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三、カールロット公爵令嬢は魔女になった
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「魔女ジュールシアの死は自業自得だと、みんながそう思ってる。僕を仲間と思えばこそ、僕を金づるとして利用したジュールシアに同情しない。彼女の妹弟子だったベルティナすらも」
フラウリッツの指がロケットを撫でた。そこに刻まれた名前を、懐かしむように。
「……魔女が、若い弟子をとる理由はさ、死に際に“臨終の儀”をやってもらうためでもあるんだ」
こちらに向き直ったフラウリッツは話を変えたように見えた。けれど、その苦笑によく似た表情に、隠しようもない悲しみが浮かんでいる。
「魔女の最後の秘蹟。無事に死者の眠る国へ向かえるよう、故人のまぶたに手を置いて、精霊に魂を託すんだ。だから、死ぬときには必ず誰かがそばにいてあげないといけない。……あのクラリスがさ、ベルティナのもとで最初に教わったことは、臨終の儀のやり方だったんだよ、あからさまだろ?」
「……そう、気の毒ね。私が偉大な師匠に最初に教わったのは、下着の発注方法だったのに」
そういやそうか、と魔法使いは笑った。大きく口を開けて、天を仰ぎ、師匠魔女の名が入ったロケットを持たない手で目元を覆って。
「……内心どうあれ、クラリスはちゃんとベルティナを弔えたそうだ。それにひきかえ、僕ときたら」
私は目をそらした。言葉を切った彼が隠した表情を見ないまま、一歩体だけ近づけてゴブレットをまたちびりと傾ける。
私とほんの数個しか年が違わない大魔法使いフラウリッツ。彼が弟子をとるのは、押しに弱いからなだけではない。ジュールシアが受けられなかった、臨終の儀の心配をしているわけでもない。
たぶん、こんな肌寒い春の夜に、一緒に過ごせる家族がほしいから。
自分が生まれて、二人目の母親が死んで、故郷を追われた季節を、誰かと過ごしたいから。
しばらく、私たちは黙って立ち尽くしていた。
そこに遠くからダリエルの「うえ~んレダリカ~」と助けを求める情けない声が、夜風に乗って届いた。
「……許してあげれば。あいつも反省してるんじゃないの」
苦笑したフラウリッツに、私は少し考えて「ねえ」と切り出した。
「ロザロニアは、猫を見慣れていて、猫になりたくて、黒猫に変身するようになったって」
「流すんだ、そこ……」
「あなたは、なんでカラスなの?」
取り出したパイプをもてあそぶフラウリッツは、すっかりいつもの落ち着きを取り戻したように見えた。
「見慣れてたからだよ」
「嘘。王都の街中ならともかく、王宮にはカラスなんてほとんどいなかった」
「へぇ、そうだっけ?」
煙草入れから一回分の葉を移すフラウリッツはこちらを見ない。
どうでもいいことのようにあしらう彼に、私もめげない。
「ベネスがね、一度私のことをカラスみたいって言ったの。指摘したら、フラウリッツの口癖だって。昔好きだった女の子を、あなたはカラスに見立ててるの?」
「貴族ご用達のくせに、口の軽い仕立て屋だな」
「お喋りが好きなのよ、魔女だから」
火のついたパイプを咥えて二秒後、薄い唇が煙を吐き出す。ため息みたいに。
「……カラス、やだ? 自由で賢くて、強いのに」
「嫌じゃないけど、ただカラスみたいな私が好きだったなら」
ばつが悪そうな彼を前に、私は空になったゴブレットを地面に置くと、そして指をならした。その仕種は火を起こす時のように軽く、だが魔力の扱いには全神経を集中させて。
足元から起きた風が円を描く。緑のガウンごと、着ていた青いワンピースがふわりと煽られた。
「……この姿は、お気に召さないのかしら、って」
つむじ風に包まれる一瞬前、目を丸くした男の手からパイプが落ちた。
『でもレダリカは、レダリカのままで、やりたいことがあるんだろ』
ロザロニアの言ったことが反芻される。相変わらず、動物への変身はできない。動きも想像できないし、そもそも違う生き物になりたいとも思えない。
でも、もしこの人が望むなら。
『レダリカの成人の儀はちょっと見たかったな』
風がやんでいく。
ひらひらと、裾が草地にゆっくりと着地した。
真っ白な、ドレスの裾が。
「……ご感想は?」
私が着ていた緑のガウンと、その下の青いワンピースは、今や百合のように真っ白なドレスに変わっていた。ハーフアップにしただけだったまっすぐな黒髪も、サイドに編み込みを作って全部上げて。
自己満足にならないように。ずっとそう心がけていたけれど、驚きに満ちたフラウリッツの表情を前にして、今日一番の満足感で頬がゆるむのを抑えきれなかった。
「……」
フラウリッツは何も言わない。私はくるっと一回転してみせた。
十六才の時に着た成人の儀のドレスのようなスカートの膨らみは無いが、腰から足元へと流れ落ちるようなドレープが美しい自作デザイン。ベネスにもイメージ画を見せて太鼓判をもらっている、自信作。白でも、ふわふわしていなくて、これならきっと似合っている、はず。
「……」
フラウリッツはまだ何も言わない。私は反対側に回転してから、ちょっとスカートを持ち上げて腰を下げる挨拶のポーズをとってみた。
よく見るとビーズとダイヤで模様が施されている。月の光でも、きっときれいに輝いて見える、はず。
「……」
フラウリッツは、やはり何も言わない。
私は動きを止めて、相手の取り落としたパイプをおとなしく拾ってあげた。
「ほら、落」
「寒そう」
ぼそ、と。パイプを差し出すと同時に、ようやく聞けた感想、『寒そう』。頭を鈍器で殴られたような衝撃に、眩暈がした。
確かに、袖は長いがレース編みだ。はっきりいって寒いけど。
「……っ、……ええ、ちょっとね!」
言いたいことを全部飲み込むと、羞恥心と苛立ちが頭から爪先まで駆け巡った。そういえば、パイプを逆さにして煙草を捨てる男には、デリカシーがなかったのだった。
もういいや。これははっきりいって完全魔法ではなく、気を抜いたら解ける変身魔法だ。さっさともとに戻ろう。
そうして恥ずかしさがやさぐれに変わりかけたとき。
「着てな。また風邪ひくよ」
肩を、予期しなかった温もりが覆った。びっくりして、今度は私が目を見開いて固まってしまう。
対して、着ていたジャケットを私に羽織らせたフラウリッツは、ずり落ちないよう襟辺りをしっかり私の鎖骨前で引き寄せると、にーっと満足げに笑った。
「レダリカ、動物への変化は諦めて、お着替え変化に舵切ったんだ?」
はっきり言われて、ざっくり刺さった。
「……だめ? 変身魔法、不合格?」
「すごくいい。花丸合格」
うなだれた私が顔をあげると、フラウリッツは手の中のパイプをくるりと回し、季節外れなバラの花に変えた。
そのまま右手をいつものように一振りすると、大広間から、音楽が聞こえてきた。魔女たちの歓声が続く。
「せっかくだから、一曲付き合ってよ。寒さも和らいだでしょ?」
バラを私の耳の上へとそっと差し込んだ右手が、そのまま目の前に差し出された。
上着に袖を通した私は、そこへ自分の手を重ねかけて、寸前でためらった。
ダンスは、昔からあまり得意じゃない。もうずっと練習していない。
……どうせ咎める人間は誰もいない。でも。
そんな私の迷いを一蹴するように、フラウリッツが私の手を掴んで強く引き寄せた。「きゃっ」とよろけるように飛び込んだと思うと、さっきとは違う彼の笑い声が上がる。
それが合図だったかのように、緊張が消えた。草の上でのステップは自然に出た。
フラウリッツの指がロケットを撫でた。そこに刻まれた名前を、懐かしむように。
「……魔女が、若い弟子をとる理由はさ、死に際に“臨終の儀”をやってもらうためでもあるんだ」
こちらに向き直ったフラウリッツは話を変えたように見えた。けれど、その苦笑によく似た表情に、隠しようもない悲しみが浮かんでいる。
「魔女の最後の秘蹟。無事に死者の眠る国へ向かえるよう、故人のまぶたに手を置いて、精霊に魂を託すんだ。だから、死ぬときには必ず誰かがそばにいてあげないといけない。……あのクラリスがさ、ベルティナのもとで最初に教わったことは、臨終の儀のやり方だったんだよ、あからさまだろ?」
「……そう、気の毒ね。私が偉大な師匠に最初に教わったのは、下着の発注方法だったのに」
そういやそうか、と魔法使いは笑った。大きく口を開けて、天を仰ぎ、師匠魔女の名が入ったロケットを持たない手で目元を覆って。
「……内心どうあれ、クラリスはちゃんとベルティナを弔えたそうだ。それにひきかえ、僕ときたら」
私は目をそらした。言葉を切った彼が隠した表情を見ないまま、一歩体だけ近づけてゴブレットをまたちびりと傾ける。
私とほんの数個しか年が違わない大魔法使いフラウリッツ。彼が弟子をとるのは、押しに弱いからなだけではない。ジュールシアが受けられなかった、臨終の儀の心配をしているわけでもない。
たぶん、こんな肌寒い春の夜に、一緒に過ごせる家族がほしいから。
自分が生まれて、二人目の母親が死んで、故郷を追われた季節を、誰かと過ごしたいから。
しばらく、私たちは黙って立ち尽くしていた。
そこに遠くからダリエルの「うえ~んレダリカ~」と助けを求める情けない声が、夜風に乗って届いた。
「……許してあげれば。あいつも反省してるんじゃないの」
苦笑したフラウリッツに、私は少し考えて「ねえ」と切り出した。
「ロザロニアは、猫を見慣れていて、猫になりたくて、黒猫に変身するようになったって」
「流すんだ、そこ……」
「あなたは、なんでカラスなの?」
取り出したパイプをもてあそぶフラウリッツは、すっかりいつもの落ち着きを取り戻したように見えた。
「見慣れてたからだよ」
「嘘。王都の街中ならともかく、王宮にはカラスなんてほとんどいなかった」
「へぇ、そうだっけ?」
煙草入れから一回分の葉を移すフラウリッツはこちらを見ない。
どうでもいいことのようにあしらう彼に、私もめげない。
「ベネスがね、一度私のことをカラスみたいって言ったの。指摘したら、フラウリッツの口癖だって。昔好きだった女の子を、あなたはカラスに見立ててるの?」
「貴族ご用達のくせに、口の軽い仕立て屋だな」
「お喋りが好きなのよ、魔女だから」
火のついたパイプを咥えて二秒後、薄い唇が煙を吐き出す。ため息みたいに。
「……カラス、やだ? 自由で賢くて、強いのに」
「嫌じゃないけど、ただカラスみたいな私が好きだったなら」
ばつが悪そうな彼を前に、私は空になったゴブレットを地面に置くと、そして指をならした。その仕種は火を起こす時のように軽く、だが魔力の扱いには全神経を集中させて。
足元から起きた風が円を描く。緑のガウンごと、着ていた青いワンピースがふわりと煽られた。
「……この姿は、お気に召さないのかしら、って」
つむじ風に包まれる一瞬前、目を丸くした男の手からパイプが落ちた。
『でもレダリカは、レダリカのままで、やりたいことがあるんだろ』
ロザロニアの言ったことが反芻される。相変わらず、動物への変身はできない。動きも想像できないし、そもそも違う生き物になりたいとも思えない。
でも、もしこの人が望むなら。
『レダリカの成人の儀はちょっと見たかったな』
風がやんでいく。
ひらひらと、裾が草地にゆっくりと着地した。
真っ白な、ドレスの裾が。
「……ご感想は?」
私が着ていた緑のガウンと、その下の青いワンピースは、今や百合のように真っ白なドレスに変わっていた。ハーフアップにしただけだったまっすぐな黒髪も、サイドに編み込みを作って全部上げて。
自己満足にならないように。ずっとそう心がけていたけれど、驚きに満ちたフラウリッツの表情を前にして、今日一番の満足感で頬がゆるむのを抑えきれなかった。
「……」
フラウリッツは何も言わない。私はくるっと一回転してみせた。
十六才の時に着た成人の儀のドレスのようなスカートの膨らみは無いが、腰から足元へと流れ落ちるようなドレープが美しい自作デザイン。ベネスにもイメージ画を見せて太鼓判をもらっている、自信作。白でも、ふわふわしていなくて、これならきっと似合っている、はず。
「……」
フラウリッツはまだ何も言わない。私は反対側に回転してから、ちょっとスカートを持ち上げて腰を下げる挨拶のポーズをとってみた。
よく見るとビーズとダイヤで模様が施されている。月の光でも、きっときれいに輝いて見える、はず。
「……」
フラウリッツは、やはり何も言わない。
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「ほら、落」
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ぼそ、と。パイプを差し出すと同時に、ようやく聞けた感想、『寒そう』。頭を鈍器で殴られたような衝撃に、眩暈がした。
確かに、袖は長いがレース編みだ。はっきりいって寒いけど。
「……っ、……ええ、ちょっとね!」
言いたいことを全部飲み込むと、羞恥心と苛立ちが頭から爪先まで駆け巡った。そういえば、パイプを逆さにして煙草を捨てる男には、デリカシーがなかったのだった。
もういいや。これははっきりいって完全魔法ではなく、気を抜いたら解ける変身魔法だ。さっさともとに戻ろう。
そうして恥ずかしさがやさぐれに変わりかけたとき。
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「レダリカ、動物への変化は諦めて、お着替え変化に舵切ったんだ?」
はっきり言われて、ざっくり刺さった。
「……だめ? 変身魔法、不合格?」
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そのまま右手をいつものように一振りすると、大広間から、音楽が聞こえてきた。魔女たちの歓声が続く。
「せっかくだから、一曲付き合ってよ。寒さも和らいだでしょ?」
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上着に袖を通した私は、そこへ自分の手を重ねかけて、寸前でためらった。
ダンスは、昔からあまり得意じゃない。もうずっと練習していない。
……どうせ咎める人間は誰もいない。でも。
そんな私の迷いを一蹴するように、フラウリッツが私の手を掴んで強く引き寄せた。「きゃっ」とよろけるように飛び込んだと思うと、さっきとは違う彼の笑い声が上がる。
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