77 / 142
第三章 四つの創家
場数の差-②
しおりを挟む
*
王女に与えられた離宮の一つであるラリュフ宮は、秋を迎え、色づいた見事な広葉樹に囲まれていた。この離宮はあくまでプライベートな屋敷の一つであり、公務で使用されることはほとんどない。だからこそ最低限の使用人しか働いておらず、内々の協議を行うのに適している。
今、離宮の中は物々しい数の兵士で溢れ、その中の一室、王女のために花の妖精の天井画が設えられた応接室では、その雰囲気にそぐわない黒の護衛服を着た兵士たちが二つに分かれ、向かい合っていた。聞こえるのは、剣が揺れる際の金属音と微かな衣擦れの音くらいだ。部屋の中は、重々しい緊張で満ちていた。
王女護衛隊に対面しているのは、総じて身体が逞しく大きい、厳めしい見てくれの男たちだ。普段見かける姿と違い、口元をマスクで覆っており、肌の出ている部分は目の周囲のみ。ローゼンタールの武器を警戒してのことだろう。
二つに派閥の間には、暗い口を開けた底の見えぬ谷があるようだとシアーラは思った。
ローゼンタールとバルドバ。
相容れない二家の協議が行われようとしていた。
記録番の力は本物だった。シアーラが帰城したほんの三日後、シアーラは協議が行われることが決定したと隊長から聞かされた。ことの早さに驚きが抑えられず、鼓動が高鳴る。まだ記録番を信用しきっているわけではない。自分があの男にとってどんな利用価値があるのかも分からない。でも、一歩でも前に進める。
「ファイネッテ様」
「……シアーラ」
あれからまだ数日しか経っていなかった。控えの間でファイネッテがシアーラへ向けた表情はよそよそしい。ファイネッテは冷たい表情のまま、ふい、と顔を背けた。
せっかく自分を守るとまで言ってくれたのに、今やその心は遠い。出来てしまった溝は埋められるのだろうか。
「あなたは……大事な情報はいつも後出し。信用できるわけがない」
吐き捨てるような言葉に、シアーラは動けなくなった。まだ若いであろう側近が、シアーラを横目で見て去っていく。
立ち直ることのできないまま、協議は始まった。
協議の時間は三十分間。短いが、貴重な三十分だ。シアーラは国軍上がりで経験の少ない隊長に進言をして、予定されていたものより警備を手厚くしてもらっていた。何かが起こるのではないかと警戒するに越したことはない。
部屋に入ると、頭一つ高い、見慣れたその男の顔につい目を遣りそうになった。あからさまな態度をとってどうすると自分を叱咤する。ファイネットの背後に立ち、人形のようにまっすぐ前に顔を向けた。
黒い兵士の波が、訓練された動きで左右に分かれる。ヴォルフ公――王弟ラダーシャがその姿を現した。
「お久しぶりでございます、叔父上」
「初めましてとでも言ったほうがいいかもしれんな。ファイネッテよ。……お父上は心労で苦しんでおられるぞ。どうした、遅れてきた反抗期か?」
どかりと椅子にかけ、いたずらっ子のように聞くラダーシャは不敵に口角を上げた。だが、その目は笑っていない。目に見えない重圧がこちらにのしかかってくるようだ。ラダーシャとまともに対面したことのある護衛兵は少ない。ローゼンタール側の兵士が数人、初めて感じるその気迫に身体を震わせた。
王女に与えられた離宮の一つであるラリュフ宮は、秋を迎え、色づいた見事な広葉樹に囲まれていた。この離宮はあくまでプライベートな屋敷の一つであり、公務で使用されることはほとんどない。だからこそ最低限の使用人しか働いておらず、内々の協議を行うのに適している。
今、離宮の中は物々しい数の兵士で溢れ、その中の一室、王女のために花の妖精の天井画が設えられた応接室では、その雰囲気にそぐわない黒の護衛服を着た兵士たちが二つに分かれ、向かい合っていた。聞こえるのは、剣が揺れる際の金属音と微かな衣擦れの音くらいだ。部屋の中は、重々しい緊張で満ちていた。
王女護衛隊に対面しているのは、総じて身体が逞しく大きい、厳めしい見てくれの男たちだ。普段見かける姿と違い、口元をマスクで覆っており、肌の出ている部分は目の周囲のみ。ローゼンタールの武器を警戒してのことだろう。
二つに派閥の間には、暗い口を開けた底の見えぬ谷があるようだとシアーラは思った。
ローゼンタールとバルドバ。
相容れない二家の協議が行われようとしていた。
記録番の力は本物だった。シアーラが帰城したほんの三日後、シアーラは協議が行われることが決定したと隊長から聞かされた。ことの早さに驚きが抑えられず、鼓動が高鳴る。まだ記録番を信用しきっているわけではない。自分があの男にとってどんな利用価値があるのかも分からない。でも、一歩でも前に進める。
「ファイネッテ様」
「……シアーラ」
あれからまだ数日しか経っていなかった。控えの間でファイネッテがシアーラへ向けた表情はよそよそしい。ファイネッテは冷たい表情のまま、ふい、と顔を背けた。
せっかく自分を守るとまで言ってくれたのに、今やその心は遠い。出来てしまった溝は埋められるのだろうか。
「あなたは……大事な情報はいつも後出し。信用できるわけがない」
吐き捨てるような言葉に、シアーラは動けなくなった。まだ若いであろう側近が、シアーラを横目で見て去っていく。
立ち直ることのできないまま、協議は始まった。
協議の時間は三十分間。短いが、貴重な三十分だ。シアーラは国軍上がりで経験の少ない隊長に進言をして、予定されていたものより警備を手厚くしてもらっていた。何かが起こるのではないかと警戒するに越したことはない。
部屋に入ると、頭一つ高い、見慣れたその男の顔につい目を遣りそうになった。あからさまな態度をとってどうすると自分を叱咤する。ファイネットの背後に立ち、人形のようにまっすぐ前に顔を向けた。
黒い兵士の波が、訓練された動きで左右に分かれる。ヴォルフ公――王弟ラダーシャがその姿を現した。
「お久しぶりでございます、叔父上」
「初めましてとでも言ったほうがいいかもしれんな。ファイネッテよ。……お父上は心労で苦しんでおられるぞ。どうした、遅れてきた反抗期か?」
どかりと椅子にかけ、いたずらっ子のように聞くラダーシャは不敵に口角を上げた。だが、その目は笑っていない。目に見えない重圧がこちらにのしかかってくるようだ。ラダーシャとまともに対面したことのある護衛兵は少ない。ローゼンタール側の兵士が数人、初めて感じるその気迫に身体を震わせた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
桜に集う龍と獅子【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
産まれてから親の顔を知らない松本櫻子。孤児院で育ち、保育士として働く26歳。
同じ孤児院で育った大和と結婚を控えていた。だが、結婚式を控え、幸せの絶頂期、黒塗りの高級外車に乗る男達に拉致されてしまう。
とあるマンションに連れて行かれ、「お前の結婚を阻止する」と言われた。
その男の名は高嶺桜也。そして、櫻子の本名は龍崎櫻子なのだと言い放つ。
櫻子を取り巻く2人の男はどう櫻子を取り合うのか………。
※♡付はHシーンです
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
トキメキは突然に
氷室龍
恋愛
一之瀬佳織、42歳独身。
営業三課の課長として邁進する日々。
そんな彼女には唯一の悩みがあった。
それは元上司である常務の梶原雅之の存在。
アラフォー管理職女子とバツイチおっさん常務のじれったい恋愛模様
ソロキャンプと男と女と
狭山雪菜
恋愛
篠原匠は、ソロキャンプのTV特集を見てキャンプをしたくなり、初心者歓迎の有名なキャンプ場での平日限定のツアーに応募した。
しかし、当時相部屋となったのは男の人で、よく見たら自分の性別が男としてツアーに応募している事に気がついた。
とりあえず黙っていようと、思っていたのだが…?
こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる