薄氷の上で燃える

なとみ

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第二章 ナターナ領

ナターナ領-③

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「本当にやってくるとは……」

 まだ40代の半ばと聞いていたが、初めて会うナターナ公は老人にしか見えなかった。白と混じり灰色に染まっているその髪は、後ろでだらしなく纏められている。着崩した服から着替えることもせずシアーラを出迎えた彼はソファーにぐたりと身体をもたせかけ、シアーラの頭から足の先までじろりと値踏みをするように見た。そこに女を見る際の色はなかったが、身の危険は十分に感じる視線だった。
 大広間には、ずいぶん古く見える鎧やタペストリーが所狭しと飾ってある。どれも埃を被り、かつての輝きも、鮮やかだったであろう元の色も分からない。
 ナターナ公の正式な名は、ヤリス・ウォルデンスタンと言った。かつては北で名を馳せた人物で、彼が得た武勲は数え切れない。だが、国を変える希望に満ちていた若い頃、彼はシアーラと同じく先王に進言をしたことをきっかけに領地を奪われ、この地に追いやられたという。その後も不運は続き、今や彼の目は落ち窪み、やる気のなさそうな表情がべったりと張り付いていた。面倒な奴を押し付けられたという空気が滲み出ている。

「まさかここの状況を分かっていないとは思わないが、こんな状況だ。お前の安全な居場所など確保できない。食料も最低限は用意するが、できない時もある。あとは自分でなんとかしてくれ」
「分かっている」

 食料まで用意してもらえるとは、正直意外だった。本当はもう少し様子を見てからと思っていたのが、その時点で、まだ話が出来る人物だとシアーラは判断した。まっすぐにヤリスを見つめる。

「公。……何か私に出来ることはないだろうか」

 ヤリスはほんの少し目を見開いたあと、はっ、と笑った。

「出来ることだと?」

 憎しみに染まる目の中に、哀れむような色が混じる。

「あんたがいなくなってくれることが一番だよ」
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