君の敵

なとみ

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第一章 優秀な復讐者

誠意のない動機-②

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 密かな信念は、表に出さない主義。柚琉は自分と明石とに共通するものを感じていて、この上司の下で運が良かったとこれまで何度も思った。
 現在、国立癌研究センターは係長である明石が担当している。彼がOKを出して、課長に許可をとってくれれば、柚琉はまた一つ駒を進めることができる。

「東城病院のほうはどうなの」
「サブマリジンの研究結果は守屋もりや教授にご確認いただき、悪くはないご反応でした。ご担当の患者様の容態も安定していますし、薬事委員会でも後押ししてくださると思いますが」
「久しぶりのピカ新だもんなぁ~、上もうっせぇわ。いやでもめっちゃ差別発言で恐縮だけど、お前、その年齢と性別で守屋教授と対等にしゃべれるの、素直にすげぇよ」
「ありがとうございます?」

 語尾を上げれば、褒めてるよ、と小さく聞こえた。

 ほんの十年ほど前まで、金に糸目をつけず医者を接待し、便宜を図ってもらっていた製薬会社。医者が多忙という理由も大きいだろうが、今でも医療機関に顔を出すと、MRはそこらに生えている雑草のような目で見られることもある。
 薬剤師資格を持っているといっても、いまだに男性社会である医療業界では、この年齢の女が、1,000床近い病床を持つ大学病院を担当し、教授とまともに会話をすることは難しい。
 柚琉は赤信号の隙に、ルームミラーで自分の姿を確認した。味気ない黒髪に、地味なメイク。教授くらいの年齢の男になると、派手な化粧は逆効果だ。

 ふと、思い出したように明石が言う。

「あ、でもあれだ、椎名は他社製品もいいものは勧めちゃうって噂はほんと?」
「う……いや、勧めるまではしてません」

 眉を寄せて言い淀む。柚琉の心を読んだかのように、彼は続けた。

「ちなみに、チクったのは成田先生。や、椎名さんはそこがいい~って褒めてたんだけど」

 柚琉は頭の中で舌打ちをした。それを上司に伝えるなんて、医者は本当に社会常識がない。

「直接的な売り込みは敬遠されるかと思って、たまに、変化球を……」
「ほんとかぁ~?」

 意地悪そうな目がこちらを向いているのが分かったが、運転にかこつけてそちらは見なかった。

「売り込みの作戦としてならいいけど……なーんか秋葉あきば製薬のMRとも仲良くしてるみたいだし」
「あの先生はこの話なら耳を傾けてくださるとか、何時にここ行けば会えるとか、そういう情報交換をさせていただいてるだけです」
「ふーん」

 そのまま何も発しなくなった明石の追及からは、今日のところは逃れたと思っていいのだろうか。
 できれば今後も、彼の傘の下で、彼に見逃してもらえる範囲で動きたい。

「今日は東城病院のあと、勉強会に参加して直帰します」
「ほーい。偉いねぇ」

 軽すぎる褒め言葉に苦笑して、柚琉はウインカーを出しハンドルを切った。
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