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第一章 優秀な復讐者
利用価値-②
しおりを挟む「はい。こちらは、口頭のみで失礼いたします」
自分が、MRとしての柚琉ではなく、何か別のものになるのを感じる。
木佐も何かを感じたようで、その目は資料ではなく、まっすぐ柚琉に向いていた。
「一葉大学の羽鳥教授ですが、厚労相の官僚と頻繁に面会されています。病院長のご指示だとご本人が溢しておられました。内容は主に、来年度以降、医業赤字への対策として大学病院に投入される補助金の申請項目についてのようです」
木佐の目にあった、先ほどまでの侮りが完全に消えた。
守屋は顔を歪める。
「……なるほどな、あの狸、厚労相に取り入って自病院に有利な項目にしようと……」
「ここからはご提案です。その官僚というのは鳥居(とりい)という男ですが、宜しければ、彼の恩師である樋川(ひかわ)という人物をご紹介できます」
「早速調整してくれ」
「承知しました」
柚琉はメモを取らず、頭を下げた。先ほどから、木佐の、静かだが突き刺すような視線が柚琉を射抜いている。
守屋が声色を変え、不自然なほど明るく言った。
「そうだ、君のところのサブマリジン。気になる患者がいてな、看護師に伝えておくから、カルテを見ておいてくれ」
「本当ですか……! ありがたいです」
柚琉も、あっという間に元のMRになる。間で起きた会話が、まるで別の次元で起こったことのように。
カルテの情報は個人情報であり、それを見せることなどあってはならない。だが、守屋は氏名や生年月日を伏せた上で、こうして情報をくれるまでになった。
柚琉に利用価値があると、判断したから。
「また何か動きがあれば、頼むよ」
「もちろんです」
慇懃に頭を下げる柚琉の頭に、二つの視線が注がれていた。
*
馬鹿みたいだ。
軽蔑。相手と、そして自分に対しての。顔が歪みそうになるのに耐え、看護師からカルテを受け取り、薬剤部に顔を出し、笑顔で病院を後にする。
彼らは私のようなMRが自分を裏切るわけがないという、根本的な驕りを崩さない。
同じことをどの医者にも行っているなんて、守屋に至っては考えもしていない。
愚かで傲慢な彼らに、笑い出したいような泣きたいような気持ちになった。
人の命を握っておきながら、それを救うなんて大義、あの男は持っていない。いや、怪物に成り果てて、とうに忘れてしまったのかもしれない。
でも自分だって同じだ。そんな奴らに媚びへつらって、賄賂を渡すように情報を献上して。
惨めだ。
柚琉はハンドルに額を乗せ、しばらくして顔を上げた。
徐々に、男を駒で囲んでいく。
彼に従う者、表面上はそう見せているが、良く思ってはいない者。
酒を飲ませて、彼が口を滑らせてくれるなら楽だが、それは期待できない。
彼は、覚えてすらいないだろう。
父の顔も、その死も。
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