立ち入り禁止です」
「グランディ中将の代理だ」
「なりません」
「なんなら一緒に来るか?」
衛兵は口ごもって引き下がった。ルディウスはことさらにっこり笑って扉をくぐる。
これで自分が中で暴れたら、見張りの彼は降格では済まないだろうに。わかっていても、立ち会えばいざというときルディウスを止めなくてはいけないのが怖いのだろうか。それともトロくさそうに見えて案外、応援を呼びに行っているかもしれない。
なら、用件は早く済ませなければ。
ひんやりとした、石のらせん階段を上っていく。
終わりの見えない階段だ。垂れ幕が準備されているだろう、係の人間が慌ただしく出入りする部屋も通り過ぎて、ようやく上る足を止める。
その階に作られた部屋の扉はひとつだけだった。衛兵はいなかった。そりゃいらないだろう。中にいるのは白鳥の見た目で熊より強い男なのだから。
加えて忠誠心は犬。逃げる心配もない。
ノックをすると、「どうぞ」と至極落ち着いた声が返って来た。
「わかっている。そろそろ時間だな。今下り……」
中にいた人物は、大きな窓のそばに椅子を置き、座って式次第をめくっていた。振り返って、扉口にいたルディウスを見て言葉を失う。式次第が床に落ちた。
「……殺して、入ってきたのか?」
「警備の兵士を? まさか」
おまえじゃあるまいし、とまでは言わない。
そうか、と息を吐くカイルの目は、今までルディウスに向けてきた鋭さを持ってはいなかった。
「なら早く立ち去りたまえ。見つかれば、また周囲に邪推されるぞ」
「女王じゃなくて、夫の方と逢い引きしてたって?」
ルディウスの言葉に、カイルは頬を少し緩ませた。苦笑いだったが、穏やかだった。
「バーティクス侯爵の次男なら、とっくに釈放した。まさか知らないわけでもないだろう」
部屋の中の空気は凪いでいた。
黙ったままのルディウスに、カイルは憑き物が落ちたように寛容だった。
「今すぐ出て行くなら見逃してやる。早く」
「訓練所時代のことだったんだな」
沈黙が落ちる。ほんの少し目を見開いたカイルの表情が、すぐ元に戻るのを見届けて、ルディウスはさらに口を開いた。
「〝あの頃からそうだった〟。あったな。軍事大学の学生と実践演習したこと。おまえ、そこで俺を知ったんだな」
話したことなどない。接点などない。どうしてそんなにも恨まれているのかわからない。
そう思っていたのはルディウスだけだった。カイルの軍嫌いに心当たりのあるようなことを漏らした上司に訊ねれば、答えはあっさり掘り当てられた。
はあ、と息が漏れる音は、カイルの口から出た。
「……知ってるだろう。中退したこと。私は戦場には出ないし、学んでも時間の無駄だと悟ったんだ」
「女王がそう言ったのか」
カイル・ハウゼルは常に女王に付き従う。
彼は常に、女王のそばに。
全幅の信頼を寄せられる男は、いつも。
「あの方のせいのように言うな」
白い眉間に浅いしわが寄り、視線がルディウスに向く。この日初めて、カイルは少し強い言葉遣いをした。
「強制されたわけないだろう。そもそも私だって心底軍に入りたかったわけじゃなかった。……ただ、環境が変われば、戦いを知ったら、死を間近で感じられたら、何か変わるかと思っただけだ。この役立たずの身体が、他の人みたいになるかと。でも違った。決定的に、〝駄目〟なんだと思い知らされただけだった」
窓が揺れた。
風で何かが飛んだのか、外でひときわ大きなざわめきが起こった。
少しくぐもって届く地上の喧騒。こことは違う世界の出来事のようだった。
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