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二、カールロット公爵令嬢は魔女になる、ことにした
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神出鬼没な男。いざ探してみると、なかなか見つからなかった。
「……い、いた」
城の敷地内にある物見の塔。あちこち歩き回った足で回廊式のバルコニーに出ると、ひんやりとした空気に全身が包まれた。
石の手すりに寄りかかったまま振り返ったフラウリッツは、シャツにベスト姿だった。こちらがランタン片手に近づいていくと、驚いた顔が夜闇から浮かび上がった。
「こんなところで何してるの。ベネス、もう帰ったわよ。……寒くないの」
「そっちこそどうしたの。いつもはごはん食べたらすぐ部屋に引っ込むのに」
確かに、いつもこの時間は魔導書の写本に勤しんでいる。私はショールの前をかき合わせながら言葉を探した。
「少し、話がしたくて」
「……クラリスの処分、納得いかない?」
フラウリッツの手が手すりを撫でるように滑る。するとその触ったあとを追うように、ぽつぽつとオレンジ色の小さな炎が立った。手を近づけると、温もりがじわりと伝わってくる。
「……なんで、私がそう感じてると思ったの?」
石の上で燃える炎から、フラウリッツへと目を移す。
「罠にはめてきたとはいえ、君を助命してこの森に送った妹たちのことは許さなかったじゃん。クラリスは、僕が間に合わなきゃ君を殺してたよ」
矛盾していると言いたいのか。
「クラリスの騙し討ちは、予想できたもの。ルゼの姑息さとは種類が違う。……彼女、あなたのことほめてたわよ。みんなあなたと親しくなりたがるって」
フラウリッツが難しい問題を聞いたような顔をして、こっちを見てきた。
「照れるべき?」
「ご自由に。でも、クラリスからあなたに向ける感情って恋とか愛じゃないわね。価値があるものを手に入れて、回りに一目置かれたいっていう虚栄心よ」
「お、傷つくべき?」
「ご自由に」
言って、細い月の浮かぶ空を見上げる。
あれを。
誰の手も届かないあれを、望むようなもの。
「私も、そうだった」
魔女クラリスは、過去の私だった。私にとってのヴァンフリート王子が、彼女にとってのフラウリッツだった。月だった。
「私も、ヴァンフリート様の妃になりたかった。この国で、あの王都で、それが、女性が手に入れられる地位のなかで一番価値のあるものだったから。……別に、あんな冷たい人、もともとそんなに好きじゃなかったのに」
ほんの少し、気まぐれのように優しくされた瞬間を宝物のように覚えていたのは、それ以外で一緒にいても楽しくなんてなかったからだ。
「お母様も、別に誉めてくれるわけじゃないし」
なんでお妃になりたかったのかと言えば、お母様に言われたから、という以外にない。
わけもわからず魔女になるように、その意義も未来も考えず、流されるように王太子妃指名を目指した。ロザロニアたちの過去と比べるのは、あまりにも傲慢だけど。
「頑張ったわりには、森で生き抜く力も身に付かなかったし」
国王陛下の隣に座り、人形のような顔で見下ろしてきた王妃様。あなたは、何も持たずに森へ来て、獣避けの火が起こせますか。
私? まだできないわよ。羊皮紙と鶏の血がなきゃ。
「自分に合わない生き方してたのも、同じ。私も、あの人のお妃なんて向いてなかったのよ、きっと」
肌が荒れる睡眠時間で勉強して、ようやく彼の隣に立つことができた。
はっきり言える。もうあんな生活に戻りたくない。
「……クラリスが、今の君のように、新天地で安らぎを得てくれたらって思う?」
炎を撫でながら、フラウリッツが問いかけてきた。
熱くないのか。焦げない手に目をみはったあと、次いで睨むように緑の目を見返した。
「それはかんっぜんに別問題ね。わざわざ殺しにいく気はないけど、なるべくしんどい思いしてほしいわ」
クラリスの罰は、私がフラウリッツなりロザロニアなりを伴って、彼女を探しだして私刑に処することを肯定している。それだけでも彼女は怯えて過ごすことになるわけだ。ざまあない。
腕を組んで吐き捨てた私に、フラウリッツは叱るでも呆れるでもなく、笑った。
「だよねー。あんまり寛大だからびっくりしたよ。やっぱ教会に通ってた貴族だから、慈悲の精神染み付いてんのかなって」
「あら、他人事みたいに。あなたの住んでいたところにも礼拝堂はあったでしょ。……古くて、使われてなかったかもしれないけど」
フラウリッツの笑顔が消えた。数秒間、最初にここで見つけ出したとき以上に驚いた様子でいたが、すぐに鼻から息を吐いて、いつもの穏やかな顔になった。
「……あそこはね、僕が魔女のばーさんから魔法を教わってた場所なんだよ」
王宮庭園の片隅に生じた思い出。
答え合わせをせがむ私に、やはりフラウリッツは逃げも隠れもしないで、追い付かせてくれる。
「いつ思い出したの? 僕がイルだってこと」
「この城で過ごすようになってから徐々によ。いつも似たような夢を見るのよ、昔の、まだ遊んでた頃の記憶」
あのときは、彼がヴァンフリート王子に似てるだなんて一度も思わなかったし、今も普段はそう思わない。ただ時折、本当にごく稀に、似ている、と思えた。
表情も雰囲気も違いすぎるから、本当に稀にだが。
この男は、獅子というには優しくて、穏やかで、そっけない。
「……でも、礼拝堂に出没する『イル様』が、現国王の弟君イルバーノン様だったとは知らなかったわ」
これを私が知っているのは予想外だったのだろう。彼の眉がぴく、と動いた。
「それ、当時名乗ってないはずなんだけど、いつ知ったの?」
「王太子妃教育なめないで。十一年前に病死した王弟殿下の存在だって網羅してるわ」
「はー、なるほどね。それと、顔も呼び名も忘れてた幼馴染みと結びつけたのか」
言い方に含みを感じる。私の睨みに、フラウリッツは悪戯めいたまなざしで応じてくる。また余裕を取り戻したようだった。
そう。確かに私はこの城に来るまで、かつて王宮で遊んでくれた謎の少年のことを忘れていた。思い出せないことを、疑問に思うことすらしなかった。
「……あなた、あの日王宮を去るときに、私に魔法をかけたでしょう。王宮にかけた魔女避けの魔法のほかにも」
余裕しゃくしゃくの様子から一転、銀髪の男は頬杖をついて「全部ばれてやんの……」とばつが悪そうにぼやいた。
神出鬼没な男。いざ探してみると、なかなか見つからなかった。
「……い、いた」
城の敷地内にある物見の塔。あちこち歩き回った足で回廊式のバルコニーに出ると、ひんやりとした空気に全身が包まれた。
石の手すりに寄りかかったまま振り返ったフラウリッツは、シャツにベスト姿だった。こちらがランタン片手に近づいていくと、驚いた顔が夜闇から浮かび上がった。
「こんなところで何してるの。ベネス、もう帰ったわよ。……寒くないの」
「そっちこそどうしたの。いつもはごはん食べたらすぐ部屋に引っ込むのに」
確かに、いつもこの時間は魔導書の写本に勤しんでいる。私はショールの前をかき合わせながら言葉を探した。
「少し、話がしたくて」
「……クラリスの処分、納得いかない?」
フラウリッツの手が手すりを撫でるように滑る。するとその触ったあとを追うように、ぽつぽつとオレンジ色の小さな炎が立った。手を近づけると、温もりがじわりと伝わってくる。
「……なんで、私がそう感じてると思ったの?」
石の上で燃える炎から、フラウリッツへと目を移す。
「罠にはめてきたとはいえ、君を助命してこの森に送った妹たちのことは許さなかったじゃん。クラリスは、僕が間に合わなきゃ君を殺してたよ」
矛盾していると言いたいのか。
「クラリスの騙し討ちは、予想できたもの。ルゼの姑息さとは種類が違う。……彼女、あなたのことほめてたわよ。みんなあなたと親しくなりたがるって」
フラウリッツが難しい問題を聞いたような顔をして、こっちを見てきた。
「照れるべき?」
「ご自由に。でも、クラリスからあなたに向ける感情って恋とか愛じゃないわね。価値があるものを手に入れて、回りに一目置かれたいっていう虚栄心よ」
「お、傷つくべき?」
「ご自由に」
言って、細い月の浮かぶ空を見上げる。
あれを。
誰の手も届かないあれを、望むようなもの。
「私も、そうだった」
魔女クラリスは、過去の私だった。私にとってのヴァンフリート王子が、彼女にとってのフラウリッツだった。月だった。
「私も、ヴァンフリート様の妃になりたかった。この国で、あの王都で、それが、女性が手に入れられる地位のなかで一番価値のあるものだったから。……別に、あんな冷たい人、もともとそんなに好きじゃなかったのに」
ほんの少し、気まぐれのように優しくされた瞬間を宝物のように覚えていたのは、それ以外で一緒にいても楽しくなんてなかったからだ。
「お母様も、別に誉めてくれるわけじゃないし」
なんでお妃になりたかったのかと言えば、お母様に言われたから、という以外にない。
わけもわからず魔女になるように、その意義も未来も考えず、流されるように王太子妃指名を目指した。ロザロニアたちの過去と比べるのは、あまりにも傲慢だけど。
「頑張ったわりには、森で生き抜く力も身に付かなかったし」
国王陛下の隣に座り、人形のような顔で見下ろしてきた王妃様。あなたは、何も持たずに森へ来て、獣避けの火が起こせますか。
私? まだできないわよ。羊皮紙と鶏の血がなきゃ。
「自分に合わない生き方してたのも、同じ。私も、あの人のお妃なんて向いてなかったのよ、きっと」
肌が荒れる睡眠時間で勉強して、ようやく彼の隣に立つことができた。
はっきり言える。もうあんな生活に戻りたくない。
「……クラリスが、今の君のように、新天地で安らぎを得てくれたらって思う?」
炎を撫でながら、フラウリッツが問いかけてきた。
熱くないのか。焦げない手に目をみはったあと、次いで睨むように緑の目を見返した。
「それはかんっぜんに別問題ね。わざわざ殺しにいく気はないけど、なるべくしんどい思いしてほしいわ」
クラリスの罰は、私がフラウリッツなりロザロニアなりを伴って、彼女を探しだして私刑に処することを肯定している。それだけでも彼女は怯えて過ごすことになるわけだ。ざまあない。
腕を組んで吐き捨てた私に、フラウリッツは叱るでも呆れるでもなく、笑った。
「だよねー。あんまり寛大だからびっくりしたよ。やっぱ教会に通ってた貴族だから、慈悲の精神染み付いてんのかなって」
「あら、他人事みたいに。あなたの住んでいたところにも礼拝堂はあったでしょ。……古くて、使われてなかったかもしれないけど」
フラウリッツの笑顔が消えた。数秒間、最初にここで見つけ出したとき以上に驚いた様子でいたが、すぐに鼻から息を吐いて、いつもの穏やかな顔になった。
「……あそこはね、僕が魔女のばーさんから魔法を教わってた場所なんだよ」
王宮庭園の片隅に生じた思い出。
答え合わせをせがむ私に、やはりフラウリッツは逃げも隠れもしないで、追い付かせてくれる。
「いつ思い出したの? 僕がイルだってこと」
「この城で過ごすようになってから徐々によ。いつも似たような夢を見るのよ、昔の、まだ遊んでた頃の記憶」
あのときは、彼がヴァンフリート王子に似てるだなんて一度も思わなかったし、今も普段はそう思わない。ただ時折、本当にごく稀に、似ている、と思えた。
表情も雰囲気も違いすぎるから、本当に稀にだが。
この男は、獅子というには優しくて、穏やかで、そっけない。
「……でも、礼拝堂に出没する『イル様』が、現国王の弟君イルバーノン様だったとは知らなかったわ」
これを私が知っているのは予想外だったのだろう。彼の眉がぴく、と動いた。
「それ、当時名乗ってないはずなんだけど、いつ知ったの?」
「王太子妃教育なめないで。十一年前に病死した王弟殿下の存在だって網羅してるわ」
「はー、なるほどね。それと、顔も呼び名も忘れてた幼馴染みと結びつけたのか」
言い方に含みを感じる。私の睨みに、フラウリッツは悪戯めいたまなざしで応じてくる。また余裕を取り戻したようだった。
そう。確かに私はこの城に来るまで、かつて王宮で遊んでくれた謎の少年のことを忘れていた。思い出せないことを、疑問に思うことすらしなかった。
「……あなた、あの日王宮を去るときに、私に魔法をかけたでしょう。王宮にかけた魔女避けの魔法のほかにも」
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